嘘と諦めた恋
***BL*** 貴族設定が難しくて、ホント申し訳ありません。軽い気持ちで読んで下さい。ハッピーエンドです。
僕は親友が好きで、親友は姉様が好きで、姉様には好きな人がいる。
姉様は一年後に辺境伯と結婚の予定だ。婚約が決まった時、姉様は嫌で嫌で泣き崩れた。
でも、父は厳しい人だから、姉様の話は聞き入れない。
それに、僕達兄弟もちゃんとわかっているんだ。誰かを好きになっても、叶う事は無い。
兄様にだって好きな人はいた。でも、相手は子爵家の令嬢だったから、諦めたんだ。
僕達がお茶をしていると必ず姉様が顔を出す。
僕が用事で少し遅れる時なんか、先に来てオズワルドと一緒にお茶をしている時もある。
「姉様、僕達宿題をするので、席を外して下さい」
お願いをすると
「あら、良いじゃない。教えて上げるわよ」
と言って居座る。そして、いつもオズワルドの隣に座る。
僕はその度にイヤな気分になるのに、2人とも気付かない。
「ねぇ、今度3人でピクニックに行かない?」
(え?)
僕はオズワルドを見た。オズワルドが姉様に教えたんだ。
(僕は2人だけで行きたかったのに、、、)
姉様とオズワルドが、2人きりで行くわけには行かない。姉様には辺境伯と言う婚約者がいる。
それなのに、結婚前の姉様が未婚の男性と、2人で行動するなんてとんでも無い話しだ。誰かに見られて、変な噂でも立てられたら、大変な事になる。
僕はオズワルドに誘われた時、てっきり僕達だけだと思ったから、すごくうれしかったのに、、、。
(本当は姉様を誘いたかったのか)
と、気付いてがっかりした。
姉様とオズワルドが一緒に勉強している姿はとても絵になる。
(すごくお似合い。僕が一番場違いに見える)
本当は一緒にいたく無いから、この部屋から出て行きたいのに、姉様とオズワルドだけにする訳にはいかないから、僕もここから出ていけない。
*****
私は、ケヴィンがオズワルドを好きな事に気付いている。だからこそ、邪魔をしたい。
父の命令で辺境伯に嫁がなければならない私は、好きな人と結婚も出来ない、、、。
ただ、結婚するだけなら、別に構わない。折に触れ、あの人に会うチャンスはあるもの。
でも、辺境伯に嫁ぐとなると話しは違う、、、。 距離があまりにも離れ過ぎているから、、、あの人に会う事は出来なくなる、、、。
父は決して私の意見など聞き入れてくれない、決定事項だから。
私はあの子を幸せにしない。
兄様も大好きなあの娘を諦めたのに。ケヴィンにもオズワルドを諦めて貰わないと、割に合わないわ、、、。
ピクニックの話しは偶然聞いたの。ケヴィンが執事にピクニックの相談をしていたから、、、。
きっと2人で行こうとしているんでしょうけど、絶対2人でなんて行かせない。
*****
俺がケヴィンが好きだと言う事は、誰にもバレてはいけない。
だから、フェリシア様が隣に座った時もフェリシア様を優先する様にしているし、ケヴィンにもフェリシア様の事が好きだと言っている。
一度、ケヴィンの顔を見ていたら
「どうしたの?」
と聞かれてしまった。まさかケヴィンの顔を見ていたとは言えず
「ケヴィンとフェリシア様はよく似ているね」
と誤魔化したんだ。
「オズワルドは姉様が好きなの?」
「あんなに綺麗な人はいないだろ?」
答えると
「そうだね、姉様はすごく綺麗だものね」
ケヴィンが納得してくれた。
俺はケヴィンに俺の気持ちがバレなくてホッとした。
フェリシア様がピクニックに行こうと提案した時、ケヴィンがフェリシア様に話したのかと思って落ち込んだ。
いつも公爵邸に来るとフェリシア様がいるから、ピクニックでは2人きりになりたかったんだ。
それでも、ケヴィンとピクニックに行けるのは嬉しかった。
*****
ピクニックの準備は全てケヴィンがした。執事に相談して、何が必要か考えた。
リストアップして、料理やデザート、飲み物。敷物の大きさや膝掛けの手配。3人のスケジュールを確認して日程を決めた。
手配している途中で、言い出したオズワルドやフェリシアが何もしていない事に気付いた。
(あれ?何で僕が1人で準備してるんだろう?)
疑問を持ちつつ、オズワルドは伯爵家だから、こちらが準備するべきだろうと考え、姉様は絶対やらないだろうと思った。
(何だか、2人の為に準備しているみたいだ、、、)
そう考えると、淋しく感じた。
ピクニック当日は、オズワルドが公爵邸まで来て、3人で馬車に乗った。
(やっぱり、2人で並んで座るんだ、、、)
仲良く並んでいるのを見るのが辛い。
朝早く起きた所為か、進行方向と逆向きに乗っているからか、馬車の揺れに気分も悪くなっていた。
「今日は寝不足気味だから少し寝るね」
と言って、馬車の中で寝る事にした。
オズワルドはケヴィンの様子を心配した、少し顔が白い気がする。出来るだけ外を見て静かにしていた。
(起こさない様にしよう、、、)
そう思っているのに、フェリシアが一所懸命オズワルドに話し掛ける。オズワルドは小声で喋る様にしていた。
寝たふりをしていたケヴィンは、フェリシアとオズワルドがヒソヒソと話すのに気が付いて、何だか除け者にされている気分になり、悲しくなっていた。
涙が出そうになるのを手で隠し、寝たふりを続ける。
馬車が止まると、オズワルドがケヴィンの膝に触れ起こした。
「ケヴィン、着いたよ」
「あぁ、ありがとう」
オズワルドが先に降りて、フェリシアに手を差し伸べる。続けてケヴィンが降りようとすると、ケヴィンにも手を差し伸べる。
「疲れているみたいだから、、、」
そう言って、支えて貰うとケヴィンは嬉しくなった。
侍女達が敷物を敷いて、色々準備をしているとフェリシアとオズワルドが腕を組んで散歩に行こうとしていた。
「ケヴィンはもう少し休んだ方が良いわ」
(2人だけで行くの?、、、)
オズワルドと姉様は歩いて行ってしまった。
ケヴィンは1人残されて
(ピクニックになんか来なければ良かった、、、)
と気分が沈む。
「全然帰って来ないな、、、。侍女が1人着いて行ったから大丈夫だろうけど」
ケヴィンは敷物の上に座り湖を眺めた。
「オズワルドだ、、、。あんなに遠くにいる」
2人の小さな姿を見つけた時、悲しくて涙が出た。
「僕、何をやっているんだろう、、、。バカみたいだ」
敷物の上で横になり、上着を顔に掛けて寝た。
上着の下で涙を流しながら、頭の中を空っぽにする。
しばらくして漸く2人が帰って来ても、寝たふりをするしか無かった。
「あら、ケヴィンが寝ちゃっているわ」
と言いながら、バスケットを開ける音がする。オズワルドが飲み物をグラスに注ぐ気配がすると、フェリシアが
「ありがとう、オズワルド」
とお礼を言うのが聞こえた。
葡萄ジュースの濃い匂いがして、ケヴィンは自分が飲みたくて準備をして貰った事を思い出した。
2人が静かになったので、ケヴィンは起きた。バスケットの中身が減っていて
(僕にも声を掛けてくれれば良いのに、、、)
と思いながら立ち上がる。
「ケヴィン?」
「ちょっと散歩に行って来るよ」
と言うとオズワルドが
「俺も行くよ」
と立ちあがろうとした。
「あら、ダメよ。私を1人にするつもり?」
フェリシアが言う。ケヴィンはオズワルドに
「僕は1人で平気だから、、、」
と言って愛想笑いをしながら、オズワルドをおいて1人で歩き出した。
踏みしめる芝が気持ち良い。風が少し吹いて涼しい。
「オズワルドと2人きりなら良かったのに」
ゆっくりゆっくり湖の周りを一周した。2人の元に帰りたくなかった。
先程、ケヴィンが対岸の2人を見つける事が出来た様に、対岸側からも2人の姿が見えた。
オズワルドと姉様が仲良く座り、話をしているのが見える。表情まではわからない。
しばらく見ていると、2人の顔が近づくのが見えた。
「キスしてる?、、、」
オズワルドから顔を寄せていた。
(そうか、、、)
ケヴィンは思った。
(僕、良い加減この気持ちを諦めないといけないんだ、、、。きっとどんなに頑張っても、オズワルドの気持ちには届かない、、、)
ケヴィンはフェリシアが羨ましかった。出来る事ならフェリシアになりたかった。
(こんなに辛いなら)
そう思いながら、涙をポロポロ流した。
「もう、終わりにしよう、、、」
(対岸にケヴィンがいる、、、)
こちらを見ている様にも見えるし、景色を見ている様にも見える。
「痛っ、、、。目に何か入ったみたい。オズワルド、見てくれない?」
フェリシアがオズワルドを見つめる。オズワルドは
「失礼します」
と言って、フェリシアの顔に手を添え、瞳を覗く。フェリシアは少し顔を上げて、目を開く、何も入っていない様だった。
「何も無い様ですけど、、、」
フェリシアは瞬きを数回してから
「もう、大丈夫みたい」
とにっこり笑った。
しばらくして、ケヴィンが帰って来た。敷物の上に乗り
「お腹が空いちゃった」
バスケットの中を覗くとほぼ空だった。
(え?嘘でしょ?、、、)
飲みたかった葡萄ジュースも一人分には足りず、ケヴィンはため息を殺して
「量が足りなかったみたいだね」
と苦笑した。
帰りの馬車でも、フェリシアはオズワルドと座った。ケヴィンは端に座り、窓の外ばかり見ていた。
たまにウトウトするフリをして、決してオズワルドを見ようとしなかった。
公爵邸に着いて、朝と同じ様にオズワルドが先に降りる。フェリシアに手を差し出して支える。
次にケヴィンが降りようと準備をすると、同じ様に手を差し伸べる。ケヴィンは悲しくなった。ため息を吐いて
「ありがとう。1人で降りられるよ」
と言う。それでもオズワルドは手を引かなかった。
(オズワルドに触れるのはこれが最後だ)
自分にそう言い聞かせながら支えてもらう。
「オズワルド。今日は喜んでくれた?君がピクニックに行きたかったのは、姉様と2人きりになりたかったからなんだね。君の希望通り2人きりになれて良かったよ」
自分でもこんな事言いたく無いのにと思いながら言ってしまう。
オズワルドは何も言えなかった。
本当はケヴィンと2人だけのピクニックだったのに、フェリシアも参加する事になった。
(あぁ、ケヴィンと2人きりになりたかったのに、、、)
オズワルドがフェリシアを好きなフリをしていたのは事実だ。
(全て自分の責任だ、、、)
ケヴィンの言葉に酷く傷付いた。
*****
ケヴィンは急にオズワルドを避けるわけにもいかず、学校ではいつも通りにしようとした。
でも、全然会話が弾まない。何か話し掛けられても、少し考えて
「うん、そうだね」
とか、
「ふぅ〜ん、知らなかった」
と言う程度になった。
(あのピクニックの日からだ、、、)
オズワルドは気付いた。しかし、どうする事も出来ない。
*****
「フェリシア様は元気?」
瞬間、しまったと思った。オズワルドは自分でも何て事を聞いてしまったんだと後悔した。
ケヴィンの空気が変わる。明らかに機嫌が悪くなった。ケヴィンがため息を吐いて
「姉様に会いたいなら、今日の宿題は僕の屋敷でやろう?。屋敷で待ってるから、放課後来るといいよ」
「ケヴィン、そう言う意味じゃないよ。ただ、元気にしてるのかな?って、、、」
「だから、本人に会えばわかるでしょ?」
ケヴィンはノートや教科書をしまって、廊下に出た。
(本当イライラする。早く学年が変わってクラス替えがあればいいのに、、、)
オズワルドは
「ただケヴィンと会話がしたかっただけなんだ」
と、呟いた。共通の話題を探していたら、フェリシアの名前を出してしまった。
しかし、ケヴィンが明らかに嫌がる話題なのも知っていた、、、それなのに、、、。
失敗したと思った。
公爵邸には行きたくなかったけど、行かないのはもっと失礼だ。
*****
公爵邸に行くとやはりフェリシアが先に来た。
「オズワルド、いらっしゃい」
いつも通り隣に座る。
2杯目のお茶を頂いても、ケヴィンが来る気配は無い。オズワルドはソワソワして来た。
侍女が1人同じ部屋にいるし、扉も開いているがフェリシアには婚約者がいる。こんなに長い時間フェリシアと2人きりになった事は無かった。
(ケヴィンはきっと来ないんだな、、、)
*****
フェリシア様が好きなんて、どうしてあんな嘘をついたんだろう、、、。もっと別の隠し方があった筈だ、、、。
そう思いながら
「フェリシア様、今日はケヴィンは?」
と聞く
「あら。ケヴィンが、オズワルドが私に会いに来ると言っていたのよ。ケヴィンの予定はわからないわ」
「そうですか、帰る前にご挨拶を、と思ったのですが、、、」
「それなら、ケヴィンの部屋へ行きましょうよ」
「よろしいのですか?」
「貴方達、友人でしょ?何を遠慮しているのよ」
と言うと、フェリシアはオズワルドを連れてケヴィンの部屋へ行く。
ドアをノックして待つと、そっと扉が開いた。
ケヴィンがギョッとした顔をする。その目が赤くて泣いていたのがわかる。
フェリシアは心の中で笑った。
「オズワルドが帰るから、ご挨拶したいって」
ケヴィンがオズワルドを睨みつける。オズワルドが視線を落とす。
「僕の所に来る必要は無いでしょ?」
「あの、、、ケヴィン、、、。また明日、学校で」
それだけ言うとフェリシアと目を合わせ、もう用事は終わりましたと、静かにうなづいた。
フェリシアは
「ケヴィンも、何が気に入らないのか知らないけど、大切な友人なんだから失礼のない様にね」
と言って、オズワルドと腕を組み部屋を後にした。
ケヴィンは思いっきりドアを閉めてやりたかったけど、我慢した。
それから1週間、ケヴィンは学校での休み時間、机で伏せって過ごしていた。
誰にも話し掛けさせない。オズワルドも近付けなかった。
ケヴィンは毎日胃がキリキリと痛み、食事も取れなかった、夜も考え事ばかりして眠れない。
早く、オズワルドの事を忘れたかった。
*****
フェリシアの結婚式が半年後に迫った頃、ケヴィンの結婚相手が決まりそうだった。
ケヴィンは公爵家の次男だったから、何も相続する物が無い。結婚してくれるだけで有り難かった。
そして、ケヴィンの結婚相手は、ある商家の男性だった。ケヴィンよりもずっと年上で、結婚準備金を用意してくれた。
その話しはフェリシアからオズワルドに届き、久しぶりにオズワルドが話し掛けて来た。
「ケヴィン、、、話したい事があるんだ、、、」
「何?」
「此処じゃなくて、別の場所で、、、」
「姉様に会いたいなら、明日にしてくれる?」
「違う、、、その、、、」
「あぁ、姉様から聞いたの?」
ケヴィンはオズワルドがフェリシアと連絡を取っていた事に絶望を感じた。
自分とは話さなくても、フェリシアとは話していたのかと思うと、全て投げやりになりそうだった。
「わかったよ」
ケヴィンが椅子から立ち上がると、2人は人気の無い、校舎裏に移動した。
「ミネルバ商会の会長と結婚するって、、、」
相手が商家の男性で、ケヴィンよりずっと年上だとは聞いていたけど、ミネルバ商会の会長とは意外だった。
「あの、、、ミネルバ商会の会長って、あまり良い噂を聞かないんだけど、、、」
「僕は次男で、公爵家から引き継ぐ物が無いんだ。結婚してくれるだけでも、有り難いと思わないと」
「でも、いくらなんでも、、、。彼は男性だよ?」
「それが?」
「だって、、、同性同士じゃ、、、」
「もし、彼が女性だったとしても、年齢的に子供は無理だよね。それなら、別に性別は関係無いと思うけど、、、」
「ケヴィンはそれでいいの?」
「いいよ。どの道、僕達は好きな人と結婚なんて出来ないんだ、誰と結婚しても同じだろ?」
「それなら、、、俺でもいいんだ、、、」
「え?オズワルドとだけは絶対にイヤだよ」
「どうして?誰と結婚しても同じだって、言ったじゃないか。結婚してくれるだけでも有り難いって」
「オズワルドは姉様が好きなんでしょ?」
「フェリシア様は結婚するじゃないか」
「姉様の代わりに、僕と結婚する気なの?本気?、、、そうだね、、、僕と結婚したら、一応姉様と親族だもんね、、、。姉様が里帰りすれば会えるから?。それとも、僕の顔が姉様の顔に似てるから?」
「違うよ、ケヴィン、、、」
「そうまでして姉様の側にいたいの?」
「俺が好きなのはケヴィンだよ」
「、、、はは、、、嘘ばっかり、、、」
ケヴィンは笑うしか無かった
「本当だよ、、、今までずっと隠していたんだ」
「姉様ばかり見てたじゃないか」
「ケヴィンに似てるから、、、。ケヴィンの前でケヴィンの顔を見てたら変だろ?」
「いつも姉様と一緒に座ってた、、、」
「ごめん。ケヴィンに一度フェリシア様を好きだと言ってから、そうした方が良いと思って、、、」
「やっぱり姉様が好きなんじゃないか」
「あの時の事、覚えてる?」
ケヴィンは頭を振る。
「俺は覚えてる。2人で勉強していた。ケヴィンは熱心に勉強してた。俺はケヴィンの顔が綺麗だなって思って見惚れてたんだ」
「、、、知らない」
「そうだね。、、、俺がジッと見ていたら、ケヴィンが急に視線を上げて「何見てるの?」って聞いて来たんだ。俺は、咄嗟に嘘を吐いた「フェリシア様に似てるな」って、、、。その時からずっと嘘を吐いて来た。ケヴィンへの気持ちをバレない様にしたくて、フェリシア様を好きだと言った」
「キスしてた、、、」
「キス?した事無い」
「ピクニックに行った時、、、。僕が湖の周りを散歩しに行ったら、対岸でキスしてた」
「本当だよ。キスなんてして無い」
「、、、どっちでも良いんだ、関係無い。僕はミネルバの会長と結婚する、君は伯爵家を継ぐ。それで良いじゃないか、、、」
「ケヴィン、、、もし、俺がミネルバの会長より多くの結婚準備金を用意出来たら、結婚してくれるかい?」
「オズワルド、それは無理だろ?君の父上は許さない」
「、、、じゃあ、どうしたら良いんだよ、、、」
「君もわかっているだろ?僕達の結婚は道具と同じだ。結婚する本人の気持ちは関係無い、如何に自分の家系を守る事が大切か、、、。長男の君ならわからない筈が無い、、、」
「ケヴィン、、、」
ケヴィンはフェリシアより先に結婚する事になった。
ミネルバ商会の会長が超高齢だったからだ。
学校は卒業せずに辞めた。
公爵は、ケヴィンの為に持参金を準備した。ミネルバ商会の会長から届いた準備金も全額ケヴィンに預けた。ただし、、、
「必要最低限の宝石だけを買いなさい。身の回りの物は、こちらで準備するから、使わなかった分は銀行のお前の口座に預けるんだ」
と言った。ケヴィンは訳も分からず公爵の言う事を聞いた。
結婚式はしない、ミネルバの会長が必要無いと言ったからだ。
「ケヴィン、ケヴィン。可哀想なケヴィン。初めての結婚なのに、相手はあんなにお年を召していて、結婚式もしてくれないなんて、酷い人だわ」
フェリシアは内心、嬉しくて仕方が無かった。
辺境伯はフェリシアの為にドレスや宝石を送って来た。結婚式の予定もあるし、年齢もフェリシアより7つ年上で離れ過ぎと言う程離れてもいない。
オズワルドとも最近会っていない様だし、ケヴィンを見ていると、不幸なのは自分だけでは無いと安心した。
ケヴィンはフェリシアより、1ヶ月早く嫁いで行った。フェリシアの結婚式には出る予定だったが、どうなるかわからない。
オズワルドとは最後まで会う事は無かった。
初めて会った会長は、思ったより優しい感じがした。
しかし、高齢で一度転んで怪我をしてから、寝たきりとなり、ベッドから出る事は出来なかった。
1週間程してからケヴィンは気になっていた事を聞いてみた
「あの、、、何故、僕と結婚したんですか?」
会長は
「君のお父上とは親しくしていたからね。君の身の振り方を相談されていた」
ケヴィンは静かに聞いていた。
「それに、この歳になるとね、何かを思い残してあの世に行きたくは無いと考えるものだよ。、、、君はね、、、妻のお気に入りだったんだ」
「僕は、ホラ、こんなだろ?」
会長は自分を蔑む様に言った。
「お世辞にもモテるタイプでは無かった。でも、幼馴染の妻と随分遅い結婚をしたんだ。僕には初恋だったけど、彼女は再婚だった。、、、彼女は子供が出来なくて、捨てられたんだ。結婚してから、やはり僕達の間にも子供は出来なかった。2人で仕事をして、いつも一緒にいる様になった」
ケヴィンは話しを聞きながら、紅茶を入れた。
会長の枕元には若い女性の写真が一枚飾ってあった。
紅茶をサイドテーブルに置いて、会長の身体を少し起こす。背中に枕を挟み、寄り掛かってもらう。
「君の実家には何度も行った事があるよ」
少し冷めた紅茶を手渡した。
「君は、とても可愛かった。お兄さんは既に大きくなっていた、しっかりしたお兄さんだった。お姉さんも、それはそれは綺麗な少女だった。君は、少し小さかったな。クルクル変わる表情が可愛かった。妻は、あんな子がいたら毎日楽しいだろうと言ったよ」
ケヴィンの表情が少し曇ったのかも知れない。
「違う、違う。僕達は子供がいなかったけど、悲観していた訳じゃ無いんだ。ただ、小さい君が可愛かった、それだけだよ、、、。でも、彼女は心配したんだ。君が次男だったから、、、。公爵家は立派だ。しかし、君は次男だからやはり相続出来る物が無いだろう?」
会長は紅茶をゆっくり飲んだ。
「彼女は、その後しばらくして亡くなった。病気だったんだ。病気が原因で子供が出来なかったのかも知れない。今ではもう、わからない。でも、僕は彼女を思い出すと同時に君も思い出す様になった」
会長から空の紅茶のカップを受け取ると、サイドテーブルに置いた。
「僕は、彼女以外の女性と結婚しようとは思わなかった。そして仕事に打ち込んだ。お陰でミネルバ商会は少し大きくなった」
疲れたのか、ため息を吐いた。
「横になりますか?」
右手を上げて、拒否をした。
「あの頃の僕は、今よりずっと傲慢で、自信があった。彼女がいなくなって、商会を大きくする事しか頭に無かった。だから、かなり強引な事もしたよ。僕はね、この商会が大事なんだ、この商会で働く人達も家族同様に大切だ。だから、君に全財産を譲る事は出来ない。申し訳ないけどね。ただ、もし娘がいたら、これ位の持参金を持たせたいと言う金額を君に譲りたい。それで、君の結婚準備金として用意した。君にはイヤな思いをさせて悪かったね。でも公爵様もご理解しているよ」
「父が?」
「公爵様は君が次男だから持参金以外、何一つ譲れない事を悔やんでいた。僕は公爵様と長く取引をしてたから、2人で相談したんだ。準備金の半分以上は、公爵様が私に支払った金額に少しずつ上乗せしていた分だ。だから、気に掛ける事は無いよ」
「そうだったんですか、、、」
「公爵様は、結婚準備金はケヴィンの物だから、好きに使って良いと言っていた。それこそ、君の持参金にしても良いんだ、、、」
「だから、父は現金で残せと言ったんですね」
「公爵様は厳しい方だけど、君達兄弟3人の事を愛しているからね。1ヶ月後、僕は君と婚約破棄をする」
「婚約ですか?」
「そう、婚約破棄だ。結婚したら、君の人生に傷が付くと公爵様に言われた。君がこちらに来た時にサインした書類は、婚約証明書だよ。次からは、書類によく目を通してからサインをしなさい」
会長が微笑んで言う。
「はい、、、」
会長は素直に返事をするケヴィンを嬉しく思った。
「はぁ、少し疲れたな。横になりたい、、、」
会長が身体をずらし、横になると、枕の位置を直して、布団を掛けた。
「ゆっくりおやすみ下さい」
ケヴィンは紅茶のカップを片付けに行った。
*****
フェリシアが辺境伯の元に嫁いで行った。
最後までフェリシアは嫌がったが、公爵は何も言わなかった。
「父上、あれで良かったのですか?」
「仕方が無いだろう、フェリシアのお気に入りには多額の借金があったし、原因はギャンブルだ。フェリシアに話した所で、信じるとは思えないし、遠くに嫁がせないと、あの子はすぐにあいつの元に行く、、、。ま、辺境伯に会ったら気持ちも変わるだろう。フェリシアの好みは把握しているからね」
公爵が笑う。
「そうですね。ケヴィンは?」
「あの子は、もうすぐ婚約破棄されて帰って来る。準備金と持参金はあの子のものだ。平民と結婚すれば苦労も多いだろう?。後は自由にさせるさ。、、、お前には、苦労ばかり掛けるな」
「父上も、そうだったんでしょう?この家を守る為に、、、。私もこの家を守りますよ」
にっこりと笑った。
「それにしても、どうしてケヴィンは奥様のお気に入りになったのですか?」
「奥様は、お年を召していたけど、優しくて穏やかな人で、とても綺麗な方だった。その日、奥様と会長は喧嘩の最中で口もきかない状態だったらしい。小さいケヴィンは庭で花束を作って、会長の前で奥様にプロポーズしたんだ。ケヴィンは小さかったから、女性に花束をプレゼントする時は「結婚して下さい」と言うものだと思っていたからね。会長がふざけて、「結婚している女性にプロポーズはいけません」と言ったら、ケヴィンは少し考えて「それなら貴方がプロポーズして下さい」と言った。ケヴィンは会長に花束を譲った。受け取った会長は、ケヴィンに見つめられて断る事が出来ず、奥様に2度目のプロポーズをしたんだ。それがキッカケで仲直りをしたらしい。ケヴィンがいなかったら、2人の喧嘩はいつまで続いていたかわからなかった」
*****
約束通り1ヶ月後、会長は病気を理由に、ケヴィンとの婚約を破棄した。
こちら都合の破棄だから、準備金はそのまま返さなくて良いという形にした。
更に学校も中退させてしまった事を理由に、幾らか上乗せもしてくれた。
ケヴィンは会長にお礼を言い、屋敷を出る。
これからどうしたらいいのかわからない。実家に帰って良いものか、、、。
気が重いまま馬車に乗る。
準備金を受け取ったからと言って、オズワルドと結婚出来る訳でも無い。
回らない頭で景色ばかり見ていた。
遠くから、馬に乗った人物が全力で近付いて来る。ケヴィンは馬車を止めて貰う。
馬に乗っていたのはオズワルドだった。オズワルドが馬車のすぐ横に馬を着ける。
ケヴィンは扉を開けた。
「オズワルド?」
オズワルドは馬から馬車に乗り換えて入って来た。
「ケヴィン!」
オズワルドがケヴィンを抱きしめる。こんなに近くにオズワルドを感じた事は無い。オズワルドの大きな身体と香りが涙を誘った。
(オズワルドだ、、、)
オズワルドに回した手を握りしめる。
「君の馬車が見えたから、、、」
ケヴィンはオズワルドの声を聞いて、涙が止まらなくなった。
(やっぱり、オズワルドが好きだよ、、、)
御者にオズワルドと馬に乗る事を告げ、乗り換える。
「えっ、、、と、僕が前なの?」
馬車の後ろを速足で着いて行く。
「オズワルドは何をしていたの?」
オズワルドは返事をしない。何か考えているようだっだ。
ケヴィンとオズワルドはその後、一言も話す事なく公爵邸に着いた。
オズワルドはケヴィンが馬から降りるのを手伝だった。
「ケヴィン、会えて良かった」
オズワルドは最後にケヴィンを強く抱きしめた。
そして、馬に跨ると向きを変えて帰って行った。
ケヴィンはオズワルドを見送ると、御者に敷地内に入る様に頼んだ。
玄関の前には父である公爵と兄、それから執事と数名の侍女が待っていた。
*****
「ただいま戻りました」
そう言うと、公爵と兄は何も言わずに受け入れてくれた。
荷物は執事や侍女達が運んでくれた。大した量では無い。まだ、ケヴィンの部屋はそのまま残っていた。そっと窓の外を眺める。
(帰って来てしまった、、、。これからどうしたらいいんだろうか、、、)
ケヴィンはため息を吐いた。
執事が食事の準備が出来たと呼びに来た。
「ありがとう」
と返事をして、執事の後を着いて行く。
食堂には公爵と兄がいた。
「お待たせ致しました」
執事に椅子を引いて貰い、着席する。
「ミネルバ商会の会長は、元気にしていたかい?」
「会長は、一度怪我をされてからベッドの上で生活されていました。お元気でしたが、体力が衰えていらっしゃるのか、すぐに息切れをして、とても疲れ易い様でした」
「少しはゆっくり話しが出来たかな?」
「はい。今回の件は本当にありがとうございます。今後の事も、出来るだけ早く決めたいと思います」
「そうか、よく考えなさい」
「ありがとうございます」
そう答えながらも、今後の事など決められず、、、。いつも頭の中は同じ事がグルグル回っていた。
******
ケヴィンは会長が言った様に、頂いたお金を持参金にしようかと思った。
結婚するならオズワルド以外考えられない。しかし、オズワルドとケヴィンが結婚しても子供は産まれない。
伯爵家からは必ず反対されると思う。かと言って、オズワルド以外と結婚する事は想像出来ない。 毎日、鬱々と考えていた。
「ケヴィン?」
オズワルドが顔を見せた。
「オズワルド、いらっしゃい」
「どうしてるかと思って、、、」
ちょっぴり微笑みながら部屋に入って来る。
ケヴィンは、お茶とお茶菓子を準備してもらい、オズワルドにソファを勧める。
「これから、どうするんだい?」
「そうだね、、、何か仕事を探して此処を出ないと」
「俺と結婚する事は考えられない?」
「結婚って、、、それは無理だって話したでしょ?。僕が令嬢だったらまだしも、令息なんだから、、、」
「ケヴィンと結婚したい」
「ふふ、まだ言ってる」
「本気なんだけどな、、、。もし、俺が君以外の女性と結婚して子供が出来なかったら、君は後悔しないかい?」
(、、、会長も奥様と子供が出来なかったって言っていた)
「子供が出来なくて離婚する夫婦だって少なくないよ。子供は、血が繋がっていればいいんだ。親戚筋から養子をもらってもいい」
「、、、」
「もし、俺が病気や事故で死んだら?俺の代わりに弟が継ぐことになる。別にどうしても俺で無ければいけない訳じゃないよね」
オズワルドが笑う。
「そうかも知れないけど、、、。君のご両親は、君に継いで貰いたいんじゃないかな?」
「きっと、俺でも弟でも良いと思ってるよ。伯爵家が無くならなければ良いんだ」
「そ、そうかな?」
「それより、君の公爵家としての社会的地位や身分、君自身の知識とか教養は魅力的だと思うよ」
「僕の?」
「そう。君が知っている、公爵家としての振る舞い方や佇まい、礼儀作法、考え方とかを、我が家に取り入れて行けば、結婚相手としての妹達の格が上がる。格が上がれば、少しでも条件の良い相手から、結婚を求められる機会が増えるんじゃ無いかな?。それは、妹達や、弟の子供が生まれた時にとても役に立つと思うんだ。子爵や男爵と婚姻を結ぶより、同じ伯爵に求められた方が彼女達には良いだろう?」
「、、、」
「ケヴィンが俺と結婚したいと願うなら、両親を説得するよ。それでもダメなら、事故を偽装して死んだ事にすれば良い」
*****
「昨日は家族会議だったよ。妹達まで出て来て夜中まで話し合いだった、、、」
「今日は寝不足?」
「少しね。俺の気持ちは全部話したよ。父上もすぐには答えが出せず、今、検討中になっている」
やはり一筋縄ではいかない様だった。
「ケヴィンの週末の予定は?」
「ミネルバ商会の支店に行ってみたいんだ」
「朝から?」
「お昼過ぎかな」
「俺も一緒に付き合うよ」
と言ってくれた。
*****
ミネルバ商会の支店には、公爵家の馬車に2人で乗って行く事にした。
僕が進行方向と逆向きに座っていると
「2人座れるから」
と言って、オズワルドが端に寄ってくれた。
ケヴィンはピクニックの時の事を思い出して
「どうして、フェリシア姉様をピクニックに誘ったの?」
と聞いた。
「俺は誘って無いよ?ケヴィンが誘ったんだと思っていた。俺はケヴィンと2人だけで行きたかったから、、、」
僕はオズワルドの顔を見た。
「僕も2人きりだと思ったから、姉様がピクニックの話しを出した時はオズワルドが声を掛けたんだと思っていたよ」
「公爵邸に行くと、いつもフェリシア様に邪魔されていたから、本当は2人で行きたかった」
「僕も、いつも姉様にオズワルドを取られて嫌だった。オズワルドも姉様の事好きだと思っていたから、僕は辛かったよ、、、」
「、、、あの、、、今更なんだけど、、、。ケヴィンは、俺の事どう思ってるの?」
「え?」
「その、、、ケヴィンの俺に対する気持ち、はっきり聞いてない」
「???そ、、、そうだっけ?、、、」
「ちゃんと聞かせて」
「、、、」
オズワルドの瞳が真剣でケヴィンは緊張する。
オズワルドがケヴィンの手に手を重ねる。それだけで、ドキリとして下を向く。
「ケヴィン?」
ケヴィンはちゃんと伝えようと言葉を探していた。
「オズワルド、そんなに見ないで?あの、緊張して、、、」
「ちゃんとこっちを見て、、、」
オズワルドは手を添えて、ケヴィンの顔を自分の方へ向ける。
ケヴィンの顔が一気に赤くなる。
「可愛い、、、」
オズワルドの顔が近づいて来て、自然に目を閉じてしまった。
フワッと唇が触れて、離れていく。
ケヴィンの瞳からポロリと涙が溢れる。
「イヤだった?」
そっと抱きしめながらオズワルドが聞く。ケヴィンは頭を左右に振る。
「そんな事無いよ、、、。ずっと好きだったから」
言葉にした途端、ケヴィンはオズワルドをどんどん好きになった。
今まで我慢して押さえ付けていた気持ちが溢れて来たみたいだ。
ケヴィンはオズワルドに手を回す。
「オズワルドが好き、、、大好き」
「良かった、、、」
オズワルドがケヴィンの身体を抱きしめた。
「ちゃんと言葉で聞きたかった」
身体の全部が密着したような感覚が嬉しかった。
*****
突然、大きな音を立てて、馬車はガクンと揺れた。御者が外から
「車輪が外れた様です」
と声を掛ける。
ミネルバ商会の支店はもう歩いて行ける距離だった。
2人は馬車を降り、御者と一緒に車輪を見る。部品が割れていて、交換が必要だった。
「かなり、時間が掛かると思います」
御者が言う。
「構わないよ。修理をして貰おう」
オズワルドとケヴィンはミネルバ商会の支店まで歩いて行った。
街は綺麗に整備されていて、活気があった。途中、食べ物の良い香りがして来て、お腹が空いている事に気が付いた。
ミネルバ商会の支店では、色々な文房具や雑貨が売っていた。店内のレイアウトも素敵だった。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
ケヴィンは馬車の車輪が外れた事を話し、修理出来る所がないか聞いてみた。
「確認して問い合わせてみますね。しばらくお待ち下さい」
オズワルドと店内を眺めながら待った。
ふと、気付くと店員の胸元に、小さな黒いリボンが飾ってあった。
(黒いリボン?珍しいな)
と思って聞いてみると、数日前に会長が亡くなり、社員全員が喪に服す意味で付けているそうだ。ケヴィンは、
「僕も会長にはお世話になりました。もし、リボンの予備があるなら分けて頂けませんか?」
と聞いてみた。
店員は喜んでオズワルドの分と2つくれた。それを胸元に付けると、会長の事を思い出して
「良い人だったな、、、」
と言って微笑んだ。
車輪の部品は何とかなりそうで、修理も可能だった。
お昼を大分過ぎてから出発して来た為、辺りが暗くなって来た。部品が漸く届き、修理が始まった。オズワルドが
「今日は泊まってしまおうか」
とイタズラっぽく言う。
そう言う訳にもいかず、修理している間に食事を摂る為に店を探す。
修理が終わり、書類にサインをして身分証を見せる。修理代を公爵家に、請求してもらう事にして一息付いた。
夜まで掛かった修理のお陰で、屋敷に戻るのは予定よりかなり遅い時間になりそうだった。
帰りの馬車の中で、黒いリボンに目がいった。ミネルバ商会の会長が亡くなった事を思い出し、少し淋しく感じて、そっと撫でる。
隣を見ると、オズワルドがウトウトしている。
ケヴィンはオズワルドの顔を眺める。カッコいいなと思いながら、優しい顔をしているとも思う。
オズワルドがそっと、ケヴィンの指先に触れる。
「起きてたの?」
「ウトウトしていたけどね」
そう言うと、オズワルドはケヴィンに寄り掛かる。
オズワルドの髪が頬に当たる。
「どうして、あのお店を見に行きたかったの?」
「やりたい事もわからないし、興味がある事もわからないから、何かヒントになるものを探していたんだ、、、。もし、1人で生きて行くなら、仕事を見つけないと、、、」
「見つかった?」
「物を販売する仕事も魅力的だし、商品を仕入れる仕事も興味深いかな、、、」
ケヴィンは、オズワルドの髪に頬を擦り寄せる。
「もちろん、オズワルドと結婚する事もね」
オズワルドを送る為に伯爵家に先に寄る。屋敷の前に馬車を止め、オズワルドを降ろす。
ケヴィンも一緒に降りて、帰りが遅くなったお詫びをしようと思った。
オズワルドが門をくぐると屋敷の中が少し騒々しい。何事かと玄関の扉を開けて中へ入ると、屋敷中の視線を集めた。
「兄様!」
妹が叫ぶと、隣で母親がヘナヘナと腰を抜かした。
「どうしたんですか?」
オズワルドが声を掛けると弟が
「兄様が帰って来ないから、父上が結婚を認めないから家を出たとか、どこかで命を、、、とか、妹達はケヴィン様と愛の逃避行だとか言い出して、大変だったんです、、。今まで何をしていたんですか?」
「ケヴィン様っ?!」
ケヴィンが玄関の扉から様子を伺っていた。オズワルドの妹2人がケヴィンを迎え入れ
「ケヴィン様、私達はケヴィン様を応援していますからね!」
「大丈夫ですよ!必ず兄様と結婚出来ますから」
などと盛り上がっている。
「あの!馬車が壊れて!」
ケヴィンは居た堪れなくなって叫んでいた。今度はみんなが一斉にケヴィンを見る
「馬車の車輪が外れかけて、部品が割れちゃったんです、、、。申し訳ありません」
ケヴィンが頭を下げようとすると、オズワルドがケヴィンの肩を抱きながら
「駆け落ちか、、、その手があったね」
とニッコリ笑った。
「兄様、駆け落ちするならケヴィン様に是非ドレスを着せて変装しましょう!」
「私のドレスをお貸しします!」
「、、、」
「ね。これだから、妹達がいると話しが進まないんだ、、、。外では猫被りで評判は良いんだけど、、、」
そう言って、オズワルドはケヴィンに笑いかけた。オズワルドの父親の伯爵と夫人は、何とも言えない顔をして座っていた。
「オズワルドは本当にケヴィン様と結婚する気なのか?」
「はい、叶わなければ、伯爵家を出て行こうと思います」
父と母の座る後ろで、弟と妹達が必死に首を横に振る。
「その時は私の事は、死んだと思って下さい。後はアルバートに継いで貰えば伯爵家は安泰です」
アルバートが思いっきり、拒否している。
「兄様!アルバート兄様は大好きな植物の研究をする為に、もう就職先を見つけているからダメです!」
アルバートは妹の言葉にウンウンと頷いている。
「しかも、人見知りが酷いし、数字に弱いから父上の後なんて継げません!」
アルバートは今度もウンウンと頷く。父上もわかっているらしく、斜め上を見ながらため息を吐いた。
「子供の事はどうする?」
ケヴィンの胸がチリリと傷んだ。オズワルドはケヴィンの手を握る。
「妹達の子供か、アルバートの子供、それか血縁者から一番優秀な子を養子に迎えます。、、、もしくは、父上と母上にもう1人、、、」
「あら、、、」
伯爵夫人が頬を染める。
伯爵はオズワルドがケヴィンと繋いだ手を見ながらため息を吐く
「もうしばらく考えさせて欲しい」
「3日」
伯爵の片眉がピクリと動く。
「3日後に返事を下さい」
「わかった。3日後だな」
そう言うと伯爵は席を立ち、部屋を出て行った。
伯爵は歩きながら考える。
アルバートにオズワルドの様な度胸や交渉術、図々しさが有ればこんなには悩まない。
ケヴィンの家柄も本人の性格も気に入っている。
問題は子供の事だ。しかし、これもオズワルドの言う通りだ。
男だから子供が産めない。だから反対すると言っても、女性と結婚すれば必ず子供が出来るとは限らない、、、。
伯爵は何度も何度も同じ事を考え続けた。
オズワルドはケヴィンが帰って行くのが名残惜しくて、手が離せない。
「あの、オズワルド、、、ソロソロ本当に、、、」
オズワルドは、はぁ、、、とため息を吐いて
「帰したくない、、、」
と言うとグイッと手を引いて、ケヴィンを引き寄せる。
「帰したくないな、、、。このまま泊まっていけばいいのに、、、」
と言いながら、抱きしめる。ケヴィンは顔が赤くなるのがわかる。オズワルドの背中にそっと手を回し、身体を密着させる。オズワルドの香りがする。
「やっぱり帰したく無い」
オズワルドがギュゥッと抱き締める。
「でも、帰さないと、、、ご両親が心配されるね、、、」
ケヴィンは腕の中でオズワルドを見上げる。
「ごめんなさい」
オズワルドの口元が上がる。額にチュッとキスをすると
「いいよ、これで許してあげる」
と言う。ケヴィンは更に赤くなり、オズワルドの胸に顔を埋める。
*****
「父上、いよいよ明日、お返事を頂けますね」
朝食を頂きながら、オズワルドが呟く。一瞬、伯爵の動きが止まる。家族の視線が伯爵に集まる。
夫人が、伯爵と2人きりになったタイミングで
「もう良いでは無いですか、答えは出ているんでしょう?」
と言う。反対する理由が無いと言う事は、賛成するしか無いと言う事だった。
伯爵は、夫人をジロリと見ながら
「お前は賛成なのか?」
と聞く。
「ふふふ」
と笑う。
*****
オズワルドが大きな花束を持ってやって来た。
伯爵は、オズワルドとケヴィンの結婚を許し、公爵家に結婚の申し込みに来た。
公爵とケヴィン、伯爵とオズワルドの4人だった。公爵はケヴィンが平民と結婚するしかないと考えていた為、伯爵家からの申し出に戸惑った。
オズワルドは全て正直に話す。
ミネルバ商会の会長とケヴィンが結婚する事になった時、自分にもチャンスがあると思った事。
ケヴィンが伯爵家に来た際の利点。
2人の子供の事に関する考え方。
伯爵は隣で静かに座っていた。オズワルドが公爵を説得出来れば、自身の気持ちも素直に認める事が出来ると考えていた。
オズワルドが全て話し終わった後、公爵はケヴィンを見た。
「ケヴィンは次男ですから、平民と結婚することばかり考えていました。何も渡す事も出来ず、兄に比べたらやはり不憫に考えていた。もし、本当に伯爵家に貰って頂けるなら、、、有難いお話しです。本当に、よろしいのですか?」
オズワルドとケヴィンは、目を見開きながらお互いに喜んだ。
*****
オズワルドは後1年で卒業する為、早目に婚約を交わし、卒業後すぐに結婚する事になった。
オズワルドの妹達は花嫁衣装の話で盛り上がり、アルバートは大好きな植物の研究に没頭した。
オズワルドはケヴィンの胸元にいつも付いている、小さなリボンが気に入らなかった。会長の喪に服している証のリボンだ。オズワルドも持っているが、机にしまっている。
「これって、いつまで付けてるの?」
指で弾きながら聞く。
「???えっと、もうしばらくは付けていようかな?」
ケヴィンは貰ってから1ヶ月は付け続けようと考えていた。
「会長はどんな人だった?」
「優しかったよ。亡くなった奥様を大事にしていて、ずっと結婚しなかったんだって」
「それなのに、ケヴィンと結婚するなんて、一体どこで見初められたの?」
「見初められたって、、、」
クスッとケヴィンが笑う。
一緒に座ったソファは3人掛けで、ケヴィンがオズワルドの部屋に来るといつも2人で座る場所だった。
「小さい頃から取り引きがあったみたいで、奥様も一緒にいらしていたそうだよ」
オズワルドが少しケヴィンに寄る。
「会長とキスした?」
ケヴィンは何を言われているかわからなかった。
「だって、結婚する予定だったでしょ?それなら、ケヴィンにキスしたりとか、他にも色々あったんじゃない?」
「オズワルド、会長は随分お年を召した方だよ?僕の祖父より年上位の年齢だった。キスなんて、、、」
「ケヴィン、俺はミネルバ商会の会長を知らない。見た事も会った事も無い。ただ悪い噂だけ聞いた事がある位だ。だから、ケヴィンが1ヶ月会長と暮らしていた間、何があったか、、、その、、、」
「オズワルド?」
「一緒に暮らしていて、本当に何も無かった?。俺はケヴィンにキスもしたいし、それ以上もしたいのに、、、」
「会長はね、、、」
ケヴィンは思い出せる事の全てを話した。
「会長は、奥様をとても愛していてね、、、」
「疑ってごめん。俺、ケヴィンと婚約してから変な事ばかり考えてるから、、、。会長との事が無ければ、ケヴィンへの気持ちも伝えられなかったのに、、、。ダメだな、、、」
ケヴィンはオズワルドがヤキモチを焼いていると思うと嬉しかった。
「そんなに心配だったの?」
ケヴィンはそっとオズワルドを抱きしめた。
「、、、会長がケヴィンの事、好きで結婚すると思っていたから、やっぱりその、、、そーゆう事もあったのかな?、、、って考えて、、、」
オズワルドは抱きしめられた肩に頭を乗せて、落ち込んだ。
ケヴィンはオズワルドを抱きしめながら、頭を撫でた。
「オズワルド、愛してる」
オズワルドがケヴィンを抱き締める。
「手を繋ぐのも、抱き締めるのも、キスするのもオズワルドだけだよ」
オズワルドが身体を離してケヴィンを見つめる。
「、、、結婚したらそれ以上もしたい、、、してもいい?」
「、、、、、結婚したらね」
ケヴィンは真っ赤になりながらオズワルドを押し倒して、キスをした。
何とか、結婚出来そうです。良かった良かった。