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第二章 男子トークとお見舞いと接触 その一

 大規模な新年会を終えた翌日、ハーシェリクは朝食を終えた後、自室の窓際にあるお気に入りのソファに座り、憂いた表情で窓から景色を眺めていた。

 室内にいるのはハーシェリク、食後のお茶を準備するクロ、扉の側の椅子に陣取りしつつ剣の手入れをするオランジュの三人のみで、微妙な空気が三人を包んでいる。


 ハーシェリクの表情の原因も、部屋の中に流れる微妙な空気の原因も、全ては昨日の新年会であった婚約話のせいだ。


(思わぬ不意打ち、搦め手できたな。あの古狸め。)


 その繊細な容姿に似合わない舌打ちを漏らすハーシェリク。王子には有るまじき行為だが、現在部屋にいるのは彼と彼の腹心達のみだった為、誰も王子の行動を注意はしない。心中は皆同じだからだ。


 昨日、バルバッセ大臣はハーシェリクと自分の娘の婚約を打診してきた。


 王族や貴族にとって 幼少からの婚約は珍しくない。むしろ恋愛結婚のほうが珍しい。そういう意味ではハーシェリクの父と母が王族なのに珍しい部類に入るだろう。

 現に兄や姉達はほぼ全員婚約している、もしくは婚約者候補がいる。他国の王家や有力者との婚姻は国の繁栄の為であり、王族にとってそういった政略結婚は義務だからだ。


 ハーシェリクも王族だから有力貴族との結婚や他国の王家へと婿入りする可能性があり、結婚についてはハーシェリクも覚悟している。だが今回問題なのは婚約ではなく内容だ。有力な後ろ盾がない、王子としても末席であるハーシェリクと、あのバルバッセ大臣の娘の婚約。それは政治的に大きな意味がある。


 ハーシェリクの後ろ盾と言う意味では、筆頭騎士であるオランの実家オルディス侯爵が後ろ盾とも言えなくはない。だが当主のローランド・オルディスは現役引退、長男次男も騎士団には所属しているが地位は低く、後ろ盾というには微妙なところだ。


 もし大臣の娘と婚約が成立すれば、ハーシェリクの後ろ盾はバルバッセ侯爵家となる。バルバッセ侯爵家は貴族の中でも一等の立場であり、実質国を動かしている状態。その娘と婚約は今まで王子の中でも低かったハーシェリクの地位が、否応なしに上がるということ。もっというなら大臣が後押しさえすれば、次期国王も夢じゃない立場となる。

 次期国王となる第一王子のマルクスがいるにも関わらず、公の場で宣言したこの大臣は、なにを考えているのか今の段階でハーシェリクが予想することは難しい。


(一体、何を考えている?)


 そうハーシェリクは自問しつつ昨日の事を思い出す。


「……新年だからと言ってご冗談が過ぎます、大臣様。」


 静まり返ってしまった会場にハーシェリクの声が響いた。顔全ての筋肉を駆使して微笑みの仮面を再度装着しつつ、あたりに視線を走らせれば父もマルクスも三つ子達だけでなく、第二王子も王の妃達も息を飲んで見守っている状態だ。ちなみに本日第六王子は留学中、第五王子と他姫も諸事情に出席はしていない。


「いやはや、冗談とは!私はいたって真面目でございます。」


 そう言ってバルバッセは朗らかに笑って見せる。とても芝居くさい笑い方に、ハーシェリクは冷静さを取り戻した。


「私はハーシェリク殿下の聡明さに感銘を受けております。また人柄もよくこの方なら自分の最愛の娘を任せられると思いまして。」


(なにが聡明だ。そんな見え見えのお世辞に乗るか!)


 内心毒づきつつハーシェリクは次の言葉を考える。下手には答えられない。無下に断れば父や兄弟達に害があるかもしれない。逆に是とすれば、兄達と対立してしまう可能性も出てくる。


(排除じゃなくて取り込みにくるなんて……まだ暗殺とか仕掛けてくれたほうが楽だったのに。)


 いつかは仕掛けてくるだろう、その為の虎穴作戦だ。排除のほうが可能性は高かったし、取り込むにはリスクが高いからないだろうと踏んでいたのだ。


「大臣、さすがにそれは早急ではありませんか?」


 返事を出来ないでいたハーシェリクを庇うように、一歩前に出たのは第一王子であるマルクスだった。誰もが好感を持つ微笑みを大臣に向けているが、瞳には温かさは一切込められていない。


「ハーシェリクが聡明で将来有望で期待されているのもわかりますが、子供で未熟です。それにこのような公な場所で、婚約という一生を決める話をされても本人も困るでしょう。」


 言葉は柔らかく言っているが訳せば「立場も場所もわきまえろ。」だ。そんなマルクスの言葉も大臣は朗らかに笑ってかわす。


「やや、そうですね。私としたことが早急でした。そういえば、マルクス殿下はご婚約等のお話はいかがですかな?」

「……私の事もこの場では関係ないでしょう。」

「いやいや将来一国を担う御身。臣下としては心配でございます。」


 その言葉にマルクスが一瞬苦虫を噛んだ顔をしたが、すぐに王子スマイルに戻る。


「それは心配をおかけして申し訳ない。」


 後日確認したところマルクスには婚約者候補は複数いるものの、まだ婚約はしてないそうだ。次期国王ということから立場上簡単に婚約ができない、というのは建前でと本人がどうやら決めている相手がいるらしいということだった。


「まだ諦めてなかったのかよ、マーク……」


 どうやらその事情を知っているオランは、呆れたように頭を横に振ったのは新年会を退出したあとである。ちなみにこの一年半の間でオランジュとマークの関係改善は進み、お互いの名の呼び方も学生時代の様に戻った。


 最終的には後日、バルバッセ侯爵の令嬢と会談の場を設けるということで話はまとまった。


「ハーシェ、どうする?」


 まず口を開いたのはオランだった。主語をつけなくても、それが昨日のことだとハーシェリクもクロも解った。


「どうするもこうするも……会うしかないじゃない。」


 今の時点で自分に拒否権はない。それはハーシェリクも解っていた。王族だとしても実際はこの王城内で自分の価値は大臣よりも低い。攻撃を仕掛けてくるならまだしも、これは表向き普通の婚約話だ。


「消すか。」


 クロがテーブルにお茶を置きつつ不穏なことをぼそりと呟く。ハーシェリクが見上げると、彼の暗い紅玉の瞳には怪しい光が灯っている。


「クロ、だめだからね?」

「……冗談だ。」


(いや絶対本気だった。あの眼はマジだった!)


 ぷいっとそっぽを向くクロにハーシェリクは半眼を向ける。


「だが実際どうする?まさか本当にただの婚約話だとは思っていないだろう?」


 オランの言葉にハーシェリクも頷く。大臣の目的はきっと危険因子である自分の取り込み、そして王家内での分裂だろう。


(効率がいいやり方。考えたくないけど自分の娘一人を生贄にしたのか?)


 それは親としてどうだ、と思いつつハーシェリクはあの大臣ならあり得ると考える。

 彼は過去、病気と見せかけて、自分の祖父や叔父である王家の人々、父の最初の娘である一歳の姫を暗殺したのだ。そんな人間が自分の娘だけは特別だとは考えにくい。


「こっちが断れないなら、相手から断るように仕向ければいい。」


 というかこれしかない、とハーシェリクは思う。


「相手に嫌がられれば、じゃあなかったことでーとなって終われるでしょ。」


 それでも強行するというなら、令嬢を思いやった風で断固拒否すればいい、とハーシェリクは思う。


「それが一番穏便に済むか。」


 オランも頷く。


「……ハーシェに不満がある、って言ったら消すか。」

「クロさん? あなたはどっちの味方なの? というか不穏な事をいうのはやめようね?」


 ぼそりとクロが漏らし、ハーシェリクがすかさずツッコミを入れる。主の言葉にクロは肩を竦めるだけだった。


(しかし、結婚か……)


 ハーシェリクはふと考える。体は男だが、前世の記憶がある為か精神はどちらかというと女よりだ。


(前世も結婚というか恋愛はとんと興味なかったしなぁ、ううむ……)


 ただしそれは三次元のことであり、二次元に関しては恋多き女だった。そんな自分が結婚どころか恋愛できるか、むしろ精神的には同性となる彼女をそういう目で見られるのかとても疑問だ。


(体は男、でも中身は女……でも性同一障害とかじゃないんだけどなぁ。)


 ハーシェリク自身、今現在の男の身体について受け入れている。女の時と違いがあるにしても特に困らない。むしろ自分の身体より気になることのほうが多すぎて、それどころではなかった。


(まぁ人間なんでも慣れちゃうよね。)


 毎日の生活で、着替えにトイレと風呂と自分の身体を直視していればいやでも慣れるだろう。

 ふと自分が女だった場合、どうなっていたか。


(まずはこんな状況にもならなかっただろうし。)


 王子だからこそ自分には選ぶ権利があった。もし王女なら何も知らず知らされず安全な他国へ嫁ぐようにと父が手配していたかもしれない。


(まあ王女だろうと私のやることはかわらんだろうけど。)


 そう結論づける。ふと腹心達が目に入った。もし自分が姫だったら今の状況はイケメンに囲まれている状態だ。


(女だったら二人にときめいたか?)


 彼らはイケメンだし有能だ。現に王城内のメイドさんたちからの人気も高い。きっと二次元的な意味でいうなら自分はときめいただろう。だが、ここはファンタジー世界だが現実世界なのだ。


(年齢的に二十歳近くも差があるからなぁ。)


 外見年齢はともなくハーシェリクの中身である涼子は三十四歳。それは前世の年齢で、今の年齢を合計したら四十歳近い。その時点で異性としてみるのは難しい。元々自分の恋愛に関しては淡泊、というか現実世界の恋愛に興味がないのも災いしている。


「……そういえば二人に彼女っていないの?」


 突然の問いに二人の腹心が動きを止める。ハーシェリクにとっては何気ない問いのつもりだったが、二人には想定外な問いだったらしい。


「何をいきなり。」

「いや、ちょっと気になって。二人とももてるし。」


 オランの言葉に正直に答える。元は女子、自分の恋路より他人の恋路に興味がある。


「二人が結構な頻度でメイドさん達やご令嬢、街の女の人に告白を受けているって知ってるし。」


 まるでどこかの少女漫画のように二人は告白を受けている。だがその後に発展したところはみたことない。


「俺は全部断っているよ。未練がましいけど正直、まだそんな気持ちにはなれない。それに俺は三男だから家の事は考えなくていいしな。」


 オランはため息をつくように答える。彼は最愛の婚約者を失っている。すでに三年以上の月日は流れているが、彼はまだ次にはいけないようだ。オランは一途なのだ。だからだろう、告白してきた女性達も振られたとしても決して彼を貶めたりはしない。


「俺より黒犬、お前はどうなんだ?」

「どう?」

「俺は知っているぞ。何度か修羅場っているのを!」


 してやったりという風にどや顔で笑うオランにクロは鼻で笑う。


「俺は別に付き合っていないぞ?彼女達が勝手に勘違いしているだけだ。」

「勝手にって……」

「俺はハーシェの執事として、円満な職場環境を維持しようと努力している。ついでに必要な情報を彼女達は善意で教えてくれてとても助かっている。だけど勘違いした彼女達が争うのは心苦しいな。」


 そうクロは言って顔を伏せるが、芝居のような仕草だった。


(なるほど。クロの情報源の一部はメイドさん達だったか。)


 それにクロは元裏の人間だった為か、他人は利用するだけの存在と思っている節がある。例外は主である自分とオランのみ。

 クロにとってその他はどうでもいいと思っているのだろう。そう思いつつハーシェリクは注意を促すこととする。


「クロ、思春期の女子はすごく傷つき安いんだからね。ちゃんとフォローするんだよ。」

「わかった。」


クロは頷く。その後、主の命令通りさりげなくフォローをするクロがやはり素敵と人気が出て、城内でのクロの株が上がるのだが本人は全く意にかえさなかった。


「そう言うハーシェはどんな人が好みなんだ?」


 聞かれてばかりだったオランが反撃する。その問いにハーシェリクは考える。


(やっぱ年上?声とかだったらルークさんがモロ好みなんだけど。)


 あの落ち着いた雰囲気に物腰柔らかな動作、低いが心地よい声。年齢も前世と同じくらいだ。


「やっぱ落ち着いた雰囲気のある大人な人かなぁ。」


 さすがにルークが好みとは言えないハーシェリクである。


「あと聡明で優しい人で、だけど芯の強い人がいいな。」


(内面は大切だよね。)


 うんうんと頷くハーシェリク。


「容姿とか好みはないのか?」


 クロも問う。そういえばこんな話をするのは初めてかもしれない。よくよく考えれば人生初の男子トークだ。


「うーん……特にないけど。好きになっちゃえば関係ないだろうし。」


 いわゆる惚れた相手が好みなのだ。


「ああでも。」


 ハーシェリクはぽんと手を叩く。


「金髪と碧眼は好きかも!」


 それは王子様のイメージで、金髪碧眼は前世でも大好物だった。


(銀や黒の髪も魅力的だし、クロの赤い目もオランの蒼い目の色も好きだけどやっぱり王道でしょう!)


 そう自分の中で結論を出すと、ハーシェリクはすっかり冷めてしまった茶に手を伸ばす。


「落ち着いていて大人で聡明で優しくて芯が強く……」

「金髪で碧眼……」


 筆頭達が顔を見合わせ、お茶を楽しむ主を見る。主の理想に一番近いのがまさに主なのだが、筆頭達はなにも言えず口を噤むのだった。





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