イベントバトル Lv3
『魔王』の命令を受け、俺たちの邪魔をするために立ち塞がると、男は言った。
……だが、そんなことがあり得るのか?
俺たちは、勇者の剣を抜いたわけでも、王様や組合から命令を受けている訳でもない。ただの、取るに足らない冒険者に過ぎないのに。
仮に、世界中のあらゆる情報を知ることのできる術を『魔王』が有しているとして、組合に一切感付かれることなくそれを行使することなんて可能なのか?
いや、それよりも、まず。
どうしてこいつらは『魔王』の命令なんかに従っているんだ?
異世界からやって来た存在である『魔王』は、この世界に住む人類からすれば共通の敵であるはずだ。
仮に『魔王』がどうであろうと、それにこいつらが協力する謂れはないだろう。
「どうしてお前らは『魔王』の言う事なんか聞いてるんだ!?」
空中で体を捻りながら飛来する魔法を躱しつつ、相手に問いを投げかける。
防戦一方になる俺を嘲るように見やりながら、男は返答する。
「『あの方』は、我らを救ってくださった。だからこそ、『魔王』様の命令は俺たちにとって、何があろうと絶対だ」
「なんだよ、それ……!」
船の上の男に向かって一気に加速しながら、剣に魔力を宿らせる。
それに合わせて展開された障壁へ向けて左手の盾で魔力分散をぶつける。
霧散した障壁をすり抜けて武器を振るうが、軽く体を傾けて避けられてしまう。
「知ってるぞ。飛竜種の時と同じ手だろう?一つ覚えだな」
男の横を通過し、着地した船の上で素早く男を振り向きながら言葉を返す。
「うるさい!」
相手との距離は少し離れているが、魔力を宿らせた剣を不意を衝いて放り投げる。
驚いた様子で身を捩った男に肉迫。辛うじて飛び退った所へ、今度は盾に魔力を注いで横殴りに叩きつける。
「起動ッ!!」
反射的に腕で庇われるが、そのまま背中の装置を起動して船の縁へ男を強引に押さえ付ける。
「お前らが『魔王』に何をされたとしても、そいつの言う事が全部正しいってことにはならねぇだろ!」
まして。
「他人に言われたことをただ実行する事が、本当に正しいとでも思ってんのか!?」
押さえ付けた男へ追撃を見舞おうと呼び戻した武器で、立ち止まった俺に向かって放たれる援護射撃を切り裂く。
やはりこれだけ人数差があると、圧倒的にこちらが不利な戦いを強いられてしまう。
続けて撃ち込まれる魔法を回避するために、輝翼を使って一度距離を取る。
甲板に着地した所へ、体勢を立て直した男は言葉を返す。
「自分で考えて行動することが正しいと、そう思っている事こそが愚かなんだよ」
間断なく射出される魔弾を搔い潜りながら再び距離を詰める。
「自分で考え、行動するから間違える。たった一人の、絶対的に正しい者を信じて従うことだけが、本当に正しい道を歩むための唯一の方法なんだ」
「『絶対に正しい』奴なんている訳無いだろ!!」
剣を振り上げたところで男が踏み込んでくる。相手が防御に徹するものと思い込んでいた俺は、あっさりと懐への侵入を許してしまった。
「ッ……!」
他の魔法を詠唱しようとしていたこともあり、咄嗟に次の行動が出てこない。
対する男は俺の体の下に潜り込むような体勢から、上方に向けて魔法を発動する。
「『それは禁忌、触れること無かれ』!!」
真下で発生した障壁に弾かれ、俺の体は大きく上空へ撃ち出される。
「起動……ッ!」
慌てて空中で姿勢を立て直そうとするが、間に合わない。
四方八方から魔弾が食らい付く。
「がぁあああああああああッ!?」
無惨に撃ち落された俺は、空中で何者かに受け止められた。
「大丈夫、ソウタっ?!」
「コトリ……!」
逃がすまいと撃ち込まれる魔法を、
「次元断層っ!」
防御魔法で打ち消し、こちらへ言葉を向ける。
「船の方ももう持たないよっ!ここはとりあえず……っ」
逃げるしかない、か。
俺が頷いたのを確認して空間移動を発動する。敵の攻撃を避けつつ、数回空間移動を繰り返して船へ戻る。甲板にはすでにカエデが帰ってきており、撃ち込まれる魔法の迎撃を支援していた。
周囲を完全に包囲されている状況は初めと変わらない。撤退するとは言っても、それすら簡単ではない。
けど、心強い仲間がいる。
「コトリ、カエデ。一瞬でいい、逃げ道と敵の隙を作ってくれ」
「任せてっ!」
二人が同時に返答する。
続けて傍らに立つ船長へ声をかける。
「船長、コトリの合図で船を全速力で発進してください」
「わ、わかった。任せたぞ」
カエデは踵を返すと、船の先頭に備えられている大砲を乗組員の射手から借り受ける。
それを見て、コトリは腕を上に振り上げ、俺は船に手をついてしゃがみこむ。
「一石多鳥……爆裂射撃……っ!」
カエデの手で大砲の弾が射出される。
「今っ!!」
発せられたコトリの声に反応して船長と俺が動く。
「全速前進!!」
「強力斬撃ッ!!」
カエデの放った魔法が炸裂し、船の進行方向の空間をこじ開ける。同時に、掲げられたコトリの手の中で強烈な閃光が弾け、敵の視界を奪う。そして、本来は剣を振る動作を強化する俺の魔法から推進力を得た船は、弾丸のように大気を穿ちながら敵の包囲網を抜けた。
その安心からか、俺の全身から力が抜けていく。周囲の景色が急に遠くなる。船の急発進によって生み出された慣性に体を引っ張られる。
「ソウタっ!?」
背後に立っていたはずのコトリの声がひどく遠くに聞こえた。
倒れそうになった俺の体が彼女に受け止められたのを感じたところで、俺の記憶は途絶えた。