儀式
休みの日、私は一人で観光地を周る。
彼に無理を言って、いつも付き合ってもらい訪れていた古都の地。
シーズンオフでも、休みにはそれなりに観光客は多い。
電車を下りて、並ぶ土産物店には目もくれずに歩いて行くと、
大きな川に掛かった橋に出る。
中央には車が行きかい、両端は歩道になっている。
川は太陽の光を浴び、流れによって自由に輝く顔を変えていた。
川べりには、ところどころにカップルが座っている。
それを横目に橋を渡りきり、また土産物が並ぶ店を通り過ぎ最後の信号を渡ると、
狛犬が出迎え、後方に当たり前の様にある朱色の門をくぐる。
石畳みを歩き、点在する小さな祠が祭ってはあるが、
顧みずに行きかう人を確認してしまう。
彼の優しさに甘え、我儘だった自分。
それでも笑って「しょうがないな」と折れてくれていた彼。
しっかりと握られていた彼の手が、自分の手から離れるとは思ってもみなかった。
通り過ぎる人に彼の面影を探しながら、本殿のある開けた場所へと着いた。
見渡せる境内にいる男性の中に、彼がいないか探してみる。
でもいない。
分かっている……ここに彼が来ない事は。
いつも自分が無理矢理付き合わせていたのだから、彼が彼の意思でここを訪れる事はないだろうと。
足元は石畳みから砂利に変わり、靴の中に小石が入らない様に歩く。
彼と来た時と同じ様におみくじを引くために。
彼との思い出を辿り、そして彼の背中を探す。
分かっていて探してしまう事が、愚かな事だと分かっているのに、心がついていかない。
自分の言動で、絡み合わせる様に彼と繋がれていた指を剥がし、
最後の一本になった時も、彼の限界のサインに気づかず、
自分から谷底へと落ちて行った。
想いあっているなら、何をしても、言ってもいいと勘違いをしていた。
別れを告げられた時は泣き喚き、何がいけなかったのか、好きなのにどうして
別れなければいけないのか理解出来なかった。でも彼は言った。
「もう君の我儘には付き合ない。好きじゃない」
好きだったのは私だけ。
想いの一方通行。
好きなのに相手の心とは重なりあえない悲しさ。離れていく温もり。
全ては自分が原因だったと思い返す事ができたのは、最近になってからだった。
それでもまだ、気持ちは燻り続けている。
そして思い出に縋り、こうして訪れた思い出の地。無意識に彼の背中を探してしまう。
でも今日で終わらせるのだ。その為に訪れたのだから。
社務所の巫女にお金を渡しおみくじを引く。番号を伝え薄い紙を受け取り結果を見ると末吉。
文字に内容、読めば今の自分にピッタリだと思った。
でもその結果に少し心に陽が射し軽くなるのを感じた。
本殿の横に沢山のおみくじが結ばれ、今引いたおみくじをくくり付けた。
白い紙の綱と化した紐に、彼と来た時に結んだ物が何処かにある。
でもそれはどれだかは分からない。まるで彼の心が分からなかった様に。
踵を返し本殿の前に立つと、数人の先客が熱心に手を合わせている。
目の前にある賽銭箱に奮発して五百円を投げこみ、神様に来た事を知らせる鈴を鳴らした。
そして自分も他の人同様に掌をわせて、心で願い事を唱えた。
(私も彼も、それぞれが幸せになれますように)
何度も同じ事を唱え視線を本堂の奥を見ると、ご神体として置かれている像の顔が
微笑んでいる様に見えた。願い事をしたが、神様を信じている訳ではなかった。
でもその表情を目にした時、薄光りだった心が晴れ、心と体が一つに纏まった感覚になった。
(大丈夫。私は大丈夫!)
これは自分が前に進むための儀式だったのかもしれない。
本殿に背を向け帰る足取りは軽く、もう彼の幻を探す事はなかった。