六章 リベンジ Lv1
「おしゃべりたぁ余裕だなぁ!?」
俺のコトリの間に割って入るような一撃を散開して躱し、そのまま空を駆けながら追撃から逃れる。周囲の船からも俺やコトリに向かって魔法が降り注ぐ。
襲い来る攻撃は出来るだけ回避し、避けきれないものは盾や剣で弾く。それでもいくつかはまともに食らってしまい、HPを削られていく。
相手との距離を詰めたいが、下手に近付くと更に痛手を負うことになりかねない。
「お前らの望みなんざ、何一つ叶いやしないんだよ!!」
魔弾と共にぶつけられる声に、せめてもの抵抗と怒号を返す。
「いいや、叶えてやるさ!!」
俺の口を塞がんとばかりに八方から攻撃が襲い、声が続く。
「甘いんだよ、お前らガキってのはッ!!現実ってものがまるで見えていない!!」
飛行速度を上げ、飛来する火炎球を振り切り、雷撃を魔力分散で散らす。光線は剣に込めた魔法で断ち切った。
「『魔王』様の意思に反するものは全て、為す術もなく叩き潰されるのだからな!!」
「この場にいない奴の意思なんかでそう簡単に止められるかよ!?俺たちを止めたいなら、お前の意志で止めて見せろ!!」
「個人の意思などに意味は無いと言ったはずだろう!?」
コトリは自分に飛んでくる攻撃をいなしながら、俺への攻撃も防御してくれている。カエデも、『崇教徒』達の呪文詠唱を妨害するために攻撃を続けてくれているが、それでも攻撃は弱まるどころか苛烈さを増していく。
「人は過ちを犯す。弱く、醜く、愚かな生き物なのだから!!」
「だからって『魔王』に従う理由にはならねぇだろうが!強力斬撃ッ!!」
魔法を剣で切り裂き、盾で受け流しながら男の乗る船に迫る。
「それでも、自ら考え行動し過つよりもよほど良い!!正しいと信じる者に従う事の何が悪い!?」
撃ち込まれ続ける攻撃を受け止めきれず、一度男へ近づくのを諦めた俺は、その船の下へと滑り込む。MPとHPを回復していると、下に回り込んで来た他の船から攻撃が飛んでくる。
「そんなの、ただ逃げているだけだろっ?」
「……なんだと?」
船の下から這い出て後ろに回り込んだ俺へ、振り返りざまに魔法を叩き込みつつ、男は不快そうに聞き返した。
「一刀両断ッ!」
同時に展開された複数の魔法を、普段の二倍ほどに延長された光の刀身で逸らす。続けて、今度は少しずつタイミングをずらして連射される攻撃の隙間を縫うように男へ肉迫する。
「お前はただ間違うことを怖れて、自分のすべき判断を他人に委ねてるだけだ」
上下から挟み込むように放たれる攻撃。
両手で魔力分散と強力斬撃を同時に発動し、体を回転させることで散らす。
「そんなものは『信じる』とは言わない!!」
男に向けて振り抜いた俺の斬撃を、足元に展開した障壁で跳ねて躱す。
降り注いだ魔法を盾で受けると、空中で再度障壁を展開した男が別の向きから魔法を撃ち込んでくる。空中へ逃れ、跳ねまわる男を視線で追う。
「だったら、自ら考え、間違えることの方が正しいとでもいうのか!?」
「当たり前だろ!!人生、誰だって初見プレイなんだから!何するにも、初めての事ばっかなんだから!!」
障壁魔法で移動を繰り返しながら続けられる攻撃を回避しながら、こちらも攻撃を続けるが中々相手を捕えられない。
「そうやって過ちを犯し続けることが無駄だとッ!無意味だと言っているッ!!こんな人生には何の意味も無かった!『魔王』様のおかげで、俺はようやく生きる意味を手に入れたんだ!!」
俺の右前方から左側へ移動しながら放たれる魔法を上空へ浮かび上がりやり過ごす。
「確かに、今までの人生、正しいことばかりじゃ無かったかも知れない」
新たに展開した足場に着地しながら、こちらへ向けて魔法陣を繰る男へ、魔力分散を発動した盾を投げ下ろす。
「失敗だったかも知れない。間違いだったのかも知れないッ」
魔法陣を砕きながら男へぶつかっていく盾を追って、俺自身も突っ込んでいく。飛来する盾を籠手で防ぎ、足元に展開した障壁での跳躍に失敗した男が落下する所へ追い打ちを叩き込む。
「けど、絶対に無駄なんかじゃ無かった!!」
「が、はぁ……ッ!」
さらに畳みかけるために俺も急降下する。
「だって、今こうして生きてるんだからっ!!」
男は甲板へ叩きつけられながらも、空中から迫る俺に魔法を撃ち込んでくる。
「一矢報復ッ」
剣で攻撃を受け止めながら更に前進。男は素早く身を起こして、こちらへ障壁を展開する。
そして次の瞬間、俺の体は男の背後にあった。そのまま無防備な背中を剣で斬り付ける。
「な……ッ!?」
振り向きながら撃ち込まれる魔法に対して、マントに隠れるように腰の後ろに差していた杖を取り出し、相手に向ける。
展開された次元断層が魔法を遮断し、俺は続けて一閃重撃を叩き込む。
俺の攻撃をいなし切れず、男の体が甲板を跳ねる。
「まさか、その杖……ッ」
体を起こしながら、声を投げかけてくる。
恐らく相手の推測通り、俺の手にしている杖はコトリが装備している物だ。コトリは今、一次転職の際に貰った長杖を装備しているが、もちろんこちらはダミー。実際に武器として登録されているのは俺が持っている方だ。
原理は相手方のしている事と似ているが、魔導士職の扱う杖には、外部術式の『出口』に当たる術式が施されている。そのため、術者自身ではなく杖を起点として魔法を発動することも出来るのだ。
空間移動は本来、術者の触れている対象のみに作用する魔法だが、俺が杖に触れていればコトリの空間移動で俺を移動させることが出来るという訳だ。
杖には『入口』の術式が無いため、こちらからコトリの魔法を使うことは出来ないが。
「一点突破ッ!」
相手が次の行動に出る前に、輝翼の推進力で一気に詰め寄る。
障壁が展開されるが、俺は再び男の後ろ。得物が深々と突き刺さる。
「くっ……そ、がァあああああッ!」
カラフルな光が視界を埋める。それを躱すように今度は男の前へ。
その先手を打った魔法が周囲に既に展開されている。俺は甲板に魔法を込めた剣を叩きつけ、反動で男に体当たりする。
構わず男は魔法を連射する。
空間移動で俺が離れた一瞬の間に、下方に展開した障壁で宙に跳ね上がる。
「生きているだけで意味が生み出せるかぁッ!!」
「そうじゃねーよ!!」
光が降り注ぐが、俺は既に空中。殴りつける攻撃で男を叩き落とす。
「今までの全てに意味があったかなんてわかんねぇよ!だとしてもッ!!」
相手が落ちきる前に、短杖が生み出した雷撃が追い打ちを掛ける。そこへ降り落ちて剣撃。
「ここまで必死に生きてきて、苦しくても耐え続けて、命を繋いできたことは、誇っていいことだろ!!」
起き上がろうとする男の背後に回り込んで斬撃。振り向いた更に後ろに回り込んで追撃。襲い来る魔法をバリアが防ぎ、俺は構わず連撃。
何も言わなくても、俺のやりたい事にコトリが合わせてくれる。コトリのやった事に、俺は合わせられる。
障壁が展開され、俺は後ろに回ると見せかけて、男の体を渦巻く火炎が包み込む。守るものが無くなった所へ俺が攻撃を見舞う。
「生きてさえいれば、またやり直せる!何度でも立ち上がれる!!それが出来るのは、過去の自分自身が頑張ってきたおかげだろうがッ!!」
コトリの方にも妨害が入っているはずだが、それに対応しながらここまで正確な援護をするとは、いつもの事ながら人間業では無い。
為す術の無い相手に、反撃の隙も与えず攻撃をし続ける。
「それをッ!自分が頑張って来た事実をッ!お前自身が否定しちゃ駄目だろ!!」
「知ったようなことを……ッ」
「知らねぇよ!お前の事なんか!!」
HPバーにはノイズが走り確認しずらいが、それでも相手の体力は確実にゼロへと向かっていく。
「お前の努力も挫折も、苦しみも辛さもッ!知ってるのはお前だろ!!お前がどんな思いで生きて来たのか、知ってるのはお前だけだろうが!!」
胸の中心に剣を突き刺し、真横に切り払う。
「お前が認めてやらなきゃ、他に誰が認めてくれるんだよッ!?」
全てのHPを失った男は、力尽きて仰向けに倒れる。
「お前に何があってそうなっちまったのかは知らないけど、そこで諦めちまったら、今まで生きて来た自分自身の努力だって本当に無駄になっちまうんじゃねぇのか」
歩み寄って、横たわる男の首の鉄の輪の向こうで光る結晶体を砕く。
しかし、その表情から読み取れるのは悔しさでも、憎しみでも、諦めでも無かった。
「無駄な、努力……ご苦労様」
男は甲板に倒れてなお、不敵に笑っていた。




