序章 ロード
三人で湯屋に行ったあと、次の目的地へ向かうために船着き場へと戻った俺たちを出迎えてくれたのは衝撃的な場面だった。
俺たちをこの島国まで運んでくれた船を、獣人種の船乗りたちが取り囲んでいる。仕事道具の櫂を手に人間の船員たちに襲いかかったり、船に乗り込もうとしている。
「こいつら、何だってんだっ!?」
船の足元で獣人達を素手で押し返そうと奮闘してる船長が、こちらに気が付いて視線を向ける。
「おう、お前ら戻ったか!!」
いつもの朗らかな笑みを覗かせたが、すぐにそれを引っ込めて申し訳無さそうに眉根を寄せた。
「悪いが見ての通り取り込み中でなッ。今は労ってやってる余裕はねぇ」
「わかってます。手を貸しますよ!」
入浴の後という事もあってカジュアルな服を身に着けていた俺達は、すぐに武装を纏い臨戦態勢に入る。
それを察知してこちらを敵と認識したらしい獣人の一部が攻撃を仕掛けてくる。
「らぁあああっ!」
振り下ろされた木製の櫂を斬り落とし、短くなった得物が俺の眼前を空振ったのを見送ってからガラ空きの胴体に蹴りを叩き込む。
海棲種とは違って自動防御術式で守られているとは言え、彼らは民間人だ。無闇に傷付ける訳には行かない。
よろめきながら後退った男はしかし、切断された木片の切り口を槍のように突き出しながら突っ込んでくる。あんな武器とも言えないもので冒険者に襲いかかってくるなんて明らかに正気ではない。
「マジかよッ……!?」
虚を突かれ、咄嗟に防御の構えを取ったが、背後から俺の脇を抜けていった矢が獣人にヒットする。衝撃波を伴うその一撃は対象に突き刺さる事はなく、後方に飛ばされた相手は気を失った。
矢撃手であるカエデの戦闘魔法には状態異常を引き起こすものが多い。こういう状況には打って付けだ。彼女の周囲には既に数人の獣人が意識を奪われたり、体を痺れさせたりして倒れている。
とは言え、状態異常の効果も長くは続かない。
早くこの状況から抜け出す方法を見つけ出さないと。
「コトリ!」
こういう時に何故か頼りになる少女に視線を向けると、その周りにも気絶した男たちが転がっていた。あいつの魔法にそんな効果のものは無かったはずだから、物理攻撃によるものだろう。
「この人達、操られてるっ」
「やっぱりか」
だが、この間の飛竜が付けられていたような『首輪』に類するものを付けているようには見えない。
俺の疑問を先取るように、コトリは獣人を相手しながら言葉を紡ぐ。
「目の中に魔法陣みたいのがあるの。多分それが原因だよっ」
縦薙ぎの攻撃を躱しながら跳び上がり、回転蹴りを相手の後頭部に叩き込んで意識を奪う。
そちらに気を取られている間に俺に近付いていた獣人の暴力を反射的に受け止め、その瞳を覗き込む。確かによく見るとその左眼には妖しく光を放つ記号の集合体が浮かんでいた。
「なるほどな……!」
相手を押し返して、仰け反った所で鳩尾に剣の柄を叩き込む。苦しそうに呻いてふらつくが、気を失うには至っていない。俺にはそういうセンスは足りないらしい。
「だけど、どうすればいい!?」
原因がわかってもそれが眼の中にあるんじゃ手出しのしようがない。
投げ掛けた質問に、コトリからは至極単純な解答が返ってきた。
「わかんないっ」
「私達じゃ、解除はできない……と思う」
対してカエデからの返答は否定的なもの。
根拠もなくそういうことを言うやつじゃない。
「仕方ない、ここは退こう!」
「おっけー!」
「わかった……っ」
俺は目の前の相手を蹴り倒して、船の方へ駆け出す。
「伏せて……くださいっ!!」
走りながらカエデは上方へ矢を放つ。空中で分裂したそれは船の付近に次々と着弾し、爆発を起こす。爆風がカエデの声で身を屈めた船員を残して、魔法で操られた獣人をまとめて吹き飛ばした。
「ここを離れましょう!船に乗ってください!!」
「扉を下ろせ!」
船長の号令で、船体側面についた扉が開かれる。階段の役割も兼ねたそれから船員たちが船に乗り込んでいく。甲板から降ろされた梯子を使って昇って行った船長に続いて、俺たちも船に上がる。
既に甲板に乗り込んでいた数人の獣人種が乗組員を襲っている。
「一閃重撃ッ」
剣を手放して、盾に込めた魔法で体ごとぶつかり一人を弾き飛ばす。コトリやカエデも各々に獣人を叩き落していく。船長も、奪った櫂で相手を突き落とした。
船から全員の獣人を追い出したところで指示を飛ばす。
「離陸!!」
地上から飛び立った船に追い縋る様にして、船体の下に集まってくる獣人たちの姿が遠ざかっていく。船を出してまで追ってくるような素振りが無いことを確認してから船長がこちらに問いかける。
「で、次の目的地は?」
『秘宝』を手に入れてコトリを助けたことだけは遠隔会話で伝えていたが、その先のことはまだだった。
「魔王の魔力を無効化するアイテムを手に入れたってんなら、次はそれで武器でも作んのか?」
投げかけられた台詞を、首を横に振って否定する。
「本当はそうしたかったんですけど、組合長から帰還の指示を受けてしまって」
特殊魔力を活かした魔法武器の精製なら森精種の得意分野なのだそうだが、森精種組合との交渉には時間がかかるらしく、一度イーピアルへの帰還を命じられたのだ。
「そうか。森精種統治域なら帰りの航路の近くだから、ついでに寄っていく方が楽なんだがな」
「その事なんですが、なるべくディヴァイワル上空を飛ぶことも避けるように、と」
許可なく上空を飛んだくらいで、同盟種族に撃ち落される可能性があるのか、とは俺も思うが。
俺の返答を聞いて船長は大きくため息を吐く。
「できれば竜人種のいる空も飛びたくは無いが」
ヤマトに向かう途中での事を思い出しているのだろう。うちの組合長が慎重になっているのもあの一件を受けて、というのもあるのかもしれない。
こちらとしては、あの件に一応の決着は付けているつもりだし、帰り道まで突っかかってくる事はないと信じたいところだ。
「というか、ディヴァイワルにも付き合ってくれるんですか?」
ヤマトに着く前の話では、イーピアルに帰るまでの間、俺達に付き合ってくれるということだったと思うが。
俺の言葉に、船長は咳払いして、
「それは状況次第だがな」
言い放って、やや強引に話題を変える。
「とにかく。さっきの襲撃をしてきた奴が今ので諦めるとも限らねぇ。早いとこ離れた方がいいのは確かだろうな」
確かに、一度目は竜を使って、二度目は獣人種を使って。二度あることは三度あるとも言うしな。
一体どこで恨みを買ったのか。そもそも相手がどこの誰かも分からないというのに。
まったく。『魔王』を倒すってのも色々簡単じゃないな。