表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

儀式

作者: 安土朝顔

 休みの日、私は一人で観光地を周る。

 彼に無理を言って、いつも付き合ってもらい訪れていた古都の地。

 シーズンオフでも、休みにはそれなりに観光客は多い。

 電車を下りて、並ぶ土産物店には目もくれずに歩いて行くと、

大きな川に掛かった橋に出る。

中央には車が行きかい、両端は歩道になっている。

 川は太陽の光を浴び、流れによって自由に輝く顔を変えていた。

川べりには、ところどころにカップルが座っている。

 それを横目に橋を渡りきり、また土産物が並ぶ店を通り過ぎ最後の信号を渡ると、

狛犬が出迎え、後方に当たり前の様にある朱色の門をくぐる。

 石畳みを歩き、点在する小さな祠が祭ってはあるが、

顧みずに行きかう人を確認してしまう。

 彼の優しさに甘え、我儘だった自分。

 それでも笑って「しょうがないな」と折れてくれていた彼。

 しっかりと握られていた彼の手が、自分の手から離れるとは思ってもみなかった。

 通り過ぎる人に彼の面影を探しながら、本殿のある開けた場所へと着いた。

 見渡せる境内にいる男性の中に、彼がいないか探してみる。

 でもいない。

 分かっている……ここに彼が来ない事は。

 いつも自分が無理矢理付き合わせていたのだから、彼が彼の意思でここを訪れる事はないだろうと。

 足元は石畳みから砂利に変わり、靴の中に小石が入らない様に歩く。

 彼と来た時と同じ様におみくじを引くために。

 彼との思い出を辿り、そして彼の背中を探す。

 分かっていて探してしまう事が、愚かな事だと分かっているのに、心がついていかない。

 自分の言動で、絡み合わせる様に彼と繋がれていた指を剥がし、

最後の一本になった時も、彼の限界のサインに気づかず、

自分から谷底へと落ちて行った。

 想いあっているなら、何をしても、言ってもいいと勘違いをしていた。

 別れを告げられた時は泣き喚き、何がいけなかったのか、好きなのにどうして

別れなければいけないのか理解出来なかった。でも彼は言った。

「もう君の我儘には付き合ない。好きじゃない」

 好きだったのは私だけ。

 想いの一方通行。

 好きなのに相手の心とは重なりあえない悲しさ。離れていく温もり。

 全ては自分が原因だったと思い返す事ができたのは、最近になってからだった。

 それでもまだ、気持ちは燻り続けている。

 そして思い出に縋り、こうして訪れた思い出の地。無意識に彼の背中を探してしまう。

 でも今日で終わらせるのだ。その為に訪れたのだから。

 社務所の巫女にお金を渡しおみくじを引く。番号を伝え薄い紙を受け取り結果を見ると末吉。

文字に内容、読めば今の自分にピッタリだと思った。

でもその結果に少し心に陽が射し軽くなるのを感じた。

 本殿の横に沢山のおみくじが結ばれ、今引いたおみくじをくくり付けた。

 白い紙の綱と化した紐に、彼と来た時に結んだ物が何処かにある。

 でもそれはどれだかは分からない。まるで彼の心が分からなかった様に。

 踵を返し本殿の前に立つと、数人の先客が熱心に手を合わせている。

 目の前にある賽銭箱に奮発して五百円を投げこみ、神様に来た事を知らせる鈴を鳴らした。

そして自分も他の人同様に掌をわせて、心で願い事を唱えた。

(私も彼も、それぞれが幸せになれますように)

 何度も同じ事を唱え視線を本堂の奥を見ると、ご神体として置かれている像の顔が

微笑んでいる様に見えた。願い事をしたが、神様を信じている訳ではなかった。

でもその表情を目にした時、薄光りだった心が晴れ、心と体が一つに纏まった感覚になった。

(大丈夫。私は大丈夫!)

 これは自分が前に進むための儀式だったのかもしれない。

 本殿に背を向け帰る足取りは軽く、もう彼の幻を探す事はなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ