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殺戮生徒会  作者: ルト
1/8

プロローグ:特区

「しっかり育ってね。……さよなら」


 声が耳にこびりついている。

 トンネルに入ったバスの車窓は、オレンジの灯りを断続的に流していく。薄暗い影のなかで、隣の少女が抱えたカバンに顎をうずめるようにして眠っていた。

 他の席でも、寝息やささやき声が上がっている。その誰もが同じくらいの年ごろだ。

 修学旅行の帰りみたいだと思った。しかし、帰りの便ではないし、知っている仲ですらない。そもそもこの道に、帰りの便があるのだろうか。


「怖い……」


 耳元で、実衣奈が苦しげにうめく。寝言だ。

 眉は怯えるようにひそめられ、カバンを抱く腕に力がこもっている。

 睫毛が震えた。

 うっすらと潤んだ目が開けられ、ぼんやりとした瞳と目が合う。


「うぅ、陸……? ここは?」

「トンネル。もう少しで着く」

「着く? ……着く」


 実衣奈は目を瞬かせた。

 口の中で言葉を転がすように唇をすぼめ、目を伏せる。


「そっか。もうすぐ着くんだ。……特区に、ホントに着いちゃうんだ」


 特区。

 都市機能をまるごと収めた、すり鉢の底にも似た盆地。

 身を縮めるようにカバンを抱きすくめている彼女の手に、手を重ねる。


「大丈夫。そんなひどいことにはならない。大して変わらないさ」


 実衣奈は陸を見上げる。

 その怯えた顔に、笑いかけた。


「実衣奈って、怖がりだったんだな」


 目を丸くした彼女は、怒ったように顔を背けて顎をカバンに乗せる。

 その赤い耳から視線を外して、車窓に顔を寄せた。

 確信があった。

 今よりひどいことにはならない。

 学校に行く。

 コンビニに立ち寄る。

 マンガだって読む。

 勉強して、宿題して、試験に備えて。

 友達と話すだろう。部活だってするはずだ。恋人だって出来るかもしれない。

 紹介状どおりの都会なら、今まで住んでいた街より住みやすいくらいだろう。

 大丈夫。なにも変わらない。


「俺たちがなんだろうと、そんなの、なんでもないことだ」


 車窓に映る少年が、深刻な顔でささやいた。

 トンネルの先に、白んだ道路が見える。




 しかし、バスはトンネルを抜ける直前で停車した。

 実衣奈は不安と恐怖に首を縮めて辺りを見回す。


「なに? 着いたの?」

「いや……最初に寮に向かうって聞いてたけど」

「じゃあ、どうして停まってるの?」


 ざわめきがバスを割った。

 座席から溢れた荷物をまたいで、バスの運転手が実衣奈の横で足を止める。

 恐怖に身を強張らせる実衣奈を一瞥して、運転手は口を開いた。


「佐津間くん、だね。キミは、一度ここで別の場所に寄ってもらう」

「えっ?」


 声をあげたのは実衣奈だった。

 しかし、呼ばれたのは彼女ではなかった。

 運転手の目は感情のこもらない事務的なもので、実衣奈の声に耳を傾ける気配さえない。


「分かりました。降りないといけないんですね」

「ああ」


 不安そうな実衣奈に目配せをして、バスを降りる。ステップを踏んでアスファルトを踏んだ。真新しいアスファルトを踏む感触だけは、故郷と変わらない。

 背後でバスの扉が閉まり、ハッチが被さり、装甲板に覆われ、太いボルトが沈むように回転して複合装甲を固定する。

 重々しいエンジン音を上げて、装甲車のようなバスが走り去っていく。

 排気の黒煙が日の光に崩れて消えた。

 控えていたセダンの扉を開けて、男が声をかけてくる。


「それじゃあ、行こうか。すぐに施術をして、友達のところに向かおう」


 そのセダンは、そうと見えないよう加工された装甲で作られている。車から視線を外して男を見上げた。


「……はい、行きましょう」

「すまないね。規則上、君を施設に受け入れるには必要なことなんだ」


 その言葉に口の片方を吊り上げるように笑い、黙って乗り込む。

 動き出したセダンはトンネルを抜け、バスと違う道に分岐を折れて坂を下っていく。

 道路標識には、「人外症候群研究所」と刻まれている。




 そして佐津間陸は、四年後までに二五二四回、人を殺した。


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