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第六章 デートと花達と存在意義 その二

 ハーシェリクは城下町へと続く城の正門ではなく、いくつある裏門の一つへと向かった。ここは王城に出入りする商人や、城勤めの兵士や騎士、官吏達が出入りする門だ。ちなみに正門は貴族や来賓が出入りする。今向かっている裏門は人通りが少ない場所に繋がっている為、ハーシェリク達には都合がいい。そんなハーシェリクに門番がにやりと意味深な笑みで出迎えた。


「ハーシェリク様、今回は事前の申請ありがとうございます。」


 そう言う門番にハーシェリクはテヘと誤魔化すように笑ってみせた。

 本来、王族が学院など決まった場所以外に外出する場合は、必ず事前に申請が必要だが、それをハーシェリクは「とっても面倒だし意味不明、というか非効率」と言ってぶっちぎる様になった。

 元々こっそりと町に抜け出していたが、それでは日帰りがせいぜい。しかし虎穴作戦では日帰りで行って帰ってくることは難しいし、遠隔地では外泊する必要だって出てくる


 ということで、王である父に好きにしていいと言われていた為、ハーシェリクは虎穴作戦を機に秘密の道ではなくちゃんと門を使って外出することを決めた。

 最初はお勤めを終えた兵士や官吏のように「お疲れ様ー」と片手を上げて自然に出てこうとした為、門番は危うく止め損ねるところだった。主が小さく舌打ちをした音を、オランは忠実なる臣下である為に聞かなかったことにした。

 門番が必死に手続きが必要とか危険だと止めようとするが、ハーシェリクは絶対戻ろうとはしない。


「みなさん外は危険というけど、この国はそんなに治安が悪い国なんですか?」


 と、憂いた表情でハーシェリクは問いかける。これは論点のすり替えとハーシェリクも解っていたが、黙る門番にさらに言葉を続けた。


「それに、束になっても僕の騎士一人に勝てない人を護衛につけられても……」


 そう申し訳なさそうにハーシェリクは言いオランを見上げる。


 オランは武道大会で、掠り傷一つ負わず優勝を果たした周囲が認める強者だが、それだけでない。後日行われた一対多数の戦闘訓練……という建前の、軍務局と警邏局合同の有能な新人の歓迎訓練、と見せかけた躾というイビリを完封勝ちしたのは兵士たちの記憶に刻み込まれている。


 オラン曰く、


「兄達が喜々として参加していた。あれは本当に俺の血縁なのか疑いたくなった。」


と遠い目をしていたのは蛇足である。


「要請があったからオランに行ってもらったのに、陰険なことするってどういうわけ?」


 そうハーシェリクが珍しく少々ご立腹だった為、警邏局所属の門番に言った言葉が嫌味っぽくなってしまうのも仕方がない。完全に閉じた貝となった門番にハーシェリクは肩を竦める。


「……まあ僕がここを出る事で、貴方に責を負うのは申し訳ないですね。わかりました。」


 ハーシェリクは一旦引き下がり、翌日同じように裏口に現れた彼が外出許可証を差し出した。もちろん父である王の直筆サイン入り。ちなみハーシェリクになにかあった場合責任取るオランの署名も書かれている。

 この時もオランは諦めたように遠い目をしていたというのは、門番の証言である。

 ちなみにこれを貰うまでにソルイエとハーシェリクの戦いがあったが割愛。外泊する場合は父にだけは事前に申告することを条件に書いてもらったのだ。対外的にはオランの実家が協力する手はずである。


「父様に余計な心配させたくなかったんだけどなぁ……」


 だから最初は門番を丸め込もうとしたのだが、さすがに門番が職を失うのは悪いと思ったハーシェリク。

 それに考え直せば黙って出ていくことも父に心配をかけることになるので、ある意味こうなったことはよかったと思われた。


「今回は女性もいますからね。では行ってきます。」

「いってらっしゃいませ、ハーシェリク殿下。お嬢さん方も気を付けて。」


 そう門番は愛想よくいった。特に女性三人にはとても愛想がいい。


(一人男だけど黙っておこう。)


 ハーシェリクはそう思い、不機嫌なシロを見なかったことにした。


「あ、町で出ると皆僕の事を別の名前で呼びますど気にしないでくださいね。あと僕が王族だということは秘密で。それから敬語もなしでお願いします。」


 裏門を出て町に入る直前、ハーシェリクは三人に言った。そしてフードを目深く被る。城の者ともあまり接触がなかった昔と違い、今は城内でも顔見知りがいる。そんな彼らと町ですれ違って王子と呼ばれたら城下町の人々が混乱するだろうし、自分もそれは望んでいない。まだハーシェリクは城下町ではリョーコと呼ばれていたいのだ。

 自分の正体がわかっても、フードを深くかぶっていればある程度の人は空気を読んでくれる。


「ではいきましょうか。」


 ハーシェリクの言葉を合図に城を後にした一行は思いのまま歩く。

 ヴィオレッタはいつも馬車で通り過ぎている風景が目の前にあるからか、ふらふらと出歩くためジーンが手を握っていないと迷子の危険があるくらいにはしゃいでいた。

 ハーシェリクはそんな様子を見守りながらも、いろんな人に話しかけられている。


「リョーコちゃん、今日は綺麗なお花達を連れてるね!」


 お菓子屋の店主が話しかけてきた。ここのお菓子はクロが作ったものには負けるが、値段が安く子供達が買い食いをしている。前世風にいえば駄菓子屋のような店だ。もちろんケーキ等子供では買えないお菓子も置いてある。


「今年の新作菓子、お嬢さん達と一緒に食べなよリョーコ君。」


 店主の奥さんが袋を差し出す。ハーシェリクがお金を払おうとオランを仰ぎみたが、オランが財布を出す前に二人は首を横に振って拒否されてしまった。そうされてはお金を出すほうが失礼だと思い、ハーシェリクはお礼を言って店を後にする。


「ハーシェリク様、それはなんですか?」


 小声で話しかけてくヴィオレッタに、ハーシェリクは袋を開いてみせる。中には穴の開いていないドーナッツみたいな揚げ菓子が入っていた。前世の世界にあるサーターアンダギーに似ているとハーシェリクは思う。


「わあおいしそう!」


 花が咲くような笑顔のヴィオレッタにハーシェリクは微笑む。


「後で食べよう。一緒に。」

「一緒?」


 一緒という言葉にヴィオレッタは頬を染める。


(一緒、二人っきり……デートみたい!)


 恥ずかしそうに両手で頬を包むが、次のハーシェリクの言葉で別の意味で真赤にした。


「うん、みんなで一緒に。」


 ハーシェリクには悪気がないが、その言葉でヴィオレッタは穴があったら入りたくなった。そんなヴィオレッタの耳に、魚屋の店主と買い物客の会話が飛び込んできた。


「おい、また税金が上がるだって?」

「ああ、何でも西の国境がきな臭いらしい。その防衛費だとよ。」


 魚屋の店主が深いため息を漏らし、買い物客は顔を顰め舌打ちをする。


「王族共は毎日宴を開いているっていうのに……金がなくなれば国民から搾り取ればいいとか思っているんだろうな」


 聞えた二人の会話に、ハーシェリクは気まずげに視線を彷徨わせる。彼らが言っている毎日宴というのはもちろんデマである。 

 だが増税に関しては事実だった。新年の宴でグリム伯爵が忠告してもらった後、王国の西にある帝国がここ最近国境付近に軍を配備していることが伝えられ、念の為に国境警備を強化するという方針が決まった。ちなみにこれはハーシェリクの内部監査で知ったことだ。すでに決定されたその方針には、予算外の案件の為臨時的に増税が決まっていた。ハーシェリクにしたらもっと絞れるところがあるだろうと思うのだが、まだ子供の自分が口を出せるわけでもなく、操り人形と化している父はもちろん、第一王子マルクスも増税の方針を止めることはできなかった。


 だが、止められないからといって諦めるハーシェリクではない。


(ひさびさの計算やりがいがあったゼ……)


 国境を強化する為の資材や派遣する兵達の給金、行軍や装備の費用等々必要な費用を過去の資料を参考にしつつ計算。クロに現在の市場価格も調査してもらい全費用の予想金額を算出、現在の歳入から今期の予測を立て臨時的にどれくらい徴収できるかを計算する。


 ハーシェリクはどれくらいの税金が必要かを計算し兄を通じて父に提出、父は文句を言う官吏達を押えなんとか増額を最低限にした。実際の仕事は官吏に任せたがしっかりとやれば予算内で収まる。収まらなければ貴族達から臨時徴収である。


(自分達はとられたくないからがんばるでしょう。)


 ハーシェリクはそこまで予想している。国防費という名目で貴族達から私財を徴収することは可能だ。予想通り貴族も高官達も身銭は切りたくないから必死に仕事をしている。


(……だけど国民は嫌だよね。)


 どこの世界でも税金が自分の負担が上がること嫌がる人間はいる。とくに納めている税金が生活に還元されていると実感できていない場合、その反発は大きい。


「おい、声がでかい。警邏がくるぞ。」


 魚屋の店主が声を潜め客に注意を促す。だが客の憤りは治まらなかった。


「警邏なんか怖くねえ! あいつらは小銭渡せば見て見ぬふりするぜ。むしろ一緒に王族や貴族の悪口を言いあえる。」


 ハーシェリクは内心頭を抱える。客がいうように、国内の治安を預かっている警邏局の下っ端はそういう傾向だ。もちろん真面目に働いている人もいる。だが悪い事は目立つのだ。十人中九人が真面目に働いていても一人が悪事を働けばそれが注目される。


(とりあえずこの場は離れたほうがいいかな。)


 移動しようハーシェリクが提案しようとする。だがすぐ隣にいたヴィオレッタがいなかった。視線を走らすと、先ほどから会話をしているあの男性達にずんずんと近づいていっている。そして彼らの前で止まるとビシッと人差し指を突きつけた。


「貴方達、なんていうことを言っているんですか! 王族の方々に不敬です!」


 声高らかに宣言するヴィオレッタ。その姿はハーシェリク及びその一行は思考が停止した。


「……貴族のお嬢ちゃんが下々の話を盗み聞きなんて行儀が悪いな。」


 自分の身長の倍はありそうな男に見下ろされ、低い声で凄まれたヴィオレッタ。普通の女の子なら恐怖で泣き出してしまったかもしれないが、ヴィオレッタは違った。


「そんなことどうでもいいです。それよりもとても不敬です! すぐに撤回してください!」


(何も知らない人が、ハーシェリク様を馬鹿にするなんて許せない!)


 ハーシェリクが馬鹿にされたような気がして、ヴィオレッタは我慢ができなかった。優しく微笑み、国民を思う彼。今日も行きかう人々を大切に見ていた彼を知っているからこそ、彼らの言葉が許せなかった。


「不敬? 本当のことだろ? いい加減にしないと……」

「妹がごめんなさい!」


 一行で先に動いたのはジーンだった。妹に抱きつき、いらぬことをいいそうな口を手で押さえ男達に頭を下げる。

 もごもごと妹の口が手の下で動いたが、その手は決して離さずにジーンは頭を下げ続けた。


 男達がなにか言おうとしたとき、姉妹と彼らの間に二つの影が割って入った。


「まあまあお兄さん達。この方々は貴族のご令嬢なんだよ。今回はかわいいお嬢さんが言ったことだから、ね?」

「あ、あんちゃんは!」


 オランが人懐っこいに笑みを浮かべ話しかける。オランの事を二人は知っていた。彼らがよく知る人物の保護者として、よく城下町でみかけるのだ。そしてもう一つの影、彼らがよく知る人物であるハーシェリクも頭を下げる。


「ごめんなさい、お兄さん達。」

「リョーコちゃん……」


 店主と客はお互い気まずそうに顔を見合わせる。彼ら……城下町で暮らす者にとって、この貴族の若様はただの貴族ではない。変わった貴族の若様で飾らない事や身分を鼻にかけない、素直な性格が城下町のみなから好かれていた。だから、さきほど言った言葉が聞かれていたとしらバツが悪い。客が呟くように言う。


「頭を上げてくれリョーコちゃん……悪かったな。貴族の中にだってリョーコちゃんみたいな人だっているのはわかっている。だけど……」


 冷静になれば彼らも言いすぎたを思うのだ。人間誰しもつい言ってしまうことがある。


「いいえ、気にしないでください。皆さんの目に貴族や王族がそう映っているなら、それが私達が行った事に対する評価で結果ですから。」


 ハーシェリクはそう言って再度謝りヴィオレッタとジーン、そして完全に蚊帳の外となっていたシロをつれてその場を去った。ただ一人オランを残して。


「……リョーコがああ言ったから今回は大目に見るけどな。」


 剣の柄に手をかけ、垂れぎみの蒼い瞳が男性二人を睨む。そこにはいつもの軽い雰囲気の保護者はいない。冬の寒さではない、別の寒さが二人を包んだ。


「今後、王族に対し不敬を働く時はそれ相応の覚悟することだ。特に不確かな情報を口にするときはな。」


 そう言ってオランはその場を後にする。残された二人はまるで凍ってしまったかのように、その場から動けなかった。




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