表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の人生今日からニューゲーム  作者: やわか
俺の人生いつだって初見プレイ
110/120

    In the dark Lv2

 速足でソウタの部屋を出て行ったコトリの後を追って、私も半分ほど開いたままの扉へ向かった。

 部屋を出るときに、扉を閉めるために振り返った視界に、ベッドの上で座っているソウタが映り込む。

 だけど私は、今の彼に何を言ってあげていいのか分からずに、そのまま扉を閉めた。


 コトリが駆けていった方へ歩いていくと、食堂の大きなテーブルの周りに並べられている椅子の一つに、彼女が座っていた。

 普段は休憩時間の船員さんたちが食事を摂ったり、おしゃべりをしたりしているけれど、今はたまたま他の人はいないみたいだ。

 私が入って来た扉に対して、背を向けて座っているコトリに歩み寄って声を掛ける。


 「コトリ……大丈夫?」


 こちらを振り返って、コトリが力ない笑顔を向ける。


 「あはは……失敗しちゃった」


 そんな彼女の隣に、私も腰かける。

 コトリは私に向けて……あるいは宙に向かって言葉を続ける。


 「ソウタが悩んでいるなら、力になってあげたかったんだけどなぁ。疲れてるソウタの気持ち、考えてあげられてなかった」


 私は正面に顔を向けて、コトリが見つめているあたりに視線を投げる。


 「コトリは何も悪くないよ」

 「そうかな?」

 「ソウタの様子がおかしいこと、私は気付けてなかった。コトリは、ソウタが何か抱えている事にちゃんと気付いて、出来ることをしてあげた」


 だから、何も間違った事なんか無いよ、と。

 そう言葉を掛けた私の方に不器用な笑顔を向けて、


 「うん、ありがとう」


 コトリはそう言った。

 そんな彼女の表情の意味を、私は知っていた。

 自分が傷ついているとき、そのせいで誰かを傷つけてしまいたくないとき、コトリはこうやって痛々しく笑う。

 嘘なんか苦手なくせに、苦しいのは自分のくせに、他人のために必死で笑顔を浮かべるんだ。


 「……ねぇ、コトリ」


 彼女に視線を合わせた私の目を見て、コトリは小さく首を傾げる。

 私は言葉を続ける。


 「コトリにも、そんな顔は似合わないよ?」


 コトリの目がわずかに見開かれたような気がした。


 「……えへへ」


 諦めたように笑い声を漏らしたコトリの表情が、悲しみとも痛みとも言えない色に染まる。

 正直な心情を表に出して、ぽつりと言葉をこぼす。


 「やっぱり、カエデにはバレちゃうよね」

 「当たり前でしょ?幼馴染、なんだから」


 答えた私に、コトリは疑問を口にする。


 「けど、どうして?」


 何が、と尋ねる前に質問が続く。


 「今まで、私が何かを隠してるって思ってても、カエデがそんな風に言った事無かったのに」


 やっぱり、コトリに隠し事は出来ないな。

 私が気が付いている事に、ちゃんと気付いていたんだ。


 「こういう時、カエデは私の気持ちを察してくれて、そっとしておいてくれたでしょ?」

 「そうだね」


 観念して、私も本当の気持ちを打ち明ける。

 言葉を探すように宙空(ちゅうくう)に視線を泳がせる。


 「前はね……コトリがそっとしておいて欲しいって思ってるときは、そっとしておいてあげるのが優しさだと思ってたの。私に気を遣って何も言わないなら、私も気を遣って何も聞かないのが、コトリのためだと思ってた」


 コトリは、黙って私の言う事に耳を傾けてくれている。


 「だけど、それは違うって気が付いたの。……本当は全部、自分のためだった。私が傷つきたくないから、コトリの痛みに気付かないふりをしてただけだった」

 「そんなこと無いよ。カエデはいっつも私の事を想ってくれてた」


 その優しさに、私は首を横に振る。


 「本当はどうだったか、なんて、今はもう分からない。コトリのためだったかも知れないし、私のためだったのかも。それとも、その両方だったかも知れない。その時の私の行動が、正しかったのか間違っていたのかも……もう分からない」


 それでも、と私は言葉を次ぐ。


 「少なくとも今は、自分の気持ちに嘘をくのは違うって、思ってる。悩みがあるなら打ち明けて欲しい。力になれることがあるなら、力になりたい。コトリのために、出来ることをしたい。気付いているのに気づかないふりをして、何もしないなんて、今の私はしたくない」


 痛みや悲しみの上に、戸惑いや驚きを浮かべるコトリの瞳を、覗き込んで告げる。


 「……コトリも、同じように思ったから、ソウタにあんな風に言ったんじゃない?」


 少しの間、何かを考えるように沈黙して、やがて何かに得心とくしんしたように首を何度か縦に振る。


 「うん……そう、だったのかも、知れない」


 頭の中を整理するように、一つ一つ言葉を取り出していく。


 「ソウタが何かで悩んでるのが分かって、でも、何で悩んでるのかまでは分からなくて。それでもソウタのために、何かしてあげたかった。ソウタが苦しんでるのを、そのままにはしたくなかった」


 きっと、コトリには他の人よりも沢山の物が感じ取れてしまうから。

 そしてコトリは、とても優しいから。

 だから必要以上に、いつも周りに気を遣ってしまっているんだと思う。

 いつも笑っているから能天気な印象を持たれやすいけど、それもきっと、自分の笑顔が周りを明るくすることを、無意識にでも分かっているからなんだろう。

 コトリはいつでも、周りの誰かのために笑っているんだ。


 「やっぱり、カエデは頭いいなぁ」


 ぼんやりとコトリを見つめていた私に、彼女はそんなことを言った。


 「私は頭悪いから。他人がどう思ってるのか、何となく感じ取れても、それを上手く言葉にできない。どうしてそんな風に感じてるかって事まで分からない」


 そこまで口にして、ううん、と首を振る。


 「自分が考えてる事だって上手に表現できない。何で自分がそんな風にしたのかすら。カエデに言われて、すごくスッキリしたもん。ありがとう、カエデ」

 「そんな……私は、別に、思ったことを言っただけだから」


 急に褒められて、恥ずかしさに顔を俯かせる私の両肩に手を添えて、


 「カエデは、ホントにすごいよっ」


 一点の曇りもない笑顔でコトリは言った。

 コトリにそんな笑顔で言われると、どんな言葉でも真実に思えてしまいそうだった。

 励ますつもりが、逆に背中を押されてしまった。


 ……凄いのはコトリの方だよ。


 いつの間にか、私の顔にも笑顔が浮かんでいた。


 「きっとカエデなら、ソウタの事も助けてあげられるよねっ」


 ソウタの助けになってあげたいのは、私もコトリと同じだ。

 言われるまでもなく、元よりそのつもりだったけれど、コトリにそう言われては余計に断れない。

 本当は少し、ソウタと話をするのは怖かったけど、その不安を取り除くだけの勇気は充分もらった。

 今度はこの勇気を、私がソウタにあげる番だ。


 「うん、任せて……っ」


 コトリの顔を見つめ返して、力強く頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ