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序章 遊びと陰謀と白い雪

【注意:この作品は『転生王子と黄昏の騎士』の続編です。前作を先に読むことをお勧めします。】


 グレイシス王国は新年を迎えた。

 王国の四季は、近隣諸国と比べて穏やかだ。四季は均等に一年を巡り、南の大陸に比べれば暑すぎず、北の大地に比べれば寒すぎない。その穏やかな気候は大国と呼ばれるほど成長をした国の一役にかっていただろう。

 だが近年、成長しすぎた大国はその力を衰えをみせている。貴族や高官達の横暴により内部から腐敗ししつつあり、またそれに呼応するかのように穏やかだった気候も異変が生じだ。各地方で干ばつや水害、害虫被害が頻発、飢饉が起った。それなのに貴族達の専横により税はあげられ、国民達は毎日不安な生活を送っていた。


 国の腐敗か飢饉か、どちらか一方だったらまだ耐えられたかもしれない。国民にとっては運が悪かったとしかいいようがない。


 否、一方は人災だ。国が、しいては王がきちんと政を行っていれば回避できた事態だからだ。


「暗愚め……」


 そう国民達は恨み言を吐く。事実、王や王家が貴族達の手綱さえ握り、国民の為の政を行ってくれれば彼らはいらぬ苦労をしなくてすむのだから。それでも彼らが国を出ないのは、他国では今以上に辛い生活が待っているとわかっているからだ。他国にとって移民は安価な労働力。一から始めるには途方のない努力と忍耐が必要だった。


 なにもできない、行動を起こそうとも思わない彼らの恨み言は日に日に集っていく。仕事を終えた後の酒場で暗い顔を突合せ、愚痴を言いあうのが彼らの日課となっていた。


「大丈夫!」


 だがそんな彼らに一人の子供が言った。酒場の一人息子であるその子供は、彼らとは正反対の明るい表情で酒場のお手伝いをしている。


「なんだ、坊主。大人の話に口を挟むんじゃねえ。」


 安酒の入った木のコップを片手に、イラついた表情で見下ろしてくる常連。普通の子供ならすぐに逃げ出しそうなのに、酒場の息子はにっこりと笑った。彼にとって酒が入ってイラついている客の相手など日常茶飯事なのだ。


「僕達には光の王子様がいるから大丈夫だよ!」

「光の王子?」


 その単語は男も聞き覚えがあった。

 子供達の役になりきったごっこ遊び。男の子なら枝を片手に勇者や騎士になりきり、女の子ならカーテンを体に巻きつけてお姫様や妖精になりきって遊ぶ。誰もが幼い頃覚えのある遊びだ。

 そしてここ最近子供達の間で流行しているのが、光の王子のなりきり遊びだ。光の王子が二人の臣下を引き連れて悪党たちを退治して世直しをしていくというのが大筋の話で、配役は光の王子役が一人とそのお供が二人。そこにある時は悪党だったり、お姫様だったりと追加に配役され、王子の掛け声と共に従者達が悪党たちをなぎ倒し、最後に王子役が「これにて一件落着!」と決め台詞をいうのだ。


 ちなみのその発信元は、つい先日町に立ち寄った旅回りの一座が公演した「光の王子の世直し道中」という題の劇である。翌日から子供達の間で流行し今も廃れることはない。

 細かい部分までわかったのは彼にもこの酒場の息子と同じくらいと娘がいるからだ。愛娘は遊びを再現しつつ報告するのが日課である。だが遊びは遊びでしかない。


「ふん、そんな子供騙し……」

「光の王子様はいるよ!」


 馬鹿にしたような言葉に、酒場の息子は愛想笑いも忘れ声を荒げた。


「だって僕会った事ッ」

「こら! お客様になにしてんの!?」


 酒場の息子が最後まで言い終える前に、彼の頭に拳骨が落ちる。息子の手からお盆が落ちて音が響いたが、何ものせていなかった為被害がなかった。


「早く厨房へいって父ちゃんの手伝いしておいで!」

「だって母ちゃん、光の王子様はいるんッ」

「行きなさい!」


 母の剣幕に息子は言葉を飲み込み、お盆を拾い上げると重たい足取りで厨房へと向かっていった。


「ごめんなさいね、お客さん。」

「……子供が言った事だ、あんまり怒ってやんないでくれ。」


 恰幅のいいここの女将は怒ると迫力が有り、先ほどまでのイラつきも酔いも一瞬で冷めた。それに叱られると自分の母親に言われているようで、誰もこの酒場で女将さんに逆らうことができない。ただここ最近体調が優れなくて、店先には出てこなかったはずだが、今は随分と顔色がいい。


「そういえば体調は大丈夫かい?」

「ええ、持病の薬が手に入ったので。心配かけてすみませんねぇ。」


 そう女将は朗らかに笑ってみせる。


「ああ、そういえば街道に巣食っていた盗賊集団が退治されたんだってな。」


 治安が悪化したせいか、盗賊集団が頻繁に現れては街道を行きかう行商人達を襲っていた。おかげで行商人達の行き来が激減し、盗賊集団に備えて護衛を雇えば商品の単価があがり、手が出せなくなる。女将もそのせいで持病の薬が手に入れられず体調を崩していたのだろう。


「行商人の中には死者も出たというし……本当に退治されてよかったよ。でも領主が領民の為に動くなんて珍しいな。」


 男は遠目に見た領主を思い出す。やせ細った自分達と比べて、肥えた体を重そうに動かすあの領主。歩くよりも転がったほうは速いのではないかというのが彼らの評価だ。



「珍しいと言えば今年の税を下げるというお御触れが出てましたね。」


 女将と客の話に割って入ったのは、カウンター席で食事をとっていた若者だ。彼もこの店の常連である。


「本当か!?」


 あのがめつい領主が人助けどころか領民の為に税を下げるなんて思えなかった。


「本当ですよ。しかもそれでも払えない者は申し出れば考慮するって。聞いた時は天変地異の前触れかと思いましたよ。そういや最近領主館に珍しく来客があったって噂があったけど、それから御触れがでましたねぇ……」


 そう若者は首を傾げつつ店主に酒を頼む。店主はすぐに用意したが渡す時につまみもつける。


「どうぞ、おまけです。」


 そういう店主はなぜか嬉しそうだった。女将も嬉しそうに微笑んでいた。

 だがその様子に男は気が付かず酒を煽る。

 その横を、注文された料理を運ぶ息子が通り過ぎつつぼそりと小声で呟いた。


「全部光の王子様のおかげなのに。なんで父ちゃんも母ちゃんも隠すんだよ……」






 そこは暗い部屋だった。光源は中央にあるテーブルに置かれたランプ一つのみであり、部屋に集まった数人の人間の手元を照らしていた。


「準備が完了いたしました。」

「やっとか!」


 男の声が響く。待ちに待った言葉に室内には期待とそして安堵の雰囲気が立ち込めた。


「皆、落ち着きなさい。まだ準備が整っただけです。」


 先ほどより幾分か落ち着いた声が響く。その言葉に緩んだ空気が引き締まる。


「さあ、始めましょうか…………全ては聖フェリスの名の元に。」

「聖フェリスの名の元にッ!」


 その声を追いかけるように、室内の者すべてが声を揃えた。





 誰も踏み入れていない雪原に一人立つ人物がいた。

 魔法士特有のローブを着たその人物はただ一人、真っ白な雪原を見ていた。


 その人物は雪が嫌いだった。雪の白は思いだしたくもない過去を思い出させるからだ。また自分の純白の真っ直ぐな長い髪も、雪同様嫌いだった。


 一陣の風が吹き、地面に降り積もった雪と共に真っ白な髪を舞い上がらせる。


「……消えてしまえばいいのに。」


 なにもかも拒否しつつ、だがなにかを切望しているようにも聞こえるその呟きは、雪に吸い込まれ消えた。



お待たせしました。

転生王子シリーズの第三弾、白虹ビャッコウの賢者編がスタートです。

前作同様楽しんで頂ければ幸いです。


面白いと感じて頂けましたら、お気に入り・評価を頂ければ嬉しいです。

活動報告でのコメントでの感想は、ネタバレなどを考慮しご遠慮下さい。

誤字・脱字は時間が空いた時に直していきますので、生暖かくスルーして頂ければ幸いです。


では楽しんで頂けたら幸いです。


楠 のびる

2014/07/10

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