一次転職 Lv3
雑談を切り上げて、アレックスさんは本題を切り出す。
「まあいいや、とりあえず一次転職を終えたお前らには正規の冒険家となって使えるようになった機能の説明をしようと思う。本当なら冒険家として登録された時点で説明を受けるんだが、お前らの場合はちょっと特別だったからな」
確かに、組合の気遣いで組合章を受け取った後はすぐにホテルで休ませてもらったからな。
「まずは、そうだな、自動洗浄機能の説明からかな」
さっきも少し単語が出た気もするが。
「何ですか、それ?」
「『使えるようになった機能』とは言ったが、これはその名の通り自動で使用されるもので、身体を常に清潔に保つ機能だ。身体に付いた汚れなんかを定期的に魔力粒子に分解してくれるんだ」
何だその機能?冒険家に必要なのか?
「お風呂に入らなくて済むんじゃないかな」
俺の心を読み取ったかのように、コトリが口を開いた。それに答えて、
「その通り。冒険家は、特に野良の冒険家なんかは数日間野宿なんてことも珍しくはないみたいだし、重宝するのよ」
そう言ったルビィさんが、それでも、気分的にやっぱりお風呂には入りたいけどね、と付け足す。
そこで、前から気になっていたことを尋ねてみる。
「あの、魔力粒子って何ですか?」
ウィーニルに来る途中でもなんかの説明の時に聞いた言葉だが、どういうものなのかがいまいちわかっていない。
答えたのはアレックスさんだ。と、言っても、
「よくわからん。俺は専門家じゃないしな」
という答えなのかすらも疑うような返答だったが。
周りを見渡してみたが、他の教官たちも同じようなものらしい。この世界では、そういうことを知らなくても生きていけるものらしい。
「ま、知りたいことがあるならあとで図書館に出も行ってみようか。ウィーニルには大きな図書館があるの。魔王のこともわかるかもしれないし、私も少し調べたいことがあるから」
ルビィさんがそう言って、鎧の教官が説明の続きに入る。
「機能の説明に戻るが、他には協力戦闘機能や秘匿通信機能なんてのもある」
彼の説明によれは協力戦闘機能とは、他の冒険家と共に戦闘をする際、戦闘を進めやすくしたり、様々な情報を共有するのに役立つものらしい。マップ上にパーティーメンバーの位置が表示されたり、味方には一切の攻撃は当たらない、といった利点があるそうだ。
秘匿通信はその機能の一つで、声に出すことなくメンバーとの意思疎通ができる機能だ。遠隔会話と似たようなものだが、それとは違って、味方全員に同時に自分の意思を伝えることができる上に、相手にはその内容が聞こえないという、戦闘に特化したものになっている。その分、会話が可能な距離が遠隔会話より狭いらしいが。
そのほかに、武具装着というものもあるらしい。
「武具装着ってのは、要するに早着替えだ」
「はあ」
よく分からない説明に曖昧な返事を返す。
「あらかじめ装備を登録しておけば、瞬時にそれを装備することができるんだ」
「こんな感じでね」
追加の説明をしたアレックスさんの後を、ルビィさんが次ぐ。
「戦闘準備!燃ゆる刃っ!」
彼女がそう詠唱すると、一瞬光に包まれた後、そこには初めて会った時と同じ赤い鎧の姿のルビィさんが立っていた。腰には剣も刺さっている。
「うわあ、すごい!」
コトリが横で大喜びしている。そのせいで調子に乗ったのか、ルビィさんは続けて唱える。
「装備解除」
すると今度は、今日の彼女の服装、桃色のワンピースへと戻っていた。
「すごいでしょ?」
確かにすごいとは思うが、ルビィさんの手柄でもないと思う。
「あ、あの。装備ってどうやって登録するんですか?」
俺の傍らで、カエデがおずおずと声を発する。俺と会ったときはずいぶん人見知りだったのに、少しは人にも慣れたのかもしれない。俺も見習わないとな。
カエデの質問には再びアレックスさんが答える。
「機能確認画面から、武具装着に入って、そこで装備したいものを登録すればいい」
説明ではわかりにくい部分も多かったので、実際にやっていることにした。
機能確認画面を開き、画面下端に並ぶタグから『武具装着』とあるものに触れる。すると、機能確認画面の上に新たな画面が現れる。
隣ではコトリやカエデも何やら顔の前で手を動かしているから、同じように試してみているのだろう。
二分割された画面の右側には正方形の空欄が横に9つほど並んだものが、五列ほど設けられている。ここに装備を登録するんだろうが、五列あるのはおそらく五パターンまで装備を登録できるという事なのだろうか。左側の格子状に分けられた画面には、いくつかの服の画像が並んでいる。コトリに選んでもらった服だ。自分の持っている装備がここに表示されるのだろう。出ているのはすべて上着。見ると、上の方には複数のタグがあり、それぞれにマークが振ってある。右の画面の四角の上にも同じマークがあるのに気付く。
察するに同じマークのところに装備をはめればいいのだろう。俺は制服の上着を右画面の最上列の空欄に指でドラッグして持っていく。
マークから読み取れるところだと、兜、服の上下、武器、盾、靴、手袋、後なんだろう……マントと、アクセサリーかな?
タグをタッチし左画面を切り替え、今度はカッターシャツ、更にズボンをはめ込む。次はさっき貰った剣。空欄はまだ残ってるが、俺が持ってるのはこのくらいだな。並んだ四角の横の『登録』と書かれたボタンを押す。
画面を閉じ、「戦闘準備」と言ってみる。
視界が光で閉ざされ、思わず閉じた目を開けると、俺の服装はさっきまでと変わって、着慣れた制服になっていた。手にはさっき貰った剣が握られている。
続いて『装備解除』で元の服装に戻った。割と面白い。
「ソウタ、すごーいっ!」
「いや、だから俺がすごいわけじゃないんだけどな」
「そんなことないよ、私、全然使い方わかんないもん」
「さすが、ソウタだね」
コトリとカエデに口々に褒められ、少し照れてしまう。
「詳しく説明もしてないのによくできたな」
そこへアレックスさんが口をはさむ。そう思うなら先に説明してほしい。さっきからわざとやってないか、この人?
「まぁ一応詳しい説明を加えておくとすると、まず、装備の組み合わせは合わせて5パターンまで作ることができる。その場合は自動的にそのセットに名前が振られるから、使いたいときは『戦闘準備』に添えてその名前も詠唱すれば任意の装備を呼び出すことが可能になる」
そうれかもう一つ、と言って、彼は続ける。
「武器や防具として登録された装備には武具連動が働くんだ」
「マジックリンク?」
「そう。武具連動された装備は、自分の体と同じく魔力で保護さるようになる。防御した時などもHPが消費されるようにはなってしまうが、装備が壊れる心配はしなくて済む。それに、一部の武器は武具連動された武器は追加効果が発動される」
そういうと、アレックスさんは自らの剣を抜き、俺たちの前に差し出す。能力値を確認してみろ、という彼の言葉に従い、能力確認を発動する。
目の前に画面が現れる。そこには彼の持つ剣と同じものの画像と、それについての説明が記載されていた。名称、攻撃力、会心率などの項目が並ぶ中、『追加効果』と書かれたものがある。
「この武器の追加効果は物理防御力5%上昇だ。装備しているだけで、物理攻撃を受けた際のHP消費量が装備していないときに比べて減少する。こんな風に、武器そのものの性能だけでなく、自分の魔力と連動させることによって実際よりも優れた効果をもたらすこともある」
彼によれば、追加効果は武器だけでなく、盾やその他の装備についていることもあるらしい。それに、武器が手から離れてしまった時に一定距離以内にあれば手元に呼び戻すこともできるとも教えてくれた。この際にMPの消費はなく、武器呼出と唱えればいいそうだ。
「杖の場合は、もう少し便利なこともあるのよ」
横合いから声を飛ばしてきたのはソフィアさんだ。
「武器連動をされた杖は、術者が持っていなくても魔法を発動することができるの。しかも、術者だけでなく、杖を起点として発動することも可能なのよ」
なんだかよく分からないが、便利そうな感じではある。
弓や銃の場合は構えたり、弾倉に空きが出ると自動で装填されるらしい。
「最後に、細かいことではあるんだが、冒険家は戦闘魔法以外の魔法、つまり遠隔会話や能力確認みたいな魔法にはMPを消費しないってのも覚えといてくれ」
「わかりました」
「それから文書交換機能や物品贈与機能なんてのもある。一応説明しとくと、文書交換ってのは遠くの人と文書でやり取りする機能だ」
文書交換機能については仮登録の時に多少は説明を受けたな。詳しくは聞いていないが。
「遠隔会話と違ってかなり離れていても送ることができるし、アイテムを添付することもできる。送られた文書は文書保管庫に保存される。これには文書に実際の質量やらがあるわけでもないし、保管可能数の上限はないが、物品贈与で贈られたアイテムや文書に添付されたアイテムを保管する共有倉庫には個数の上限、受取期限がある。早めに自分の個人倉庫に引き上げたほうがいいだろうな」
「補足すると、組合員じゃない人も組合支部で手続きをすれば、冒険家に文書やアイテムを送ることができるの」
ルビィさんが口をはさんだことに、アレックスさんは顔をしかめる。
「俺が言おうと思ってたのに」
文句を言われたことを気にする様子もなく、彼女は軽い調子で鎧の男をたしなめる。
「まぁまぁ」
……この人は誰に対してもこんな態度なのか。
「とにかく、これからは正規の冒険家として、一緒に頑張ろうぜ!」
こちらを向き直ったアレックスさんがそう締めくくり、無事、俺たちの転職試験は幕を閉じた。