想定外の動作が発生しました Lv2
……これは、笑うところでいいんだろうか?
そう思わせるような状況が、目の前で繰り広げられていた。そこにいたのは、大きななギルウィだった。その青く柔らかい巨体が、女性を踏みつぶしている。
ピロン!と目の前に画面が現れる。そこには『緊急依頼!ギルウィの討伐』と書かれていた。
それで我に返った俺は、依頼内容を確認もせず閉じると武具装着で装備を変更し、その女性に駆け寄ると剣でギルウィに斬撃を与える。その異形は「むきゅっ」と間抜けな声を上げると飛び退った。
「大丈夫ですか?」
「ええ、はい。助かりました」
「ソウタくん、ここは任せてもいい?私はこの人や住民を安全な場所に避難させるから」
この一匹を倒せばいいんじゃないのか、と思ったが、どうやら状況はそこまでよくないらしい。周りに目をやると、ほかにも数体の巨大ギルウィが跳ね回っていた。
「わかりました」
そう返事をして、俺は残る二人に視線を投げる。
「もちろん、手伝うよソウタ」
「わ、私も」
「ありがとう。頼むよ」
彼女らも魔法で武器を取り出すと、構えた。俺と同じように転職試験の際に貰ったのだろう。その武器は新しいものに変わっていた。
その様子を見てから、ルビィさんも女性を連れて走り出した。
こちらも始めるとしよう。俺は改めて得物を構えると、詠唱する。
「強力斬撃!」
いままで使ってきた戦闘魔法よりも強い光を放つ斬撃が魔物を捉える。その一撃で、とりあえず一匹を倒すが敵はまだまだいる。
……なんか、最近こういうの多くないか?
余談だが魔法によって放たれる光の強さは、攻撃力とは直接的な関係はないらしい。さっきの本に書いてあったことだが、魔法粒子ってのは物質中に存在する魔力媒体に媒介されることで物理エネルギーに変換することができるんだとか。それで魔力粒子を物理エネルギーに変換するのが強化斬撃やさっきの強力斬撃といった戦闘魔法というわけだ。
しかし、魔力粒子は特に『方向性』を指定しない限り光エネルギーに変換される。だから魔法で『方向性』を指定してやらないといけないのだが、全ての魔力粒子を掌握しきれるわけではない。そこで制御しきれなかった魔力粒子は光に変わり、魔法の使用時に発光するという理屈らしい。威力を上げるために変換する魔力粒子を増やせば制御しきれない分も比例関数的に増えるために、余計に明るい光を放つようになる。これも余談だが、魔法粒子や魔力媒体を制御することのできる力の大きさを魔力圧と言うこともあるんだそうだ。人間種は低いが、天聖種なんかは比較的大きな魔力圧を持っている種族だと、コトリが言っていた。
ところで、魔法についての本質的な説明は本の最後の方にちらっと書いてあった。なんでも、『魔力によって魔力粒子や魔力媒体を操り「世界」に干渉する術』のことをそう呼ぶらしい。
俺は続いて、青い異形の群れに向かっていく。後ろから呪文を唱える声が聞こえた。
「凍結束縛っ!」
すると目の前の魔物たちの足元が凍り付き、動きが止まる。コトリの新しい魔法だろう。その隙をついて俺はもう一度魔法を放つ。その後にカエデの声が耳に届く。
「ソウタ、伏せてっ」
指示通り身をかがめると、
「貫通射撃っ」
飛来した矢が数体のギルウィを貫くと無に帰した。
ちなみに冒険家として本登録された俺たちは魔物を倒す毎に組合から報酬としていくらかのお金と経験値を貰えるらしい。
「やるな、カエデ!でも、いちいち声掛けなくたって大丈夫だぜ?」
「で、でも、当たっちゃたら……っ」
「大丈夫。カエデの射撃は正確だから」
それに、と。未だ自信のなさげな彼女に対し言葉を次ぐ。
「俺はカエデを信じてる。だからカエデも、俺を……自分を、信じてみてくれないか?」
気恥ずかしくてまっすぐ彼女を見て言うことはできなかったが、カエデがわずかに目を見開いたのはわかった。
「ッ……!わかった。ありがとう、ソウタ。……私、やってみるよ」
「ああ」
微笑んで、前方に視線を戻すと凍結状態が解除された魔物たちが再びこちらへ向かっていた。
「落雷魔法!」
彼らの頭上から襲い掛かった攻撃が動きを止めている間に俺も魔法を発動する。
「一刀両断っ」
剣の攻撃範囲を一時的に拡張して攻撃する魔法だ。空気中にまで魔力粒子を媒介させることで物理ダメージを与えられる範囲が広がるのだ。通常、空気中には魔力媒体が少ないために、人間の魔力圧では抵抗が大きすぎて魔力粒子を出力できないが、魔力媒体の性質の一つである、魔力粒子の密度が高い場所に引き寄せられる性質を利用しているのではないか、というコトリの推測だった。まず剣に魔力粒子を集めることでその周りに魔力媒体を集中させ、一時的に空気中への魔力粒子の出力を可能にしているということらしい。ある程度近い距離の魔力媒体なら人間の魔力圧でも管理下に置くことが出来るらしく、集まった魔力媒体を剣の先端に集めれば可能だと彼女は言っていた。因みに魔力媒体で作った魔力粒子の通り道を魔法回路と呼ぶんだそうだ。
生み出された長剣で魔物の群れを一気に消し去る。
しかし相手は嫌になるほど残っている。
俺の前だけでなく、後ろ、つまりコトリやカエデの後ろにも俺の背丈よりもありそうなマスコットキャラクターが蠢いている。
図書館に入る前は人の多かったこの通りも、今では既に帽子やら兜を被った異形で埋め尽くされていた。
「凍結束縛!」
コトリが動きを止めた魔物たちの群れに向かって俺は走る。
「連続斬撃っ!」
足元を凍らされた味方を躱してさらに多くのギルウィが向かってきている。
魔法を纏った剣で拘束されたうちの一体を攻撃すると、剣が放つ光が少し増す。二回、三回と攻撃するうちに一層攻撃は威力を増していき、最終段、十連撃目に達するまでには一度もダメージを与えていないギルウィを一撃で倒せるほどになっていた。
こちらに向かっていた一団は倒したが、目に見えて敵が減っている感じはしない。
「二倍射撃!」
「火炎爆撃っ」
他の二人もそれぞれに魔法を使って敵を倒していくが、まるで手が足りない。
そこに、赤い人影が飛び込んでくる。放たれた魔法は瞬く間に魔物たちからその形を奪い去った。
「お待たせ―。大丈夫だった?」
「ルビィさん……!助かります」
「ウィーニルの冒険家たちも頑張ってるから、すぐに事態は収束すると思うよ」
彼女の言葉通り、それから数分としないうちに街に溢れ返っていた異形たちは駆逐された。