表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錯覚  作者: 古杣空木
進行する現実と追随する夢と
2/2

回想~邂逅~

――ジリリリリリリ!!


「ああ・・・」

電話が鳴っている。

喧しい呼び出し音は数回鳴ると、ぴたりと止んだ。


寝ぼけ眼でふと横を見るとふすまが開いており、そこから見える、雲の間から覗く初夏の太陽が私に容赦なく陽光を刺している。


「夢・・・か」


――何て懐かしい夢だろう。


あの女は誰だ?


あんな女は知らない。


知らない?


知っている。


知っているのだが・・・。


「はあ・・・」


頭はまだ覚醒しておらず、茫洋として靄が立ち込めている私の脳内は、未だ正常な機能を果たしてくれない。


身体の方も、書斎の固い床で、更に奇怪な体勢で寝ていたので身体が強張っている。

そのお蔭で体中の骨がきしむのを耳の奥で聞きながら上体を起こし、辺りを見回す。


インクの染みが目立つ机に、全く整っていない本棚、埃が堆積している電灯。


何もかも、見慣れた風景である。私の部屋である。

何も変わらない。変わる訳が無い。


――否、変わらないのは私か・・・。


日常が変わらないのではなく、私が変わろうとしていないのだ。

だから私は、相も変わらずこの様な所で惰眠を貪っている。


――まあ、いいか。


どうせ考えても、何かが変わるわけではないのが、私が一番知っている。


身体を横にし、また寝る体勢に入ると、再び電話が鳴った。


喧しい音は、今度は何時いつまで経っても止まなかった。

私は寝る体勢になっていた身体を無理矢理起こし、受話器を手に取った。


「あ、やっと出ましたね先生」


聞こえてきたのは、聞き馴染みのある声だった。


「ああ、どうしたんだい若本君」


電話の相手――若本は、私が言い終わるや否や、どうしたじゃないですよぅ、と言葉の尻を上げる独特の口調で私を非難してきた。


「先生が持ってきてくれるって言うから、待ってたんですよぅ」


「ああ、そういえばそうだった」


「忘れてたんですか?勘弁してくださいよぅ」


「すまない、今から持っていくよ」


受話器を片手に、机にあるであろう封筒を探す。

封筒は書類やらノートに埋もれていたが、何とか探し出し引っ張り出す。


――錯覚。


封筒には私の汚い文字で、たった二文字、書かれていた。


私の最新刊となる作品で、私の夢である。


――夢なのだ。・・・そうだ、彼女は。


「夢・・・か」


「はい?まだ寝ぼけているんですか?締め切りはとっくの昔に過ぎてるんですよ。夢なんかじゃありませんですよぅ」


「いや、そうじゃないよ」


そう汲んだか。


「まあ、少し待っていてくれ。今から持っていくよ」


「そうですか?なら早くして下さいねぇ」


「ああ、わかったよ」


そう言って、私は受話器を置いた。












外は平日の昼間だというのに、人は多かった。

その人ごみの中を進みながら、物思いに耽る。


知っている。


私は知っている。


よく覚えている。


その記憶は、私という曖昧な輪郭を確固としたモノにしてくれた。


――あれは、そう、三月だったかな・・・。


段々と現から記憶の海へと降下していく私の意識は、『錯覚』を書く原因となった三月の夢を辿って行く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ