エンカウント Lv2
村を出て数分としないうちにモンスターと遭遇した。遭遇した、というよりいた。
マナアクアだ。こちらの姿を認知すると向かってくる。能力確認を使ったところ、レベルは5。
「ほら、ソウタくん。頑張って」
ルビィさんって護衛じゃなかったのか?そう思いつつも俺は飛びかかってくる水の魔物に魔法を食らわせる。その後ろからコトリの放った火炎球が魔物をただの水に戻し土に還していった。
「ん?なんですか、これ?」
水の染み込んでいったそのあとに、光の球体に包まれた宝石のようなものが浮かんでいる。
「それはね、ブルーストーンっていう鉱石でこの辺じゃ珍しくもないものだけど、これの説明をしようと思って倒してもらったんだよね」
そこでいったん言葉を切ってからルビィさんは続ける。
「光に包まれているのはマナアクアに宿っていた魔力がその石に残留してるからなんだけど、それが残っている間は魔物を倒した人にしか拾えないの。この場合はソウタくんかコトリちゃんが拾えるよ」
「ソウタが拾っていいよ」
「いいのか?じゃ、遠慮なく」
そういうコトリの言葉に甘えて拾わせてもらう。石に触れると、それをを守る光は消えた。
掌に乗る程度の大きさの石を持って、コトリに歩み寄るとそれを差し出す。
「え?」
「プレゼントだ。受け取ってくれよ」
コトリは一瞬、きょとんとしていたが、「ありがとう、大切にするよ」そう笑って言って、ブルーストーンをポケットにしまう。
俺は手近なマナアクアにもう一度魔法を放つ。二度三度と切り付けると魔物は輝く石を残して消えた。今のところはドロップ率100%だ。今日はツイてるのかもしれない。
宙に浮かんでいるその石を手にして今度はカエデに渡す。
「へ?あ、ありがとう」
少し驚いた様子を見せたが、はにかんでそれを受け取った。
その様子を見たコトリは少しつまらなそうに、
「なーんだ、カエデにもあげるんだ」
「当たり前だろ」
こいつは俺がカエデの存在を忘れ去っているとでも思っていたんだろうか。
「あれ、私にはくれないの?」
突然ルビィさんにそう言われて、俺は言葉を詰まらせる。彼女はくすりと笑って、
「冗談だよ。言ったでしょ、珍しくもないって。欲しけりゃ自分で取るしね」
それもそうか。だったらコトリやカエデにやったことも大きなお世話だったかもな。
「でも、私は嬉しかったよ。カエデも喜んでたみたいだし」
コトリが耳元でそう囁いた。至近距離まで迫ってきたコトリに、思わず息が詰まりそうになる。
俺は飛び退いて距離を取ってから、「そりゃ、良かった」と返した。
*
「ところで、今日はどこまで行く予定なんですか?」
何度か戦闘を繰り返しながらしばらく歩いた後、前方を歩くルビィさんに問いかける。
「うーん、そうだねー。『帰還の書』があれば次の村までは行く予定だったんだけど、手に入らなくてさ」
「帰還の書?」
コトリが質問で返す。彼く女はルビィさんと並んで歩いている。
「使用した地点から一番近い街や村に瞬間移動できる魔法道具だよ。一度使ったらただの紙に戻っちゃうんだけどね」
「それが……手に、入らなかったんですか?」
ルビィさんの隣を歩くカエデも尋ねる。
「そうなの。本来なら支部所属の冒険者は組合の依頼で動くときには魔法薬品とかの必需品は支給されるんだけど、今回はその組合の倉庫が盗賊に襲われちゃったでしょ?その時に魔法薬品や『帰還の書』も全部盗られちゃってさ」
「じゃあ、薬も持ってないってことですか?」
横から問いかけられて、ルビィさんは首を振る。
「ううん。魔法薬品は持ってるよ。村や街には無所属冒険家向けに魔法道具を販売する組合系列の魔法商店があるんだけど、そこで買ったの。本当は『帰還の書』も買いたかったんだけど、最近冒険者の数も減ってきて需要がないからって置いてなかったんだって」
こういう事態に備えて必ず在庫を保管して置くことになってるんだけどね、と愚痴るように付け加える。
「で、どこまで行くか、だったね」
そういえばそんな質問もした気がする。
「マップって唱えれば地図が見られるから開いてみて」
言われた通り呟くと、目の前に画面が現れる。
「この画面は機能参照画面の位置情報タグからも開けるよ」
画面には地図が表示されていて、格子状に区切られている。中央あたりには赤色の矢印のような三角形のようなマークが表示されている。
「真ん中に赤い三角形があると思うんだけど、それが現在地を示しているの。必ず中心に表示されるから」
「他のマークは何ですか?」
コトリの質問にルビィさんが、
「緑色の三角形はパーティーメンバー、丸印はモンスターを表してるわ」
画面をスワイプすることで別の地点を見たり、指を二本使うことで拡大や縮小もできるらしい。『異世界』から来た俺にはそれなりになじみのある操作ではあるが、コトリやカエデには珍しいもののようで、面白がって、あるいはぎこちない様子で手を顔の前で動かしている。
「それで、この格子で区切られた区間を分割地区って言うんだけど、分割地区にはそれぞれ名前があって、今日は『風が駆ける場所』の真ん中くらいまで行く予定だよ。というわけで今日は野宿になっちゃうけど明日は村にたどり着いてちゃんとベッドで寝れるはずだから我慢してね」
現在地の表示に触れると『分割地区「朝露蠢く草原」542,783』と書かれたタブがポップアップする。この数字は順に分割地区の縦、横の座標を示しているそうだ。最小が『0,0』、最大が『1000,1000』、1メモリが実際の1mと対応するらしい。ところで俺たちが今いる分割地区は『朝露蠢く草原』だそうだ。……あいつら、朝露だったのか。
「ところで」
そろそろ日も暮れてきたころ、歩きながらルビィさんがそんな風に切り出す。
「一般的に魔物って呼ばれてるものには二種類あるんだけど」
「そうなんですか?」
そういえばコトリの持っていた本にもそんなことが書いてあった気もするが、ちらりとしか見なかったのであまり覚えていない。それに、どうしていきなりそんなことを言い出したのだろうか?
「うん。マナアクアみたいに生き物じゃないものに大地の魔力が宿った魔法動物と……」
グルル、と何かが唸るような音が聞こえる。
「……あいつらみたいに、大地が生み出した生き物、魔法生物」
彼女の台詞に呼応するように岩陰からハイエナなのかオオカミなのかよく分からない獣が姿を現す。……一匹ではない。次々に出てくる魔物に、気付けば俺たちは囲まれていた。俺は持っていた剣を構えなおす。コトリやカエデも臨戦態勢に入った。
ルビィさんは剣を抜き告げる。
「さあ、晩御飯の調達だよ!」
「えっ、あ、はいっ」
予想外の言葉に一瞬彼女の方を見返してしまったが、対峙する獣が飛びかかってきたのを見て俺は魔法を発動する。
「強化斬撃!」
一撃では足りない。後ろからコトリとカエデの援護射撃が命中し、魔物は光の粒へと還っていった。後には光に包まれた肉片が浮かんでいた。俺はそれを手に取る。
俺たちが一体の相手をしている間にルビィさんは、
「連続斬撃っ」
輝きを放つ斬撃で次々に10体ほどの魔物を倒していった。彼女は「物品回収」と唱えそれらの何体かが落としたアイテムを拾うと、
「さ、逃げるよ!」
と唐突に走り出してしまった。崩れた相手の陣形を掻い潜って走り抜けるが、所詮俺たちは二足歩行の人間だ。四本の足で走る相手から逃げ切れるわけもない。
するとルビィさんは魔法で虚空から何かボールのようなものを取り出すと俺たちに向かって前を向いているように指示を出すと、それを後方に放り投げる。少しして、前を見ていても後ろで何かが光るのを感じた。恐らくさっきのは閃光弾のようなものだったのだろう。追ってくる猛獣たちがこちらを見失っているすきに何とか逃げ切ることができた。
走っているうちに気付けば目的地だった分割地区『風が駆ける場所』にたどり着いてたらしい。
「よし、今日はここで野宿だよ。テントを設置したら食料集めの続きに行くよ」
俺とカエデは息を切らしているが、コトリとルビィさんは涼しい顔をしている。俺も体育は得意な方ではないが、あれだけ走ったのに大したものだ。
テントを設置、とルビィさんは言ったが、彼女が行った作業はまたしても虚空から取り出した『何か』を放るというもだった。それだけでその『何か』はテントへと変じた。このテントは組合からの支給品らしく、いくつかの魔法が組み込まれている。結界によって、テントを設置した場所の周囲には魔物は近寄って来れず、力尽きた際にもここに転移されるという簡易基地の役割も果たすらしい。と言っても本登録を済ませていない俺たちはそもそも緊急退避術式を使用することはできないのだが。ちなみにこのテントには使用期限があるらしく、設置して置ける時間は累計で24時間らしい。
「でも、魔物は近寄ってこれなくても、盗賊とかが来たらどうするんですか?」
そう尋ねると、
「確かにね。その結界は魔物侵入は防げても人間は入ってこれちゃうんだよね。だから、使用者として登録した人以外には見えなくなる機能も付いてるの」
ルビィさんがテントに歩み寄って呪文を唱えると、テントが綺麗に消えて見えなくなった。
「うわっ、すごーい!」
コトリが嬉しそうにはしゃいでいる。
「とまぁ、こんな感じで見えなくなるの。しかも、見えなくなるだけじゃなくて『認知』そのものができなって、触っても気付かないんだよ」
と、説明をしてから俺たちもテントの使用者として登録した。すると再びテントが視界に入るようになった。
『触っても気付かない』とは、魔法ってホントになんでもありなのかよ……?
簡易基地の設営後、俺たちはまた違う分割地区に向かった。名前は『キノコの森』。そういえばさっき俺たちが魔物に遭遇したのは『遠吠え響く平原』だった。あそこではよくあの魔法生物、ワイルドウルフが出るらしい。と、いうことを知っていたのなら、先に行っておいてほしいものだが。まぁ、あの人はああいう人なんだろう。
現れた巨大キノコを倒すと、大地の魔力を吸って巨大化していたそれは元の大きさに戻った。が、魔物と化したキノコの中には消滅の後にキノコが残らないものもあった。光の球に包まれたキノコを拾うと、ルビィさんに預ける。俺はまだアイテムをしまう魔法を使えないからだ。さっきの肉も渡してある。それからある程度キノコを集めてからついでに木の枝などを拾って、テントに戻った俺たちは食事の用意を始めた。
俺が積み重ねた木の枝に、コトリが手をかざし火をつける。その様子を見ていたルビィさんが驚いたように言った。
「コトリちゃん、今、詠唱しなかったよね?」
そう言われればそうだったかもしれない。たしか言語種族は術式に頼らないと魔法を発動できないはずだ。
「えへ、私、昔から魔法はちょっと得意で。火を出すくらいなら呪文なしでもできるんですよ。集中しないとですけど」
「へぇ、コトリちゃん天才かもね?」
ルビィさんに褒められてまんざらでもなさそうな笑顔を浮かべる。彼女はこちらに視線を投げて、
「ソウタはどう思う?」
「え?ああ、コトリはホントにすごいな」
いきなり話を振られて少し困惑したが、俺は本心を述べる。コトリは、ことさら嬉しそうに笑って、「ありがとう、ソウタ」と言った。
コトリが起こした火の上にルビィさんが用意した鉄板を設置する。カエデはその周りに椅子を置いて回ったあと、席に着いた俺たちに皿と箸を配ってくれた。
「カエデ、ありがとな」
「へっ?あ、ううん、大したことじゃ、ないから」
俺も大したことを言ったつもりはなかったのだが、予想外にびっくりしたような彼女の顔は、炎のせいか、少し赤らんで見えた。
それから始まった晩餐はとても楽しいものだった。友人、などと厚かましくも呼んでいいのかはわからないが、同世代の相手と語らいながらの食事は、本当に久しぶりだった。肉とキノコは塩と胡椒で味付けして焼いただけのシンプルなものだったが、驚くほどにうまかった。
「ところで、さっきのワイルドウルフですけど」
食事をしながら俺はルビィさんに話題を振る。
「あれは、動物なんですか?」
あの時は『大地が生み出した生き物』とか言ってた気がするが。
「うん、そうだよ」
「でも、マナアクアみたいに消えちゃいましたよね?」
あるいは盗賊を倒した時のように。
「もしかしてどこかに逃げた、とか?」
コトリが続けて尋ねる。俺と同じことを考えたらしい。しかしルビィさんはそれを「違うよ」と否定して、
「動物には大きく分けて三種類いるの」
そう切り出した。
「さっきのワイルドウルフはそのうちの第三種生物って言われるもので、死んだ後に分解される速度が速い生き物を言うんだよ」
「動物って死んだら魔力粒子に分解されるんですよね」
「お、よく知ってるね、コトリちゃん」
「家にあった本で少し勉強したので」
「さすがだね。そうあらゆる物質は魔力で構成されているんだけど、その形を保てなくなると、つまり動物で言うと死んだとき、魔力に還元されていくの」
その還元速度が速いものが第三種。それ以外のもので言葉を話せないものが第二種、話せるものが第一種と呼ぶらしい。
「ま、自分たちを一番にしたいがための分類だよね」
彼女は少し寂し気に述べる。
「あと、第三種生物は他にも少し変わった特徴があって、大地から直接産み落とされるてるんだよ」
「『大地から直接』……?」
カエデがつぶやくように尋ねる。そのことは俺も少し気になっていた。
「第二種以上の生物は、人間を含めて繁殖することで増えるんだけど、第三種は繁殖をしない」
加えて説明をされたが、やはりよくわからない。俺たちの微妙な反応を見てルビィさんは言葉を紡ぐ。
「うーん、私にもよくわからないし、解明されてないことも多いみたいだけど、研究によれば彼らは地球の魔力で構成されてるって話みたいだよ。地球の一部であるっていう意見もあるみたいね」
そう言ってから、彼女は続けて言葉を並べる。
「ああ、ちなみに大地から生物が生まれることをポップって言うの。それが転じてマナアクアみたいな無生物が生まれることもポップ、さらには魔物が生み出されること全般をそう呼ぶようになってるみたい」
今度はカエデが口を開く。
「たまに、肉が残ったのは、どうして……ですか?」
「物質には構成要素である魔力をまとめておくための『核』があるんだけど、その核にある程度の力が残されていると一部が魔力に分解されずに残るの」
それがさっきの、というか今食べている肉か。
「肉以外にもワイルドウルフが残すのは牙やら骨であることもあるよ」
先輩冒険家は補足をしてから、さらに説明を加える。
「ほら、人間でも残った骨をお墓に埋めたりするでしょ?第二種以上の生き物は核の力が強いからほぼ確実にそういったものが遺るんだよ」
「じゃあ、キノコは何だったんですか?」
「あれはどちらかというとマナアクアに近いものだよ。魔力を吸って大きくなったの」
「でも、たまにキノコが残らないこともありましたよね?」
またしても、コトリが口をはさんでくる。俺の質問しようとしていたことを先んじて訊いてくれるので、ありがたいといえばそうだが。
「充分に魔力を吸収していなかったものは巨大化するのにもともとキノコが持っていた魔力をも使用しちゃうから、倒した時にキノコごと消えちゃったんだね」
でね、とルビィさんはまとめに入る。
「そんな感じで分解されずに残ったりするものをまとめて『神の落とし物』って意味で、ドロップアイテムって呼ぶの。冒険家になるとたまに聞く言葉だから、覚えとくといいかもね」
そのあとは特にあたり障りもないようなことを話しながら、食事を続けた。生きる意味も見つけられずにいる俺にとって、こんな『当たり前の』時間はとてもかけがえのないものだった。これから何度、こんな時間を過ごせるだろうか。……そんなことをふと考えた。