五章 インフィニットポップ Lv1
何かが砕けるような音や誰がが叫んでいる声が聞こえる。静かな闇を下していた王都に明かりが灯りだす。異変を感じた人々が窓から顔を出したり、建物から出てきたりしている。
「まさか、ここにも盗賊が?」
俺がそう口にすると、
「……そうみたいね」
ルビィさんが苦々しげに返答した。
「組合から盗賊の討伐を要請する大規模依頼が下りてる。きっとこの辺にいる冒険家全員に送ってるんじゃないかな」
彼女は顔の前で指を動かしながら続けた。
「でも、俺たちのところには何も来てませんよ?」
「まあ、ソウタくんたちはまだ正式な組合員じゃないからね。いくら人手不足でも非正規の冒険家を使うわけにはいかないんじゃないかな?」
そう言ってこちらに向き直ると、
「そういうわけだから、ここで待っててね。ちょっと行ってくるよ」
「待ってください」
街の中心へと向かおうとする背中に声をかける。
「俺たちも行きますよ。放っておけるわけないじゃないですか」
立ち止まったルビィさんは驚いたような表情で振り返るが、一転笑って言った。
「ありがとう。じゃあ、手伝ってもらおうかな」
「はい。もちろんです」
そこで、俺は勝手に『俺たち』なんて言ってしまったことを少し気にした。良かったのかな?
俺がそれを尋ねる前にコトリが口を開く。
「もちろん、私も行くよ」
「わ、私もっ」
ルビィさんは二人にも笑いかけて、
「そっか。ありがと。でも、絶対無理しちゃ駄目だからね」
「「「はい!」」」
俺たちは声をそろえて返事をした。
「街の中心部に盗賊が現れたみたい。どうやら王城が襲われてるらしいよ」
届いた依頼を確認しながら言ってから、
「じゃ、行くよ!」
ルビィさんは掛け声一つ、駆けだした。
「悪ぃな、勝手に巻き込んじまって」
後ろの少女たちに向けて声を投げる。
「いいんだよ。ソウタならそう言うだろうと思ってたしね」
「私、は、ソウタについて、行くよ」
そんな二人の言葉に、思わず笑みが零れる。
「二人とも、サンキュー」
返事をしてから、俺たちもルビィさんを追って、チラチラと明かりの見え始めた真夜中の街を走り出した。
*
王城の周辺に到着したときにはすでに戦闘が行われていた。巨大な城門の前はちょっとした広場のようになっていて、そこからは何本かの道が街へと延びていた。
甲冑を着た兵士たちと黒装束の盗賊が小競り合いをしている。盗賊相手に思いの外苦戦しているように見える。
「今回は偽情報による冒険家の妨害はなかったんでしょうか?」
戦闘に加わりながら俺はルビィさんに尋ねる。
「ううん。例にもれず組合の冒険家は出払ってるよ。偽情報の可能性が高くても、救援要請とかがあったら一応確認に行かないわけにはいかないからね。それでも門の警備は残していたみたいだけど」
ま、何にしても盗賊に入られちゃってるけどね、といいながらも、一人二人とならず者を光の粒へと還していく。
「じゃあ、今戦ってるのは?」
今度はコトリの質問だ。
「あれは王様の近衛部隊だよ。王様っていうのはいつ危険な目に遭うかわからないからね。直属の部隊を保有していることも多いみたいだよ」
とは言っても魔法技術は組合の機密事項だから彼らに戦闘魔法は使えないけどね、と続けた彼女の言葉を捉えて、
「だったら、助けてあげないと……っ」
カエデが戦闘中の兵士に援護射撃を行う。直前で射撃に気付いた盗賊は後ろに飛び退いてそれをよける。
彼らとて国王直属の部隊としての訓練を受けているから心配はない、とルビィさんは付け足したが、いくら訓練を受けていると言っても、魔法を使う相手に対して魔法が使えないというのはあまりにも不利過ぎる。道理で苦戦しているわけだ。
俺はフライパンを振りかざしてカエデの放った攻撃を躱した直後の盗賊に向かっていく。
「強化斬撃!」
「すまない、助かった」
「いえ、もう大丈夫です。すぐにほかの冒険家も来ますから、下がっていてください」
「そういうわけにもいかないさ。俺だって王直属の部隊のはしくれだ。ここで退いたら部隊の恥だからな。死なない程度にはやらせてもらうよ」
「わかりました。それじゃあ、お願いします」
そう言って俺は盗賊に向き直る。
相手は魔法を込めた剣を振りかざして突っ込んでくる。俺がそれを受け止めはじき返すと、ふらついた盗賊に火の玉が直撃する。
「サンキュー、コトリっ」
背後に声を飛ばしてから盗賊に向かって強化斬撃を食らわせる。初めて盗賊と出会った時よりいくらかレベルを上げているし、その分、攻撃力も強化されている。あの時は一人も倒せなかったが、今度は違う。
しかし、盗賊が光の粒と散るのを待つ暇すらなく、次の相手が襲い掛かってくる。
振り下ろされる刃を躱して、腹にカウンターを入れる。呻く盗賊に畳みかけて魔力を込めたフライパンをたたきつける。
続いてとどめを刺そうとしたときに、こちらに向かって矢が飛んでくるのが目に入った。
俺が、しまった、と思うより先に声が耳に入ってきた。
「強化射撃!」
横合いから放たれた小石が飛んできた矢を打ち落とす。
「ソウタ、大丈夫?」
心配そうなカエデの声に俺は答えて言った。
「ああ、大丈夫だ。助かったよ」
それにしても、相変わらず正確な射撃だ。まさか矢を打ち落とすとは。
とまぁ、感心している暇はない。今度こそ目の前の敵を拠点に送り返すと、矢を放ってきた男の方に向かう。放たれた矢を、手にした調理用具の底で防ぎ、そのまま魔法を発動し突っ込んでいく。
相手の武器は弓矢だ。距離を詰めてしまえばこちらのもの。そんなことは盗賊の方もわかっているのだろう。剣を手にした仲間が飛び出てきて俺の攻撃を受け止める。その背後で再び先ほどの盗賊が弓を引き絞る。そこにすかさずカエデが魔法の込められた小石を打ち込んだ。俺は一度相手と距離を取ると身をかがめる。その後ろにいたコトリが生み出した火炎球が盗賊を襲い、そこに地面を蹴りだして俺が飛び込む。強化斬撃で相手を倒すとその勢いのままに後方の弓使いに飛びかかった。魔法の斬撃に続いてまたしてもカエデの放った攻撃が相手の行動を阻害する。逃亡にも反撃にも移れなかった盗賊にとどめの一撃を与え、青白い光へと還元する。
そのまま油断はせずに少し後ろに下がる。
「今のはいい連携だったんじゃねーか?」
前方から目は離さずにコトリとカエデにそう声を掛ける。
「だったよねっ?」
「……うん!」
それぞれに嬉しそうな返事をする二人。
「ちょうどいいタイミングだったよ。さっきの援護射撃」
コトリに至っては、俺が盗賊に飛びかかろうと反動をつけるためにかがんだ瞬間の攻撃で、心を読まれてるレベルだったが。急に飛んできたから、あれは俺も少し驚いた。
そう言っている間にまた襲い掛かってきた盗賊を受け止め、いなす。
「つーか、どんだけいるんだよ?」
思わず口を衝いて出た言葉にルビィさんが応える。いつの間にか近くにいたようだ。
「ほんとにね。今、街の門を警備していた組合員たちから連絡があったんだけど、東西南北どの門からも入って来てないらしいよ」
「気付かれずに入って来たってことですか?」
「さあ、どうだろう?流石にこの人数が入ってきたら気付くと思うし、現在進行形で人数が増えてる気がするんだけど」
「今も門の警備はしているんですか?」
「うん。でもやっぱり盗賊を目撃している見張りはいないみたい」
だったら、どっから入って来てるっていうんだろうか。
「強化斬撃!」
杖を手にした黒ずくめに魔法を浴びせる。直後コトリの火の玉とカエデの礫が相手を無に帰す。
「そういえば、今回、倉庫は?」
「襲われてないみたい。今回襲われているのは王城だけ」
俺と会話しながらもルビィさんは一人で俺たちの数倍の人数を倒している。実力の差は歴然だ。
とはいえ、魔法を使えるのは俺を含めてまだ四人。そのうち三人はど素人だ。王直属の兵士たちもだいぶ疲弊してきている。恐らくルビィさんがいなければ今頃城は落とされていることだろう。
対して盗賊の方は倒しも次から次へどこからともなく現れる。まるで無限湧きだ。敵を倒すだけじゃ駄目だ。援護を待っているだけでも駄目だ。根本的な策を見つけないと。
相手が無限に湧き続ける仕組みでもわかればそっち方向から叩くこともできるだろうが……。
そのとき、少し離れた、敵の集団の真ん中で爆発のようなものが起こる。いくつもの人影が青白い光の粒となってその形を失っていく。
爆心地には剣と盾を手にした一人の男性が立っている。彼はゆっくりとこちらを振り向くと、
「待たせたな」
溜めたっぷりにそう言った。