第16話 道標アプリの罠
登山者向けのナビアプリは年々進化している。
GNSルート、標高差、難易度表示、ユーザーの口コミルート。
Lはその中でも「山灯」というアプリを愛用していた。
画面に現在地と最適ルートが表示され、初心者でも迷わず登れると評判だった。
だが、ある日Lは、そのアプリに**“何かがおかしい”こと**に気づいた。
「推奨ルートが、途中から消えるんです。しかも、代わりに“影付きの薄い道”が現れる」
普段なら薄線で表示される獣道が、まるで“案内されるように”太線に変わっていた。
「おかしいなと思いつつ、でも不思議と『そっちに行かなくちゃ』って思っちゃったんです」
アプリに従い進んだ先は、地図にない分岐だった。
木々がやけに静かで、風もない。そこには、苔むした小さな祠がぽつんと佇んでいた。
「風のない祠、だったと思います」
近づくと、スマホの画面がフリーズし、道標が“バグったように揺れ始めた”。
現在地表示は点滅し、進行方向が“自分の背中側”を指していた。
「戻ろうとしたんです。でも……祠の奥から、足音が聞こえてきて」
誰かが、土を踏むような音。祠の中に、人の影――いや、目が異様に大きい影のような“何か”がいた。
その瞬間、Lのスマホが突然真っ暗になりLの意識も失われた。
次に目を覚ましたとき、Lは山小屋の近くに倒れていた。
通りがかった登山者に救助され、なんとか下山できた。
スマホは祠の前で壊れて取得物として警察に届けられていた。
だが再起動しても映らず、データ復旧にも失敗。記録はすべて消えていた。
IMEI情報で自分のものと証明はできた。
1ヶ月後。Lは買い替えたスマホで、再び「山灯」を起動した。
過去ログが消えているはずのそのアプリに、見知らぬルート履歴が1件だけ保存されていた。
コース名:“風のない祠/帰路:なし”
歩行時間:23分
最終記録地点:祠の裏手にある崖下(現在地不明)