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火星での生活

作者: Kanta


   ***


 ――巨大な白い蛾の生み出した糸で編んだ丈夫なパンティ――ラジオ・コマーシャル。

 彼女はチャンネルを転がしていく。

 ――争の終――つ谷で――クリス――異星人――

 そこで、ようやく彼女はチャンネルを止めた。


   ***


 私は柴漬けが好きだった。自分とお金の次に好きだ。

 お金が無いと柴漬けは買えないし、自分が居ないと柴漬けを感じることができない。

 私は柴漬けを感じることのできるこの肉体を愛していた。

 一日一袋の柴漬け。

 しかし、母が飼ってる人間のリラがそれを食べてしまった。

「柴漬けが無い!」

 学校から帰ってきた私に、四つん這いのリラが近寄る。

「あ、すいません。おランチの時おかずが無かったのでつい」

「全部?」

「はい。お母様と一緒に……」

 てへ、っと言いながらリラがウインクした。

「むきゃー!」

 叫びながら私はリラのおしりをたたく。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「私は柴漬けを買いに行ってくるからね!」

 上着を羽織り、外へ出た。

 赤い錆の混ざった風がふき、毛に錆がまざる。

 歩いて五分ほどの廃工場。閉鎖されて久しい。私はその中に入り見覚えのある黒いネズミを見つけて話しかけた。

「あ、ミックさん」

「やあ!」

「しば漬けありますか?」

「無いよ! 売り切れだよ! ハハッ!」

「そうですか……」

 ミックさんはしば漬けを食べながら言う。

 しょうがなく私は廃工場を出てスーパー「明後日」の方向へ向かいだした。

 アケローン川にかけられた橋を渡るとネッシーの親子が夕日に向かって泳いでいるのがみえる。

 もう冬だ。ネッシーは越冬のためにここアバロスへやってくるという。

 第三太陽の沈む方向へコンガマトーがV字を描いて向かっていった。

 川を渡ってすぐ右手奥後方、垂直上方にスーパーマーケット、明後日が見えてきた。

 中に入ると、すぐ店員に詰め寄る。

「しば漬け、しば漬けはどこですか」

「アクセド・シバヅケ?」

 店員は日本人だった。

「そ、そうです!」

「エヌサ・ミサチイト・モアミア・ダット」

「わ、わかりました……」

 店員は走り出す。

 明後日の中はチェーンソーの音が響いていた。

 すこしうるさい気がしたがこれが店内に陳列するムクドリたちに一番いい環境らしい。

 しょうがないので私は上の耳を寝かせた。

 店員が戻ってきてブツを差し出しながら私に言う。

「エヌセ・デロク?」

 それは鉄の棒に棘の付いた鉄球――。そう、耳かき棒である。

「えっ……。違います。これ、耳かき棒ですよね」

「ッエ? ウセデクダッド・シバヅケ・オンニシアサヘロク」

「ほ、本当? これが?」

「ウセデュオス」

「うぅん、わかったわ。買います!」

 私はお金を払い明後日を後にした。

 陽はすっかり沈んで、第四太陽が顔を出している。

「急がなくっちゃ」

 小走りで家に帰ると、両親はまだ帰ってきていなかった。

「おかえりなさいませ。ありましたか?」

 裸にエプロンのリラが出迎えてくれる。

 人間に服を着せる人が居るけれど、両親はそういう風潮に異議を唱えがちな人だった。

「なんだか、最新の柴漬けを買ったわ!」

「どれです?」

「これよ!」

 私が耳かき棒を見せると、リラは顔をしかめる。

「それ、モーニングスタ……、じゃないや。耳かき棒ですよ」

「……だよね」

「しょうがないから耳かきしてあげますよ」

「えー、この前やったじゃない」

「下の耳はまだしてないでしょ」

「っく……」

 リラは正座をし自分の太腿をぺちぺち叩いた。

 しょうがなく私は彼女の膝の上に頭を預ける。

「はーい、いきますよー」

 耳かき棒が私の耳の中に入ってきた。

 このもぞもぞと動く感じが私は好かん。

 なので私はムクドリを数えることにした。

 ――ムクドリが1羽、ムクドリが2羽……90羽……666羽……801羽……。

 数えはじめて、ムクドリが二千を超えたあたりで耳かき棒が抜かれる。

「……あ、おわった?」

「片耳は、ですけどね」

 私の横には耳垢がボタ山のようにつみあがっていた。

「うひゃあ……」

 私が驚いているとふっと耳元にリラが唇を寄せる。

「ご主人様――」

 リラがぺろりと私の耳を唇で挟んだ。

「あっ……」

「ぺろぺろ」

「んっ……」

「もぐもぐ」

「あっ……」

「ちゅろちゅろ」

「んっ……」

「ずぉずぉーずぉぞぞぞ」

 ――……。


   ***


 真空管ラジオの音が聞こえなくなる。

 見ると、彼女が目の覆いを外していて、ラジオは石化していた。

 ぼくが彼女を見ると、彼女は恥ずかしそうに蛇をくねらせる。

 叱ろうとした瞬間、ぼくの胸に彼女が飛び込んできた。

「……とんでもないドラマだったわ」

 だからって石にしなくっても。

「ねえ」

 彼女は、ぼくが何か言う前にぼくの耳をかじった。

 ぼくにも痛覚はあるんですが。

「ふふ……」

 笑いながら彼女の唇は僕の耳元にあるまま動かない。

 互いに喋らないまま、ぼくらはずっとそうしていた。


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