第四章 王子と姉妹とお茶会 その二
茶の瞳を吊り上げているヴィオレッタに、ハーシェリクは瞳を丸くし固まったが、続く言葉にさらに思考を停止させた。
「王家の方々は国民達の手本であるべきだと思います、マルクス殿下のように!」
「え、マーク兄様……?」
脈絡もない兄の名前が飛び出しハーシェリクは数度瞬きする。
「マルクス殿下は国民の前に出てもとても堂々としていてご立派で、非の打ちどころのないお方です。剣技も魔法も才能あふれる殿下……それなのに弟君であるハーシェリク様は先ほどから弱音ばかり!」
そう言ってヴィオレッタはまたプリプリと怒りだした。そんな彼女をハーシェリクは眺めつつ、停止させてた思考を再起動させる。
(確かにマーク兄様はすごい方だけど……)
性格も容姿も才能も持っていて人間として尊敬もしている。だがなぜこの場でその話題なのかが疑問だった。
『殿下は、自分で自分を情けないと言って恥ずかしくないんですか?』
ヴィオレッタの言葉が頭の中で響く。それがハーシェリクの中で引っかかり、自分の悪癖に思い当たった。
(ああ、謙遜しすぎたか……)
謙遜を美徳と考える傾向が強い日本人。前世日本人であるハーシェリクもその性質があり、己を過小評価し謙遜する。
前に筆頭達にも言われたことがあった。自分を過小評価しすぎるなと。
(いや、でも全て事実だしなぁ。本当になんの才能も特技もないし。)
自分にはなにもない。あるのは前世の経験や知識、そして頼りになる筆頭達だけだ。
それに自己評価は過大よりは過小のほうがいい、とハーシェリクは考える。何事もリスクを考え能力を低く見積もり作戦を練れば、能力が高ければ予想よりも上の効果が期待できる。逆に自己の能力を過大評価し、それをもとに作戦を練れば失敗した時のリスクも増える。
(だけど、きっと彼女が言っていることは建前なんだろうな。)
ハーシェリクはヴィオレッタを観察する。プリプリ怒りつつヴィオレッタはハーシェリクより、横目でちらちらと姉を気にしているようだった。
(私と大好きなお姉ちゃんが話で盛り上がっていて疎外感かんじちゃったかな?)
その様子にくすりと笑う。とても可愛らしく思えたのだ。
今もどこで仕入れたのか自分の悪い所と、兄であるマルクスの素晴らしい所を演説している。腹が立たないか、と言われれば少しだけ腹が立つが、ヴィオレッタが言っていることは全て本当だし、マルクスは素晴らしい兄。それに一生懸命姉の気を引こうとするヴィオレッタはとても微笑ましい。
(まあ子供にちょっと言われたくらいで腹立てられないし。)
前世三十代の女だったハーシェリクにとって、ジーンもヴィオレッタも子供。子供に生意気な事を言われても怒るほどでもない。
(喋り疲れたら黙るだろうし、そしたらお菓子でも出して……って。)
ハーシェリクの視界にクロ映る。さきほどまで完璧な執事スマイルを浮かべていたのに、今や真顔になってヴィオレッタを見ている。その様子にハーシェリクはさきほどのほんわかした気分が一掃され、背中に冷や汗が垂れた。
(クロさん、無表情が怖いから!)
ハーシェリクはすぐにオランに視線を向ける。オランは心得たとばかりに頷き、クロが万が一行動を起こした場合に備え、止められる位置に移動した。
だがそれは杞憂に終わる。
「やめなさい、ヴィオ!」
頬を叩く音が響いた。頬を押え唖然としたヴィオレッタはジーンを見上げた。そしていつも穏やかな姉が、本気で怒っていることを感じ取り涙目になる。
「だ、だってお姉さま……」
「言っていい事と悪い事があります。貴女は人を貶せるほど素晴らしい人間なのですか?」
その言葉にヴィオレッタが黙り込む。沈黙が温室を支配した。
「……ジーンさん、余り怒らないで上げてくれませんか? 元はと言えば僕が悪いんですから。」
ハーシェリクが最初に口を開く。元はと言えばつい癖で謙遜トークをしてしまった自分が始まりだった。
「ですが……」
申し訳なさそうに言うジーン。喋れないが見つめてくるヴィオレッタ。その二人にハーシェリクは微笑む。
「そうだ、ヴィオレッタさんはダンスが大変上手と聞きました。よかったら手ほどきをしてくれませんか?」
ハーシェリクの言葉を誰も拒否はしなかった。静まりかえってしまった温室にいるよりはいいと思ったのだろう。
一行は大広間へと移動する。そこは新年会が行われた会場で、あの時は所狭しと人で溢れていたが、今はただ広いだけの空間だ。
楽器があり、かつ踊るスペースがある場所はいつもハーシェリクが習っている王家専用の音楽室かこの場所しかない。さすがに王家の私的な場所に自分の一存ではつれていけなかったので、この場所に案内したのだ。クロが大広間に設置されているピアノのカバーを外す。
「ジーンさん、ピアノは弾けますか?」
「はい、嗜む程度ですが……」
「ではお願いします。」
ジーンが頷いて席に向かうのを見送り、ハーシェリクはヴィオレッタを見る。バツが悪そうに視線を逸らし、ドレスの裾を指先で弄っている。その様子にハーシェリクは、彼女が自分の過ちに気が付いていることを感じ取った。だがそれをどう言ったらいいかわからない、という風だ。
ハーシェリクは彼女に歩みより片膝をつく。そしてすっと片手を差し出した。彼女が息を飲むのがわかったが、ハーシェリクはその体勢のまま微笑んで言葉を続けた。
「どうか、僕と一曲お願いします、ヴィオレッタ姫。」
ハーシェリクの言葉に、ヴィオレッタは一瞬躊躇ったが差し出された手に己の手を重ねた。
二人が広間の中央に移動するのを確認し、ジーンの演奏が始まる。曲は指定していなかったが、気を利かせた彼女はよく練習で使うゆったりした曲を弾いてくれた。
大広間の舞台を一組の小さな影がくるくると舞う。
「……ダンス、お上手です。」
「ありがとう。」
ヴィオレッタの言葉にハーシェリクは微笑みを維持したまま、内心安堵する。ダンスも剣術や馬術同様教師をつけている。だが兄や姉達を見慣れている教師陣にとって、自分はやはり兄弟達より劣るらしい。それでもあきらめずに稽古を続けた結果、ダンスについては人並み程度にできるようになった。
(継続は力なりってね。)
彼女に褒められたことだけでも、続けてきたかいがあったというものだ。
「……先ほどはごめんなさい。」
踊りながらヴィオレッタが小声で謝罪をする。
(殿下は、決して情けなくなんかない。)
それは手を繋いだ時にわかった。手にはいくつもの豆が出来ていて、その豆も固くなっていた。それは彼が毎日諦めず鍛錬してきた証拠だろう。剣だけではない。中指にはペンだこもできていて、彼が長時間勉強していることを安易に想像できた。
第一王子のマルクスは誰に聞いても絶賛される正真正銘の貴公子。社交界の貴婦人達は口をそろえて褒め称え、学院は成績優秀で卒業、現在も騎士達と共に兵役についている。それに王家の方々が出席される催しでは、第一王子であるマルクスは王の代理を務めたりもするので、民衆には王の次に姿を認知されている。ヴィオレッタも何度か催しの場に姿を現したマルクスを拝見し、その貴公子の姿にため息を漏らした。王子とは彼のような、才能あふれる人物が呼ばれるべきものだと思っていた。
だが目の前で優しく微笑む金髪の王子はどうだろう。彼は本人が言うとおり決して才能豊かではない。一流の教師に師事し、才能があると言われたヴィオレッタにとって、ハーシェリクのダンスは平凡で可もなく不可もなく。だが彼は自分が踊りやすいようステップを踏み、自分のペースに合わせてくれている。
それだけではない。さきほども姉に怒られた時、自分が貶されているというのに、仲裁に割ってはいってくれた。努力家で優しい彼を、なぜその兄と比べて貶めてしまったのか、自分の浅はかさにヴィオレッタは穴があったら入りたかった。
「僕の事は気にしないで。筆頭達にもよく怒られますから。」
俯いて自己嫌悪に陥っているヴィオレッタに、ハーシェリクはステップを踏みつつ話しかける。
「怒られる?」
「ええ。僕は自分を過小評価しすぎるって。皆僕を買いかぶりすぎだと思うんだけど。」
くすりとハーシェリクは笑う。そして言葉を続けた。
「ジーンさんももう怒ってないから大丈夫です。」
「でも……」
ヴィオレッタは不安げにちらりとピアノを弾くジーンを盗み見る。たまたまこちらを見ていたジーンと目があい、慌てて視線を逸らした。
「もう嫌われてしまいました……」
(あんなひどい事を言ったから当然だわ。)
姉に嫌われたらもう生きていけないと思い、大きな榛色の瞳に涙が溢れてきそうだった。
今にも泣き出しそうな彼女を、ハーシェリクはわざと引き寄せ力強くターンをする。今までヴィオレッタが踊りやすい踊り方から一変、強引なやり方に彼女は驚き、零れそうだった涙も引っ込んでしまった。
「泣いたらお化粧が台無しだよ?」
そうハーシェリはヴィオレッタにいい、言葉を続ける。
「ヴィオレッタさんはお姉さんが大好きなんですね。」
「……お姉様が家族で一番大好きです。お姉様はお母様が天の庭へ行かれてからずっとそばにいてくれています。」
ヴィオレッタの母親が死んだのは彼女が二歳の時だった。家族は父と上に兄二人いるが、母の変わりにいつも側にいてくれたのは姉であるジーンだった。
「なるほど……ではさきほどはジーンさんを独占してしまってごめんなさい。大丈夫、もう本当にジーンさんは怒ってないから。ほら、今もこちらを見てそわそわしながら心配してます。」
自分の幼稚な態度が見透かされていたことが恥ずかしく思いつつ、ヴィオレッタはハーシェリクの肩越しに姉を見る。すると確かに姉はこちらを心配そうに見ていた。
(殿下の言うとおりだわ!)
それが嬉しくてヴィオレッタはハーシェリクを見る。すると優しげな碧眼が目の前にあった。新緑を思わせる綺麗な宝石のような吸い込まれそうな碧眼。ヴィオレッタは自分の頬が赤くなるのがわかった。だからそれを誤魔化すために、ヴィオレッタは質問をする。
「ハ、ハーシェリク様のお母様はどんな方なのですか?」
ヴィオレッタは母を覚えていない。姉に母についても曖昧に笑っているだけで決して教えてくれなかった。だから母という存在について知りたかった。
だがハーシェリクから出た言葉は、彼女の期待を裏切るものだった。
「母様は会ったことがありません。」
「え?」
目を見開くヴィオレッタにハーシェリクは苦笑を漏らす。
「僕が生まれるのと引き換えに先に天の庭へ行かれてしましました。」
「そう、だったのですか……」
自分との共通点を見つけヴィオレッタは言葉がつまる。
「でも肖像画は見た事ありますよ。僕と同じ金髪で城の者にも好かれていたと聞いています。」
そう言ってハーシェリクは笑って見せる。
「……さびしくはないのですか?」
ヴィオレッタから絞りだされるように出た言葉。
自分には姉がいた。だから母がいないことを残念に思ったが、さびしいと感じたことは少なかった。
「そうですね。」
ハーシェリクは踊りを続けながら言葉を紡ぐ。
「幼い時は乳母がいましたし、父は忙しいのであまり会えませんが、僕の事を大切にしてくれます。兄弟たちもです。それに筆頭達も側にいてくれますから。」
それに自分には前世の記憶があった。それにやることがあった。前世を恋しく思ったが、母に関しては産んでくれたこと感謝しつつも、寂しさを感じたことはない。
(案外、薄情ものかも。)
ハーシェリクは苦笑する。だがその苦笑はヴィオレッタにとってはさびしそうに微笑んでいるように見えた。
「僕は恵まれています。」
ハーシェリクにとっては本心だったが、ヴィオレッタには強がっている風にしか聞こえなかった。
「で、ハーシェ。最初の方針は覚えているかな。」
姉妹達が仲直りし見送った後、外宮の自室に戻ったハーシェリク達は今日の出来事を纏めていた。というかハーシェリクはソファの上で正座をし、筆頭達に説教される形式だ。
「……はい。」
クロの詰問に、ハーシェリクはたっぷりと間を開け返事をする。
最初の方針とは「向こうから断ってもらおう作戦」の件であろう。
「その割には次の段取りもしていたな。」
クロの隣でオランが呆れたように言った。
「だって。」
ハーシェリクは視線を泳がしつつ反論を試みる。
「……悪い子たちには見えなかったんだもん。」
元々、ハーシェリクは他人に意地悪なことはできない性質だ。むしろそんな陰険なことを忌み嫌う。
まだ貴族の高飛車な令嬢だったら、嫌われる方法はいくつもあった。だが彼女達はいたって普通の女の子たちだった。お見合い相手となるヴィオレッタは、確かに高飛車な令嬢だと思われた。だが話をすれば姉が大好きな聡明な令嬢だった。姉のジーンは控えめだが道理をわきまえた女性だ。
(そう演じているかも、と思ったけどそう見えないしなぁ。)
姉は兎も角、妹のヴィオレッタは年齢的にも性格的にも無理があるように見えた。だが姉はどこか無理をしているように見えた。これはハーシェリクの直感である。
「クロ、念の為ジーンさんの情報集めといて。」
そもそも上の姉がいるのに、妹のお見合い話が先にくるのは、少し変だとハーシェリクは思っていた。
「ジーンさんの年齢なら、マーク兄様の相手にもなりえる。兄様は決まった婚約者がいないし、権力を狙っているバルバッセなら私よりマーク兄様に照準を合わせたほうが合理的だと思うし。」
正妃とは行かずとも側室候補にはなるだろう。いくら兄が拒もうとも臣下一同に言われては兄も簡単に拒めないはず。だがそれをせず、次女の見合い話を末の王子に持ってくるのは不自然だ。
「たぶん、そのあたりに裏があると思う。クロ、彼女の調査をお願い。」
「わかった。」
クロが頷くのを確認し、ハーシェリクは正座を解除しソファに深く座る。
確かに今回の自分の行動は、作戦とは真逆だった。それは彼女達から悪意がまったく感じられなかったとのもう一つ理由があった。
(それに年齢が姪に近いからだろうなぁ。)
前世で三姉妹の長女であった涼子の真ん中の妹には娘がいた。反抗期で生意気真っ盛りだった姪。だけど本当は母も父も大好きな甘ったれな姪。それが恥ずかしくてついついきつい態度をとってしまっていた。
自分が死んだ時の姪は小学生。成長を守ってきた叔母にとってヴィオレッタくらいの年齢も見ていたし、こちらの世界を生きて約七年。何事もなく成長していればジーンの年齢に近い。
(元気にしてるかなぁ……)
正座から足を崩し、ソファに腰掛ける。窓の外は既に夕方が過ぎ夜が訪れ始めていた。星が光りはじめた空を見上げながら、ハーシェリクは記憶の中で最後にみた姪の姿を思い浮かべた。
窓の外を眺め物思いに耽る主に、二人の筆頭達は互いに顔を見合わせた。
筆頭達はなんとなくこうなるのではないか、と予想していたのだ。ハーシェリクは万人に優しい。博愛というわけではないが、自分より人を優先し相手を思いやることができるのが彼の美徳だ。その心に触れた人間は心を揺さぶられ、彼から離れがたくなる。現に二人ともハーシェリクの地位や才能ではなく、その人柄に惹かれて彼の側にいるといっても過言ではない。
だがハーシェリクは優しい心を持つと同時に、鏡のような人間でもあった。鏡の様に相対する人物の内面を映し出すのだ。本人は意識していないだろうが、大臣と接した時の対応がその性質を顕著に表している。善意には善意を、悪意には悪意を。直感的にそれを感じ取り、相応の対応をしている。
令嬢たちが敵対感情を持って接してくれれば、ハーシェリクもそれ相応の対応だっただろうが、あのバルバッセ大臣の娘達は令嬢としてはあまりにも普通だった。いや、だからこそ大臣は娘を送り込んできたかもしれない。
そう解っていても、ハーシェリクは彼女達に冷たい態度がとれるわけない。
ある意味、大臣の思い通りに事が進んでいるといっても過言ではない。
「……過ぎたことをいってもしょうがないよな。」
オランが溜息をつきつつそうまとめる。その言葉にクロも同調した。
「ああ、とりあえず俺は出かけてくる。あとは任せた。」
筆頭達は各々行動を始める。彼らにできることは現段階では限られていた。
妹を寝かしつけたジーンは、父であるバルバッセ侯爵家当主、ヴォルフ・バルバッセの書斎の前まできていた。重厚な造りの扉の前までくるとジーンはいつも気が滅入る。
(この場所はいつきても慣れないわ。)
彼女がこの家に来たのは五年前の今日と同じ冬の日だった。
彼女はバルバッセと正妻付使用人である母との間に生まれた庶子だった。母は自分と同じ磨かれた銅貨のような美しい髪と深い青色の瞳の見目麗しい女性だった。その美しさからバルバッセに気に入られていたが、ジーンをお腹に宿してから正妻により追い出されたのである。
どこにでもある貴族のお家事情だ。その母が五年前に病死し、当時まだ子供だったジーンは生活する術がなかった。だから母から聞かされていた自分の父親の話を頼りに、この侯爵家の門をたたいたのである。
丁度正妻が病気でなくなり、幼子であるヴィオレッタに手を余らしていた侯爵は、そのまま彼女を認知し受け入れ妹の世話をさせた。今思えば外聞を気にしたということもあるだろう。それにもう一つ理由がある。
ジーンは深いため息を漏らす。そして威圧感のある扉をノックした。
「お父様、失礼します。」
中からのくぐもった返事を聞き取り入室する。インクの匂いが立ち込める書斎。その中央で酒の入ったグラスを片手にソファに座って本を読んでいた。
「ジーン、王子はどうだった?」
「次回の約束も取り付けました。」
親子の会話というよりは事務的な報告。互いに親子の情など持ち合わせていない為、結果機械的な会話になる。
「そうか、ヴィオレッタの様子は?」
「……あの子も、思った以上には嫌がりませんでした。」
自分以外の誰にも懐かない妹のヴィオレッタが、帰るころには少し寂しげな表情をしていた。
寝る前など「次はいつ会えるかな?」とか「私もお菓子を作ったら殿下は食べてくれるかな?」といつもの高飛車な態度を一変しそわそわしていた。特にあのスイーツの数々を作成した執事には尊敬半分対抗心を燃やしていたほどだ。
最後に「別に、殿下には今日失礼な態度をとってしまったからお詫びしたいだけよ!」と言ってふとんをかぶってしまったが。
「ふむ。」
その様子に父は酒を傾けながら考え込む。そして重々しく口を開いた。
「では予定通り取り込めそうならこのまま。難しそうならいつも通り……」
ジーンは続く言葉を理解し、拳を強く握る。自分がここにいられる理由は、もう一つある。
「消せ。」
その短い言葉にジーンは瞳を閉じ俯く。彼女に用意された返事は一つしかない。
「……はい、お父様。」
彼女は父にとって娘ではない。都合のいい妹を御する『姉』であり、あらゆる秘密事を運ぶ『小鳥』であり、都合の悪い者を消す『短剣』なのだ。