想定外の動作が発生しました Lv3
「それにしても、一体何だったんですかね」
戦闘を終えて入った近場の飲食店。遅くはなったが昼食をとることなった。席に着いて各々注文を済ませた後、俺は口を開く。
その言葉に返答したのは隣に腰かけた少女、コトリだった。
「なんか、原因は不明らしいよ。組合からの緊急依頼にもそう書いてあった」
「へぇ、そうなのか」
俺は読む間もなく閉じてしまったからまだ内容に目を通してはいなかったのだが、彼女は俺が一体目のギルウィを相手にしている間にでも読んでいたのだろう。
「組合の方でも解析を進めてるみたいなんだけど、詳しいことはわかってないみたい」
次に言葉を発したのはルビィさんだ。
「どうやら組合の術式が悪用されたのは確かみたいなんだけどね」
「組合の、術式……ですか?」
「転職試験の時にもギルウィと戦ったでしょ?あれ、魔法粒子であの形を作って動かしてるらしいんだけど、その術式もエネルギー源も無断に使用されていたの」
エネルギー源、とは何のことだろうか。
「組合の施設内にある術式やらなんやらは全部、魔法石で動いてるの。魔法エネルギーを蓄えた鉱石のことね。あれらを人間の魔力で動かそうと思ったらそれだけで数十人単位の人員が必要になっちゃうから」
「じゃあ、その設備を使った人が犯人なんじゃないですか?」
「それが分からないらしいの。外部から遠隔操作で行われた形跡は残ってるって言ってたけど、その先は追跡できてないんだって」
コトリの質問に、残念そうに答えて、ルビィさんは続ける。
「それに、あんなことをした目的もわからないしね」
犯人も、経路も、目的も不明、か。
「ま、私たちが今考えても仕方のないことだけどね」
ルビィさんは軽い調子でそんなことを言った。
ウエイトレスが注文の品を運んできたところで俺は話題を変える。
「ところで、さっきのギルウィたちや転職試験の時もですけど、アイテムをドロップしませんよね?核は存在してないんですか?」
全ての物質は魔力中核を中心として魔力粒子で構成される。さっき図書館で得た知識だ。
「核は、あると言えばある、ないと言えばないんだよね」
「?」
「魔法で何かを生み出すのと同じ原理だよ。魔法で生み出した物質にも核は存在しないけど、形を保っていられるのはその中心に魔力粒子を集中させた疑似的な核が存在するからなの。それと仕組みは同じ。だからHPがなくなったらそのすべてが分解されて何も残らないの」
そこで、また新たな疑問を思いついた。
「あんまり関係ないんですけど、HPがなくなったら魔物が消えちゃうのは何でなんですか?」
説明が少し足りなかったかとも思ったが、彼女は理解してくれたらしく、
「冒険家は動けなくなるだけで済むのに、どうしてってことだよね?それはね……」
と答えてくれたが、そこまで言って口を閉ざした。
「あ、私専門家じゃないしそういうのはあんまり詳しくないんだよね。コトリちゃん、知ってる?」
質問の答えをコトリに丸投げして、彼女は注文していた料理に口をつける。
わからないなら答えようとする前に気付いてほしいものだが。などと考える俺をよそに話を振られた彼女はハンバーグにフォークを入れながら口を開く。
「物質を構成する魔法粒子は二種類あって、一つは物質を形作るもの。もう一つはその形を保つためのものなの。それが核の力で物質内を循環することで形を維持させているから循環粒子とも言われてるんだ」
核が心臓で循環粒子が血液、みたいなものだろうか。
「魔法を使ったりするのに消費されるのは循環粒子で、特に生き物の場合とかだと生命の維持に直接かかわるから生命粒子とも言われるんだけど、魔物はそのすべてをHPやMPに割り当てちゃってるからHPがなくなるとその形を保てなくなっちゃうの。核と循環粒子のどちらが欠けても物質はその形を保てないからね」
コトリはハンバーグの断片を口に放り込む。
「魔物は、ってことは俺たちは違うのか?」
向かいに座ったカエデもパスタを食べながらながらこちらの話に耳を傾けている。
「言語種族はHPとMPを合わせても循環粒子の半分までしか使えないようにされてるんだよ。魔法刻印で調整されてるの。魔力粒子、特に循環粒子は訓練を重ねることで増やしたり、効率よく使うことができるようになるからレベルが上がるごとにHPもMPも増えるんだよ」
魔法刻印。それがあるおかげで俺たちは魔法を使えるんだったな。
コトリの話によれば物質内の循環粒子の量が全体の三割を切ると物質としての形を保っていることが難しくなるのだとか。ついでに言えばHPとして割り当てられた分の循環粒子は物質の形を保つ役割を果たすこともできるらしいが、MPとして割り当てられたものは魔法の使用に備えて待機させられるため循環粒子としての役割を果たせなくなるらしい。また、冒険家の場合は倒れた後の無敵時間や蘇生されなかった際の緊急離脱術式に使用される魔力粒子や不測の事態に備えた『予備魔力』も含めると実際には六割程度が使用されているそうだ。
「ところでコトリ、どうして長い杖を選んだんだ?」
さっきの戦闘でコトリが手にしていた武器は今まで使っていたような短いものではなく、山登りにでも使えそうなサイズの杖だった。短いものは用意されていなかったのだろうか。
「一応、短杖と長杖から選ばせてくれたんだけど、長い方も面白いかなーと思って」
面白そうだから、とはまた適当な理由だな。まぁ、らしいと言えばらしいが。カエデの方は弓矢を持ってたけど、他に選択の余地はあったのだろうか?
「カエデは弓以外の選択肢はあったの?」
「う、うん。拳銃も用意、されてたんだけど……ちょっと、怖くって。弓矢に、したの」
俺に先んじて尋ねたコトリの問いに、カエデがそう返答した。こちらの理由も、なんとなくカエデらしいと思った。出会って数週間ほどの間柄でこういうことを思うのは差し出がましいかもしれないけれど。
「ソウタが片手剣を選んだ理由も、今まで片手武器を使ってたからでしょ?ソウタも、ソウタらしいね」
「よくわかったな」
俺の思考パターンってそんなに読みやすいだろうか……?
キリのいいところでルビィさんが言葉を発する。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
*
「それで、どこに行くんですか?」
店を出たところでコトリが尋ねる。ちなみに代金はルビィさんがおごってくれた。
「君たちも正規の冒険家になったわけだし、野良の冒険家としての生きる術を教えといたほうがいいかと思って」
それだけ言うと彼女は「ついてきて」と歩き出した。少し歩いてたどり着いたのは、記憶にも新しい、広場だった。ここで盗賊との戦闘をしたことが鮮明に思い出される。
ルビィさんが示したのはその広場の端の方だ。あれは、掲示板、だろうか。いくつかの用紙が画鋲で留められている。
「組合からの公的な依頼はさっきみたいに直接、文書で通達されることが多いんだけど、一般の住民からの依頼はあんな風に掲示される場合がほとんどなの。もちろん、あんなことをせずにそのまま依頼を発行する人もいるけどね」
「あれは、自分で……貼りだしてるん、ですか?」
「そうだよ。組合支部で申請を出せば依頼書を発行してくれるから、それをああやって貼っておくの」
答えながら掲示板に近づくルビィさんに俺たちも続く。
「この紙に触ってみて」
という言葉に従って、俺は彼女の示した用紙に指を触れる。すると紙の前に二つのコマンドが現れる。『受諾』と『取消』の二つだ。
「掲示された依頼を受ける場合はそんな風に依頼用紙に触って『受諾』を選択すればいい。受けない場合は『取消』を選べばいいよ。一度受けた依頼をやめるには依頼確認画面で対象の依頼を『破棄』すればいいよ。ま、一度受けちゃったものは誠意をもって達成した方がいいと思うけどね」
俺はそのまま『受諾』を選択する。『依頼開始』と書かれた光の帯が現れてから徐々に薄れていった。
「ソウタくん、その依頼受けたの?」
「はい。そこまで難しくもなさそうですし」
ルビィさんの質問に肯定で返す。
いままで俺が見ていたコマンドやらもほかの画面と同じように俺にしか見えないらしいな。
「パーティーを組めば一つの依頼を共有することもできるよ」
そう言ったルビィさんの指示に従って、俺は自分の機能参照画面を操作して、結成したパーティーにルビィさんを含めた三人を招待した。彼女らがパーティーに加わった後、今度は依頼確認画面から依頼をパーティーで共有した。
「基本的に依頼はいくつでも受けられるし、達成までに期限もないけど依頼主が依頼を取り下げちゃったり、ほかの人が先に達成したら自動的に依頼を『破棄』することになるから気を付けてね」