終章 クリアボーナス
朝日に照らされた王城がその白い壁に光を反射して燦然と輝いている。先ほどまでの戦闘などなかったかのような余裕を湛えているようにも思える。
俺たちはそこに向かって歩いていた。
「何で私たちが表彰なの?」
「俺に聞くなよ」
医務室での治療が終わった後、ルビィさんから俺たちがこの国の王から表彰を受けることになったと伝えられた。しかも組合の冒険家を代表して、だそうだ。何が何やらわからないままに俺たちは着替えや段取りの説明などの準備を済ませ、こうして王城へと向かっていたのだ。ルビィさんも組合員として式典に出席するらしく、一緒にはいない。
それにしても。
「ふあ……眠い……」
そう、とてつもなく眠い。昨日から夜通しで盗賊と戦っていた上に一睡もせずにこの場にいるのだからそれも仕方ないだろう。
とは言っても流石に大欠伸はどうかと思うぞ、コトリ。
隣を歩く少女は目尻に浮かんだ水滴を拭いながら俺を挟んだ隣の少女に声をかける。
「ねー、カエデは何でだと思う?」
「さ、さあ。私にも……わからない、けど」
そう答えた彼女は、緊張しているのか、幼馴染とは対照的に目が冴えている様子だ。
「私たち、何か役に立ったかな……?」
カエデの言う通りだ。まだ先頭に関しては言うまでもなく一切役に立っていないし、挙句の果てには人質を取られ足を引っ張った始末だ。そのうえまだ正式な冒険者登録すら行っていない、分類的には『一般人』な俺たちが『冒険家を代表して』表彰されるいわれはどこにも見当たらない。
「まー、行ってみればわかるかな」
という適当な発言に、適当に同調しておく。
「そうだな」
*
王城についた俺たちは国王の御前に並ばされていた。
その場には俺たち三人以外にも大勢の人間が集まっていた。前の方には組合の冒険家が制服を着て整列しており、その後ろには観衆がたむろしている。
式典が始まり、いかにも『国王』な髭のおじさんが口を開く。
「皆も知っての通り、近頃我が国を騒がせていた盗賊がこの街を襲撃した。が、組合の冒険家たちの奮闘によって奴らを無事捕らえることに成功した。勇猛な冒険家たちのおかげで、人的被害を最小に事態を収束できた。王として、礼を言おう」
そこまで言うと、国王は俺たちに視線を投げる。
「その冒険家の中で、敵の策略を見破り、身を挺してまで盗賊の捕縛に力を尽くした者を冒険家を代表して表彰したい。その者ら、前へ」
やっぱり俺たちそんなに役に立ってないような気がするけど。そんなことを口にするわけにもいかず。
その指示に従って、数歩前に歩み出る。
「貴君らの活躍を称えここに表彰し、勲章を授与する」
一歩前に出ると、王が差し出した表彰状を代表して俺が受け取る。それからまた元の位置に戻った。
そして俺たちのもとにトレイを持った男性がやって来る。軍人みたいな制服を身に着けているから多分王様の直属兵だろう。そのトレイには盾が三つ、載せられていた。俺たちは一つずつそれを受け取る。
コトリが妙なことを言い出さないか多少ハラハラしていたが、そのあといくつかの段取りを消化して式典はつつがなく終了した。
*
「あー、やっと終わったぁ~」
王城を出たコトリは伸びをしながらそんなことを言うと、俺に目線を向ける。
「ソウタ、私が王様の前で変なこと言うとか思ってたでしょ?」
本当に勘が鋭い。
「私だってあんな場面で眠いとか帰りたいとか言わないよ。失礼だなー」
彼女は頬を膨らませて不満そうだが、今までのコトリの言動を見る限りではそういうことをしかねないから恐ろしい。
「まあまあ、お疲れさま」
コトリをなだめるようにしながら現れたのは門の前で待ち合わせをしていた赤色に輝く長髪の持ち主、ルビィさんだ。
「あ、ルビィさん。おはよー」
「おはよう、コトリちゃん。それにカエデちゃんにソウタくんも」
「お、おはよう……ございます」
「おはようございます」
口々に挨拶をした後にコトリが口を開く。
「何で私たち表彰されたんですか?」
結局のところその理由はわからず仕舞いだった。なんか活躍した、とか言われたけど自覚は欠片もない。
ルビィさんは歩き出しながら告げる。
「不思議なことなんてないよ。だって盗賊のアジトを見つけられたのはソウタくんが『帰還の書』の謎を解いたからだし、カエデちゃんが自分を囮にしてまで敵をおびき寄せてくれたから囲い込めたわけだしね。その作戦が成功したのは、コトリちゃんの文書のおかげだし」
俺たちも後をついて足を動かす。
『身を挺して』ってのはそういうことか。別に囮になったわけじゃなくて、たまたま捕まっただけなんだけどな。
「あ、あの。囮、『おびき寄せた』って……?それに、コトリがルビィさんにしたのは、メール……じゃなくて遠隔会話、だったと思うんですが」
カエデが納得いかないというように質問を投げかける。
「昨日の夜、結局、何があったんですか?いつの間にか、冒険家の人たちが、現れて……」
「あれ、ソウタくん説明してなかったんだ」
「そういえば、忘れてました」
「ダメじゃん、ソウタ。ちゃんと教えてあげないと」
自分だけが状況を理解していない、という状況を理解したらしいカエデは、珍しく不満げな表情を見せる。
どこから説明したもんだろうか。
「そうだな。まず、カエデが捕まった後、俺はコトリにこう言ったんだ」
*
「コトリ、頼みがあるんだが」
「もちろんいいよ」
「ルビィさんに文書を送って欲しいんだ。手を使わずに」
呪文の詠唱を行わずに炎を生み出すことができる彼女になら、それが可能かもしれない。
「できると思うよ。任せて」
期待通りの返答に俺は続けて言う。
「盗賊を広場に追い込みたい。拠点を制圧した後、一網打尽にする」
「わかった、まかせて」
作戦の詳細を語ろうとしたところで、コトリが遮る。
「大丈夫。ソウタの考えてること、大体わかったから。あんまり長いと怪しまれるよ」
確かに、あまり『あちら』を暇にしておくのもよくないだろう。カエデに何をするかわからない。
本当に俺の意図が伝わっているか不安な部分もあるが、これからもともに戦う仲間だ。ここは聡明な彼女を信頼することにする。
*
俺はあのときコトリと交わした会話をカエデに説明する。
「そのあと、ルビィさんに遠隔会話で状況を説明するふりをしながらコトリは文書で俺の作戦を伝えた」
「ソウタの、作戦って、何だったの……?」
まぁそうなるだろな。あの会話だけで普通はわからないだろう。あれで理解できるコトリはやはり頭がいいのだと思う。
「別に恥ずかしがることじゃないよ、カエデちゃん。私も今のやり取りだけで正確にソウタくんの作戦を私に伝えたなんて信じられないもん」
ルビィさんがカエデを慰めるように語り掛ける。
「ソウタの考えた作戦はね」
と、コトリが説明を始める。
「まず、目くらましでカエデを取り返してから広場に逃げ込んで盗賊をあの広場に集めることだったの。冒険家の人たちが盗賊のアジトを見つけたって言う連絡をルビィさんから受け取ったら作戦開始」
もちろんこの捜索は『遠視魔法』での探索で、実際に姿は見えていなかったらしい。
カエデは黙ってコトリの話を聞いている。
「このとき、街からいなくなったと思われてた冒険家さんたちは広場の周りにいたの」
「でも、それじゃあ盗賊の人たちは気付くんじゃ……?」
「テントを使ったんだよ。簡易基地をね」
「簡易基地……」
「あれは使用者以外には見えないし、認知さえできない。だからあの中にいれば気付かれることはないんだよ」
盗賊も、街の中までは、魔法を使っても監視できないと言っていた。
「私たちは広場の端の方にテントを並べて中で待ってたってわけ。ま、ソウタくんが私のテントで転んだときはちょっと焦ったけどね」
あれはやっぱりテントに足を取られたせいだったのか。
「あんなところに置かないで下さいよ。あのせいでまたカエデが捕まっちゃったんですから」
そのうえ死にかけた。
「ダメだよ、よけないと。コトリちゃんはちゃんとよけてったよ」
嘘だろ……?あれは見えないどころか触ったってわからないはずだ。俺も転んだとき、テントにつまずいた感覚すらなかった。いくらなんでも偶然だろう。
「それはともかく。もう一度カエデを盗賊のリーダーから取り戻して安全を確保した後、冒険家たちがテントから姿を現して一気に制圧したってわけだ」
「なるほど……」
説明を聞き終えた彼女は話に付いて行くのが精一杯といった様子でうなずく。
「それにしても、よくあの会話だけで俺の作戦をあそこまで再現してくれもんだ」
さすが、と言わざるを得ない。
「うん。なんとなく、ソウタの考えてることが分かったんだよね。自分でも不思議なくらいだよ」
なるほど、これが天才ってやつなのかもしれない。
「でもやっぱり最終的に盗賊を倒したのも捕まえたのも俺たちじゃないですし、表彰されるのは俺たちじゃない気がするんですが」
「そういうことを言わないの。ソウタくん、貰えるものは貰っておくもんだよ」
「はぁ」
俺の態度から納得していないのが見て取れたからだろう。彼女は付け加えて、
「君たちは可愛い後輩だからね。私から冒険者代表を君たちにするよう推薦しておいたの」
「推薦、ですか」
「そ。盗賊の棟梁にとどめを刺したのはコトリちゃんたちだった言うのも大きいし、組合には初心者を戦わせた上に危険な目に遭わせた負い目もあるから、上層部も結構簡単に動いてくれたよ」
軽く脅しをかけてないか、それ?
「何にしても、勲章を持ってるといいこともあるし、損はないと思うよ」
という先輩の言葉に俺たちは頭を下げる。
「ありがとうございます」
などと話をしながら俺たちがどこに向かっているかというと、
「着いたよ。組合ウィーニル支部」
いや、もう着いたが、ここが俺たちの目的地だ。正式な冒険家としての登録をするためにやってきた。
そのまま博物館にでも使えそうな佇まいのその建物に足を踏み入れる。広いロビーの一番目立つ場所には、鎧を着た男の石像が置かれていた。
「あ、あの像ソウタに似てない?」
隣でコトリが声を上げる。
「……そうか?」
「た、確かに、少し雰囲気が似てる……かも」
気を遣ったのか、カエデが話に乗っかる。
「ま、私よりはソウタくんに似てる気はするね」
この人は完全に面白がってるな。
「そんなことどうでもいいですから。行きますよ」
「ソウタくんはノリが悪いなー」
嘆息して受付に向かう俺にルビィさんが軽い調子で言う。
余計なお世話だ。
「おはようございます。本日はどのような……」
近づいた俺たちを見て受付に座っている女性が顔を上げる。彼女は定型文を連ねる途中で言葉を切る。一瞬何かを考え込むような表情になった後、
「ああ、あなたたちは今日の。冒険家代表の方がどのようなご用件ですか?」
この人もあの式典に出ていたのだろうか。それでなくともこの盾は無駄に重いうえに目立つのだが。
なんでも仕様上の問題で、勲章は他人に譲渡することができないらしく、ルビィさんの倉庫に入れてもらうわけにもいかず、三人とも手に持っているのだ。
「この三人は冒険家として正式登録するために来たんです」
ルビィさんが俺の代わりに返答する。
「正式登録……。もしかして、まだ初心者なんですか?」
「はい」
驚いた様子の受付係に対して俺はうなずく。
「はあ……道理で見ない顔だと思いました。それにしても凄いですね、初心者で代表だなんて」
「いえ、そんなことは」
「もっと誇ってもいいんじゃないかな。ソウタくんは謙虚だねー」
「そんなんじゃありませんよ」
目の前に座っている女性は自らの業務を突然思い出したように仕事に戻る。
「あ、そうでした。冒険者の本登録でしたね」
「お願いします」
「では、本人確認等を行いますのでこちらの書類に記入してください」
そういって差し出された記入用紙に俺たちはそれぞれ書き込み提出する。「少しあちらでお待ちください」と告げてからその書類を持って奥へ引っ込んでいった。
先ほどの像のある台座の周りに並べられたソファに座って待っていると、再び女性が席に戻ってきて俺たちを呼んだ。
「お待たせしました。確認が取れましたので本登録に進みます」
彼女は続けて、
「こちらの書類に必要事項を書き込んでください」
指示通り、差し出された書類の空欄を埋めていく。
俺たちが書類を手渡し、続いて別室で魔法刻印の更新を行った。能力値を確認すると職業は初心者から冒険者に書き換わっていた。
ロビーに戻った俺たちにさっき俺たちの相手をしていたのとは違う女性が話しかけてくる。制服を着ているから、組合の職員ではあるのだろう。
「では、次にご案内しますのでこちらに来てください。ああ、付き添いの方はここでお待ちください」
どこかミステリアスなオーラを纏った彼女は、一緒に歩き出そうとしたルビィさんを制止する。
そして俺たち三人だけを連れて施設の奥に入っていく。
「あの、どこに行くんですか?」
コトリのもっともな疑問に対して淡々と答えていく。
「支部長室です。冒険家の正式登録にはその登録に立ち会った組合支部の支部長から直接、『組合章』の受け渡しが行われるんです」
「組合章……?」
「はい、冒険家だけでなく組合員全員が身に着けている、組合員であることの証明となるもののことです」
そう言いながら彼女は自分の胸元のピンバッジを指で示した。
そこで彼女はふと足を止めると、左手にある扉を示す。
「ここが支部長室です。お入りください」
彼女は部屋の外で待つらしく、俺たちだけが通された。
「コトリ、どうした?」
俺は部屋の前で立ち止まる彼女に声をかける。
「う、ううん。なんでもないの」
どこか浮かない表情のコトリだったが、ゆっくりと部屋に入ってきた。
その部屋の中には重そうな机と、その向こうに一人の人物が立っていた。部屋の一番奥には大きな窓がある。
向かって左側の髪が黒色、反対側が白色の男性だ。六十はいっているだろうか。左目には片眼鏡を着用している。
柔和な笑みを浮かべて彼は口を開く。
「君たちが今回冒険家の本登録をする子たちだね」
「はい」
代表して俺が応える。
「そして、君がソウタ君か」
「はい、そうです」
なぜ俺を名指しにするのかと戸惑ったが、とりあえず返事をする。
彼はそれ以上そのことには触れず、「そうか」とだけ言うと話題を変える。
「そういえば昨日、というか今日は活躍したみたいだね」
「いえ、大したことはしてません」
「そうかい」
今度もその話題を深く追及することなく、本題に入る。
「じゃあ、組合章を渡すとしようか」
机の引き出しから箱のようなものを取り出す。それを開くと三つのバッジが収まっている。
差し出されたケースの中から俺たちは一つずつバッチを手にする。
俺は制服を着ていたので校章を外すとブレザーの内ポケットに放り込むと、そのポジションに組合章をはめ込む。コトリやカエデも服の適当な場所にそれをつける。
その動作を待ってから、片眼鏡の老人は喋りだす。
「これで君たちは正式に組合の一員となったわけだ。より一層、責任のある行動を取るんだよ」
「はい」
「もっと強くなって、そうしたら、また私のところに来なさい」
その言葉の意味は分からなかったが、とりあえず適当にうなずいておいた。
「これから君たちは何度も困難にぶつかることになるだろう。でも、そのたびにそれを乗り越えていかなければならない。どうしてもくじけそうになってしまったら、その時はその胸に輝く誇りを思い出して再び立ち上がって欲しい。私からはこれで以上だ」
「……ありがとうございます!」
俺は頭を下げる。それに倣うようにほかの二人も礼をする。
初めこの世界に来たときは、どうなることかと思った。でも、この三人でなら何かができる。今はそう思える。不安などは、もう一欠片も残ってなどいなかった。
顔を上げると、窓から差し込んだ日の光によって俺の胸元の小さな誇りが、力強く輝きを放っていた。