第五章 シロ先生と歴史と魔法系統 その一
ここは以前事故があった演習場。現在は防御用結界も張り直され元通りに整備されているその演習場の中心で、身長差がある二人の人間が対峙していた。
一人はこの国の末王子ハーシェリク。もう一人は教会から派遣された末王子の魔法学の講師、王子からシロと呼ばれる美女、と見間違うほどの美貌を持った美青年。
講師であるシロは、持ち上げた手の平の上に炎の玉を出現させそれを自在に操り最後は消して見せる。炎属性の魔法では初級の攻撃魔法だ。上級者なら複数の炎の玉を出現させることもできるし、魔法式を組めば追尾から着弾後の爆発等応用が利く魔法である。
王子の目の前で実践して見せて、まずはやってもらうということだ。どの程度の実力か見極める為だ。
「ここまでは解ったか? ではやってみろ。」
「はい先生! できません!」
シロの言葉にハーシェリクは元気よく笑顔で答えた。
(あ、眉間に皺よった。)
不機嫌そうに眉間に皺を寄せるシロ。美人に睨まれるのは怖いが初めてではない為、ハーシェリクは曖昧な表情で誤魔化す。
「できないって何がわからないんだ。魔法が苦手でも初級くらいは使ったことあるだろう?」
「あるといえばありますけど……」
「ならなぜ?」
シロの詰問口調にハーシェリクはポリポリと頬をかく。
(なぜと言われても魔力ないし、使う魔法も浮遊魔力でできる範囲だからなぁ……。)
そういえば自分に魔力がない、と知っているのは父と魔法学の最初の先生だけだった。今まで魔法が必要となる場面がなかったからか、クロもオランも自分が魔力なしということは知らないはず。というかたぶん二人は魔法が苦手で使わない、としか思っていないのかもしれない。
(別に隠しているわけじゃないしいいか。)
そうハーシェリクは結論付ける。
「僕には魔力ないからです。」
「ない?」
まるで珍種動物をみるかのように見られた。確かに魔力なしの人間はこの世界には少ない、というかほぼいないそうだ。一国に一人いるかいないかどうか。だから驚くことも無理はないだろう。
「はい、元がないので魔法自体使えません。」
そう言ってハーシェリクは銀古美の懐中時計を取りだす。
「唯一使えるのはこの懐中時計を使って浮遊魔力を自分の中に取り込んでできる初歩中の初歩、というか基礎だけです。それも魔力の使用が少ない魔法だけです。」
出来るのは明かりを灯す、小さな火を起こす、水を造る程度が限界で魔法道具さえ使えない。もちろん魔法式というものを組む事もできない。
ハーシェリクの言葉に納得した風にシロは頷く。
「なるほど。だから……」
(私の異能を見ても恐れなかったわけか。)
浮遊魔力を取り込むこと自体、ハーシェリクにとっては普通だったということだ。異端さを知らないから、彼は簡単に受け入れられたのだ。
ふと自分の中に残念に思う気持ちがあり、シロは自嘲気味に笑う。
(私は何に期待していたのか。)
「シロさん?」
訝しむハーシェリクにシロは軽く頭を振る。そして懐中時計を指さした。
「見せてみろ。」
ハーシェリクはその言葉に一瞬躊躇ったが、大切そうに懐中時計を一度撫でると差し出す。
「はいどうぞ。」
シロは懐中時計を受け取ると目を凝らした。やや古いが上品なデザインの銀古美の懐中時計。一般人ならそう見るだろうが、シロは違った。細工を見て目を見開く。
「これは、最古の遺産……?」
シロは逸る気持ちを抑え、琥珀色の瞳を細め更に細部を見ようと凝視する。
(やはり!)
シロが予想した通り懐中時計には細工に見せかけた、だが今まで見たこともないような高度な魔法式が刻まれていた。知識がないものがみればなんの変哲のない懐中時計でしかない。だが知識があるものが見れば、この懐中時計の価値に気が付く。
「最古?」
シロの言葉にハーシェリクは首を傾げる。
「この世界の歴史は知っているか?」
シロの言葉にハーシェリクは頷いてみせる。この世界で把握ができている歴史は今を除くと三つある。ただ三つと言い切っていいかは怪しい。
今より前の時代を黎明の時代といった。
黎明の時代の初めは世界各地に大小の国々あり戦争を続けていた。永遠と続くと思われた戦いを性別出生共に不明の英雄が、たった一代で平定し世界平和をもたらした。戦争という暗く明けないとも思われた夜を、たった一人の英雄が夜明けをもたらした時代、それが黎明の時代。後に英雄は聖人と呼ばれ、死後は神々の一柱となったと伝えられている。
世界が一つとなった時代は約千年続いたが、時の流れと共に分割され今の状態が、今の時代である。
黎明の時代の前が空白の時代という。記録が一切ない不明な時代。
一説には天変地異が起き全世界が滅びたとか、神々が世界を作り変えた、等々言われているが一切の情報がない時代。次の時代までの空いた時代だから空白の時代と呼ばれている。
そして今現在解っているもっとも古い時代が最古の時代。その時代は今の時代よりも魔法文明に栄え、何千年も何万年も栄えたと言われている。今もその最古の時代より古い歴史は発見されず、だからこそ最古の時代と呼ばれていた。
魔法文明が栄えていた最古の時代、魔法文明がなぜか滅び記録が一切残っていない空白の時代、そして英雄が世界を平定した黎明の時代。細分すればまた違うが、この世界の歴史は大きくこの三つに分けられている。
「空白の時代より前、今よりも遥かに文明が栄えたと言われる最古の時代。その時代のモノなら、魔力変換ができる道具あっても不思議ではない。」
黎明時代にも幾多の魔法道具は残っているが、最古の時代の道具とは比べるにも馬鹿らしくなるくらいガラクタだ。最古の時代の魔法道具、発見された最古の遺産は使用できずとも、残された魔法式は今とも比べられないほど精密で複雑だ。今の時代も研究は進んでいるが、未だに最古の時代の魔法式と比べると赤子のおもちゃに思えてしまうほどである。
(過去の人のほうがすごいということ?)
ならなぜ一度滅んだのか、なぜ空白の時代というのが存在するのか、等々矛盾が思いついたが、それよりもハーシェリクが気になったのは魔力変換という言葉だ。
シロの言葉が正しいなら、懐中時計は最古の時代の魔法道具であり、魔力変換はとても珍しいようだ。
「え、浮遊魔力を取り込むのって普通じゃないんですか?」
「……普通ではないな。」
「そうなんですか……」
ハーシェリクは返してもらった懐中時計を指の腹で撫でつつ、持っている物がとても価値あるものだと認識し戸惑う。
「この懐中時計は、研究局に渡したほうがいいんでしょうか……」
動く最古の遺産。それだけで価値がある。ルゼリア伯爵がなぜそんなものを持っていたか、それとも気が付かなかっただけなのかはわからないが、これは自分がずっと持っていていいもかわからない。
(手放したくないけど……)
これは単なる懐中時計ではない。ハーシェリクにとって大きな意味があるものなのだ。
目に見えて落ち込むハーシェリクにシロはつい口を開いた。
「……別に、渡したとしても誰も解明は出来ないだろう。古代の遺産など博物館に展示されるのがオチだ。それならおまえが持っていても大差ない。」
「はい!」
嬉しそうに返事をするハーシェリクにシロは視線を逸らす。そして誤魔化すように咳払いをした
「さて、ではどうするか。」
「どう?」
ハーシェリクが懐中時計を内ポケットにしまいながら首を傾げる。
「私は魔法を教えに来たんだ。なのに魔法が使えないなら意味がないだろう?」
シロの言葉にハーシェリクは考える。
「なら魔法学の知識だけでも教えてください。」
三歳の誕生日を迎えた後の最初の魔法の授業で魔力なしが発覚してからは、魔法の授業は受けていない。読書でいくつもの魔法の専門書を読んだがイマイチだ。
(それに、教会と繋がりのあるシロと手を切るのは下策。)
シロが事件やこれから起こるかもしれない事にかかわっているかわからないが、シロとの授業を無くすのは惜しい、というのが本音だ。
「お願いします。」
「……わかった。」
にっこりとお願いされたシロは、ため息と共に呟いた。




