一章 一次転職 Lv1
朝食を終えた俺たちは組合・ウィーニル支部に来ていた。
昨日ここで本登録を済ませた俺たちだが、今度は『転職』をするためにやってきた。
転職、というのは簡単に説明すれば、使える魔法を増やすための手続きのようなものだ。転職を行うたびに魔法の専門性は増すらしい。例えば、ルビィさんの職業である斬撃手であれば、移動速度、攻撃速度は速いが、防御力や攻撃力は他の剣士系職業に比べると劣っているらしい。
俺たちが今回行う転職は四段階あるうちの第一段階目、一次転職だ。15レベル以上になると行うことができるようになるらしい。
「あっ、ソウタの像だ」
組合の建物に入るなり、コトリはロビーの真ん中に据えられている石像を指さす。昨日ここに来た時もそんなことを言っていた気がする。
「またそれか。そんなに似てないだろ」
「あの像って、誰の、像なんですか?」
カエデがそんな疑問を口にする。
「この世界の種族を統一し、魔法技術をもたらしたとされる三人の『英雄』の一人らしいよ。ほかの二人の像もそれぞれ別の支部に置かれてるわよ。本部には三人一緒にあるって話だけど」
たった三人で世界を統一、か。魔王の話もそうだが、とても信じられない。
ま、『伝説』なんてものは得てしてそういうものなのかもしれないが。
そんな会話もそこそこに受付に向かうと、受付の職員に一次転職をしに来た旨をコトリが伝える。
「では一次転職にあたって、この先使用していく職業の系統を選択してください。剣士系、術師系、射撃系の三つになっています」
今までは装備を変更すれば三系統の魔法を一つずつは扱うことができたが、ここからは一つの系統に絞るということか。
ここで決定した職業系統は後で変更することができないのでご注意ください、と言われたが悩むまでもなく俺たちのスタイルなどとうに決まっている。
各々に今まで使っていたのと同じ系統を口にする。
「私は魔導士で!」
「しゃ、射撃手……がいいです」
「俺は剣士で」
俺たちは口々に自分の希望を口にする。やはりここまで使ってきた職種が使いやすいだろう。
「コトリ様が魔導士、カエデ様は射撃手、ソウタ様は剣士、でよろしいですね?では、それぞれ転職試験を受けていただきますので指定する部屋へ向かってください」
「試験があるんですか?」
コトリが驚いたように尋ねる。
「はい。その試験に合格すれば新たな戦闘魔法を解放され、使用が可能になります」
「よしっ。がんばろうね、2人とも!」
「おう!」
「うん!」
*
俺たち三人はそれぞれバラバラの部屋に案内された。
ほかの二人がどこへ行ったかは知らないが、俺が案内されたのは『訓練室1』。扉を開けて入ると、いきなり頭上から水が降り注いできた。
「うわっ」
俺は部屋に入った勢いのまま前方に飛び出て辛うじて水の塊をかわした。飛沫がズボンのすそや靴を濡らす。
訓練室1はちょっとした食堂くらいの広さの部屋だった。部屋の中には何もなく、真ん中に一人、屈強な体つきの男が立っている。
「はっはは、よく躱した。第一段階合格だな」
鎧を身に着けたその男は朗らかに笑いながら俺を出迎えた。
「ようこそ、新人冒険家。俺は教官のアレックス。単刀直入に行くが、これから転職試験を開始する」
「ところで今のは何なんですか……?」
「転職試験前の小手試しみたいなものだ。反射神経を試させてもらった。実践ではいつどこにトラップがあるかわからんからな」
まぁ、転職試験の合否には関係しないけどな、という彼の言葉に納得いかないままに「はぁ」と気の抜けた声を返す。
「ともかく、ここからが試験の本番だ」
「ところで試験って、何をするんですか?」
俺も自分の名を名乗ってから、何もない部屋に目をやりながらそう質問する。
「何、難しいことじゃない。これからこの部屋に現れる魔物を倒してもらう。それだけだ」
「魔物、ですか……」
いくら魔物とはいえ、無意味な殺生はあまり気分のいいものではない。
俺の発言をどう受け取ったのか、アレックスさんは再び口を開く。
「心配することはない。魔物って言っても人工的に魔力を固めて作った人形さ。危なくなったらすぐに止める。もちろん、その場合は不合格だが」
『魔力を固めて作った』、か。彼の説明がどこまで正確なものかはわからないが、それなら問題はないのか……?
「わかりました」
俺はうなずく。
「じゃ、早速行くぜ。これから送る依頼を受諾すれば訓練スタートだ」
そう言って、顔の前で何やら操作をする。
すると、俺の眼前に画面が現れる。そこにはこうあった。
『依頼「一次転職試験」
達成条件 ギルウィ20体の討伐』
俺が『受諾』を選択した途端、『依頼開始』と書かれた帯が現れ、同時に虚空に黒い煙の渦のようなものがいくつも現れ、それが魔物へと姿を変えていく。
それは、青くて丸い、鎧の兜をかぶった……何か。あれがギルウィなのか?兜のせいで顔は見えないが、随分と間抜けな見た目だ。柔らかそうだし。サイズは背丈にして俺の腰あたりまである。本来は球体なのだろうが、その柔らかさのせいだろう、重力に負けて若干横に長い。
「物品取出!」
唱えると、俺の手にフライパンが現れる。
正規の冒険家になって使用が可能になった魔法だ。冒険家一人ひとりに割り当てられる保管庫、個人倉庫にしまった物を取り出すことができる。
手にしたフライパンを目の前で跳ねるよく分からない『何か』に叩き込む。二度三度と殴ると、魔物は再び形を失い霧散していく。
「おりゃっ!」
跳ね回る異形のものに次々と打撃を与える。動きは単調で、盗賊を相手にするのに比べれば造作もない。こうしている間にも宙空より魔物が出現し続けているが、問題はない。戦闘魔法も織り交ぜながら20体ほど(というかピッタリ20なんだろう、多分)の魔物を斬り伏せた所で、ギルウィの出現は止まり、既に存在していたものも黒霧へと還っていった。
『依頼達成』と、光の帯が出てきてそのままフェードアウトする。どうやら規定数の討伐を完了したらしい。
「よし、よくやった。試験合格だ」
「はい」
「そんじゃ、魔法刻印の書き換えをするから。力を抜いてくれ」
言われるまま、息を吐きだし楽にする。目の前の男が何やら呟いている。
すると、右の肩甲骨のあたりがほんのりと熱を帯び始めた。確か、市民登録の時に魔法刻印を刻み込まれたあたりのはずだ。
そして俺の周りを光が包み込み、やがて収束した。
「よし、終了だ。能力値を確認してみてくれ」
俺は顔の前に手をかざすと「能力確認」と唱え、画面を現出させる。見ると、俺の職業は冒険者から見習いに変わっていた。
戦闘魔法も更新されているはずだ、という教官の言葉に、今度は戦闘魔法画面を開く。
魔法の名称の横に説明文の書かれたアイコンが浮かんでいるが、やはり強化斬撃のみが表示されている。
しかし、よく観察して見れば画面の上端にタグのようなものがあり、『〇』と書かれたものの横に『Ⅰ』というタグが発見できた。それを触ってみると、そのタグの付いた画面が表示された。確かに、いくつかの魔法が記されている。
「お、説明しなくても見つけられたか。大抵のやつは戸惑うんだがな」
愉快そうに笑いながらそんなことを言う。
だったら最初から教えてくれりゃいいのに。まぁ『向こうの世界』では結構ゲームとかはしてたし、操作方法とかはなんとなくわかる。
よし、とつぶやいて教官が言葉を続ける。
「説明文が付してあるとは思うが、一応新しい魔法について説明しておくぞ」
「はい。お願いします」
そう答えると、鎧の男は説明を始めた。
「まず、二次戦闘魔法の一番上にあるのは身体強化だと思うが、それは文字通り、肉体、要するに身体能力を永久的に高めるものだ。自分からわざわざ発動する必要はなく、そういうのを恒久魔法っていうが、冒険家自身のレベルが上がるごとに強化される」
具体的には動体視力や攻撃力、防御力、敏捷性などが強化されるらしい。
「そして上から二つ目が強力斬撃のはずだ」
さっきから言い回しが曖昧だ。どういう仕組みかは知らないがこの画面はどうやら自分にしか見えないらしい。何とも不便だ。アレックスさんはおそらく記憶を頼りにしているか、自分の二次戦闘魔法の画面を開いているかしているのだろう。
「その戦闘魔法は一次戦闘魔法の強化斬撃よりも強力な斬撃を与えるものだ。ちなみに消費MPは説明文の上に書かれているやつだ」
画面に並んだ戦闘魔法は左端にアイコンのようなものが縦に並び、その横に魔法名称、消費MP、それらの下には詳細な説明がなされている。
アレックスは作業的に説明を進めていく。
「そして三つめ。連続斬撃は、そのまんまだが、連続で攻撃をする。強化斬撃や強力斬撃より斬撃有効時間が長いから、その間に剣を振ればいい。敵に当たれば有効時間が延び、さらにその度に与えるダメージも上がる。最大10連続攻撃が可能で、攻撃力は五倍まで上がる」
有効時間内に攻撃をつなげられなければ魔法が途切れてしまうから注意しろよ、と付け足す。
「次は火炎斬撃。魔力を炎に変換して剣にまとわせる。三回ぐらい剣を振る猶予はあるから、その間に攻撃するんだ」
その辺のことは使ってたらなんとなくわかるかな、と、適当にうなずく。
「で、最後は一刀両断だな?それは魔力の刃で剣の間合いを延長し、攻撃する魔法だ。発動までに多少時間はかかるが、それなりに強力だ」
あ、それと、と付け足すように続ける。
「戦闘魔法には『熟練度』ってのがあって、恒久魔法は別だが、その魔法を使った分だけその魔法の熟練度が溜まっていく。空撃ちでも溜まることには溜まるが、実践の方がいいのは言うまでもないだろう。恒久魔法同様、冒険家のレベルが上がることでも溜まるが、とにかく熟練度が最大まで溜まるとその魔法のレベルが上がって、攻撃力や的中率、その他効果値が上昇するんだ。魔法のレベル、修練度は魔法ごとに10まで上げることができる。あと、その魔法の上位魔法を使うことでも熟練度はあがるからな」
そこまで説明すると、息をつく。
彼は自分の顔の前あたりで何かを操作しながら、
「次は、剣の使い方を教えてやる。一応聞いとくが、両手剣と片手剣、どっちがいい?」
俺は、今までフライパンを使って戦ってきたことを考えて、片手剣、と答えた。
「了解」
すると、ピロン、という音とともに俺の顔の前に勝手に機能参照画面が展開される。
画面の下端に並んだタグのうち、共有倉庫とあるものに『NEW!』と表示されていた。
「今、お前に剣を送ったから、届いてるはずだ。組合からの支給品だから受け取っておいてくれ」
とりあえず、タグに触れてみると、新しい画面が現れた。『アレックス さんから贈り物がありました。』という簡潔なメッセージをタッチすると『受け取る』『放棄』と『戻る』と書かれた選択肢が表示される。『受け取る』を選択すると、先程のメッセージの横に『(受け取り済み)』の表示が加わる。
「せっかくだから物品贈与機能について説明しておく。物品贈与は自分の持っているアイテムを他人にあげる機能だ。届いたアイテムはさっきみたいに共有倉庫に一時預かられる。保管個数上限や受取期限があるから早めに受け取った方がいいだろう。必要ないものなら、『放棄』を選択すれば組合が始末しておいてくれる」
「わかりました」
「じゃあ、さっそく剣を取り出してくれ。『受け取り』を完了したアイテムは自分の個人倉庫に入れられてるはずだ」
言われた通り、個人倉庫画面を開き、上端のタグから『装備』を選ぶ。アイテムの保管方法の違いからだろうが、アイテムはいくつかの種類に分けられ、それぞれに所有上限がある。アイテムの分類にはほかに薬などの『消費』アイテムや『設置』、『その他』などがある。ちなみに俺がさっきまで武器として使用していたフライパンは『その他』のアイテムに分類されている。
先程受け取った剣を取り出すと、ずしりと重さが伝わってくる。「抜いてみろ」と言われ、鞘から剣を抜く。片手で持てるサイズの両刃剣だ。鞘はとりあえずもう一度倉庫にしまっておいた。
「よし、じゃあ、剣の訓練を始めるぞ」
そう言ってアレックスが「訓練開始」と詠唱すると、部屋の中央あたりに三本の丸太が立てられた状態で顕現する。