一次転職 Lv2
傷つけても、切り捨てても蘇生する丸太相手に基本的な剣の振り方から、戦闘魔法を使っての訓練を終え、
「最後に投擲武器の説明もしないといけない」
めんどくさそうに呟いて、
「投擲武器ってのはくないとか手裏剣、もっと身近なので言えば石ころとか、要するに投げて使う武器だ」
虚空から、魔法でくないを取り出すと、アレックスさんは丸太に向かって投げつける。
が、それは丸太の頭上を通過し、床へと落下した。
「……まぁ、近接戦闘を主とする剣士には必要のないものだがな。一応、訓練内容に含まれてるからやらなきゃ仕方がない」
今度は、何もない場所から小石を取り出す。
男の手から投げ出されたそれは今度こそ直立する標的に命中する。
「とはいっても、剣士も煙玉とか閃光弾とかを使うことはあるだろうから、このくらいはできたほうがいいがな」
そう言いながら、アレックスさんはもう一つ小石を手に取ると俺に投げ渡した。
*
それから少しの間石を投げる練習をした後、俺はアレックスさんとともに、ルビィさんの待っていた受付の前まで戻ってくる。
「あ、終わったんだ。待ちくたびれたよ」
この人のことだ、話し相手もおらず暇していたに違いない。代わりに会話に付き合わされていたのか受付のお姉さんがほっとしたような表情を向けてくる。
……ご愁傷様です。
少しして、コトリやカエデたちも帰ってきた。
「やっほーっ、ソウタ!」
手を振るコトリの横には綺麗な青い髪の女性が歩いている。コトリの試験を担当した教官だろう。
「あれ、ソウタ君。コトリちゃんよりあっちの女の人の方が気になるの?」
「ソウタ、そうなの?」
俺の視線に機敏に反応したルビィさんがそんなことを言い、その言葉に反応したコトリが顔を近づけてくる。
「妙な言い方しないで下さいよっ」
飛び退るようにコトリから距離を取りながら、ルビィさんに不平を述べる。
「こんにちは、私はソフィア。コトリちゃんの転職試験を担当したの」
「はあ、そうですか」
答えて、彼女から目をそらす。またルビィさんに変なことを言われてはたまったものではない。
「2人とももう終わってたんだ。待ってた?」
そこに、カエデが申し訳なさそうな顔でやってくる。
「いや、俺たちも今終わったとこだよ」
「そうなんだ。よかった」
ほっと息をついてから、傍らにいる青年を示して、
「あ、こちらはファリスさん。私の試験を見てくれたの」
よろしく、と柔和な笑みを浮かべて会釈するハンターハットの男に倣って俺も頭を下げる。
「……ところで」
俺はカエデの姿を見て口を開く。
「何でびしょ濡れなんだ?」
彼女の体は頭の先からつま先まで水でぐっしょりと濡れていた。俺の質問にカエデは赤くなりながら答える。
「え、えっと……部屋に入ったときに、水が降ってきて……」
カエデもやられたのか。
ファリスを見やると「はは、ごめんね」と笑った。優しそうな顔をして割とえげつないな、この人。
「自動洗浄機能のおかげで乾きも早いから、大丈夫よ」
そういう問題じゃないと思う。
「お前もやられたのか?」
もしかして、と思いコトリにも尋ねてみると、案の定答えはイエスだった。それにしては、彼女の体には一切の水あとは見られなかったが。やっぱり大した勘と身体能力だ。
「さて、全員そろったな」
と、俺の教官が声を上げる。
「まあ、これでお前らはさらなる力を手に入れたわけだが、あんな試験は受からせるためにあるような試験だ。あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ」
「アレックスって、昔からそうやってまとめたがるわよね」
「ほんとに変わんないよね」
「うるせぇよ」
仲良さげに話す三人は昔馴染みなのかもしれない。
「『受からせるための試験』って意味あるんですか?」
言い合う教官たちに、そんな無粋なことを尋ねるコトリだが、アレックスさんは律儀に返答する。
「あんな試験も合格できんやつは、そもそも組合には必要ねぇってことだよ。ま、この深刻な人手不足の中じゃ、そんなこと言ってる余裕があるかどうかは謎だが」
「ところで、あのギルウィって何なんですか?」
全然関係ないこと聞くな、などと思いながらも俺も話に乗っかる。
「ああ、あの青くて」
「そうそう。それで丸っこくて」
「「兜をかぶったやつ」」
声がそろうと思っていたんだが、信じられないことにバラバラのイメージ図が出来上がっているらしい。コトリと顔を見合わせていると、アレックスさんが口をはさむ。
「ギルウィには三種類いるんだよ。剣士、魔導士、射撃手の恰好をしたのが。お嬢ちゃんのところのも違っただろ?」
そう言ってカエデに問いかけると、彼女は濡れた髪を揺らしながら頷いて、
「はい。私のところのはファリスさんがかぶっているような帽子をかぶっていました」
「魔法で作り出したって言ってましたけど、もう少しなんかなかったんですか?見た目とかネーミングとかのセンス」
俺が言うと、アレックスさんは顔をしかめて言った。
「そう言うなよ。組合・ウィーニル支部のマスコットだぞ?」
「……そんなもん斬らせないで下さいよ」
まったく、とんだ転職試験だな。
「ルビィさんの転職試験の時も倒したのあれだったんですか?」
「うん。私もあのセンスはどうかと思うなあ」
俺の質問に、彼女はそう答えた。
「お前ら、言いたい放題だな」
頭を掻きながら、鎧を着た男は苦笑交じりにため息を吐いた。