想定外の動作が発生しました Lv5
俺たちのいた分割地区から『ウィーニル盆地』はそう遠くはなかったので、依頼にあった通りその場所の調査に向かうことにした。目的の分割地区に辿り着いてから少し歩いて異常がないかを探していると、ルビィさんが言葉を発した。
「妙だね」
「何が……ですか?」
カエデが聞き返す。
「魔物が一匹もいないことがだよ。この地区は特に魔法的保護を受けているわけではなかったはずだし、魔物も普通にいるはずなんだけど」
そう言われればその通りだ。このエリアに入ってからは魔物と遭遇していない。
すると、今度はコトリが声を上げる。
「あ、あれなんだろう?」
彼女が指さす先をよく見ると、確かに『何か』があった。それが何なのか、俺にはわからないが。というか多分誰にも分ってないだろう。どのくらいの距離かはわからないが結構遠くにあるみたいだからな。いままで存在にすら気付いていなかったほどだ。
「行ってみよう!」
コトリは躊躇いもなく駆けだした。残された俺たちも後を追って走り出す。
近くまで行くと、例の『何か』の正体が見え始めた。紫色の結晶のようなものだ。しかも巨大な。俺の背丈ほどはあるだろうか。それは、地面に突き立っていた。
やはりそれが何なのか、と問われれば答えることはできないが、何か嫌な予感はした。魔物の一匹もいないだだっ広い場所にあんなものがポツン、とは怪しすぎる。近寄った瞬間にボス級モンスターが現れたりしないだろうな。
「あれだよ、きっと。巨大なエネルギー体っ」
「おいっ、待て、コトリ……!」
俺の心配も余所に紫色の結晶に駆け寄っていく彼女を制止しようと思わず声が飛び出た。
「ダメだよ、コトリちゃん!」
一緒に走っていたルビィさんも声を張り上げるが間に合わない。コトリがその結晶に触れた瞬間、それは淡く光を放ち始めた。そして足元にはそれを中心とした大きな魔法陣のようなものが広がる。
「ああいうのは罠の可能性もあるから、軽々しく触っちゃだめだよ。コトリちゃん」
やれやれ、といった様子のルビィさんだが、あまり焦っているようにも見えない。この状況で、肝が据わっているものだ。
そんなことを思っていると、唐突に足元が揺らぐ。紫結晶を中心に、地面が深く沈み込んでいくのが見えた。
「えっ?」
「うわっ」
「きゃっ……!」
「げ……っ」
不意の出来事に各々に声を上げる。直後、俺たちの体は支えを失い、暗闇に吸い込まれていくこととなった。地上には俺とカエデの長く尾を引く悲鳴だけが残された。
……ていうか、またこのパターンかよ……?
*
「…………う」
目を開けると、真っ先に視界に入ってきたのは茶色だ。一面の土の色。洞穴のような場所に落ちてしまったのだろう。ところどころに埋まった宝石のようなものが光を放っているおかげで、入口が見当たらないこの場所も真っ暗ではない。
仰向けになっていた俺は体を起こし立ち上がる。相当な高さからの落下だったはずだが不思議と痛みはない。『この世界』に召び喚された時といい、今回といい、体を打ち付けることに慣れてきたのかもしれない。
「みんな、大丈夫?」
声のした方を振り向くとルビィさんが立っていた。ほかの二人もそのそばにいるのが見えた。
「ええ、俺は大丈夫です」
「私もへーきです」
「わ、私も……です」
どうやら全員無事そうだ。
「いやー。自動防御術式があってよかったね。普通死んでるよ、あの高さから落ちたら」
まあ、そうだろうな。慣れだけで自由落下への耐性が付くなんてことは流石にないだろう。
「気絶で済んで良かったですよ」
あれ、でも。
「自動防御術式があるなら何で気絶はするんですか?」
俺が言おうと思った疑問を、コトリが口にする。
「どっちかというと自動防御術式があるから、かな」
そう言ってルビィさんは説明を始める。
「確かに、自動防御術式では外的にせよ内的にせよ、全ての物理的ダメージを遮断しているけど、外的刺激を遮断しているわけじゃないの」
首をかしげる俺に、彼女は続けて、
「例えば剣での攻撃を受けた時に傷は負わなくても痛みは感じるでしょ?」
「確かに、そうですね。でも、どうしてですか?」
「自動防御術式が、攻撃を防ぐ……魔法じゃ、ないから」
答えたのはカエデだ。
「よく知ってるね、カエデちゃん」
「さっき読んだ本に、書いて、あったので」
カエデが読んでいた本には術式の方式など、俺たちが読んでいたのよりいくらか実践的な内容が書かれていたらしい。
「カエデちゃんが言ったように、自動防御術式は攻撃を防ぐんじゃなくて、損傷を負ってもその部位が問題なく機能するように補完、再生する術式なの」
「それは、つまり……?」
「実際には『防御』をしてるんじゃなくて、受けたダメージを『無かったことに』してるってことですか?」
俺が理解に手間取っていたからか、コトリがそんな風に要約した。
「うん、そんな感じかな。だから痛みは感じるけど体は正常に機能を保っているってこと」
もっと言えば、と彼女は付け足す。
「『本来なら感じることのできない刺激まで認識できてしまう』ってこと。そのせいで脳が処理できないほどの外的刺激を受けた時に、脳は『正常な機能』として外的刺激をシャットアウトしてしまうんだよ」
いくら体が傷つかなくなったからと言っていくらでも痛みを許容できる、ということではないってことだろうか。良いことばかりでもないのかもしれない。
「そういう、術式や魔法器官のエラーみたいなものが原因の異常を状態異常って言うんだよ」
似たようなもので能力異常というものもあるらしいが、こちらは魔力の流れを阻害されるなど外的な要因での異常を指すそうだ。
「ところで、その手に持ってるのは何ですか?」
コトリの質問で俺も初めて気づいてが、ルビィさんは右手に小石ほどの大きさの結晶を持っていた。
「ああ、これね。多分さっきの『巨大なエネルギー体』。どうやら特異魔力の一種みたいだね。周りの魔力粒子を自分の周りに結晶化させる能力を持った核だと思う」
ソウル、ってのは通常の魔力粒子や魔力媒体、魔力中核などの魔力因子とは違った性質を持った魔力因子の事だった気がする。
「たくさんの魔力粒子を吸収して大きくなってたんですね」
「近くに魔物がいなかったのはそのもとになる魔力粒子がなかったからだったんだね。吸収した魔法エネルギーを使ってこの大規模な魔法を発動したんだと思う。内部に術式が刻み込まれてる。魔力干渉をキーに発動するようになってたんだろうね」
「魔力干渉?」
心当たりがないんだが。
「私たちの体も魔力エネルギーを持ったエネルギー体であることに変わりはないからね。触るだけでそれは魔力干渉になるんだよ」
「結局、発動したのは………どんな魔法、だったんですか?」
そう聞いたのはカエデだ。
「空間を歪めて瞬間的に穴をあける魔法、かな」
ルビィさんは小さくなった鉱石を覗きながら簡潔に答えてみせた。それ以上は彼女にもわからないのだろう。魔法でその石をとりあえず片付ける。
「空間を歪める、なんてできるんですか?」
「出来るよ。時間に関わる魔法や、空間移動系の魔法なんかと一緒だね」
本当に魔法ってのは便利なものだ。
「それで、ここはどこなんですか?」
なんとなく予想はつくが、一応尋ねておく。すると、答えは背後から現れた。
聞こえた足音に対して身をひるがえすと、そこに立っていたのは銀髪に黄色の瞳、褐色の肌。とがった耳の、少年のような姿。
多種族同盟を裏切ったとされる種族、野蛮種。またの名を、土精種。