マイターン Lv3
背後から追跡してくる魔王崇教の船団の位置を、船の高度を上げて発見し、その進路の予測を行った。
その予測に基づき、コトリとカエデ、俺の三人は輝翼を用いて魔王崇教の行く手に待ち伏せを行っていた。
「……来たな」
遠くにポツポツと小さく船影を確認して、誰に呼びかけるでもなく口にする。
向こうは既にこちらに気が付いているのか、いないのか。進路を変える様子も無く向かってくる。
「よし、行こうっ」
「背中は、任せて……!」
輝翼の使用で消費したMPを魔法薬品で回復して、船の上に立つ魔導士の射線から逃れるために一気に高度を下げながら船団へと迫る。
「作戦開始だ!!」
風を切りながら船へと急速に近づいていく。こちらに気付いた崇教徒が打ち下ろす魔弾を回避しながらさらに集団の奥へ。
船団の中心あたり、その真下へ潜り込み、いの一番にカエデが上方へ向けて攻撃を放つ。
「一石多鳥、爆裂射撃……っ!!」
船の間を抜けて弧を描いた矢は次々に甲板に着弾し、船上に混乱を引き起こす。それに続くようにカエデが敵中に浮かび上がり追撃を加えていく。
カエデの軽やかな動きに翻弄される戦況を観察し、崇教徒たちを束ねるリーダーのいる船を特定する。
「ソウタ、あの船っ」
言うや否やコトリが長杖を振り回しながら敵陣ど真ん中に突っ込んでいく。
リーダーを守る周囲の攻撃をコトリが引き付けてくれている間に、目的の船に真下から近づいた俺は相手の背後から斬りかかる。
声で感付かれないよう、魔法を使用しない奇襲だったが、いとも簡単に金属の籠手で受け止められる。
「わざわざ自分から始末されに来てくれるとはなぁ!?」
「誰がお前らなんかに倒されてやるかよ?」
硬直した状態から抜け出すために、一度互いに距離を取る。
男が加虐的に口許を歪めて言葉を発する。
「お前らがここに居るって事は、そう遠くないところに船もあるって事だよな?」
仲間の船にそちらを追わせようという魂胆だろうが、カエデがそれを許すはずもない。
船団から離れようとした船に向かって正確無比な矢が放たれる。爆裂射撃や衝撃魔弾など、相手を吹き飛ばす力の強い魔法で船の乗り手を次々叩き落していく。
船から落とされた黒ずくめは、落下先にいた他の船に受け止められる。
「ったく、めんどくせぇなぁ!!」
悪態をついたリーダーの男は、ようやくこちらに真っ直ぐ視線を向ける。
「まぁいい。お前らだけでもここでぶっ潰してやるよ!!」
相手が動くよりも先に、俺は前方へ飛ぶ。
「一閃重撃!!」
「『それは禁忌』――!」
唱えながら、男はバックステップで攻撃を躱し、
「――『触れること無かれ』!!」
目の前に展開された障壁を魔力分散をぶつけて砕き、勢いのまま盾で殴りつける。それを籠手で受け止めながら、男が言葉を投げつける。
「お前らは、何でそこまでして『魔王』様を倒そうとする!?組合は本当に、そこまで尽くす程の組織か!?」
「強力斬撃ッ!」
後ろに跳んで回避した男へ言葉を返す。
「別に、俺達は組合の命令でやってんじゃねーよ!」
「は?だったら、自分の意志でこんな事やってるってのか!?」
「ああ、そうだよッ!!」
答えながら前方へ駆け出す。
「一点突破!」
それに対して展開された障壁へ魔法を込めた盾を投擲し、まっすぐ相手に突っ込む。
左手で攻撃をいなした男は、そのまま俺の懐に潜り込み、胴に掌底を打ち付ける。
「ぐ……ッ」
間髪を入れずに詠唱。
「『それは禁忌、触れる事無かれ』ッ!!」
甲板を跳ねるように転がり、小舟の内壁に体をぶつけた俺を見下ろしながら、
「これだから『若者』ってのは嫌いなんだよ。望めば何でも手に入ると思ってあがる」
心底忌々しそうにこちらを睨みつける。
「人生舐めてんじゃねぇ」
言い捨てて、呪文を唱える。
「『滾れ、燃やせ、灼き尽くせ』」
「ッ……!起動!!」
背中の装置に引っ張り上げられて空中へ飛び出した俺の足元を爆発が掠める。
「驚いたか?」
勝ち誇ったように笑みを浮かべる男へ「驚かねーよ」と言葉を返す。
「お前らはその首輪で脳みそを繋いでるんだろ?だから他の術者の装束に刻まれた魔法も使用できる」
コトリから聞いた話では、人間の脳は言語を司る領域に魔法領域が圧迫されているため、単体では複雑な魔法を使用することは出来ない。そのため、外部に術式を用意し、脳内の魔法領域には外部術式へアクセスするための『出入口』的な術式のみを記述することで魔法の使用を可能にしているのだ。冒険者の場合は肉体に刻まれた魔法刻印、魔王崇教徒の場合は装束に刻まれた術式が外部術式に当たる訳だが、脳を共有することで、互いに接続された術者間のどの『出入口』からも、自分の物を含めて、接続先にある全ての外部術式へアクセス可能が可能になる。
つまり、この場合において脳を共有するという事は、互いに持っている外部術式を共有するという事と同じ意味を持つ。
俺の返答に、あからさまに機嫌を悪くした男は舌打ちに続いて呪文を吐き出す。
「『閃け雷光、穿ち貫け』ぇ!!」
相手を中心に弧を描くように宙を滑り、襲い来る雷条を躱す。
こちらが攻勢に出る前に立て続けに詠唱。
「『光あれ!魔を打ち滅ぼす聖なる光よ!』」
引き続き旋回しながら反撃の機を待つ。
次の攻撃が来る。
「『吠え狂え烈風、吹き荒べ暴風』ッ!」
空気が唸るのに合わせて、進行方向を前へと変える。
「空気振動ッ!!」
渦巻く狂風を斬り裂き男へ迫る。
「一閃重撃!!」
「チィ……ッ!『それは禁忌、触れる事無かれ』!」
男は舌打ちをしながら障壁を足元に展開する。
自らの体を宙へ跳ね上げた男は、空中で詠唱を続ける。
「『滾れ、燃やせ、灼き尽くせ』!」
虚を突かれ攻撃を空振り、完全に背後を取られた俺は、為す術もなく灼熱に身を焼かれる。
「ぐあああああああッ!?」
着地した男は更に詠唱を重ねる。
甲板を転がりながら、飛来する魔弾を回避して飛行装置を起動。
「『それは禁忌、触れる事無かれ』!」
「強力斬撃ッ!!」
障壁を展開しようとした所へ、こちらも魔法を発動する。反射的にこちらに向かって展開された障壁に向かって武器を投げつける。跳ね返されてきた剣を、体を捩って避けながら更に肉迫。
「一閃重撃!!」
左手に残った盾に魔法を載せて相手を殴りつける。その攻撃を受けた籠手を大きく弾き返し、呼び戻した剣で追撃を加える。それも逆の手で防御されるが、輝翼で自分の背を押しながら男の腹へ蹴りを捻じ込む。
「らぁああああああああああああッ!」
「ぐ……ぅ……ッ!」
男が殺意の籠った目を俺に向け、その視線の先で光が躍る。
「ッ……魔力分散!!」
無理やり上半身を後ろに反転させながら盾で防御を試みるが、色とりどりの魔法陣から一斉に放たれる魔法を受け止めきれず、船の外まで吹き飛ばされる。
脳を介して外部術式を共有しているという事は、他の術者の『入口』から術式にアクセスし、また他の術者の『出口』から魔法を出力するという事も可能。
すなわち、他の場所で別の術者が魔法の詠唱を行い、あの男が魔法を発動するという事も可能という事だ。それによって見かけ上での無詠唱術式起動を行った、という理屈だろう。
ある程度の予想はしていたが、同時に複数の魔法を発動することも出来るとは。
「ソウタっ、大丈夫?」
空中へ投げ出された俺の背後に空間移動して来たコトリに受け止められながら言葉を返す。
「ありがとう。大丈夫だ」
周囲の船からの追撃を次元断層で防ぎ、防ぎきれなかった分は俺を抱えながら空を舞い回避する。
その間にMPとHPを回復した俺は、もう一度自分の翼で宙へ浮かぶ。
「ソウタ、そろそろやる?」
見送るコトリの視線に、笑みを返す。
「ああ、こっから反撃だ」




