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第一章 王子と新年会と不意打ち その二



 ハーシェリクを引きとめたのは、中肉中背の頭部はハゲが眩しい貴族らしい貴族の男だった。名前を呼ばれたハーシェリクは誰かわからず首を傾げる。


(あれ? 見たことある気はするんだけど……?)


 見たことはある。だがここまで出かかっていて名前が出てこない。

 それにハーシェリク自身、貴族にこんな風に呼び止められることは滅多にない。末で価値の低い王子でも腐っても王家ということで利用しようと媚びる者、ハーシェリクに脅されていて畏怖する者がほとんどで、友好的な貴族は極々一部。

 だが目の前の貴族は、そんな媚びる者でも畏怖する者でもなく、もちろん極一部の友好的な貴族でもない。


「殿下の御前だ。名乗ってもらおう。」


 オランが首を傾げるハーシェリクと男の間に割って入る。片手は剣の柄に添えいつでも抜ける体制をとり、油断も隙もない眼光が彼を捉えた。クロもハーシェリクのすぐそばに控えつつ、周りに視線を走らせる。会場は賑やかでありこの状況に注目する人間は誰一人いなかった。

 男は割って入ったオランに一瞬びくついたが、それでも退かずハーシェリクに言葉を投げた。


「グリムでございます!」

「……え?」


(あのメタボでハゲのグリム!?)


 ハーシェリクが目を見開く。目の前にいるのは以前、腹の出ていた彼とは別人だった。ハゲは変わらずともメタボだった体形は年齢相応の健康的な体に変わり、人に与える印象は真逆だろう。当時のあざとい態度や野望で瞳をギラギラとさせていたが、今はその暗い感情が一掃され清々しく感じるほどだ。


「グリム伯爵?」

「はい、おひさしゅうございます!」


 にわかに信じられない声音でハーシェリクが確認すると、グリムはにかっと笑った。最後に会ったハーシェリクの五歳の誕生日の時は、今にも死にそうな顔だったのが嘘のようだ。


「……大分、お変わりになられましたね。」


 その笑顔にハーシェリクはよからぬことを考えているのかと疑う。だが、メリアからも領民からの手紙には、一切不穏な内容はなかった。むしろ今年は気候が穏やかだとか、領主が用意してくれた他国の肥料が土にあって豊作です、等々いい話ばかりだ。


(肥料はグリム伯爵が領民や自分に対するアピールかと思っていたけど……)


 だがこの変わりようはどうしたことだろうか。正直病気じゃないのかと疑いたくなったが、顔の血色がよく、日焼けしているのか健康的だ。


「殿下が信じられないのも仕方がありません。随分と腹が引っ込みましたからね! 関節痛もなくなって妻からも邪険にされずにすみますし、これで毛が生えたら最高ですよ! ハハハハッ」


 ハーシェリクの言葉に自分の禿げた頭をペチペチ叩くグリム伯爵。そしてふと真顔に戻り、あたりを見回す。誰も注目していないことを確認しグリムは口を開いた。


「ハーシェリク殿下、お気を付け下さい。ちとあちら側がきな臭い。」


 その言葉にハーシェリクは瞳を細くする。罠かと思ったが、罠ならあからさますぎる。

 疑っているハーシェリクの様子に、グリムはさきほどの真顔を一瞬で戻しまた禿げた頭を叩く。


「殿下が疑うのも仕方ないです。だからちょっとした世間話、噂話程度に思って頂ければ結構!」


 そういうグリム伯爵に後ろめたさはない。


「どうやら光の王子という者が各地でいろいろやっている様子ですからね。恨みを持つ者もいるでしょうし、そういう考えの浅い輩は短絡的です。以前の私の様に。」


 自嘲するようにグリムは言う。一瞬だけ、表情が暗くなったがそれを隠すようにまた、ハゲた頭を叩いて見せた。


「殿下の部下は優秀なので大丈夫だとは思いますが念のためご注意下さい。それに我が国の西も東も少々きな臭いのでそちらも気に留めておいて頂ければと思います。」


 グリムはにやりと笑うが、ふと表情に影ができる。


「私がやったことは決して許されないことです。この程度の事で殿下の信頼が得られることも、領民達やルゼリア伯爵にしたことの償いになるとは……」

「グリム伯爵。」


 ハーシェリクはグリム伯爵の言葉を遮る。そして微笑んだ。


「ありがとうございます。ご忠告しかと受け取りました……あなたも周辺には注意して下さいね。」

「……ありがとうございます、殿下。」


 ハーシェリクの言葉に、グリムは続きの言葉を飲み込み、頭を深く下げる。そしてたっぷり五拍分頭をさげ、そして再度ハーシェリクを見た時、彼には先ほどの暗い表情はなかった。


「では私はこのあたりでお暇させて頂きます。ああ、そうそう。メリア殿がご結婚されるそうです。手紙では時間かかるので伝言を頼まれまして。」

「ありがとう、伯爵。メリアにもおめでとうと伝えて。また祝いの品を送ると。」

「はっ、では御前を失礼します。」


 頭を下げてさるグリムの背中を見送りつつ、ハーシェリクはため息を漏らす。


「ハーシェ、今のは?」


 今一状況が呑み込めないオランは首を捻る。


「オランは初めてだったね。前話した二年前にあった伯爵だよ。ね、クロ。」


 ハーシェリクの言葉に頷きつつ、クロは表情を険しくする。


「ハーシェ、アレは信用できると思うのか?」

「私は信じたいな。」


 クロの言葉にハーシェリクは即答する。

 二年前にハーシェリクはグリムを脅した屈服させた。彼に選択肢を残さず、そうなるように仕向けた。当時、変わることは難しいだろうと思っていた彼は、今の様子をみるといい方に少し変わったのかもしれない。


(そう思ってしまう私は甘いのかもしれないけど。)


 だけど、とハーシェリクは思う。


「少しずつでも前進していると思いたいな。」


 そう自分の腹心達の顔を見上げ笑ってみせる。


 自分が望むものは、果てしなく遠い。自分のしたことが全て正しいとは思わないし、全て成果が出るとも思っていない。ここはハーシェリクが前世、涼子だった時に好んだフィクションの世界ではないのだ。世界や人を変えることは難しく、自分が変わってしまうことは容易い。いつ自分が変わってしまわないかわからない。


 だけど、グリム伯爵の様にみなが変わり努力し、手を取り合って行ける世界になるなら自分がやってることが無駄ではない。まだまだ頑張れる、そうハーシェリクは思うことができた。





「ハーシェリク!」


 グリム伯爵との会話を終え、今度こそ帰ろうと思ったハーシェリクを止めた人物がいた。


「レネット兄様。」


 名前を呼ばれ退出しようとしていたハーシェリクは振り返る。

 そこには短く切りそろえられた黄緑色の髪に、オニキスのような瞳を持った少年がいた。少年といっても年は十五だったはずで、少年というには難しいだろう。ただ腕白坊主という言葉がぴったりな雰囲気を纏う彼は、中身いい歳をしたハーシェリクにとっては少年に見えてしまう。


 彼の名前はレネット・グレイシス。ハーシェリクの兄でありグレイシス王国の第四王子だ。王族である彼も例に漏れず美形である。現代風にいえばサッカー部のイケメンエース的な印象を与えた。


「どうさないましたか、レネット兄様。僕に何か御用ですか?」


 そう言って一歩前にでてレネットを見上げ微笑む。月日が経ち成長をしたが平均より小柄なハーシェリクはレネットとの身長差はかなりあった。


(レネット兄様から話しかけてくるなんて珍しい。)


 ハーシェリクは心の中で首を傾げる。ハーシェリクは公式の場と例外を除いてあまり兄弟達と話すことは少ない。例外は言うまでもなくマルクスの事だが、他兄弟は最低でも七つ離れている為、接点が少ないのだ。

 一部の王子と王女を除き、昼間兄弟達はみな仕事や学院に行っているし、休日はハーシェリクがお忍びで出かけていることが多い。食事は集まって食べることもないし、公式の場でも挨拶は交わして、その後はこそっととんずらするのがハーシェリクだから、接点を持つほうが大変だろう。


 前世の三姉妹だった頃と比べドライな関係だった。ただそれが不満かと言えばそうでもない。

 初めの頃はどちらかというと年の離れすぎている弟をどう接すればいいかわからない、という兄弟の気持ちがわかったからだ。


(年が離れすぎると兄弟というよりは保護者的になるからなぁ……)


 ハーシェリクはしみじみそう思う。涼子の時は九つ離れた妹がいた。真ん中の妹とはよく喧嘩やどつきあいをした覚えはあったが、一番したのは妹とは喧嘩をした覚えはない。どちらかというと悪さをした妹を叱るいったほうが正しい。

 それがわかるからハーシェリクは自分が蔑ろにされているとは思わないし、接点が少ないからといっても公の場では気を使ってくれる兄弟やお妃様達が好ましかった。だからハーシェリクの中で彼らは家族だと思っている。

 ちなみにマルクスは事件後、何かと世話を焼いてくるようになったのは意外だったが。


(マーク兄様はどちらかというと身内に甘いタイプかな、と今はそうじゃなかった。)


 ハーシェリクは思考をすぐ前のレネットに戻す。彼は側室の一人、第三夫人が国王との間に生まれた三つ子の末っ子だった。


「うん、父上が呼んでいるから連れに来たんだよ。」


 そう言ってレネットはニカっと笑う。それがスポーツ少年のような笑い方だ。


「わざわざありがとうございます。でも別にレネット兄様が探さずとも……」


 本来ならメイドや係りに伝えればいい事なのだが、わざわざ王族である兄を使うとはどういうことだろう。首を捻るハーシェリクにレネットが手をパタパタ振る。


「いいのいいの。俺、暇だったしハーシェリクは人に紛れるのうまいだろ?」


 その言葉にハーシェリクは苦笑いを浮かべる。ハーシェリクは王族であり美形で一般人の中では目立つ存在だ。だがそれはハーシェリクが一人だった場合のみである。

 この様に王族が複数いる会場の場合、容姿では劣るハーシェリクの存在はぼやけてしまう。というか人々の視線が全て別の王子や姫に向くのだ。


(さりげなく面倒くさいことから避けているのがバレた?)


 元々目立つことを好まないハーシェリクはこれ幸いと必要以上に前に出ていなかったのだ。


「人に頼んだら時間がかかるし、俺達なら見つけやすいからな。」


 レネットはそう言って笑う。


(俺達?)


 複数形の言葉にハーシェリクが問おうとした時、人垣から二人が現れた。レネットと似た、というよりはほぼ同じ顔を持つ少年と少女だ。


「レネット、ハーシェリクが見つかったならとっとと連絡寄越しなさいよ!」

「あんまり大声ださない、セシリー。」

「アーリアは小さすぎよ。あんたのほうがレネットより兄なんだからしっかりしなさい!」

「あー……煩いのきたわぁ。」


 二人の男女にレネットはうんざりしたような顔を見せる。


(俺達って三つ子で探してくれていたのか。)


 セシリーと呼ばれたのは三つ子の一番上の王女だ。深緑色の軽くウェーブのかかった髪、つり目気味な瞳が勝気そうな印象を与える。本日は黄色いドレスを着用しているが、これをセーラー服に替えたらしっかり者の長女で学級委員長がぴったりだ。

 アーリアと呼ばれたのは第三王子。緑色の髪に肩より短く切りそろえられ、気が弱そうに印象づけた。勝気な姉に腕白な弟に挟まれ、彼がこんな性格になってしまうのもしょうがないと思える。

 瞳は全員レネット同様オニキスのような茶色で、慣れれば見分けることが可能な三つ子だ。身長差はあるが、鬘をかぶってしまえば見分けるのは困難だおろう。


「大体、俺が一番に最後に生まれたからって大した時間差じゃないじゃないか。最初に生まれたからって姉貴面すんなよなー」

「なら姉貴面させないでよね。あんたやったいたずらの尻拭いする私とアーリアの身にもなってよね!あの時だって……」

「うわっ女はすぐ終わったことを言う。面倒臭い。」


 言い争いを始めた二人を眺めつつ、ハーシェリクはどうしようか行動を決めかねていた。言い争いを始めた二人は特に問題ない。普通の兄弟喧嘩の言い争いだ。だが問題は他にある。


(私は父の所に行かなくていいの? てか注目を集めている。すっごく集めてる。)


 周りにお構いなしで喧嘩を始めた王子と王女は確実に注目を集めていた。それはそうだろう、この三つ子も例に漏れずかなりの美形だ。三人そろえば足し算どころか掛け算の効果がある。ついでに自分にも視線が集まってくるから、退散したいがそれはできずその場で苦笑を漏らすしかない。


「ハーシェリクは俺の味方だよな!」

「へっ!?」


 周囲を気にしていたハーシェリクは、レネットの言葉と同時背後から押し出される。

 いつの間にか背後に回られセシリーの前に突き出されたのだ。目の前にはセシリーの顔があり、せっかくの美少女なのに目を吊り上げていた。


「レネット、ハーシェリクを巻き込まない! ハーシェリクも困っているじゃない!」


 セシリーがレネットからハーシェリクを奪い抱え込む。


(胸は控えめ……じゃない、なんだかいつもとちがうぞ!?)


 いつもよりもコミュニケーション多々な兄と姉にハーシェリクは目を白黒させる。いつもならここまで巻き込まれない。というかそもそも接点がない。


「男同士じゃないとわからないことなんだよ!」


 腕を引っ張られレネットの腕の中に入る。


「男同士ってハーシェリクはまだ子供でしょ!」


 またセシリーに引っ張られ腕の中。


「女にはわからないんだよ!」

「なによ!」

「なんだよ!」

「やめなよ、二人とも。ハーシェリクが困ってる!」


 あっちへ引っ張られこっちに引っ張られ、最後はアーリアの背後で庇われたハーシェリクは息絶え絶えだ。

 傍から見れば自分は子供に取り合いされるぬいぐるみだろう。


(私はぬいぐるみじゃない……てか、クロとオランはなぜ助けてくれない。)


 筆頭達に視線を向ければ、二人は我関せずと視線を逸らした。助ける気は皆無なのがはっきりとわかった。


(裏切り者ぉおおおお!)


 後で鉄拳制裁だ。パワハラ? なにそれおいしいの? とそう心にハーシェリクは決める。


「何しているんだ、お前たちは……」


 そこへ呆れ半分の声が響いた。その声にあたりに集まっていた令嬢たちが黄色い声を上げ、声の主が通れるよう人が割れた。


「マーク兄様……」


 人が割れてできた道を通り現れた助けにハーシェリクは縋るような視線を向ける。燃えるような赤髪を靡かせ、紅玉を磨いたような瞳が光る貴公子、第一王子であるマルクス・グレイシスその人だ。

 ハーシェリクの数少ない理解者の一人であり、協力者である。


「呼びに行ったお前たちがハーシェリクを止めてどうする。」

「……ごめんなさい。」


 謝罪の言葉は異口同音で三人の口から出た。さすが三つ子。声が揃っていた。


「まったく。悪いなハーシェ。そろそろ帰る予定だったろうが、来てくれるか?」

「解りました。」


 ハーシェリクは頷く。


(てか行動パターン読まれてる。)


 確かに自分はこういう場には最低限しかいない。そしてさりげなく退室するのがいつのも手だが、兄にはすっかり見破られていたらしい。


「気が付く人間は少ないから安心しろ。」


 顔に出ていたらしく兄に指摘されハーシェリクは苦笑する。そんなハーシェリクの頭をマルクスは優しく撫でた。そして一瞬だけ顔を真顔にする。


「何かあったら私に相談するんだ、いいな。」

「……はい。」


 その表情にハーシェリクは予感を覚える。どうやら今日は簡単には部屋にはもどれなさそうだと。


 兄に先導されハーシェリクは進む。後ろには三つ子とさらに後ろにはクロとオランが続いた。


(いつになく注目が集まってるゼ……)


 営業スマイルを浮かべつつハーシェリクは帰りたい衝動を堪える。

 目立つことがこの上なく苦手なのだ。前を歩くマルクスはもちろん、後ろの三つ子も先ほどまでは年相応の顔をしていたのに今は立派な王家の者の顔となっている。 


 ハーシェリクは感心するが、これが彼らにとっては普通なのだろうと考えを改めた。生まれた時からこの環境なだから、注目されそれに応えることが普通なのだ。

 だがハーシェリクは違う。前世の記憶を持つハーシェリクにとって、注目を集めるということが、自分が見世物になったような気分に陥るのだ。


(王族だから仕方ないけどさぁ……)


 注目を浴びて見世物になるのも仕事だとわかる。だが恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 さきほどまで幼稚な喧嘩を繰り広げていた三つ子たちも、今や王族の顔で堂々としたものである。

 むしろ別人ではないかと疑いたくなった。


「父上、ハーシェリクを連れてきました。」


 鬱々とした気分でいた為、いつのまにか上座の父である王の場に到着し、マルクスに促され前に出るとそこにはグレイシス国王である父がいた。


 月の光を集めたような白銀の髪、ハーシェリクと同じ碧眼は磨かれた翠玉が整った輪郭に嵌っている。万人が認める美貌の国王ソルイエが子供達を出迎えた。どう見ても二十代に見える彼は、すでに四十過ぎている。


「マルクス、手間をかけたね。セシリー、アーリア、レネットもありがとう。」


 そう言いソルイエは微笑む。その言葉に三つ子たちは各々照れた笑いを浮かべた。


「ハーシェリク、そろそろ疲れているところだろうけど悪いね。」

「いえ、ご用でしょうか父様。」


 そう言いつつハーシェリクは父を観察する。


(ちょっと顔色が悪い?)


 父は元々肌が白く肌理が細かい。女なら嫉妬するほどの張りと艶がある。だが今は明かりの具合もあるかもしれないが、その美貌に陰りが見えた。そしてハーシェリクは警戒すべき人間が横にいることに気が付いた。


(ああ、ここは戦場だったか。)


 そして満面の笑みという武器を構え、その人物に話しかけた。


「お久しぶりでございます、バルバッセ大臣様。」

「ハーシェリク殿下、健やかにご成長なされてなによりでございます。」


 ハーシェリクの言葉に立派な口髭を果たした壮年の男が答えた。初めて会った時はその存在を大きくかんじたが、それは成長した今でも変わらない。

 バルバッセ大臣。この国の貴族を取りまとめる存在であり、裏では王家をも脅しこの国を牛耳る存在。

 ハーシェリクが三歳から調べ続けても未だに尻尾さえ掴めない男。


 傍から見れば和やかな空気だが、事情を知る者には火花が散ったように見えただろう。さりげなくオランとクロがハーシェリクの背後へと移動する。二人とも表情は変わらないが、オランは剣の柄に手をかけ、クロはいつでも暗器を取り出せるように準備を整えていた。実際剣を抜くことは起らないだろうと思うが、牽制にはなる。ハーシェリクに危害を加えようものなら、その頭と胴はお別れをすることになると。


 背後の筆頭達の気配を感じ取りつつ、ハーシェリクは大臣の言葉に朗らかに答えた。


「ありがとうございます。父様、ご用件とは大臣様からの?」


 微笑み絶やさずハーシェリクが言う。ただ顔は笑っていても瞳に宿す光は剣の切っ先の様に鋭く瞬く。


「ハーシェリク、実は……」


 父が言い難そうに口を開く。だがその言葉を引き取りバルバッセが一歩前にでた。


「陛下、よろしかったら私の発言を許して頂いても。」


 許可を得ようとしているが、それは決定事項のようだった。父が頷くのを確認しバルバッセがさらにハーシェリクに近づく。背後の二人が動きそうなったのをハーシェリクは後ろに回した手で、動かないよう指示をする。


(皆の前では問題は起こさない。それくらいの相手なら苦労はしない。)


 だが油断はできない。相手はこの国を牛耳る影の支配者だ。


「ハーシェリク殿下は今年で七つとなられますね。」

「はい、そうです。」


 なぜここで年齢の話が? とハーシェリクは思ったが頷いて見せる。


「私の娘も今年で七つとなります。ハーシェリク殿下と同い年です。」


 そしてにっこりと大臣はハーシェリクに言い放った。


「よろしかったら我が娘と婚約はいかがでしょうか?」


 その言葉がハーシェリクは理解できなかった。否、言葉は解る。婚約、つまりは将来結婚を前提のお付き合いというやつだ。


(だがこの男はなんと言った?誰が?誰の娘と?)


 ハーシェリクの思考がぐるぐるとなり、考えがまとまらない。


「…………は?」


 ハーシェリクがたっぷりと時間を置いて出た言葉は、たった一文字だった。





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