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殺戮生徒会  作者: ルト
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第五話:不死の呪い

 鬼が己の半分も身長のない志乃に豪腕を振るう。


「くっ! こいつ、また正気が」


 青白い髪が翻る。妖刀を走らせ、志乃は腕を斬り飛ばした。

 しかし、鬼は宙を舞う腕に頓着せず、続けざまに左腕を振るう。胸板と同じ大きさの拳に跳ね飛ばされ、小柄な体が吹き飛んだ。

 不意にその身体が受け止められる。


「……う……り、く?」


 陸は受け止めた志乃を下ろした。


「確かに、俺は人外じゃない。批判は甘んじて受けよう」


 だが、と陸は右腕を水平に伸ばす。十字槍を握った。

 そこには原理も物理もない。陸が槍を握るから槍がある。召喚や生成とも一線を画した力の結実。例えるならそれは、武力の具象だ。

 鬼は溢れる膂力が制御しきれないかのように、意味もなく手足を振り回して暴れている。

 その姿を見据えて、陸は石突を校庭に叩き付けた。左手を槍に添える。柄が軋むほど強く槍を握り締める。

 翔子は興味を惹かれたように陸を見た。陸は彼女を振り返らない。


「鬼に暴走を教唆した罪は、お前の罪だ。贖ってもらう」


 翔子はにっこりと微笑んだ。


「傲慢ですね。あれほど申し上げたのに」


 陸の靴底が鳴り、身体が一瞬で鬼の懐に滑り込む。

 勢いを乗せて叩き込まれた槍の穂先が、赤い胴を貫いた。

 十字槍の鉤が鬼の身体に食い込み、巨躯を軽々と吹き飛ばす。

 額に手を当てて鬼を眺める翔子は、口の端に笑みを乗せる。


「あなたの処断をわたくしは正当とは認めません。自治ですらない、人外への不当な暴力をふるうあなたこそ、罰せられるべきではありませんか」


 空中にある鬼を槍が撃ち抜いた。

 槍を投げ飛ばした陸は、弾みをつけて地面を蹴る。


「確かに俺は、人間でも人外でもない。だがそのことと、」


 両腕を揃えて構えた。

 手の内に斬首刀が握られている。

 落ちてくる鬼の形相は、目の前の動体を殴ることしか考えていない。

 落下地点に滑り込んだ陸は大きく腰をひねって、斬首刀を背後に流した。


「お前の罪とは――関係ない!」


 落ちてくる鬼を迎え打つ。

 斬首刀の刃が胴腹を切り裂いた。

 腹筋を裂き、腹膜を破って鉄塊が肉体を押しのけて食い込んでいく。


「ごぐあがが!」


 返り血を顔面に浴び、陸は目を眇める。

 そのまま力を込め、斬首刀を背骨近くまで切り込ませた。べちゃりとした熱く粘着質な感触が腕を包む。

 校庭に佇む翔子が、くすりと笑って目を細める。


「それは、独善です」


 陸は目を瞠った。

 鬼の腸が動いて、陸の手首を縛っている。

 みち、と湿った音を立てて手首が圧壊した。


「ぐ……っ!」


 陸の膝が落ちる。壊れた腕では鬼の体重と斬首刀を支えきれない。

 にい、と鬼は牙を剥いて笑っている。

 だくだくと流血する腹は、治癒していく傷口を腸が自ら引き裂いた。陸を縛る。


「仮にあなたが人外でも人間でもない存在だとしたら、なおさらあなたが人外の規範(カノン)を握る資格は慎むべきでしょう? それはあなたのエゴであり、人外に対する過干渉であり、卑怯な自己弁護でしかありません。つまりは簡単な話です」


 天使の声だけが高らかに響く。

 陸の手に引っかかっていた斬首刀が、指からこぼれおちて地面に突き立つ。

 校庭に立つ翔子は笑みを深めた。


「分をわきまえろ、『成り損ない』。人間崩れの分際で我らを計ろうなどおこがましい」


 鬼の左手が、陸の下あごを握りつぶす。

 陸の目が裏返りかけた。

 隙間から咳き込むように血が噴き出す。鬼の手が、顎ごと喉を絞めている。


「陸っ! ぐあ!」


 妖刀を翻した志乃がつんのめったように転び、押さえ込まれる。

 彼女が切り捨てた鬼の右腕が、独立して動いて志乃の胴を丸ごと握って押しつぶしていた。頬に砂をつけてもがくが、拘束は解けない。


「くっそ! こんの……ぐあっ」


 志乃の細腕が、指に押しつぶされて反り返った。


「あなたの人間染みた勝手な正義はお終い! 人外は人外の正義で生きていくべきで――!?」


 全身で笑う翔子の身体が、ぐいと翻る。

 パン、と。

 乾いた音が破裂した。

 時間を止めたように奇妙な笑みを貼り付けたまま首をねじっていた翔子が、少しずつ、顔を前に向ける。

 唇を引き結んだ実衣奈が、金色の瞳を爛々と輝かせて翔子をにらみつけていた。

 振りぬいた手を翔子の襟にかけて引き込む。


「陸は、人間崩れなんかじゃないっ!」


 襟をつかんで持ち上げるような実衣奈の腕は、少女ほどの力で翔子を縛る。


「ちゃんと認められて、正式に人外学校に所属して、生徒会の処刑執行部に任命された! 私たちと同じ、歴とした仲間だ! お前が横から文句言うな!」


 きょとんとしていた翔子は、くすりと含み笑いをして目を細めていく。

 ぱっと、埃でも払うように実衣奈の手を払う。

 それだけで実衣奈の指は叩き潰されたように白く濁った。痛みに顔を引きつらせる実衣奈を見下して、翔子は優しく声を向ける。


「私は、書類の話をしているのではありません」

「……処、刑は、制度の話だよ。生徒手帳の校則に明記された、書類上の記述的手続きだ」

「そうですね。ですが、法規にはどうすべきかという精神性が明記されることはありません。それは制定者の主観が混じりますから。そもそも法規がなぜ制定されるかといえば、それはあるべき規範に少しでも近づけるよう、定義的に用意されるためです。記述の意義はごく一部。無言と行間にこそ、法の真意が組み込まれています」

「ゴチャゴチャうっさい!」


 実衣奈は燃えるような金の瞳で、潰れかけてうまく曲がらない指で、それでも翔子に挑みかかる。


「私は、陸の処刑が筋違いなんて思ったことはない! 人外の総意みたいな顔して陸に文句つけるお前のほうが、よっぽど傲慢だっ! さっさとあの鬼を止めろ!」

「……人外の誇りを持たないあなたがたには、分かりかねる話でしょう。これは秩序の相対性、人外の自意識をどこに位置づけるかという話です。実際、気に留めない人外もいてもおかしくありません」


 答えてから、翔子はせせら笑うように丁寧に頭を下げた。


「鬼はわたくしが操っているわけではありませんので、なんとも」


 鬼の腕は志乃を押さえつける。胴体を縛られて呼吸すらおぼつかない。

 鬼の本体に顔ごと喉を握られている陸は、震える両手で鬼の左腕をつかむ。その爪がいくら腕を掻いても、握力は揺るがない。

 鬼が左腕を上げ、陸を持ち上げた。両足がぶらつく。

 みちみち、と張り詰めた陸の首皮が裂けていく。


「陸っ!」


 実衣奈の悲鳴に、陸は応じない。鬼の腕の中で、死ぬようにもがいている。


「いい加減にしなさいよ、エセ天使っ! 陸を離させてよ! お前のそんなの秩序じゃない! あんたなんか絶対に認めないっ!」


 翔子を殴るように突き飛ばして、陸に駆け出そうとする。

 よろめいた翔子は、翼を広げて微笑んだ。


「わたくしも、人間に与するあなたに認められたいと思いませんよ。それと、ひとつ付け加えておきますが……わたくしは、エセ天使ではありませんので」


 一閃。


「――え――?」


 実衣奈の吐息が引き金になったように。

 つんのめったように実衣奈が倒れる。

 黒髪を揺らし、上半身が崩れ落ちた。

 下半身が、自分の身体につまずいてひっくり返る。

 肩から腰まで袈裟に断ち切られた身体が、思い出したように血を垂れ流した。

 金の瞳を大きく見開いたまま、実衣奈は首を傾けた。

 陸を見た。

 唇を震わせる。喉を絞った。


「――――」


 腕が震えて、地面に伸びる。

 陸に伸ばすこともできなかった。

 濁りかけた陸の目が、実衣奈を捉える。

 実衣奈は自分の血に沈むように、血溜まりを広げている。

 翼を広げる翔子の右手に握られた直剣が、血を弾くように翻った。

 片手を添えて、剣を撫でる。指先にねっとりと血が張りついた。

 翔子はその整った容貌を柔らかく微笑ませる。


「人外は人外らしく、己の特性に準ずるべきです。だから、実衣奈さん。あなたは」


 実衣奈の肩を蹴って、転がした。虚ろに開いた瞳の金が、燃えるように生気を宿す。


「ぁ……っかは、うぐ」


 ぶるりと断面のすべてが顫動するように、実衣奈の身体はずるずると互いを引き寄せていく。映像を巻き戻すように、傷が消されていく。

 陸や鬼のような治癒とも、志乃の修復とも違う。

 まるで怪我を「なかったこと」にするような。

 その首を翔子の剣が刎ねた。

 ごろりと実衣奈の首が転がる。断ち切られた髪がばさりと広がった。


「あなたは死ぬべきです。無限に、何度でも。あなたは『不死者』なのだから」


 断ち切られた髪がつながっていく。輝きを揺らめかせる金の瞳が歪み、涙を溜める。

 その額を剣が貫く。


「不死者は、死ななければ人外たり得ない。分かりますか? 平穏に生きる不死者は、不死者ではない。死になさい。死ねばこそ、あなたはあなたに成り得るのです」


 斬って、斬って、斬って。

 四肢を切り離され、心臓を引きずり出され、頭を三つに分けられてもなお、実衣奈は蘇る。

 蘇りですらない。

 実衣奈の身体は、実衣奈が死ぬ前にすべての死から引き返し、何事もない生へと回帰する。細胞の一片たりとも実衣奈の身体が死ぬことはない。

 細胞を潰され、神経を引きちぎられ、臓器の一つひとつをくびり出される。

 生命を侮辱するような行為にさらされてもなお、実衣奈は彼岸に移ることができない。

 翔子は笑う。

 剣も手も制服さえ血染めにして、しかし翼だけは純白を保っている。

 引き戻されていく血液を、繰り返し噴き出させながら翔子は笑う。

 笑いながら実衣奈を殺す。


「その痛みが不死者の証、あなたがあなたである証です! 素晴らしいでしょう!」

「うくぁ――……っ!」


 首から下を左右に引き裂かれ、実衣奈は声にならない断末魔を上げる。

 助けを求めるように陸を見た金の瞳が、刃に潰された。

 陸はすでに死んでいる。


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