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殺戮生徒会  作者: ルト
2/8

第一話:生徒会の男

「おはよう、実衣奈」


 陸は道の角に立っている実衣奈に声をかけた。


「おはよ、陸」


 彼女は黒髪を揺らして微笑む。

 実衣奈の着る濃紺のブレザーの胸元には、金糸で校章が刺繍されている。そのSが二文字重なったような模様は、陸の着る制服に刺繍されたものと同じだ。

 陸は手を伸ばし、曲げた人差し指で実衣奈のいかにも体の弱そうな白い肌を撫でる。

 すべすべとキメ細やかな頬はひやりと冷たい。

 陸は顔を曇らせる。


「いつも言ってるが、待たなくていいんだぞ」

「ん……」


 心地よさそうな声を漏らした実衣奈は、顔を赤らめた。怒った表情を作る。


「いつも言ってるけど、待ってるくらい別にいいでしょ。立ってるだけなんだし。それ以上に手間がかかることなら私だってやらないよ」

「……気を使ってるんだか、使ってないんだか」

「ふふ。さ、学校行こうか、竹馬の友よ」


 実衣奈は笑って道を示した。

 ガードレールの合間に並木が立つ通学路を歩く。盆地にあるこの街は、緩やかな傾斜が多い。雨も風も少なく、青空からは朝と思えないほど暖かい陽射しが差していた。

 歩道のタイルを踏む実衣奈は、陸を振り返って見上げる。


「今日も生徒会の仕事あるの?」

「そりゃあるだろうな。仕事は毎日湧いてくるし」

「陸も大変だね。そう毎日相手してたら疲れるでしょ?」


 実衣奈はくすくすと笑う。

 陸はその顔に笑い返そうとして、

 背中を棒で突き飛ばされたようにつんのめり、

 背中を突いたそれは身体を割って筋肉と内臓を裂いていく。

 文字通り、突き抜けた。


 陸の胸から刀が生える。


 はぁ? と上げかけた疑問の声は、度を越えた痛覚に凝縮した全身で圧殺された。

 驚く陸の唇から、血が溢れる。指一本動かせない。

 目だけが、かろうじて動く。

 実衣奈が怯えたように、笑っていた顔を強張らせている。

 見開かれた金の瞳が、背後の少女にまっすぐ刺し貫かれた陸の姿を映していた。


「悪ぃな、我慢できなかった」


 耳打ちする声。

 からかうようなその声は、どこか甘えるように柔らかい。

 ぐり、と刀が回され、陸の体が歪む。

 一息に刃が引き抜かれ、どろりとした血の塊が瀑布のようにあふれ出た。

 制服が赤黒く染まる。


「か……ふ」


 声が出ない。

 凍えたように震える体を動かして、陸は振り返る。

 青白い髪をした小柄な少女。

 血まみれの日本刀を片手に、その紅い目を細めている。


「まだ三回しか殺してない。よく我慢できたほうだ」

「ま」


 歯を食いしばる。

 肺を使った声の出し方を思い出すように、一つひとつ確かめながら、慎重に口を動かした。


「まだ、じゃない。しか、でもない」


 調子が戻ってきた。

 陸は少しずつ体の動かし方を思い出したように腕を上げる。鞄を捨てる。

 得意げに笑う少女に向けて、ゆっくりと手を差し出した。


「殺した時点でアウトだ、犬塚志乃」


 その手は友好のために差し伸べたものではない。

 磁力に引きつけられる砂鉄のように、黒い粒子が陸の手に集まる。凝縮する。

 鉄板のような大鉈を握った。

 金属の握りが手に吸い付くように馴染む。


「生徒会処刑執行部として権限を発動する。犬塚志乃」


 それは一種独特な、人肉を斬るための斬首刀。

 身体を沈め、斬首刀を両手に握った。


「校則違反で、処刑する」


 志乃に叩き付ける。

 鈴が震えるような高音。

 志乃は刀を盾に、斬首刀を受け止めていた。

 か細い刀は斬撃を受けて折れず、小柄な体は衝撃にも踏ん張ってみせる。

 牙を剥くように犬歯を見せて志乃は叫んだ。


「くっそ、インチキ人外め! どっからそんな凶器取り出してんだ! おかしいだろ!」

「シンプルに帯刀してるお前よりマシだ」


 その横腹を蹴り上げる。

 人外相手に遠慮も容赦も必要ない。

 強化された脚力は、彼女の体重を重力から引き剥がすに充分な力を持つ。

 吹き飛んだ志乃は瞬間に身体を翻し、高く掲げられるコンビニの看板を蹴って勢いを逃がした。ひしゃげた看板が身代わりに高々と空を舞う。


「今日こそお前の首級をあげてやらあ!」


 看板を失ったポールを蹴って、志乃はまっすぐ切っ先を向けて弾丸のように飛来する。

 陸は幅広の斬首刀を盾に構えた。打突。地に触れた大鐘を打つような鈍い音が響く。

 その刀は折れるどころか衝撃を伝え、陸は浮かびかけた体に踏ん張りを利かせた。

 瞬間、斬首刀のうえを滑らせて刀が突きこまれる。

 首の皮が裂かれた。

 痛みを覚えるより早く、斬首刀を跳ね上げて刀を弾く。

 志乃は赤い瞳で陸をにらみつけている。


「惜しい」


 まるで遊びを楽しむような声。

 陸は渋面を作る。すでに出血は止まっていた。

 傷などなかったかのように陸は巨大な斬首刀を軽々と操る。両手に構えた。


「足掻くな。抵抗は無意味だ」

「はっ。黙って殺されてたまるかよ」

「では喚いて死ね」


 陸は野球のバットを振るように、志乃へと斬首刀を叩きつける。


「なぐ……がっ!」


 志乃を刀ごとポールに打ち上げた。がおんと空洞に響く鈍い音。

 弾んで跳ね返った彼女の首に、陸は斬首刀を振るう。


「信賞必罰!」


 目を見開く犬塚志乃の首を、へし折るように引ききっていく。

 刎ねた。

 勢いの余った斬首刀がアスファルトを割る。

 志乃の首が地面に転がる。血の痕で地面に線を引く。

 半円を描いて、青白い髪の塊は止まった。


「ふぅ……」


 陸は息をつく。

 その呼気に、嫌というほどに濃密な血の臭いが混じる。

 わずかに顔をしかめたが、陸はそれ以上の反応を見せない。

 斬首刀の刀身をコンと横様に叩いた。その衝撃だけで、斬首刀はばらばらに砕け散って消える。

 志乃の死体が人形のように投げ出されている。

 首から血溜まりが静かに広がっていく。

 その首なしの身体を転がし、陸は志乃の胸ポケットから生徒手帳を取り出した。丙種人外特級との判が押された最後のページに、ペンで今日の日付を書き込む。

 淡々と所定の手続きを終えた陸が胸ポケットに戻そうとして、

 死骸の手に腕をつかまれた。

 地の底からうなるような声が響く。


「おいコラ。死んでるのをいいことに、人の胸触ってんじゃねぇよ」

「……誰が、お前の貧相な胸を好き好んで触るか」

「ぶべっ」


 志乃の生首に生徒手帳を投げつけた。


「いい加減に殺し癖を直せ。妖刀」


 志乃は頬を地面につけたまま、悪びれずに笑う。


「いや、人の形したものは斬らないと、刀が泣くよ」

「お前の刀は抜いたほうが余計に泣くだろ」


 首なしの体がむくりと起き上がって、自分の首を抱えあげる。

 死んでもなお離さない刀は、どこかから滴る水で、自身についた血を洗い流していた。


「佐津間くん」


 背後からかけられた声に陸が振り返る。

 同じ顔が四つ並んでいた。

 代表らしい真ん中の少女が困ったように笑って、一歩下がる。


「ごめん、また斬られちゃったから殺して?」


 陸は応じて虚空から斬首刀を握った。

 心なしか青白く透き通ったスライムの少女を斬首刀で叩き潰し、粘着質の水溜りに変える。


「ありがとう」

「いや。こっちこそ悪いな。斬られても平気だからって、志乃のお守りを任せちゃって」

「いいのいいの。さすがに、三十人くらいに増えたときは大変だけど」


 スライムはにこにこと笑っている。

 コンビニから出てきた女子生徒が血溜まりに目を丸くする。立っている陸に気づくと、彼女はけろりと笑って手を上げた。


「おはよー、生徒会役員。今日も朝から大変だねぇ」

「ああ、おはよう」


 耳に生えた羽をぴくぴく動かして、女子生徒は機嫌よさげに歩道を歩く。

 通りがかった狼顔の男子生徒や二人組みの先輩は、血溜まりを見て平然としている。


「よう佐津間。俺を殺すときは優しくやってくれよ」

「妖刀の犬塚相手に相変わらず見事な手際だが……もう少し殺し方を工夫して欲しいものだ。首打ちでは私と被ってしまう」

「人外学校の裏ボスにイケズなこと言うものやありまへんで~、デュラはん」

「そのインチキ京都弁やめろ」


 それらの声に笑って応じながら、陸は斬首刀をまた割った。

 その流れるような自然な手つきからは、慣れをにじませている。


「つか、誰か一人くらい、あたしを心配したっていいんじゃねえの」


 志乃は不服を唱えながら自分の頭を首に乗せる。

 ぷっと飛び出した血がブラウスを染めた。


「自業自得だ。今月に入って俺に殺されるの何回目だ」

「さぁ……八回くらい? だいぶ減ったよな」

「得意げな顔するな」


 額にチョップを落とし、志乃のつながりかけた首から血の玉が膨れる。

 通学路に戻ろうと振り返った陸の胸に、重い衝撃が走った。黒髪がふわりとまとまる。


「陸っ、大丈夫?」


 実衣奈の金色に染まった瞳が、心配そうに陸を見上げて覗き込んだ。


「痛くなかった? 平気?」

「ああ。油断してただけだ、心配ない。あれくらいで俺はどうこうなったりしない」


 それでも心配そうな表情を晴らさない実衣奈に苦笑して、陸は彼女の頭を撫でた。

 実衣奈は、陸の胸に身体を預ける格好のまま困惑したように背中を丸める。


「ほら、離れろ。制服に血が移る」

「ん……いいよ、そんなの。陸の血だもん」

「微妙に引っかかる言い回しをするな、お前も。幼馴染の制服が物理的に俺色に染まるとか、お前が気にしなくても俺がへこむ。やめてくれ」


 物凄く渋々、といった態度で実衣奈は身を離す。

 陸は身を案じてくれる良き友人に向ける笑みを向けた。


「心配するなって。俺は簡単に死んだりしないから」

「まあ、手ごたえは人間と同じだから気持ちいいんだけどな。陸の心臓刺してスッキリした」


 志乃は返り血のついた顔をつやつやと輝かせる。

 実衣奈ににらみつけられ、小さく肩をすくめた。志乃も同じ学校の制服を着ている。

 道を歩く生徒はみんな同じ制服を着て、しかし正しい人間の姿を持つ生徒はいなかった。

 人外学校。

 またの名を特区専属学校教育施設。

 文科省の管轄する学校組織ではないが、学校と同じ機能を持つ、人外庁の設営する人外への保障の一つ。そのような施設は、この盆地には無数にあった。

 陸の住むこの街は、特区と呼ばれている。

 人外を住まわせるためだけに造られた、特別独立都市だ。


「志乃、いい加減に反省しろ。いちいち処刑するのも面倒なんだぞ」

「反省はしている、後悔はしていない。やめる気もない。いいだろ、ちゃんと数は減らしてる」


 青白い髪の端を血に染めたまま、志乃は堂々と薄い胸を張る。

 その態度に、陸の隣を歩く実衣奈は目を眇めた。


「学習しないんじゃなくて、ホントは陸に構って欲しいだけじゃないの? 羨ましい。私だって陸に殺されたい」


 唐突な羨望の言葉に、志乃は二歩引いた。


「……いや、殺されたくはねぇわ。それはねぇわ。殺されたいなら適当に誰か殺せばいいだろ」

「嫌。陸に嫌われたくないし」

「そういう問題なのか?」

「他にどんな問題があるの?」

「なあ、お前らすごい会話してるって自覚あるか? そもそも殺すな、そして俺に殺させるな」


 実衣奈は諫言に不貞腐れたように顔を膨らせる。日常会話のような態度に陸は顔を引きつらせた。そういう穏やかな内容ではない。

 志乃は、にやっと犬歯を見せて笑った。鞘に納めた刀を掲げる。


「なんと言われようと、この妖刀こそがあたしの本体なんだ。刀は斬るためにある。そういう人外なんだよ、あたしは。諦めな」

「そういう人外を矯正するために、特区の学校と俺たち生徒会があるんだよ」


 途端、志乃は表情を忌々しげなものに変えた。


「はん、なにが矯正だ。人外を隔離してるだけだろ」

「いけないか?」


 陸は志乃に聞き返す。


「俺たちの力は強い。少し気を間違えただけで、人間を殺す。力で従えさせる。暴力で大抵のものを手に入れられる。人外の力は、俺たちの気を酔わせ、惑わせ、道を違えさせるもんだ。このまま人間社会に放り出されるより、よほどありがたいと思うぞ、俺は」

「……ふん」


 志乃は渋面を浮かべて顔を背けた。


「分かってるよ。人斬りのあたしがこうして日の下を歩けるのも、特区様々だ」

「分かってるならいい」


 重々しくうなずく陸に、志乃は苦々しい視線を向ける。

 金の目を細めて、実衣奈は陸を窺う。


「でも、陸も大変だよね。いつもいつも、暴走する人外の面倒を見てさ」

「いや。俺の性質はそれ向きだからな、そんなに大変でもないさ」

「ああ? 言ってくれるじゃん。このあたしを斬るのが楽だって?」


 振り返って凄む志乃に、うなずいて返す。


「剣術の技量も力もあるのに、中身が単細胞だからな」

「…………芯が通ってるんだよ」


 また顔を背けた。


「……どうせなら特区の本懐を遂げる方針で筋を通してくれよ」

「さぁー学校に着いたぞ! 今日の授業はなにかなー!」


 志乃は露骨に誤魔化して、学校の校門に向かって両手を挙げる。

 外の学校と何も変わらない、校庭や時計台のある特区の校舎が敷地にそびえている。


「生徒会役員が遅刻したら恥だぞーい!」

「時間は充分あるのに」


 呆れる実衣奈に陸は同意して笑う。陸と意見の合った実衣奈は、嬉しそうに目を細めて猫のように笑った。

 早足で校門をまたいだ志乃の体が、

 横様に吹き飛んで塀の影に消える。


「へ?」


 間の抜けた声をあげて、体から取り残された志乃の首が地面を転がった。

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