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第六章 デートと花達と存在意義 その一


 雪が溶け冬の終わりを感じさせる日の光が注ぐ本日、バルバッセ侯爵家の次女ヴィオレッタは上機嫌だった。

 ハーシェリクと出会ってニか月、毎週とはいかなかったがハーシェリク会う日はお茶会やダンス練習、大好きな姉の作った曲を聞かせてもらったりして過ごす日々はとても幸せだった。それにハーシェリクは彼女が作った少し焦げたりして失敗したお菓子も嫌な顔せず食べてくれた。


「美味しいです。ありがとうヴィオレッタさん。」


 そう言ってあの優しげな碧眼に見つめられるたびに、ヴィオレッタの鼓動は加速する。

 会うたびにヴィオレッタはハーシェリクのいいところを発見した。優しいところ、努力家なところ、博識なところ、気さくなところ、大人びたところ、意外と頑固なところ。別れを言うのがさみしくて、次会うのが待ち遠しい。ヴィオレッタはこの気持ちが何かはまだわからない。だがハーシェリクの事を考えると心が温かくなる気がした。だからハーシェリクに会う日のヴィオレッタはいつも上機嫌で笑顔が絶えない。


「ハーシェリク様!」


 朝から一時間かけて選んだ服をはためかせ、扉から現れたハーシェリクに貴婦人の礼をする。もちろんお化粧も髪型も彼に会う為に姉に頼んで仕上げてもらった。隣では姉も礼をしている。姉の貴族の仕草は流暢で綺麗で、さすが自分の姉だと思う。


「こんにちはヴィオレッタさん。ジーンさんも。遅くなってしまってごめんなさい。」


 礼をする二人にハーシェリクは微笑みつつ、最後は申し訳なさそうに謝る。


「執事の方に勉強で遅れていると伺っております。お気になさらないで下さい。」

「いえ、約束は約束ですから。勉強をしていたとしても言い訳をしていい理由にはなりません。」


 ジーンの言葉にハーシェリクは首を横に振る。


(自分の過ちは素直に謝罪することができる……今日もハーシェリク様のいいところを見つけました!)


 新しい彼を発見してヴィオレッタは嬉しくなる。また一つ、彼の事がわかった気がした。


「ヴィオレッタさん、今日も可愛らしい服ですね。」

「ありがとうございます……」


 ハーシェリクの言葉にヴィオレッタは頬を染めつつお礼を言う。ハーシェリクは細かいところに気が付く。男性は女性の変化には気が付きにくいというが、服装はもちろん髪の結い方や紅の色、アクセサリーと気が付き口にだして褒めてくれる。それくらい自分の事を気に止めていてくれるということだと思うととても嬉しく思うヴィオレッタ。

 実際はハーシェリクが前世女であった為、そんな些細な変化に気が付き、自分の正直な感想を言っているだけだけなのだが、知らぬがなんとやらというものである。


 ヴィオレッタは赤い頬を誤魔化す為、持ってきた籠の中から袋を取り出しハーシェリクに差し出す。


「ハーシェリク様、今日はクッキーを焼いてみました。」

「ありがとうヴィオレッタさん。ちょっと頂いてもいいですか? 実はお昼食べ忘れて。」

「是非!」


 姉に見てもらいながらひとりで焼いたクッキー。少し焦げてしまったが、それでも成功したクッキーの中で一番きれいにできた物を選んできた。

 ハーシェリクはヴィオレッタから受け取った袋のリボンを解き、クッキーを取り出すと口に運ぶ。クッキーにしては少し固めな音が響いたが、彼はおいしそうに食べた。


「ナッツとチョコのクッキー……僕、こういうの好きです。」

「よかった!」


 そう言いつつヴィオレッタはハーシェリクがチョコやナッツを好んでいるのを知っていた為、そのクッキーを作ったのだがそれは言わない。


「ヴィオレッタさん、また腕を上げましたね。」


 ハーシェリクの言葉にヴィオレッタは再度頬が染まったことを自覚する。ただハーシェリクに一つだけ不満があった。

 ヴィオレッタは始め、ハーシェリクを殿下と敬称をつけていた。だが、なんとなく距離を感じてしまい、殿下ではなく様としていいかと聞いたのだ。


「別に呼び捨てでもかまいませんよ。」


 とハーシェリクには言われたが、さすがにそれはと辞退した。だが彼はいつまでたっても自分をさん付けして呼ぶ。本来、呼び捨てでも問題ない身分だというのに、彼は自分の筆頭達以外は敬称をつける。なぜか壁を作られているようなきがした。だから自分も呼び捨てで呼んでもらいたかった。


「ハーシェリク様、できたら名前を……」

「ん?」

「……なんでもございません。」


 ヴィオレッタの言葉にハーシェリクがクッキーを頬張りながら首を傾げる。その仕草が男なのに可愛らしくかんじ、ヴィオレッタは出かかった言葉を飲み込んだ。


「そう?」


 少々挙動不審なヴィオレッタを気にしつつ、ハーシェリクはクッキーを半分くらい食べ終えると袋を元通りリボンで結ぶ。


「後は帰ってきてから頂きますね。」

「今日は出かけるのですか?」


 ジーンが問うとハーシェリクは頷いた。


「はい、今日は城下町へ行こうと思います。ちゃんとオランジュに護衛してもらいますから安全です。あと他に一緒に行く人もいますが後で紹介します。」


 そしてハーシェリクは二人を見る。


「ヴィオレッタさん、ジーンさん、申し訳ないんですがちょっと城下町では目立ちますので着替えて頂いてもいいですか?」


 申し訳なさそうに言う王子に二人には拒否するはずもなかった。


 二十分ほどして別して着替えてきた姉妹はハーシェリクが待つ部屋に戻ってきた。


「殿下はこのような恰好をして城下町に出ているんですか?」


 用意されたワンピースを着たヴィオレッタがくるりとその場で回る。先ほどまで来ていた服よりは地味となったが動きやすい服だ。髪もツインテールだったのを頭の上で一つのお団子にしてもらい、動きやすくしてもらった。

 ジーンも同い年の町娘が着るような服に着替えている。真っ直ぐな赤銅の髪を緩く三つ編みにし、上品なお姉さん風だ。


「ええ。さすがに城での服装で町へ出るとみなさん緊張しちゃいますから。」


 話しかけられたハーシェリクも、王子の服装から貴族の若坊ちゃん風の服装に変わった。


「ハーシェリク様、準備はできましたか?」


 そう言って現れたのは筆頭騎士であるオランジュだ。彼もいつもの近衛騎士の着る制服に似た筆頭騎士専用の制服ではなく、いつもの簡素な服装だ。

 今回は第三者がいる為敬語を使いっているのだが、普段の彼とちがう違和感をハーシェエリクは感じ、微妙な気分になったが言葉には出さない。


「出来たよ。そちらは?」

「はい、準備できております。」


 オランに促されて入室した人物に、姉妹は息を飲む。純白の長い真っ直ぐな髪に切れ長な琥珀色の瞳、最高の芸術家でも表現には苦心するだろう美の女神がそこに現れたのだ。

 美の女神は不機嫌そうに眉を潜め、男物の服を摘まんだり引っ張ったりしていた。


「彼は僕の魔法の先生でシロさんと僕は呼んでいます。」


 紹介された彼は姉妹を一瞥しただけで、とくに挨拶はしない。貴族で初めて会う女性に対して高慢な態度だが、それさえ絵になる彼はさすがだとハーシェリクは思う。


(殿下も素敵だし、マルクス様もとても綺麗な方だけど……)


 ヴィオレッタは思う。この世の者とも思えない美貌。目の前に現れた人物が女神だと言われれば疑いなく信じる。ただそれとは別にヴィオレッタには気にあることがあった。


「……ハーシェリク様、やっぱりハーシェリク様は大人の女性のほうが好みですか?」

「へ?」


 ぼそりとヴィオレッタが呟く。その言葉にハーシェリクは首を傾げた。そして女性二人の視線がシロに釘づけなのをみて納得がいく。


「好みかどうかはおいといて、シロさんは男ですよ。」

「ええ!?」


 ヴィオレッタが驚き上げる。そんな彼女にシロは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「そろそろよろしいでしょうか?」

「うん、では行きましょうか。」


 オランが先導しハーシェリクとヴィオレッタが並んで歩く。結果となりを歩くこととなったジーンとシロ。


「……こんなところで会うとはな。」


 先を行くものには聞こえない声量で、視線は向けずシロは隣に話しかける。その声音はハーシェリクに話しかけものより幾分か低い。話しかけられた者、ジーンは沈黙で答えた。


「何を企んでいるんだ?」


 それは問いが自分を見透かされているような気がして、ジーンは唇を噛む。


「……私は、ヴィオレッタの姉として付き添っているだけです。」


 吐き出すようにでた言葉にシロは口端を上げるだけで、それ以上喋ることはなかった。


(そう、私は姉を演じているだけ。)


 ある時は父の友人達に秘密の手紙を届ける小鳥になり、ある時は父の不都合な人物を消す短剣、そしてヴィオレッタのよき姉。全てを演じなければ、今頃自分は死んでいたか、生きていたとしても最底辺の暮らしをしていただろう。

 ふとジーンの目に前を歩く王子の後姿が映る。ヴィオレッタになにかせがまれているのだろう苦笑を浮かべる王子。でも決して嫌がっているわけではない。どちらかといえば小さい子の我が儘を聞く、大人の仕方がないと言った表情だ。まだ七歳にもなっていないはずなのに、彼の存在はなぜか大きく感じる。


「ジーンさん、またあの曲を弾いてくれませんか?」


 ヴィオレッタとダンスの練習をした後、ハーシェリクは曲をリクエストをする。それはまだ歌詞ができていない、王子と初めて会った時に歌っていた曲だ。なぜこの曲ばかりかと問えば、王子はやや恥ずかしそうに「なぜか懐かしく感じるので。」と答える。そして身長差から上目使いでお願いと言われ、自分はまだ完成していない曲を弾く。


 その曲を聴いている間の王子は、いつも以上に大人びてみえた。まるで遠くの故郷を思う旅人のような表情をする。曲が終わると寂しそうに目を伏せジーンにお礼を言った。


 その表情が切なくて、ついもう一度いかがですか? と問うとハーシェリクは寂しそうな表情を一転させ嬉しそうに頷く。その表情をみてふと自分が自然に笑っていることに気が付く。


(あの時の自分は、一体どれなんだろう……)


 ジーンの心の中の問いは、答えが出ずそのまま意識の底に沈んで行った。


 無言になった二人。二人は気が付かない。彼らの間で交わされた会話を聞いている人物がいることを。



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