砂漠に咲く愛の証
一ヶ月後。
リビア砂漠の夜明けは、世界が新しく生まれ変わる瞬間のようだった。
「沈黙の神殿」の全容がついに解明され、考古学界に激震が走った。ローレンス・ボーン教授が企てた卑劣な略奪と捏造は、ドミニク・スタッフォードが密かに集めていた証拠によって暴かれ、彼は永久に学界から追放された。同時に、ダイアナの父、ヘンリー・コートニーの名誉は、二十年の時を経て、完全な形で回復された。
ダイアナは、神殿の入り口に一人立ち、地平線から昇る朝日を見つめていた。彼女の指には、あの日ドミニクが差し出した父の形見の万年筆が握られている。
「……父様。やっと、ここまで来られたわ」
「独り言か?寂しい趣味だな」
背後から響いたのは、いつもの傲慢で、けれど今はどこか柔らかさを孕んだ低い声だった。振り返ると、そこにはドミニクが立っていた。仕立ての良いスーツではなく、砂漠に馴染むリネンのシャツを纏った彼は、かつての冷徹なCEOというよりは、一人の旅人のように見えた。
「スタッフォード氏……いいえ、ドミニク」
ダイアナは、初めて彼の名を唇に乗せた。その響きに、彼が微かに目を見開く。
「……慣れないな。君に名前を呼ばれると、心臓に悪い」
ドミニクは苦笑しながら彼女の隣に並び、共に朝日を仰いだ。
「教授の件、ありがとうございました。あなたが動いてくれなければ、私は今頃まだ、砂の下で眠っていたか、汚名を着せられたままだった」
「礼には及ばない。私は自分の資産を守っただけだと言っただろう。君という、かけがえのない資産をな」
ドミニクはそう言って、ダイアナの手から万年筆をそっと取り上げ、自分のポケットにしまった。
「これは、私が『ミスター・ガーディアン』として、君から一生預かっておくことにした。君が私を忘れないためにだ」
「ずるいわね。あんなに私をいじめて、振り回して……」
「いじめていたのではない。君が他の男に心を奪われないよう、必死に壁を作っていただけだ」
ドミニクはダイアナの肩を抱き寄せ、その琥珀色の瞳で彼女を真っ直ぐに見つめた。そこにはもう、偽りの冷徹さも、手紙に隠した臆病な慈しみもない。
「ダイアナ。手紙の中の私は、君を優しく守るだけの幽霊だった。だが、今の私は違う。君を怒らせ、君と笑い、君とこの過酷な砂漠を共に歩んでいきたいと願う、ただの男だ」
彼はダイアナの指先をそっと取り、自分の胸元――高鳴る心臓の真上に置かせた。
「これからは、手紙ではなく私の目を見て、君への想いを聞いてほしい。……愛している、ダイアナ。世界中のどんな財宝よりも、君を」
ダイアナの瞳に、温かな涙が溜まっていく。ドミニクの強引さも、不器用な優しさも、すべては彼女を守るための盾だった。彼という檻に閉じ込められていたと思っていたけれど、本当は彼こそが、彼女が自由に飛べるための大空を用意してくれていたのだ。
「……ドミニク」
ダイアナは彼の胸に顔を埋め、くすくすと小さく笑った。
「あなたの管理下に入るのも、悪くないかもしれないわ。……ただし、私の発掘には一生付き合ってもらうけれど」
「ああ。君が地の果てまで行くと言うなら、私はそこまで鉄道を引いてでも、君を守り抜いてみせる」
ドミニクは彼女の顎を優しく持ち上げると、黄金色の朝日に祝福されるように、情熱的な口づけを落とした。
かつて父が夢見た「沈黙の神殿」は、今、二人の愛の証として、砂漠の中に堂々とその姿を現していた。吹き抜ける風が、古の歌を運んでくる。それは、愛と信頼を取り戻した二人のための、終わりのないセレナーデだった。




