砂の下の真実
「――教授、何を……!?」
暗い地下通路の奥。ダイアナがパピルスを解読しようと身を屈めた瞬間、背後から突き飛ばされた。崩れた石材と共に、彼女の身体はさらに深い縦穴へと落下していく。
「すまないね、ダイアナ。神殿の利権は私のものだ。君はここで、お父君と同じように砂の物語の一部になりたまえ」
上から聞こえるローレンスの冷酷な声。やがて、重い石板が入り口を塞ぐ音が響き、完全な静寂と暗黒がダイアナを包み込んだ。
「……助けて」
足首に走る激痛。酸素が薄れていく感覚。ダイアナは暗闇の中で、自分の愚かさを呪った。ドミニクの警告を無視し、父の名誉という言葉に踊らされ、自分を本当に守ろうとしていた手を振り払ってしまった。
(スタッフォード氏……ごめんなさい……。あなたに、あんな酷いことを……)
意識が朦朧とするなか、彼女は「ミスター・ガーディアン」の言葉を思い出そうとした。だが、不思議なことに、頭に浮かぶのは手紙の文字ではなく、ダンスフロアで自分を抱きしめたドミニクの腕の熱さ、泥にまみれて自分を助けてくれた彼の背中だった。
その時だ。
遠くで、地響きのような音がした。一度、二度。何かが固い岩を叩き割る、凄まじい衝撃音。
「……ダイアナ!ダイアナ・コートニー!!」
聞き間違えるはずがない。あの、低くて傲慢で、けれど今は狂おしいほどに切羽詰まった、ドミニクの声だ。
「ここ……ここにいるわ……!」
ダイアナが枯れた声を振り絞ると、頭上の瓦礫が崩れ、一筋の眩い光が差し込んだ。埃の舞う光の中から飛び込んできたのは、タキシードのシャツを破り捨て、両手から血を流したドミニクだった。
「ダイアナ……っ!」
ドミニクは彼女を見つけるなり、壊れ物を扱うような手つきでその細い身体を抱きしめた。彼の心臓が、耳が痛いほど激しく打ち鳴らされているのが伝わってくる。
「危うく、君を永遠に失うところだった……。そんなことになったら、私は……」
ドミニクの声は、震えていた。これまで見せてきた傲慢な自信は影も形もなく、ただ愛する者を失いかけた一人の男としての、剥き出しの恐怖がそこにあった。
「スタッフォード氏、どうして……。私のことなんて、放っておけば良かったのに」
「馬鹿を言うな!君のいない世界で、何を守れというんだ。……もう、二度と君を離さない。たとえ君にどれほど疎まれようと、私の目の届く場所に繋ぎ止めておく」
ドミニクが彼女を強く抱きしめた拍子に、彼のポケットから何かが滑り落ち、砂の上で銀色の光を放った。それは、古びているが磨き上げられた、一本の万年筆。
ダイアナは息を呑んだ。
「……嘘……。それは、父様の……」
彼女が「ミスター・ガーディアン」へ、唯一の感謝の印として送ったはずの、世界に一本しかない形見の万年筆。
ダイアナは震える手でそれを拾い上げ、ドミニクの顔を見上げた。
「……なぜ、あなたがこれを持っているの?返して……これは、私が大切な人に送ったものよ」
ドミニクは逃げ場を失ったように目を逸らし、やがて、諦めたように深い溜息をついた。その瞳には、もはや「氷のCEO」の冷徹さは微塵もなかった。そこにあったのは、長年、陰から一人の女性を見守り続けてきた、一人の男のひたむきな愛だった。
「……君の翼を、折りたくなかったんだ」
ドミニクの声は、砂漠の夜風のように優しく、ダイアナの心に染み渡った。
「スタッフォード家の金で、君の自由を縛りたくなかった。君には、自分の力で空を飛んで欲しかった。……だから、あんな卑怯な方法でしか、君を支えられなかったんだ」
「ガーディアン様……?あなたが、本当に……?」
「ああ。君の書く手紙が、私の凍りついた人生の唯一の光だった、ダイアナ」
ドミニクは、彼女の額にそっと自分の額を押し当てた。
「すまない。君を傷つけるような言い方ばかりした。君を独占したいという醜い嫉妬を、制御できなかったんだ」
ダイアナの目から、大粒の涙が溢れ出した。厳しい言葉の裏にあった、痛いほどの慈しみ。「嫌な男」だと思っていたドミニクと、魂の双子だと信じていた「ガーディアン」。二つの影が今、目の前の愛しい男の中で一つに溶け合っていく。
「……最低だわ、スタッフォード氏。あんなに私をいじめておいて、実はこんなに優しかったなんて」
「ああ、最低だな。だから、これから一生かけて償わせてくれ」
ドミニクは、ダイアナの涙を指で拭うと、二人の間に残っていた最後の一線を越えるように、深く、熱い口づけを交わした。崩れかけた古い神殿の中で、二人の新しい物語が、今、静かに幕を開けた。




