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第十二章 葬儀と声と宴 その二



 ヴィオレッタは用意された姿見の前で、一回りし自分の姿を確認する。

 婚約者の彼の髪に合わせて特注した薄い黄色のドレスには無数の宝石が散りばめられ、彼の瞳のような翡翠のネックレスと揃いのイヤリングが主張しすぎない程度に控えめに室内の明かりに反射して瞬く。髪型も化粧も全て一流の者を手配し、最高の出来上がりだ。全ては本日の主役であるハーシェリク、その婚約者であるから当然だった。


 本日はハーシェリクの七歳の宴である。その祝いと同時にハーシェリクとヴィオレッタの婚約の正式な発表が行われる。

 姉であるジーンの喪が明け、今日までヴィオレッタは決して外に出ることはなかった。

 だからハーシェリクにも、姉の葬儀から今日まで一度も会わなかった。


「ハーシェリク様の嘘つきッ」


 姉の死を告げに来た彼にヴィオレッタはそう叫び、そして彼の腕の中で何度も彼の胸を叩く。よく見れば彼の秀麗な顔に傷があってとても危険だったとわかったのに、姉が二度と会えないことが受け入れず王子をずっと責めつづけた。

 ヴィオレッタがどんなにひどい事を言っても、叩いても、王子も従者たちも止めはしなかった。ヴィオレッタの気が済むまで王子はずっと側にいた。


「絶対、君は私が守るから。」


 体を離し、頬を涙で濡らすヴィオレッタにハーシェリクは囁く。姉の死さえなければ、とても幸せな言葉だった。ただヴィオレッタはその時のハーシェリクの顔を今でも覚えている。

 泣いていないのに泣いているような、胸を締め付けるような表情をしていた。


「ヴィオレッタ、お待たせ。」


 そう言って迎えに現れたのは、王子の出で立ちをしたハーシェリクだった。紫紺を基調とした服装が彼を年齢上に大人びて見せる。ニコリと微笑む彼に、頬の傷が跡形もなくなっていることに気が付き安堵しつつヴィオレッタは貴婦人の礼をとった。姉に教えてもらったとおり背筋を伸ばし、綺麗にお辞儀ができたとヴィオレッタは思う。


「……今日も服かわいいよ?」

 不自然な褒め言葉にヴィオレッタは微笑む。あんなにひどい事言ったのに、彼は気遣ってくれるのが嬉しかった。


「あら、服は可愛くても私は可愛くないんですか?」

「そんなことないですから!」


 慌てて否定する彼にヴィオレッタは久々に声をあげて笑う。


「ハーシェ様、そろそろお時間です。」


 執事の言葉にハーシェリクは頷き、ヴィオレッタをエスコートする為手を差し出した。


「では参りましょう、お姫様。」


 ハーシェリクの言葉にヴィオレッタは頷きその手を取った。





 優雅な曲が流れ、大広間の中央にできた空間を一組の男女が舞う。それは恋人というにはまだ幼い男女だった。


 一人はグレイシス王国第七王子ハーシェリク。つい先日、教会の暴挙をたった二人の臣下を引き連れ止めた七歳となったばかりの王子。その話に国民も貴族達も耳を疑ったが、教会の正式な謝罪が交付され、また巷で噂となっている光の王子と容姿が重なり信憑性を帯びている。

 さらに貴族達はもう一人の少女がその話に現実性を一掃帯びさせた。バルバッセ大臣の正妻の娘ヴィオレッタ。王家と大臣公爵家の婚約話は、大臣が第七王子を重要視しているといっても過言ではない。

 貴族間では「大臣が次期国王に第七王子を押しているのではないか?」とまこと忍びやかに噂されていた。


「……本当にいいの?」


 父に挨拶を終え、正式な婚約発表の前のお披露目のダンスをしつつハーシェリクはヴィオレッタに話しかける。

 くるりとターンを決めつつ、ヴィオレッタは微笑んだ。


「ええ、決めました。」

「だけど」

「ハーシェリク様、私は箱入りで無知な人間です。」


 ハーシェリクの言葉をヴィオレッタは遮る。


「ですが知っても尚無視できるほど厚顔ではありませんわ。」


 姉の遺品を整理している時、ヴィオレッタは姉が作って纏めていた楽譜の隙間に自分宛の手紙を見つけた。

 それはヴィオレッタでなければ見つけることはできなかったであろう。

 

 その手紙には自分の生い立ちや父の悪行、その悪行に加担した事と懺悔、そしてハーシェリクに対する思いと妹に対する思いが綴られていた。

 その手紙があったから、ヴィオレッタは今ハーシェリクに笑いかけることができた。


 ヴィオラの言葉にハーシェリクは目を閉じる。


「ジーンもヴィオレッタも強いね。」


 自分が彼女達くらいの年齢の時、彼女達のように強かっただろうか。そうハーシェリクは前世を振り変える。まだランドセルを背負っていた小学生時代、趣味に明け暮れていた高校生時代。彼女達のように苦労はしなかったし、いつも自分のことでいっぱいだった。


「いいえ、ハーシェリク様。」


 ヴィオレッタはステップを踏みながら言葉を続ける。


「貴方に出会わなければ何も考えませんでした。お姉様もきっとそうです。」

「私に出会ったから……」


 ジーンは死んでしまったのだろうか、と声に出すことはできなかった。


 冷たくなっていく彼女を今でも覚えている。ただただその場から離れることができなかった。兄達が到着してもジーンからなかなか離れることができず、兄達が力づくで引き離さなければいつまでもその場にいただろう。


 その後ヴィオレッタに会った後の三日間、高熱で動けないベッドの上で彼女が死ぬ悪夢を何度も見て、夜中に目を覚まし夢ではなく現実だと確認をした。


「それは間違いです、ハーシェリク様。」


 ハーシェリクにヴィオレッタは穏やかに微笑む。


「お姉様はハーシェリク様に出会えて幸せでした。私も幸せです。」


 それはヴィオレッタの心からの言葉だった。


「なにもかも与えられて生かされることと、自分で選び生きること。殿下ならどちらのほうが大切かわかりますでしょう?」

「……だから君は選んだ?」

「はい!」


 ハーシェリクの問いにヴィオレッタは輝かんばかりの笑顔で答えた。その笑顔と同時に曲は終えたのだった。


 ハーシェリクがヴィオレッタをエスコートし進む。その先はグレイシス王国で最も尊い方のいる場所だ。途中ハーシェリクの兄弟達が彼らに拍手を送る。その様子にハーシェリクとヴィオレッタは笑顔で応えた。


 国王の前に戻った二人は、お辞儀をする。そんな二人にグレイシス王国国王ソルイエは微笑み手を叩いて二人のダンスを称賛した。


「とても素敵だったよ、二人とも。」

「ありがとうございます、父様。」


 ハーシェリクの横でヴィオレッタはお辞儀をしたままだ。国王の許しがないのに、御前の前で顔を上げるのは比例だからである。


「ヴィオレッタ嬢も顔を上げなさい。」

「失礼いたします。」


 ヴィオレッタが顔を上げると目の前の国王の美貌に息を飲む。太陽の暖かな陽射しを集めたハーシェリクの金髪とは真逆の、月明かりを集めた銀糸のような髪、ハーシェリクと同じ穏やかな碧眼に四十とは思えない若々しい顔。


(さすがはハーシェリク様のお父様だわ……)


 国王の美貌について噂は聞いていたが、近くでみるのは始めてだった。


「ヴィオレッタ。殿下という者がありながら陛下に見惚れるとは失礼だぞ。」


 穏やかな声が聞こえた。だがその声とは裏腹に周りの緊張感が増した気がした。現れたヴィオレッタの父であり大臣でもあるバルバッセが、国王とハーシェリクに臣下の礼をする。


「この度はハーシェリク殿下と我が娘ヴィオレッタとの婚約ありがとうございます。」

「……こちらこそ聡明そうなご令嬢で嬉しいと思う。」


 やや緊張した王の言葉。ヴィオレッタはドレスを掴む手に力が入る。だが緊張からか震えだした体を内心叱咤し、自分を鼓舞した。


「大丈夫ヴィオレッタ。私がついている。」


 すぐ隣からハーシェリクがそう囁き微笑む。その言葉にヴィオレッタの体の震えは治まった。


(私は大丈夫。)


 ヴィオレッタは自分に言い聞かせる。


(ハーシェリク様がいる、お姉様もきっと側にいる。)


 だから大丈夫。


「恐れながら陛下、御前での発言をお許しください。」


 そうヴィオレッタは言って頭を垂れた。






 王城の裏門、夜も更け人通りは皆無。そんな夜更けに一台の馬車が止まっていた。


「では殿下、後のお任せください。」


 そう答えたのは筆頭騎士であるオランジュことオクタヴィアン・オルディスの父であり、元グレイシス王国将軍、烈火の将軍と名高いローランド・オルディスだ。彼の背後では二人の騎士、オランにとっては兄達が待機し、ローランドの妻が微笑み、そして質素な服をきた少女がペコリとお辞儀をした。

 先ほどまで華美なドレスに身とつつんでいたバルバッセ侯爵家の令嬢ヴィオレッタだ。


 一向に対峙するようにハーシェリクとその腹心達が見送りをしている。


「ヴィオレッタ、手紙待っているから。」

「ハーシェリク様、私はもうバルバッセ侯爵家のヴィオレッタではなく、ただのヴィオですわ。」

「……そうだったね、ヴィオ。」


 ハーシェリクの言葉にヴィオレッタ……ヴィオは清々しい表情で応える。彼女は先ほどの宴でバルバッセ大臣から勘当を言い渡されたのだ。


 ヴィオは王にハーシェリクとの婚約を破棄したいと申し出たのだ。驚く王と大臣にヴィオは絶対に婚約しない、結婚しないと宣言した。

 想定外の出来事に大臣が怒りまたは宥めすかし考え直すよう言ったが、ヴィオは頑なに拒否を続ける。これだけで王家を侮辱したと罰せられてもおかしくない。なら大臣が勘当だ、家を出ていけといった時、ヴィラは極上の笑顔で「喜んで!」と答えた。その時の大臣の呆気にとられた表情を思い出すと、ハーシェリクはそれだけでご飯三杯行ける気がした。


 これはヴィオが姉のジーンの喪に服している間に秘密裏に進められたことだった。

 ヴィオがこのまま婚約すればハーシェリクの負担になることを拒み、また父の言いなりになることを拒んだのだ。婚約発表の場で婚約破棄をすることがヴィオの父へ対する唯一の反撃だった。


 ヴィオは侯爵家令嬢の地位を捨て、名前もヴィオレッタからヴィオと名乗り、オルディス侯爵家が管理する孤児院で生活することになる。孤児院とはいっても最近は私塾となっていて生活にも勉強にも不便はない。また侯爵であるオルディス家が管理をしている為、バルバッセも手が出せない。


 全てのやり取りは手紙で行われた。手紙はクロ、もしくはオランが直接バルバッセ侯爵宅に出向き手渡しをし、その手紙の紙を使いヴィオが返信をしたためていた為、大臣にばれることはなかった。

 バルバッセも王族からの手紙を無理やり見ることはしなかった。まさか婚約者同士が婚約破棄の準備を進めているとは夢にも思わなかっただろう。


「ハーシェリク様、お話があります。」


 ヴィオが笑うのをやめ、真剣な顔で言った。


「正直に言います。私はまだお姉様を助けてくれなかったハーシェリク様を恨んでおります。」


 その言葉にハーシェリクの息が痞える。さらにヴィオは言葉を続けた。


「だけど、いつまでもハーシェリク様を暗い顔にしているお姉様も恨んでおります。」


 ハーシェリクは目を見開く。


「ハーシェリク様、笑ってください。私もお姉様も、暖かな陽射しのようなハーシェリク様が笑顔が大好きなんです。だからその笑顔でこの国を照らして下さい。」

「……うん、ありがとう。」


 ハーシェリクは微笑む。それはまだぎこちなかったが、彼のいつもの笑顔に戻りつつあった。


 失われた命は戻らない。この世界はファンタジーの世界だが、絶対に覆らないこともある。

 これから先もきっと失うことがあるかもしれない。だけどそれが仕方のないことだと諦めたりはしない。例え身を裂くような痛みを伴ったとしても、全ての痛みを背負っていく。


 それが自分のできる唯一のことだ。


「ハーシェリク様」


 ヴィオに呼ばれると同時に、頬に温かい感触があった。ちゅっと唇が鳴る音が耳に届く。


「ヴィオ!?」


 ハーシェリクは頬を抑える。ヴィオになにをされたかを理解すると、顔が赤くなっていくのがわかった。そんなハーシェリクに満足そうにヴィオは笑う。


「私、守られるのはなく、ハーシェリク様も守れるようになってきます!」


 そう言ってヴィオは身を翻し馬車に乗り込んだ。ローランドが愉快そうに笑い、その妻も楽しそうに微笑む。兄達が若いっていいねぇといいながら御者の席に座り馬車を発車させた。


 頬を抑えたままハーシェリクはただただ馬車を見送った。


「ハーシェ?」

「おおーい?」


 微動さえしないハーシェリクに筆頭達が覗き込む。暗がりでは分かりにくいが、確実に顔を真っ赤にしている主は、二人を交互にみた。


「……私、女性に勝てる気がしない。」


 前世女だったというについそう思ってしまった。


「女性は男よりも強いなんて当たり前だ。」

「ああ。俺も勝てる気がしない。」


 二人の言葉にハーシェリクは頷き、そしていつものように微笑んだ。



 この後、ヴィオレッタ・バルバッセはヴィオと名乗り、特待生で学院に入学、学業において優秀な成績を残し、卒業後は王城にて不正を許さない有能な官吏として活躍することとなる。


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