一章 イベントバトル Lv1
「ところで、さっきの魔法は何だったんだ?」
船内の食堂で適当な席に腰を掛けて、俺は言葉を放つ。
まだ昼食の時間には早いし、多くの船員は仕事中のため、人は少ない。
「獣人種の人たちを操ってた魔法のことだよね?」
正面に座ったコトリが、俺の言葉に答えた。
「首輪も無かったし、それに、解除もできないって」
「あれは飛竜種の時とは違って、かけられた本人の魔力を使った洗脳魔法だと思う」
かけられた本人の魔力を使う?自分で自分に魔法をかけてるってことか?
眉をひそめたのを受けて、右隣の席に着いているカエデが口を開く。
「操られてた、獣人種さん……の目の中に魔法陣が、あったでしょ?あれのせいで……自分の意志とは関係なく、自分に洗脳を……かけされられていたんだと思う」
「……つまり?」
「つまり、獣人種に洗脳をかけた奴は、相手の目の中に自分自身を洗脳する魔法陣を作らせたんだよ。その魔法陣のせいで、獣人種は自分で自分を洗脳してしまった」
カエデの説明を引き継いで言葉を並べたのは、彼女の正面に座っている少年。彼はオレンジがかった茶髪を後ろ髪だけ伸ばして、首の後ろ当たりで括っている。
この船にやってきて一番に親しくなった船員の一人で、竜人種からの襲撃を切り抜けた夜に話しかけてくれた三人組の最年長、アンディだ。他の二人もともにテーブルを囲んでいる。揃って休憩中なのだろう。
「何でお前がそんなことに詳しいんだよ」
アンディは2つ、3つは年上だと思うが、頑なに歳を言おうとしないし、本人の立っての希望もあってタメ口で話すことにしている。
「まーまー、気にすんなよ」
いつもこんな感じでへらへらしてるし、底の知れないやつだと思う。
他の二人――ニジンニとレーン――と違って、アンディは俺たちが渡航許可証を持ってくる少し前に船員に加わったらしく、二人からしてもあまり多くは分からない。それでいてこの船に昔からいたかのような馴染み様なのだから、恐ろしいコミュニケーション能力だ。
「けど、相手の魔力を勝手に使うなんてできるのか?」
「相手が勝手に使うっていうよりは、無意識のうちに使わされるっていう方が正しいかな」
今度の問いに答えたのはコトリだ。
「私たちが使う『魔法』も発動のきっかけは自分の意志でする『詠唱』だけど、その先は魔法刻印が勝手にしてくれるでしょ?」
確かにその通りだ。
魔法器官を持たない俺たちに人工的に刻まれた外付けの疑似魔法器官、それが魔法刻印であると言う話だった。発動のキーは自身の『戦闘の意志』と、『魔法名称の詠唱』だが、一度発動してしまえば術者自身でもそれを止めることはできない。
獣人種たちに洗脳をかけた犯人は、即席の魔法刻印のようなものを植え付けたということか。
「そーいうことっ」
「けど、魔法刻印の魔法が勝手に発動したりはしないよね?」
アンディの隣で異を唱えたのは三人組の乗組員の最年少で、短く切り揃えられた金髪が特徴的なレーン。
「魔法刻印に刻まれた戦闘魔法を発動するための魔法陣は完ぺきな状態じゃないからね」
コトリの返答に、俺は思い当たる節があった。
「『魔術的欠落』、か」
「お、ソウタ賢いっ!」
口を衝いた言葉にコトリが反応する。
確か、組合からの依頼でダンジョンに入った際に対峙した誘拐犯。あいつが持っていた即席魔法について説明されたときにも同様のことをこいつから聞いた気がする。
「ソウタの言う通り、戦闘魔法の魔法陣には魔術的に穴が作ってあって、魔法陣として機能しないようになってるの。それを管理してる制御術式が詠唱に反応して、対応する魔法陣を完成させることで魔法を発動させるんだよ」
「だけど、獣人種さんたちに植え付けられた……魔法陣は、もともと完成したもの……だった」
それ故に、自分の意志とは関係なく洗脳魔法が発動してしまったって事か。
「けど、魔法陣を『植え付ける』なんて、そもそもどうやるんだよ?」
さっきはさも詳し気に語っていたくせに、今度は素朴な疑問を口にするアンディ。
俺の表情から何かを読み取ったのか、
「俺だって魔法はシロートなんだぜ?」
などと宣った。
こいつにまで心を読まれるとは。そんなに顔に出してるつもりは無いんだけどな。
そして、彼の疑問に答えたのはやはりコトリだ。
「うーん、詳しい方法まではわからないけど、魔法陣を見せたんじゃないかな?」
「魔法陣を見せる?」
「それがどうして、魔法陣を植え付けることになるの?」
俺とレーンの問いかけに、続けて言葉を返す。
「目で見たものは、瞳に映るでしょ?」
確か、目から入った光はカメラで言うフィルムにあたる部分に映し出されるんだったか。理科の授業か何かで聞いた気がする。
「相手に『洗脳魔法の魔法陣を作る魔法』が発動する魔法陣を見せて、目の中に洗脳魔法陣を作らせたんだと思うよ」
その説明を聞いて、腕を組んだアンディが短く唸る。
「ふぅん。そう聞くとややこしそうに感じるけど、魔法陣を見せるだけで洗脳できるなんてな」
「ま、実際は既に組合の魔法刻印が刻まれた魔法領域に、新しく魔法陣を割り込ませるっていうのは簡単なことじゃないはずだけどね」
小さく肩をすくめたコトリの横から、カエデが声を上げる。
「あの獣人種さんたち……洗脳魔法陣を構成してる、魔力が尽きれば……洗脳は解けるってこと?」
カエデの発言に反応を示したのは、その横に腰を掛けているニジンニだ。今までは興味なさそうにして一言も発さなかったくせに、ここぞとばかりカエデに肩を寄せるようにしながら囁きかける。
「自分を襲ってきた相手の心配をするなんて、本当にカエデは優しいな」
「そ、そんな事は……。ただ、あの人たちは…操られていた、だけ……だから」
思わず身を退いた彼女の体が、隣に座っている俺に触れる。
「ひゃっ……ぁう。ご、ごめん」
「お、おう。大丈夫か?」
なんとなく居住まいを正しながら言葉を返し、ニジンニへ声を放る。
「あんまりカエデをいじめないでくれるか?」
「いじめてるつもりなんか無いんだけどなぁ。ま、そういう初心なところも可愛いんだけどさ」
まったく……。こいつはこいつでいつもカエデにこんな態度だが、どこまで本気で言ってるんだかわかったもんじゃない。
「か、かわいい……なんて」
彼の言葉に、顔を真っ赤にして俯くカエデ。
「カエデっ!そいつ、からかってるだけだよ?」
食って掛かるコトリに、ニジンニは肩をすくめて軽薄に反論する。
「からかってるなんて、人聞きの悪い」
「だったら本気なの?」
「もちろん。俺はいつだって本気さ」
この二人のやり取りも平常運転だ。コトリも幼馴染として、あいつの態度には思うところがあるんだろうか。
「…だってさ。ソウタ?」
何でそこで俺に振るんだよ。
「いいの?カエデが盗られちゃうかもよ?」
「別に俺のものじゃ無いけどな」
「あ、ソウタ冷たいっ」
そういう問題じゃないと思うんだけど。
「本人同士の意志が尊重されるべきなんじゃないのか、そういうのは?」
恋愛経験の無い俺が偉そうに語るような事でもないとは思うが。
隣のカエデに視線を投げると、
「知らない……っ」
プイ、と顔を逸らされてしまった。
何で俺が悪い、みたいな感じになってるんだ……?




