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第十二章 葬儀と声と宴 その一


 教会の鐘が鳴り響く。

 それは一人の死者の魂が旅立つ合図だった。ハーシェリクとその腹心達は式を終えた後、教会の外からその鐘を見上げていた。


 この世界でも喪服は黒と決まっているらしく、全身黒一色となったハーシェリク。淡い金色の髪が風で寂しげに揺れ、髪の隙間から赤銅色のピアスが太陽の光に反射して光っていた。


 あの事件から一週間。

 事件は教会内部の過激派がグレイシス王国での反乱を企てたが、ハーシェリク達の活躍により鎮圧。ヘーニルを含め、今回の事件に関与した教会の者は全て教会側へ引き渡された。教会に所属している者は国の法律では裁けず、全て教会で裁かれる。それが各国と教会とで交わされている不文律だからだ。国内部でもいくらか反論はでたが、結局教会側の意見を汲む形となり、ヘーニルは教会内で裁かれることとなった。だが教会は教えで死刑を禁じている為、最悪でも生涯幽閉という形となるだろう。


 その反乱に巻き込まれた一人の令嬢の葬儀が本日行われた。


「ハーシェ、身体の調子は?」


 春は近いがまだ肌寒い。クロがハーシェリクの肩にコートをかける。


「大丈夫だよ。」


 そう言ってハーシェリクは微笑んでみせる。だが隣にいたオランも心配げに声をかけた。


「まだ病み上がりだろう。無理はするな。」

「熱は三日前には下がっていたし大丈夫だよ。」


 いつにもまして過保護な二人にハーシェリクは苦笑を漏らす。ただそれも仕方がない。オランの言うとおり、ハーシェリクは大量の魔力を体に取り込んだせいか、事件後三日間熱が下がらず、昨日までベッドの上の住人だったからだ。

 だが今は昨日までグウタラと過ごしたおかげで体調は万全である。ちなみに取り込んだはずの魔力は、風船の空気がぬけたように空っぽになったというのがおまけ話である。


「ハーシェリク殿下、この度はご足労ありがとうございました。」


 ハーシェリク達が振り返るとそこにはヴォルフ・バルバッセが丁寧にお辞儀をしていた。彼も黒い喪服に身を包み、沈痛な表情をしている。何も知らない人間なら、娘が事件に巻き込まれた哀れな父親だろう。だが彼の本性を知っているハーシェリクにとって、その表情が作り物だと思うと嫌悪しか感じなかった。だがそれでもハーシェリクは己の感情を外には出さず、彼と同じように沈痛な面持ちで答えた。


「いえ……ご令嬢を守れず、申し訳ありませんでした。」


 ハーシェリクの言葉にバルバッセは首を横に振る。


「殿下方のご活躍で国は守られました。臣下として喜ばしいかぎりです……ただ、父として悲しむことはお許しください。」


 そう俯く大臣。事情を知らなければ誰もが騙されただろう。二人の間を一陣の風が吹き抜ける。


「……国に巣食う古狸が。」


 ハーシェリクが吐き捨てるかのように呟く。その言葉に大臣の肩がピクリと動いた。


「……なんと?」

「いえ、なにも?」


 大臣の問いかけにハーシェリクは微笑む。その微笑みに大臣はそれ以上追及することができなかった。


「では僕はこれで失礼いたします。ヴィオレッタにもよろしくお伝えください。」


 そう言ってハーシェリクは身を翻し、その後を腹心達が続いた。


「あの厚い化けの皮、絶対剥がしてやる。」


 腹心達だけに聞えるほどの声で吐き捨てるように言ったハーシェリクの顔には、さきほどの微笑みはなかった。




 去る王子を見送りつつバルバッセは内心舌打ちをする。


(もう少しで消せたものを……)


 最初の違和感は、王子が三歳になって初めて会った時だった。相対した時、幼児を相手にしているとは思えない違和感を覚えた。


 そして一昨年の秋以降、薬事件発覚後、自分の一派からの離反者が増え始めた。離反者は多くを語らず離れて行った。また離れずとも協力をしなくなった貴族達もいた。

 それが末の王子が原因だとわかったのは、教会側からの密告があったからだ。調べれば全ての離反者達の陰にあの末王子が存在した。だから今回、陣営に引き入れるかもしくは消すという策を立てたのだ。ヴィオレッタと一緒になり手中に入るならよし、でなければ消せばいい。そして王子は決して自分の元には来なかった。


(小娘め、最期まで邪魔をしてくれた。)


 いくら大国を裏から牛耳る彼といえ王族に手を出すことは易々とできない。だから今回の騒ぎに乗じて暗殺することが一番都合よかった。だが、暗殺は寸前のところでジーンが庇った為失敗に終わった。


(その上あの情報が手に渡ったとなると……)


 二人の腹心を引き連れ去る王子にバルバッセは小さく舌打ちする。この展開は自分にとってとても都合が悪かった。


 一陣の風が駆け抜けた。乾いた砂を巻上げる春一番の強い風にバルバッセは手で顔を庇う。ふと手の隙間から王子達が見えた。


 王子に付き従うのは四人。黒髪の執事と黄昏色の髪の騎士は変わらない。だがそこに浅黄色の髪を持つ壮年の貴族の後姿と、磨かれた銅貨のような髪を持つ令嬢の後ろ姿があった。


 バルバッセは目をこすり再度王子達を見る。そこには王子を含め三人の背中しかなかった。






 光が石壁の隙間からの太陽や月明かりのみの部屋。暗闇に支配された部屋にヘーニルは一人いた。腕には魔封じの枷が嵌められ、この部屋にも魔封じの魔法式が描かれている。


「まさか、失敗するとは……」


 地べたに座り脱力するヘーニル。大司教という地位にいたにも関わらず、この転落した自分に絶望を通り越して笑いが込み上げた。

 ふと真顔に戻る。


「だが、どうやって儀式の失敗を止めた?」


 あの儀式は発動すれば止まらない。そして成功をしなかった場合、あたりを巻き込んで暴発し証拠を隠滅の為爆発するよう仕組まれていた。制御者がいなくなった時点で後は死ぬだけだったのだ。だが結果あの人形は生き残り、暴発はしなかった。


(人形が制御した?)


 そう考えたが、それはできないと結論に達する。完全に魔神化していないのに、あの膨大な魔力を即座に制御することは不可能だ。なら他の人間があの膨大な魔力を制御したのではないかということになる。だがあの場にいたのは人形を除き二人。そして大臣の令嬢には魔法の能力は低いと判明している。すると残るのは唯一人。


「まさか……」


 脳裏に浮かぶのは金髪碧眼の王子。人形の話では彼は魔力なしということだった。


「なるほど、あの王子が……そうか、そうだったのか。」


 魔力なし。だからといって器までないとは限らない。魔力を吸収する術は決して人形だけの能力ではないことをヘーニルは知っている。その能力はかつて、最古の時代に生きた人間が持っていた能力、そう教えられた。

 つまり王子もその能力を持っていて、あの膨大な魔力を吸収しても耐えうる器を持っているということだ。


 ヘーニルは歓喜に打ち震える。諦めていたものが手に入る、そう思ったのだ。


 次の瞬間、ヘーニルは雷に打たれたかのように体を震わせた。そしてすぐに平伏し叫ぶ。


「主、我らが主! 申し訳ありません!」


 誰かが目撃したなら、ついに常軌を逸したと思っただろう。だがこの場には誰もいなかった。誰もいないはずなのに、ヘーニルは虚空を見つめ何度も頷く。


「せっかく頂いた知識も活用できず、醜態をさらしました……」


 平伏から身体を上げ項垂れるヘーニル。だが彼にしか聞こえない声に頷き、至福の表情を浮かべた。


「なんという温かいお言葉、身に余る光栄です。そしてどうかお喜び下さい。御身の憑代をみつけました! 紛い物ではない、本物の憑代でございます!」


 自分の言葉の返答を待つ。


「ええ、ええ。」


 そして何度も頷きヘーニルは恍惚とした表情で答えた。


「解りました。では時が満ちるまで待つといたしましょう。我が主、聖フェリス。」


 暗闇の中、彼の声だけが不気味に響いた。


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