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第八章 大聖堂と聖騎士と盲信 その一



 目的地で大聖堂の前で停車した馬車から降りたハーシェリクは、その大きな建物を見上げた。太陽の光の元でみれば白を基調とした荘厳な建物だが、太陽が沈み闇の支配可となっている今はまるで悪の本拠地のように不気味だ。実際、ここは自分達にとっては敵の本拠地である為、その例えは間違ってはいない。


 王都の外れ、城下町からもやや離れたその場所にある大聖堂はアルミン男爵の孤児院も近い。こくらいの距離なら教会の者が孤児院を訪れたとしてもなにも不信ではない。だからこそ彼と孤児院は利用されたのだと考えると、ハーシェリクは苦い気持ちになった。


「……想像していたより立派で大きい建物だね。」

「グレイシス王国の王都にある教会本部も兼ねているからな。」


 ハーシェリクは率直な感想を呟きに、執事服から全身黒の密偵服に着替えたクロが反応する。着替えたのは本人曰く、こちらのほうが執事服と比べ暗器の装備も多く動きやすいということだった。ハーシェリクが見てもどこにどうやって隠してあるかは不明だが。


「教会は世界各地に点在している。各国の首都にはこの大聖堂のように大きな教会があるんだ。規模は国にもよるがな。」


 クロの説明にハーシェリクはなるほどと頷きつつ、ふと疑問が思い浮かぶ。


「二人は神様って信じている?」

「全く信じていない。」


 ハーシェリクの質問にクロは即答する。クロの予想通りの答にハーシェリクは苦笑し、次にオランを見た。

 オランは近衛騎士と似せた白い筆頭騎士専用の制服を着ている。バルバッセ侯爵家からそのままここに来たため、彼は着替えなかったのだが、騎士団の制服だけあって動きに支障はないということだ。


「俺は死んだ後、天の庭があることを信じたいな。そういう意味では信じている。」


 天の庭とは善の魂が死後、来世までの間にいる場所だ。前世でいうところの天国。地獄はこちらの世界でいうと地の底と言う。


「ハーシェは?」

「……私はどうだろう。」


 クロの問いにハーシェリクは首を傾げる。


(日本では適当だったしなぁ。)


 日本は宗教に緩い国だ。誰もが自由に宗教を選ぶ権利があり、また選ばない権利もある。前世、涼子は特に決めた宗教はなかったが、葬式は寺で最期は墓にはいると思っていた。


 ただ神を信じているかと問われば否。

 涼子が高校生の時、彼女の母が健康診断でガンの可能性があると診断された。どうか母がガンではありませんようにと、検査結果が出るまで毎日のように神に祈った。だが結果母はガンでその後手術、治療と苦労をしていた。涼子が二十歳を迎えた時には生活に支障はなかったが、その後も再発を恐れ、毎年検査を受けていた。


(あれからだな。私が神様を信じなくなったのは。)


 今考えればとても安直な思考だ。だが、母は真面目に生きてきた。父も家族も、そして涼子自身も。そんな自分が初めて心から祈った願いは通じなかった。神に裏切られたという気持ちが強かったのだ。


 それに一人暮らしをしていると宗教の勧誘も多い。いつもなら居留守使うのにその時は通販の配達を待っていた為、つい出てしまったのだ。

 断わっているのに勧誘は少しだけといいつつ長々と好き勝手に喋った後、入信し祈れば必ず救われると言った。


「ではその神様は自分に祈らない人は救わないんですね。すっごく心の狭い神様ですね。」


 通販を待っていたのに長々と興味のないことを聞かされたからイラついていた。だから涼子はつい追撃をしてしまった。


「なぜ神様は苦労すると解っていて助けてくれないんですか?」

「なぜ全てを乗り越えて成長する為って後付けの説明なんですか?」

「なぜ私が結婚できないのことを祈ってもらわなくちゃいけないんですか!」


 最後の結婚に関しては「旦那様は?」「独身ですが。」「祈らせて頂きます。」というやり取りがあったのだがそれは置いといて、涼子はなぜなぜ攻撃で勧誘を撃退した。


 ただ自分には必要がなくても必要なものだとも涼子は理解している。全ての人間が力強く生きていけるとは思っていない。中には弱く脆い、誰かに頼らなければ生きづらい人間だっている。そんな時神という存在に縋り、明日への糧へとすることを誰が責めようか。子が親を頼る様に、神だって頼っていいはずだ。それで明日生きる希望となるのなら、それは人々にとって必要なことだ。


 だが、彼らは違う。

 クロが調べた結果、ヘーニルは教会内でも過激派が多い聖フェリスを信仰する一派の筆頭だと判明した。

 聖フェリスとは黎明の時代に世界統一を果たした性別出生共に不明の英雄であり、後に聖人と称えられ、死後は神々の一柱となったと言われる存在だ。

 過激派の思想は一つ。聖フェリスが果たした世界統一を再現し、世界に平等な平和をもたらす。その為ならいかなる手段を用いてでも達成しようと考える狂信者だ。


 そしてクロがもう一つ仕入れた情報。つい最近教会に武器が搬入された。そこから導き出される可能性は一つ。


 ハーシェリクは懐中時計を開ける。時計は午後八時を指していた。相手が指定した通りの夜、そしてマルクスと打ち合わせした時間だ。


「時間だ、行こう。」


 扉が音を立てて開く。待ち構えていたのは一人の男だった。


「ご足労感謝します、グレイシス王国第七王子ハーシェリク殿下。」


 そう言って男は丁寧に礼をする。その男はこれといって特徴のない三十代くらいの地味な容姿の男だった。だがハーシェリクが見たことあるヘーニルの法衣とは違い、騎士が着るような鎧を着こみ、剣を佩いている。体躯も鍛えているのだろうオランよりも体格がよく、筋肉が盛り上がっていた。頬には傷があり、それが重苦しい雰囲気を醸し出している。


(教会所属の騎士……聖騎士か。)


 その姿からハーシェリクはそうあたりをつける。


 聖騎士とは教会が保有する兵力だ。主な任務は教会の要人警護や民間人の護衛、時には魔物討伐等も行うこともある。任務に関しては国の騎士と大差はないが、聖騎士になるには出生や身分を問われないことが国に所属する騎士との大きな違いだ。


 グレイシス王国の場合、騎士になるには学院騎士学科を卒業するという条件があり、兵士になるにも語学等の一定以上の条件だ。

 それに比べ聖騎士になる為の条件はなく希望すれば誰でも見習いになることができる。孤児や貧困層の救済が始まりと言われていて、誰でも見習いになれる反面、騎士になるには清貧を重んじ、過酷な修行と鍛錬な日々を乗り越えた者のみが聖騎士を名乗ることができる。

 その為、聖騎士達の実力は王国の騎士に匹敵するのではと言われている。


「貴方に感謝されるいわれはない。呼び出した本人が出迎えなしとはいかに?」


 ハーシェリクの冷めた言葉に聖騎士の男は再度頭を下げる。


「猊下は現在取り込み中でございます、申し訳ありません。」


 口や態度では謝ってはいるが、心からの謝罪ではないとわかる口調だ。オランが剣の柄に手を置きつつ一歩前にでた。


「申し訳ない? 王家の人間に脅迫しといてそんな感情があるほうが驚きだな。」


 オランは皮肉を言う。だがその皮肉も男はさらりと受け流す。


「ええ、ですから最高のおもてなしをするように承っております。」


 その言葉を合図にハーシェリク達が入ってきた扉だけでなく、大聖堂と繋がっているいくつかの扉が開かれた。そして装備を整えた物々しい雰囲気の聖騎士達が現れ、ハーシェリク達を取り囲む。


「……五十か。」


 クロが呟く。剣や槍を持った聖騎士達が入ってきた扉も封鎖し退路を塞いだ。


「クロ、外にはどれくらいいた?」

「同数程度。」


 クロの報告にハーシェリクは頷く。もし兄達が早めについたとしても、簡単には侵入できないということだ。


「どうやら私が知っているおもてなしの作法とは、大きな違いがあるみたいですね。武装した聖騎士様達がお茶でも出してくれるんですか?」


 ハーシェリクの鋭い視線と共に投げられた痛烈な皮肉も、聖騎士の男は眉一つ動かさない。


「どうとらえられても。我々は猊下の行く道を付き従うまででございます。」


 そう言って聖騎士は佩いた剣を抜く。剣の刃が室内の明かりを反射させ、まるでそれが合図かのように聖騎士達が剣を抜き、槍を構え弓に矢を番える。


「神々の前で武器をちらつかせるなんて、聖騎士は皆に優しく誉れ高いと聞いていたのに残念。」


 ハーシェリクは心にも思っていないことを言いつつも内心焦っていた。だがそれは決して今の聖騎士達に囲まれた状況に対してではない。


(時間がないのに……どうする?)


 ハーシェリクには絶対的な信頼をよせる筆頭達がいる。彼らが負けることなど露にも思っていない。だが負けるとは思っていないが、この場の聖騎士達を全員無力化するにはいくら二人でも時間がかかるだろう。

 兄達が突入してくるのは約一時間後。それまでにシロとジーンを助け出さないといけないのに、こんなところで足止めされている時間はない。


「……おい黒犬、いけるか?」


 オランがハーシェリクとクロだけに聞えるよう呟く。ハーシェリクがなにをと問うような視線を向け、口を開こうとするがその前にクロが答えた。


「誰にものを聞いている。」

「おし、いくぞ。」


 二人は簡単な打ち合わせ済ませたが、ハーシェリクには全く理解できなかった。今度こそ問おうとしたが、その前にクロにひょいっと小脇に抱えられた。まるですぐ側に置いてあった荷物を取るかのような自然な動作である。持たれた荷物ことハーシェリクでさえ、余りにも自然すぎて、反応が遅れたほどだ。


「……え?」


 口から洩れた一言。そんな主のことなど気にも留めずクロは平然と言った。


「いくぞ、ハーシェ。」

「は?」


 ハーシェリクの返事を待たずクロは動き出す。彼が手を振る動作をしたと思うと次の瞬間ハーシェリクを小脇に抱えたまま宙を飛んだ。何かに引っ張られるように奥へと続くであろう扉の上に天井へ激突する勢いで飛んだかと思うと、壁にぶつかる直前、猫のようなしなやかさでクロは扉の前に降り立った。


 聖騎士達はなにが起ったのかわからなかったが、この中で唯一オランだけはクロがなにをしたかわかった。


 クロは袖に仕込んであった鉄線を天井の照明に引っかけると、振り子の要領で宙を移動したのだ。言うだけなら簡単だが、角度や照明の強度、自分とハーシェリクの体重も考慮した動きであり、クロだからこそ危なげなくできた芸当である。


(さすがは元密偵、身軽だな。)


 オランはそう内心呟く。決して声に出さないのは、褒めることに少々抵抗があるからだ。


「……視界が、回った。」


 周りが静まりかえる中、クロに抱えられたままのぐったりしたハーシェリクの間の抜けた呟きが響く。

 前世から遊園地の絶叫系は大の苦手で、それは今も変わらない。動けないハーシェリクを抱えたまま、騎士達の中央に一人残ったオランにクロは言葉を投げる。


「先行くぞ、不良騎士。」

「おう、片づけたらすぐに行く。」


 剣を抜きつつ手をひらひらと振る筆頭騎士。その言葉にハーシェリクは顔を上げ彼を見た。


「オランッ」


 一対五十という状況はオランを信じているハーシェリクでも心配になる。だがそんなハーシェリクの心配を払拭するかのようにオランは言う。


「先行って待っていろ、ハーシェ。」


 いつも通りオランはにかっと笑ってみせた。その顔に気負いはない。だからハーシェリクも頷いた。


「……わかった!」


 クロが扉を開けハーシェリクを抱えたまま走り出す。それを見送りオランはあたりの聖騎士達を見渡した。誰も彼らを追おうとしない。


(つまりこれも予定通りということか。)


 それはハーシェリクが入る前に言った予想と合致する。


「彼らの本当の狙いがなにかは不確定だけど、私が目当てならわざわざ筆頭だけお供を許可するなんておかしい。きっと中で分断するだろうね。」


 そうハーシェリクは筆頭達に言った。


「一人でなんていう要求は絶対通らない。私が一人で行くと言ったとしても、兄達はもちろん父は絶対許さない。だけど二人を伴っていくなら、妥協はしてくれるでしょう。」


 その場合教会内部に入ってから分断しようとするはず、そうハーシェリクは予想しその予想は的中した。つまりこの先も分断する為の策が用意されているということだ。


(ま、あいつならなんとかするだろう。)


 あいつとはクロの事である。この一年でいくつもの修羅場をくぐってきた。時間がある時は手合せもしたし、互いの実力は承知済みである。


「さて始めようか。」


 そう言ってオランジュことオクタヴィアン・オルディスは不敵に笑ってみせた。

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