かみさまへ
かみさまへ
おべんきょうができなくてもなぐらないおとうさんをください
おとうさんからまもってくれるおかあさんをください
あんしんしてかえれるおうちをください
こわいことをしないおとなのひとをください
たすけてくれるおとなのひとをください
かわりにわたしのいのちをあげます
よしの
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学習教材が山のように積まれた勉強机の上、自由帳に残された文章を認め、胸がぎゅっと締め付けられた。まだ漢字を覚える前の幼い子が、必死に遺した言葉。蚯蚓が這ったような平仮名の羅列でも、確かに読み取れる。君は、どんな気持ちで、これを。
生温い涙が頬を伝い落ちていくのを感じた。調査に私情を持ち込むべきではない。そんなことは端からわかっている。それでも、この遣る瀬無さだけは消せない。
被害者は中木愛乃。6歳。二日前、近隣住民の通報によって事件が発覚。愛乃ちゃんは搬送先の病院で死亡が確認された。遺体には無数の痣が残されており、体重は平均的な6歳児の約半分程度だったという。直接の死因は栄養失調。愛乃ちゃんの死には不自然な点が多く、また両親の証言も曖昧だったため、虐待の疑いで家宅捜索が実行された。そして、私はこの日記を見つけた。
現在の日本の司法では、愛乃ちゃんの両親は大した刑罰を受けることはないのだろう。児童虐待による死亡事件は、法的な殺意の立証が難しい。ゆえに傷害致死罪や保護責任者遺棄致死罪などが適用されるケースが多いのだ。未来ある子供たちの命が理不尽に奪われても、罪が軽んじられる。私はただの警察官だ。裁判に口を出す権限は持たない。だが、罪を軽んじるということは、失われた命を軽んじることと同義だ。そんなこと、本来あってはならないはずだろう。しかし、これがこの国の司法の現状だ。
――
神様へ
少しでも多くの子供たちが安心して暮らせますように。
少しでも多くの子供たちの笑顔を守れますように。
いち警部補の私に何ができるのか、ずっと考え続けています。
私はあなたの加護を求めません。
ただ、あの子に安らかな眠りを。どうか、どうか。
吉野




