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第二章 男子トークとお見舞いと接触 その二

 控えめなノックが室内に響き、その音に気が付いた部屋の主は読みかけの本にしおりを挟んだ。


「入っておいで、ハーシェリク。」


 本を横に置きそう部屋の主は扉へ話しかける。声を聞かずともこの時間に来る、そして遠慮がちなノックをする人間は一人しかいない為、扉の向こうの人物を言い当てる事ができた。


「失礼します、ユーテル兄様。」


 扉を開けてひょっこりと顔をだした末の弟に、ユーテルと呼ばれた少年はにっこりと微笑んで迎えた。


「いつもお見舞いにきてくれてありがとう。ベッドから出られなくてごめんね。」

「そんな!僕がお邪魔しているのですから気にしないで下さい。」


 申し訳なさそうに顔を伏せる兄に、ハーシェリクは慌てて首を横に振って否定をする。


 彼の名はユーテル・グレイシス。グレイシス王国の第五王子であり年は十五歳。ラベンダーのような雪藍色の軽くウェーブパーマの髪は肩までの長さで揃えられ、冷たい印象を与えそうな深い青い瞳を持った王子だ。

 だがその瞳の印象を帳消しするかのように表情は柔和で優しげであり、人に与える印象は瞳とは真逆である。王家の人間である彼も絵になるような美貌の持ち主だが、今は頬が痩せこけ元々色白なのがさらに白くなっていた。

 昨年の夏、夏風邪で体調を崩してからずっとユーテルは、窓際に設置されたベッドの上の人だった。


「お加減はどうですか?」


 心配そうに駆け寄るハーシェリクをユーテルは微笑んで出迎える。


「大丈夫だよ、今日は天気もいいから気分もいいし。」


 そう言ってユーテルは笑ってみせるが、痩せた頬が痛々しいとハーシェリクは思う。

 だがそんな事は言えるはずもなく、微笑みを返すだけだった。


「よかったです。あ、これシュヴァルツが作ったお菓子です。調子の良い時食べて下さい。」


 ハーシェリクは紙袋を取り出す。中にはクロお手製のナッツ系を混ぜて焼かれたクッキーが入っている。ちなみにハーシェリクの三時のおやつも同じものである。


「ありがとう。ハーシェリクの執事の作るお菓子は全部美味しいね。そういえば今日はお供なしなの?」

「はい。二人とも別件で用事があるそうです。」


 筆頭達の仕事はハーシェリクの護衛だけではない。

 クロは表ではハーシェリクの身の回りの世話や事務的な仕事、裏では様々な情報収集活動をしている。

 オランは護衛が主な仕事だが、本人の実力を知った軍務局から兵士や騎士の訓練に参加して欲しいと依頼があり、週に何度か参加している。本人曰く、「兵士や騎士達の相手はいいが、兄達が必要以上に絡んできてきつい。」ということだ。兄達は他の人より一筋縄ではいかず、武技を磨くのに丁度いいと言っていた。


(今日は城から出るなって厳命されたしね。)


 これではどちらが上司で部下かわからないが、ハーシェリクは気にしないことにする。それに自分の立場が微妙なのも解っていた。


 先日の大臣の娘との婚約話については城中、そして貴族中に広まっていた。まだ決定ではないというのに周囲の目は既に婚約したも同然のように見られ、自分に取り入りたい何人かの貴族達から貢物が届いる。貢物については送り主が都合の悪い事を書いた手紙を礼状代わりつけて返却をしている為、その後の接触はなくなったのはいいが、未だにハーシェリクは好奇の目に晒されていた。


 それに虎穴作戦を決行してから何度か命を狙われている。外出した時に雇われた人間に命を狙われたり、事故に見せかけて暗殺されかけたりした為、以前のように簡単に一人で外に出る事ができなくなってしまった。


(さすがにまだ死にたくないし……私に戦闘なり魔法なり使えれば身を守ることできるんだけど。)


 自分の戦闘能力の無さに少々うんざりし、ハーシェリクはこっそりため息を漏らす。魔力なしの為魔法の訓練はできないが、三歳の時から剣や馬術等の訓練は継続している。


(継続は力なりだけど本当に進歩がない……)


 剣についてはもう壊滅的だ。馬術はやっと一人で駆け足ができるようになった程度。


(これが四年の成果なんて恥ずかしすぎて言えない。)


 心の中でそっと涙するハーシェエリクである。

 ということで本日は一人でも許されたユーテルのお見舞いにきたのだ。


(ユーテル兄様、本当に顔色がよくないな。)


 ユーテルがほぼ寝たきりになって半年が過ぎた。元々体が丈夫のほうではなかったが、学院に通えるくらいは大丈夫だったのだ。去年の夏に兄が体調を崩したと聞いた時、ハーシェリクは最悪な事が思い浮かんだ。王族だけにしか罹らないあの病気。


 ただそれは杞憂に終わった。医師の診断では器と魔力のバランスが崩れた為、それが体と不調になったということだった。


 ハーシェリクには魔力がない。だからわからないのだがこの世界の住人には個人差はあるが魔力がある。そして体にはその魔力を入れておく器がある。内臓等の器官とはまた違う器だそうだが、人が保有する魔力はその器を超えることはない。ゲーム的に言えばマジックポイントの最大値というところだとハーシェリクは思う。

 だが稀に魔力がその器を溢れてしまうことがある。そして体が耐え切れずユーテルのような状態になることがあるそうだ。


「これは医学や薬でどうにかなる問題ではありません……」


 そう王家専属の医者は言った。解決方法は二つ。器が自然に成長するかのを待つか、鍛錬をし最大値を上げるか。だが成長は器が成長する前に魔力も成長しては意味がないし、生来身体が丈夫ではないユーテルが鍛錬しても更に身体を壊す可能性がある。結局ユーテルはベッドの上の住人になって、少しでも体調が回復するのを待つ状態となってしまった。


「ハーシェリク、また眉間に皺が寄っているよ。」


 急に黙り込んでしまった弟の眉間にユーテルは人差し指を当てる。彼はクスクスと笑いながらハーシェリクの眉間を指でほぐした。


「ごめんなさい……」


 お見舞いに来ているのに、その相手に心配をさせてしまった。これでは本末転倒であろう。


「ハーシェリクは考えすぎ。僕の事は大丈夫だから、ね?」


 そう微笑むユーテルにハーシェリクは頷くしかなかった。


「それに今はハーシェリクのほうが大変でしょ。あの性悪大臣に見合いを申し込まれたんだって?」

「えっと。」


 ユーテルの言葉にハーシェリクは口ごもる。自分の見合い話もそうだが、穏やかな雰囲気のこの兄から、性悪大臣という単語が出てきたのが驚きだった。

 その時、二人しかいない部屋にノックが響いた。ハーシェリクのノックと比べて、力強いノック。ユーテルが促すともう一人の兄が入室してきた。


「ウィル兄上、お仕事はどうなされたんですか?」

「お前に用事があってな。ユーテル、調子はどうだ……なんだ、ハーシェリクもまた来ていたのか。」


 現れた人物にユーテルは話しかけ、ついでとばかりにハーシェリクに視線を投げる。現れたのはグレイシス王国の第二王子であるウィリアム・グレイシス。父と同じ白銀の髪は伸ばされ背でゆるく三つ編みにされ、ハーシェリクに向けた深い青の瞳は、氷のような冷たさを放っていた。柔和な表情のユーテルとは違い、ウィリアムは瞳同様冷めた表情でハーシェリクを見ていた。


「こんにちは、ウィリアム兄様。」


 その冷たい視線を受けハーシェリクは慌ててお辞儀をする。そんな彼にウィリアムは一瞥をしただけですぐに視線はユーテルに戻る。ハーシェリクに向けていた視線と比べ、ユーテルに向けるまなざしは幾分か温かく感じるのは、気のせいではない。

 ウィリアムとユーテルは母も同じの兄弟だ。だからだろう他の兄弟達に比べ距離がない。


(まあ異母兄弟の自分と距離あるのはしょうがないけどさ……)


 ハーシェリクは内心ため息をつく。それでも以前はちがった。これほど冷たくあしらわれることはなかったのだ。三つ子達のようにコミュニケーション多々になったかと思えば、ウィリアムのように冷たくされる。


(なんかやったっけかなぁ。)


 これまでの行動を振り返ってみるが、心当たりは全くない。むしろウィリアムとの接点は驚くほど少ない。考えてもしょうがないので本日退出しようと話の邪魔をしないよう、ユーテルの寝室を後にしようと出口へと向かった。


 音を立てぬよう扉を開閉し、こっそりとため息をついて扉に背を向けると、目の前には別の人物が待ち構えていた。


 最初、その人物を見て思い浮かんだのは猫のシロだった。前世で近所にいた真っ白で金目の野良猫。涼子は勝手にシロと名付けて呼んでいた。仕事帰りに塀の上から見下ろしてくるシロに声をかけると、おかえりとでも言うように一鳴きしてくれた。

 

 なぜそう連想したのか、ハーシェリクは扉を開けて視界に飛び込んできた人物がまさにシロのようだったからだ。

 身長は前世の自分より少し高いくらい、真っ直で真っ白な腰よりも長い髪、金色にも見える琥珀のような瞳、透き通った白い肌……美の女神に愛されたとしか思えないほど整っている。微笑めば誰でも一瞬で虜にしそうなのに、今はその形のいい柳眉を潜め視線を逸らす。それがさらに猫のシロを彷彿させた。


(まさか父様や兄様達くらいに綺麗な人がいるとは。)


 転生してから多種多様の美形達を見てきて目が肥えたと自負していた。目の前の人物は王家の者と同等、もしくはそれ以上の完璧な美貌を持った美女だ。


(本当に綺麗な女の人……女の人?)


 ハーシェリクは首を傾げる。目の前の絶世の美女、と思われた人物は女性としては足りないモノがあった。白いローブから出ている複数のブレスレットを付けた腕は華奢で、全体的に痩せすぎだが許容範囲だ。だがあるべきところに肉がない。


(胸がない……?)


 小さいとかそんな問題ではない。本来出ているべき場所が絶壁なのだ。


(いや、まさか?)


 恐る恐る視線を胸から彼に向ける。


「なんだ?」


 その形のいい唇から洩れたのは、やや高いが間違いなく男の声。


(異世界は性別さえ超越するのか……本当にファンタジーでフリーダムだな! この世界は!)


 心の中で叫びつつ、ハーシェリクは泣きたくなった。


「こら、殿下に失礼ですよ。」


 美女と思ったら美青年だった彼とは別の声のしたほうにハーシェリクは振り返る。そこには立派な白い法衣来た年齢は四十代中盤くらいの男だった。白髪交じりの茶髪が法衣とそろいの色から帽子から垂れている、目じりには年相応の皺がより、それが温和な表情を作り上げていた。

 男はハーシェリクに近寄ると膝をつく。するとハーシェリクと彼の視線は同じくらいになった。


「初めてお目にかかりますハーシェリク殿下。私は聖光教会のグレイシス王国の地区担当をしております、ヘーニルと申します。」


 にこりと微笑む彼にハーシェリクはその名前に心当たりがあった。


 この世界で一番の宗教人口保有率を有する聖光教会。創造神を筆頭に数多の神々を祀る宗教である。天の庭統べる創造神、その配下には数多の神々がいて、世界の安定を維持している、と聖書には書かれている。

 信者は創造神と己の神を崇拝するのが一般的だ。例えば農家だったら創造神と豊穣の女神。漁師だったら海の女神、騎士家だったら戦と勝利の神、等々変わってくる。

 主神と加護が欲しい神を崇拝するのがこの世界の宗教だ。


 ちなみにハーシェリクは特に信仰したりはしていない。この世界では信仰の自由が認められているからだ。


「初めまして、ヘーニル様。」


 ハーシェリクはにっこりと愛らしく笑ってみせた。だが相手の一挙一動を見逃さないよう瞳を光らせる。


(大司教ヘーニル、この男が……)


 約一年前、薬の事件にて発覚した教会の関与。ただどんなに調査を重ねても決して尻尾をつかませなかった。結局、公になっている情報しか入手できなかったのだ。


「ここまで情報がない、ということはここまで完璧に情報を操作しているということだ。」


 クロが唸っていたことを思い出す。そしてあからさまな情報は逆に怪しいとクロは付け加える。


(まさかこんな所で会うなんて。)


「ヘーニル様はなぜこちらに?」


 なぜ、第五王子のユーテルの部屋にいるのか。それが問題だ。


「それは……」

「ハーシェリク!」


 強い口調で名前を呼ばれハーシェリクは肩をビクリと震わす。振り返るとそこには秀麗な顔に怒りを浮かべたウィリアムが立っていた。


「私の客人に何かようか?」


 深い青い瞳の視線が、氷の刃のような冷たさを放ってハーシェリクを突き刺す。なぜそんなにウィリアムが怒るのかハーシェリクは理解できない。だが何か言わねばと口を開こうとすると、先にヘーニルが動いた。ハーシェリクを庇うかのようにウィリアム前に立ち、彼に丁寧に礼をした。


「ウィリアム殿下、ハーシェリク殿下には私から話しかけました。申し訳ございません。」

「……そうか。」


 ヘーニルの言葉にウィリアムは今にも舌打ちをしそうなくらい眉を顰めた。それにニコリと微笑み、ヘーニルはハーシェリクに向き直る。


「ハーシェリク殿下、私は体調崩されたユーテル殿下の治療の為に参りました。」

「……そうなのですか?」


 ヘーニルの肩越しにウィリアムをちらちらみつつ、ハーシェリクは首を傾げる。


「どんな治療か伺っても?」


 一瞬、あの薬が思い浮かんだが、その疑惑を霧散させるかのようにヘーニルは微笑みを絶やさず言葉を続ける。


「私は神癒(シンユ)系魔法の治癒魔法の使い手なんです。」

「……そう、なんですか。」


 ハーシェリク自身、魔力がないため魔法の知識は基本程度しか押さえていない。だが人の身体を癒す事ができる治癒魔法の使い手が、どれだけ希少だということは知っていた。


 前世でよくやったゲームでは初期の頃から回復魔法が使える。むしろないと困るレベルだ。だがその回復魔法、こちらでは治癒魔法は扱える人間は極端に少ない。治癒魔法は言葉通り体の傷を癒す事が主だが、その魔法を使うには魔力に特別な特性が必要らしい。その魔力の特性を持って生まれる人間が一万分の一。しかも本人の能力で治療できる幅が変わってくる。その魔力を持っていたとしても能力がなければ切り傷一つ直せない、ということだ。それに高位の治癒魔法となればなるほど医者と同じくらいの知識を要する。

 それに高位な治癒魔法を扱える魔法士のほとんどは教会に所属している。治癒魔法を含む神癒系魔法の知識は教会が独占しているからだ。


(他人の、特にユーテル兄様の複雑な身体に対応できるほどの治癒魔法の使い手。)


 それだけで彼がどれほどの実力者だかわかるというものだ。


「ハーシェリク、ヘーニル殿はこれからユーテルの治療をしてもらう。今日はもう戻れ。」

「……わかりました。」


 ウィリアムの言葉にハーシェリクは大人しく頷く。頷く以外の選択肢がない。


(大丈夫、治癒魔法は決して人体被害を与えることはできない。)


 そう自分に言い聞かせ部屋を出ようとハーシェリクをヘーニルが引き留めた。


「ハーシェリク殿下、お時間はありますか?」

「はい?」


 にっこりと微笑むヘーニルにハーシェリクは返事をする。ただその微笑みがバルバッセとは別種の胡散臭さをハーシェリクは感じた。


「あなたもこちらへ来なさい。」


 今まで我関せずと窓から外を眺めていた美女、もとい美女のような美青年をヘーニルが呼び寄せる。

 不機嫌な顔のままヘーニルの横に来た青年は、ハーシェリクを一瞬だけ見下ろすが、すぐに視線をヘーニルへと向けた。


「ハーシェリク殿下、この者は私の養い子です。今までほとんどを教会で過ごしてきた為、世間知らずでして。本日は外の世界を知る為にも同行させたのですが、さすがにお加減の悪いユーテル殿下に同席させるわけには行きません。」


 ヘーニルは温和な笑みのまま言葉を続ける。その横で美青年の表情がどんどん険しくなっていくのだが、ヘーニルは全く意に介さない。


「ハーシェリク殿下、よろしければ彼に城内をご案内してくれませんか?」


 にっこりと微笑まれたハーシェリクは少し考える。


(これは虎穴作戦の効果その二?)


 バルバッセ大臣然り、教会然り、なぜこうも呼応したかのように仕掛けてくるのか。だけどハーシェリクはこの好機を逃す気はない。


「はい、喜んで。」


 ハーシェリクはヘーニルに無害な王子スマイルで頷いた。

 美青年の顔が一層険しくなったが、ハーシェリクは気にしない。


 ヘーニルの背後にいたウィリアムもまた、美青年と同様表情が険しくなっていたのだが、それにハーシェリクは気が付くことはなかった。




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