灼熱の連帯
翌朝の太陽は、砂漠の地平線を白銀に染め上げ、容赦のない熱気を吐き出していた。
ダイアナは、昨日ドミニクに言われた屈辱を振り払うかのように、早朝から発掘現場の最前線に立っていた。そこは、父が「沈黙の神殿」への入り口だと確信していた、崩れやすい岩盤が剥き出しになった危険な傾斜地だ。
「ダイアナ、そこは危ねえ!岩が動いてやがる」
アーサーが下から声を張り上げるが、ダイアナは耳を貸さなかった。
「ここなの。この断層のズレの先に、前室へと続く空洞があるはず。……あッ!」
指先が湿った粘土質の土に触れた瞬間、足元の砂が音を立てて崩れた。
「しまっ……!」
身体が重力に引かれ、鋭い岩の角が視界に迫る。ダイアナが反射的に目を閉じたその時、鋼のような強い腕が彼女の腰を横から抱きしめ、強引に上方へと引き上げた。
「――馬鹿か、君は」
耳元で響いたのは、怒りに震える低音だった。ダイアナが目を開けると、そこにはドミニク・スタッフォードがいた。驚いたことに、彼は昨日の完璧なスーツ姿ではなかった。白い上質なシャツの袖を肩まで捲り上げ、胸元を大きくはだけ、額には大粒の汗を浮かべている。その肌は太陽に照らされ、磨き上げられたブロンズ像のような輝きを放っていた。
「スタッフォード氏……?なぜあなたがここに」
「管理責任を問われたくないと言ったはずだ。死にたければ他所でやれ」
ドミニクはダイアナを安全な平地へ降ろすと、彼女の手から無造作にスコップを奪い取った。そして、あろうことか自ら泥の中に跪き、岩盤の状態を確かめ始めたのだ。
「スタッフォードさん、危ないですよ!そこは素人の手に負える場所じゃ……」
トビーら他の男たちが駆け寄るが、ドミニクは鋭い一瞥で彼らを制した。
「アーサー、ジャッキと補強用の支柱を持ってこい。ここの亀裂は表面的なものじゃない。ダイアナの推測は正しい、この下に巨大な空間がある。だが、今の掘り方では全壊するぞ」
男たちが言葉を失った。ドミニクの指示は、驚くほど的確で、かつプロの土木工学に基づいたものだった。
「あなた……考古学を『死人の持ち物探し』と言ったくせに、詳しいのね」
ダイアナが呆然と呟くと、ドミニクは鼻で笑った。
「ビジネスを成功させるには、地質も構造も知らねば話にならん。……おい、突っ立っている暇があるなら、そこの支柱を押さえろ。私の背中を見ていたいだけなら別だが」
悔しいことに、泥にまみれて作業するドミニクの背中は、どんなドレスアップした姿よりもダイアナの心を激しく揺さぶった。彼はダイアナを「女」としてではなく、今、この瞬間、この現場で「最も知識を持つプロ」として扱い、その指示を完璧に形にしようとしていた。
数時間の死闘の末、ついに。
「……風だ」
ダイアナが息を呑んだ。ドミニクがこじ開けた岩の隙間から、数千年の時を隔てた冷たく重い空気が、砂漠の熱風を押し返すように吹き出してきた。
「やったわ……!本当に入り口があったんだわ!」
ダイアナは思わず、隣にいたドミニクの腕に飛びついた。ドミニクの身体が一瞬強張った。泥と汗にまみれた二人の肌が重なり、互いの荒い鼓動が伝わる。ドミニクの琥珀色の瞳に、これまでに見たことのないような深い熱が宿り、彼はダイアナの肩を強く掴み返した。
だが、彼が口を開こうとしたその時、ダイアナの背後で男たちが不穏にどよめいた。
「おい、見ろよ。ありゃ教授の車じゃないか?」
砂塵の向こうから、数台のジープが近づいてくる。その先頭に乗っているのは、優雅なサファリジャケットを纏ったローレンス・ボーン教授だった。彼はダイアナが「発見」した瞬間を狙い澄ましたかのように、満面の笑みを浮かべて車から降りてきた。
「素晴らしい!素晴らしいよ、ダイアナ!我が愛弟子が、ついに歴史を動かした。さあ、ここからは私の研究所が引き継ごう。君にはその権利を譲る書類にサインをしてもらう必要があるが……」
ダイアナの顔から血の気が引いた。教授は恩師でありながら、常に彼女の成果を掠め取ろうとしてきた天敵だ。
「待ってください、教授。これは私の……私たちの発掘です!」
「おや、資金も学術的裏付けもない君に、何ができるというのかね?」
教授が冷酷に言い放った瞬間、ドミニクがダイアナの前に一歩踏み出した。彼は泥のついた手で、教授が差し出した書類を無造作に奪い取ると、それを目の前で真っ二つに引き裂いた。
「誰の許可を得て、私の所有地に足を踏み入れた、老いぼれ」
ドミニクの声は、地響きのように低く、圧倒的な威圧感に満ちていた。
「君は、スタッフォード・ロジスティクスの……!」
「このプロジェクトのオーナーは私だ。そして、ここの全責任者はダイアナ・コートニーだ。彼女が『NO』と言えば、たとえ大統領だろうとこの砂一粒持ち帰ることは許さん」
教授は顔を真っ赤にして退散していった。
静まり返った現場で、ダイアナはドミニクの背中を見つめていた。彼は一度も振り返らなかったが、その耳たぶが微かに赤くなっているのを、ダイアナは見逃さなかった。
(……どうして。どうしてそんなに、優しく守ってくれるの?)
その夜、ダイアナのスマートフォンに、また一通のメールが届いた。『よく頑張ったね、ダイアナ。君が入り口を見つけた時、私も自分のことのように誇らしかった。君の味方は、すぐそばにいることを忘れないで』
ダイアナは、メールを読み、それから隣のコンテナで泥を洗い流しているであろうドミニクの気配を感じた。
(すぐ、そばに……?)
砂漠の月が、二人の隠された真実を照らすように、静かに昇っていった。




