第17話 トンネルの向こうで通話中
廃道マニアのMは、山奥にある旧国道を調べるのが趣味だった。
中でも気になっていたのが、廃止された林道トンネル――**鬼越隧道**と呼ばれる一本だった。
昭和中期に建設され、落石事故の末に封鎖された全長約180メートルのトンネル。両側は落石防止柵で覆われ、立ち入りは禁止されていた。
「でも、実際にはフェンスの脇から入れる。中も崩れてなかった。……けど、妙に“空気が重い”場所だったんだよ」
Mは記録のため、トンネル内を動画で撮影しながら通行した。
懐中電灯の明かりに照らされたコンクリート壁には、落書きと古い注意標識。
途中、なぜか電波の届かないはずの場所で、スマホのアンテナが一瞬だけ“1本立つ”瞬間があった。
そして、その瞬間――スマホが鳴った。着信音。非通知。
驚きつつも通話ボタンを押すと、耳に響いてきたのは、誰かの小さな声だった。
《……聞こえる?……誰か……まだここにいる……》
Mは思わず「誰だ」と返した。
すると相手は、しばらく沈黙の後、こう言った。
《また……来てくれたんだね》
まったく聞き覚えのない声だったが、なぜかM自身の名前を呼んだ。
《M……出口、まだふさがってる……ずっとここで待ってたのに……》
その瞬間、スマホの画面が勝手に切り替わり、ビデオ通話が始まった。
表示されたのは、トンネル内を逆再生したような映像。
Mが今歩いてきた道を、もう一人のMが、暗闇の中で無言のまま後ろ向きに歩いていた。
慌てて通話を切ったが、画面はフリーズしたまま、音声だけが続いた。
《帰れなくなるよ》
咄嗟にトンネルを抜け出たMは、麓の集落まで走り降りた。
通話はいつの間にか切れており、履歴には残っていなかった。
しかしその晩、Mのスマホに発信履歴が1件だけ残っていた。
発信先:M自身の番号
発信時刻:トンネルにいた時間と一致
翌週、Mは“鬼越隧道”の存在を再確認しようと検索をかけた。
しかし、どの地図にも、鬼越隧道の名前は見つからなかった。
あったはずのトンネルが、どこにも記録されていない。