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第八章 大聖堂と聖騎士と盲信 その二



 オランは剣を構える。だがその構えは自然で気負ったところは全くなく、今から訓練を始める程度の緊張感しかない。

 予想外のオランの反応に、聖騎士の男は眉を潜める。


「……たった一人で我ら全員相手すると?」


 主の申しつけ通り、王子と筆頭達の内一人を分断に成功した。だが対五十の聖騎士が相手だというのに、この夕焼色の髪を持つ青年騎士は平然としすぎている。

 

「ああ、一対五十なのにビビっていないか不思議? まあ俺も不思議だな。」


 不審げな表情をする聖騎士に、オランは旧友を相手にしているかのように笑ってみせる。


「たったこれだけで、俺を抑えられると思っているあんた達の脳みそがなッ」


 次の瞬間オランが動いた。一瞬で聖騎士との間合いを詰め、がら空きの胴体に蹴りを入れる。不意を突かれた聖騎士の男は吹き飛ばされ、壇上の台に叩きつけられた。

 左右にいた騎士が反応しすぐさまオランに斬りかかったが、彼は剣を振い騎士達の剣を弾き逆に彼らの腕や足の筋を断ち切る。そして間を置かず飛来した矢もオランは余裕で宙から叩き落とした。息をつく間もない攻撃をオランは前後左右頭上、全ての攻撃をかわし騎士達を返り討ちにしていく。


 そして一息つく頃には、オランの周りに十人を超える騎士が地べたを這いずっていた。だが死んだ者がいないのはオランの実力だろう。オランはハーシェリクの虎穴作戦で野盗や破落戸、時には不正を犯した騎士や兵士達と剣を交えたが全てを殺さずに捕えてきた。強者ほど手加減が上手いのだ。


 だが今回は勝手が違った。

 昏倒して起き上がれない者、腕や足の痛みで立ち上がれないもののほとんどのはずが、全員立ち上がったのだ。普通ならありえない。普通なら。


 起き上がった者の瞳には、狂気と恍惚を合せた常軌を逸した光が宿っていた。その瞳は見覚えがある。


(……こいつら、薬を使っているのか。)


 オランは自分の感情が冷えていくのがわかった。それはオランが婚約者を失った薬。オランにとっては後悔してもしきれない、憎まずにはいられない元凶だ。

 少量なら多幸感や快楽が得られる。だが元は身体や身体能力を強化し、恐怖心や痛覚を麻痺させ、人を化け物のように戦いへと駆り立てる身体強化の薬だ。


「薬を使ってまで、命を使ってまで……お前達は何を求めている。」


 先ほどとは打って変わってオランの静かな、だが怒りをこもった言葉が大聖堂に響く。


 この薬は飲んだら最後、薬を飲み続けるかもしくは死ぬか。飲み続けたとしても寿命は格段に減るだろう。それくらい劇薬なのだ。薬が改良されていたとしても、副作用がなくなるとは考えられない。


 オランの言葉に、最初蹴りをくらい昏倒したはずの騎士が剣を掲げる。


「全ては猊下の高尚なる目的の為に!」

「全ては聖フェリスの名の元に!」


 男に呼応するかのように周りの聖騎士達も各々の武器を掲げ叫ぶ。それが大合唱となり、騎士達の中央に佇むオランの耳に不快に残った。


「……狂信者共が。」


 そう吐き捨てるように呟きつつ、オランはふと自嘲気味に笑う。


「まぁ俺も人のことは言えないか。」

「……なんだと?」


 オランの言葉に聖騎士の男が反応した。オランは剣を振り、刃についていた血を振り払う。剣から振り落とされた血は、磨かれた大聖堂の床を斑に紅く汚した。


「お前たちがヘーニルと神を盲信するように、俺は自分の主君を信じている。」


 信じる相手が違うだけで、命を懸けてもいいと思えるほどの相手がいるということは変わらない。そこに狂信者たちとオランに差異はない。だが彼らとオランでは決定的に違うものがあった。


「だが俺はお前達と違う。俺はハーシェが間違った道に進むなら、殺してでも止める。」


 それが自分の忠誠を捧げた主の望んだこと。間違っていたら殺してでも止めて欲しい、それこそ彼が自分に望む一番のことだ。


(ある意味、ハーシェが一番酔狂だよな……)


 自分を殺す為の騎士を側に置く。そしてそんな彼に忠誠を捧げる自分。


(ああ、やっぱり俺もあいつらと変わらない。)


 内心苦笑しつつオランは剣を構える。ただし自分は彼らの様に只々盲信することはしない。それが彼の主が一番に望んだことだからだ。


「お前達が信じるヘーニルが正しいとは俺は思わない。」


 その言葉に無表情だった男が、怒りの表情に変わる。


「あのお方に間違いなのない!」

「それが既に間違いなんだよ。お前達に疑問さえ抱かせないようにしている時点でな。」


 狂気を帯びた男の言葉をオランは静かに否定する。彼の主は違った。


(ハーシェはいつも自分が間違っていないか、踏み外さないか悩んでいる。)


 この世に迷わない人間はいないし、悩まない人間はいない。いるとすればそれはよほど幸福に恵まれた人間か、もしくは狂った人間かだ。

 誰もが立ち止まってしまう中、ハーシェリクはもがき苦しみつつも一歩を踏み出すことができる。そして周りの人間に一歩を踏み出す勇気を与え、その場で動けなくなる人間に手を差し伸べる。


「オラン、オランは人を殺した事ある?」


 城から出る前、ハーシェリクはオランにそう問うた。

 答えは否。オラン自身、人を斬った事はあっても殺したことはない。


 それを聞いたハーシェリクは覚悟を決めた瞳でオランを見た。


「私には力がない。だからいつもオランやクロに頼ってばかりいる。」


 事実、ハーシェリクは戦闘に関しては戦力外どころか足手まといだ。だがオランはそれでいいと思っていた。全ての争いごとは自分や執事が片付ければいい。それができる実力を備わっているのだから。


 そう言うオランにハーシェリクは言葉を続けた。


「オラン、人を殺すということはそれで終わりじゃない。例え相手が極悪人だっとしても、その人の人生を奪い、周囲の人の人生を良くも悪くも変えてしまう……相手の命も周囲からの憎悪も全てを背負うことになる。」


 新人兵士や騎士の中ではその重さに耐えきれず、心を病み退役していく者もいる。もしくは命を奪うことに悦を覚え、狂人と化す者もいる。


 オランも父や兄達にそういう話を聞いてきた。ハーシェリクは自分が狂ってしまうのではないかと思っているのか、とオランは一瞬考えたがその考えを否定する。

 ハーシェリクは優しい。もし自分がその程度だと思われているなら、この場には連れてこないだろうし、そもそも自分を筆頭騎士に選んだりはしなかっただろう。


 考えた結果、自分ではなく死ぬ相手に対し心痛めているのではないかとオランは推測した。だが殺すなということかと問えばハーシェリクは更に首を横に振った。


「違う。殺すななんて私は言えない。相手が本気で殺しにくるのに、オランやクロに殺すことを禁じるなんてそんなこと出来ない。そんなことを言いたいんじゃない。」


 ハーシェリクは真っ直ぐとオランを見つめ言葉を続ける。


「人を殺す事は全て私の命令だと思って。オランの責は全て私が背負う……傲慢だけど私にはそれくらいしか出来ない。クロにもそう言ってある。」


 だから、クロもオランも全力で戦ってほしい。そうハーシェリクは言葉を締めくくる。


 その華奢な肩に全ての責任と命、そして罪を背負うと彼は宣言した。これが他人だったら口先だけだと思い鼻で笑っただろう。だが自分の主は違う。何事にも真摯で全ての責を背負おうとする彼の言葉は重い。


「全く、俺の主は配下に甘い。」


 騎士の家系の人間が、主の命令だから殺すなどとそんな甘い事を教わっていると思うのか。人を殺すということは、父に初めて剣を持った幼い日からずっと教えられてきた。命を奪う覚悟がないなら剣はやめろと。いつか人の命を奪う日は剣を持ち続けるかぎり必ず来る。


 だが己以外に優しすぎる主は、その責を自分が背負うと言った。彼はいつも重い荷物を自分から背負おうとする。それなのに彼は自分が無能だと嘆く。決して彼は無能ではないのに。


(俺は俺の願いの為、ハーシェの願いを叶えるという願いの為に、騎士になった。)


 距離を詰めようとジリジリと近づいてくる聖騎士達を見据える。


「さあ始めようか、殺し合いを。」


 それが大聖堂で起る殺戮開始の合図だった。


 オランは後ろから斬りかかってきた聖騎士を、振り向きざまに首を刎ね飛ばす。槍で突こうとした聖騎士の攻撃を最小限の動きでかわすと槍を持った手を斬り落とし、剣で止めをさしつつまだ手が付いている槍を持ち向かってきた別の聖騎士の胸を刺し貫く。

 彼は聖騎士達の返り血を浴びても眉一つ動かさず、容赦なく縦横無尽に自分の武技を振う。


 一人相手だというのに押されている状況に外からの増援の聖騎士達も参戦したが、オランは全ての命を無慈悲に刈りとっていく。最後の聖騎士から命を奪った時、白い制服も端正な顔も夕焼け色の髪さえも返り血で紅く染まっていたが、そこに彼の血液は一滴もなかった。



 後にこの出来事が狂信者と化した聖騎士達を、たった一人で殲滅した黄昏の騎士の英雄譚の一幕『黄昏の騎士の狂騎士百人斬り』として語られることとなる。



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