第2話 消えない既読
Lは、その夜なかなか寝つけなかった。
夏の終わり、窓の外には虫の声。けれど心は妙にざわついて、どこか現実から浮いているような感覚があった。
寝る前にスマホを何気なく開き、スクロールする指が止まった。
チャットアプリのリストに、懐かしい名前を見つけたのだ。
──S。
大学時代の友人で、一時期はよく遊んだ仲だったが、いつの間にか疎遠になっていた。最後にやりとりしたのは、もう一年以上も前。履歴には「また飲もうな!」というLの送信と、「うん、落ち着いたら!」というSの返信が残っていた。
Lは思いつきで、こう打った。
おつかれ
送信から5秒も経たないうちに、「既読」のマークがついた。
まるで、待っていたかのように。
(……まだ使ってたんだ)
それだけのことなのに、Lの心に温かいものが広がった。
久しぶりのつながりが、深夜の孤独を少しだけほぐしてくれた気がした。
元気してる?
続けて打つ。だが、返事はない。
(寝たのか……)
時間だけが過ぎていく。
スマホの画面を閉じてからも、Lはなんとなく気になって、何度もアプリを開いては既読マークを確認した。
──返事は来ない。
午前3時を過ぎ、さすがに気まずくなってきたLは、メッセージを送った。
ごめん、間違えた
これもまた、送信してすぐに「既読」になった。
けれど──また、沈黙。
(なんか……変だな)
たしかに既読はついているのに、アクションが一切ない。
今どきのアプリは、ブロックされていれば既読もつかない。返信を迷っているにしては、反応が早すぎる。
──なんだか、嫌な感じがする。
それでも、そのまま眠りについた。
そして翌日、Lは大学時代の共通の友人・Tに連絡を取った。
何気ない口調で「そういえばSって今どうしてる?」と聞くと、返ってきたのは想像もしなかった答えだった。
「え……知らないの? S、先月……事故で亡くなったよ」
「……は?」
「交通事故。信号無視の車にひかれて即死だったって。あの子のお姉さんがSNSとかアカウント全部整理してたよ」
Lは言葉を失った。
(……じゃあ、俺が送った“おつかれ”は……?)
震える指でチャットアプリを開くと、確かに「既読」がついたままだった。
そして、驚くことに、その“既読”がもう一つ増えていた。
寝る前にはなかった、**「元気してる?」**のメッセージにも、既読がついていたのだ。
さらに、Lが“間違えた”と送った文章にも、改めて「既読」が。
まるで、Lの言葉一つひとつに対して──“それ”が確認しているかのように。
怖くなったLは、そのままアプリを削除した。
だが、その日の夜中。
通知はオフにしていたはずのスマホから、「ピン」というチャット通知音が鳴った。
恐る恐る画面を見ると、既に削除したはずのチャットアプリが、再インストールされていた。
そして、そこには一つだけ、Sからのメッセージが表示されていた。
「おつかれ」
Lの手が震えた。
その瞬間、スマホのカメラが──勝手に起動した。
画面には、Lの背後の暗い部屋の中で、誰かが立っている姿が映っていた。