第12話 “おいで”の書き込み
山小屋に泊まるのは、Eにとって日常だった。週末登山者の多いその山は、予約制の避難小屋が二ヶ所あり、地元の登山者同士ではよく「日誌帳が面白い」と噂されていた。
登山者ノート――それは、山小屋の片隅に置かれた、誰でも自由に書き込める落書き帳のようなものだ。
疲れた感想や夕飯のレシピ、励ましのメッセージ、天候や虫の情報などが日付とともに書かれ、読み返すと登山者の息づかいを感じられるものだった。
だが、その日誌に、Eは妙な書き込みを見つけた。
「○○ちゃん、おいで」
「○○、待ってるよ」
「さみしいよ。○○、また来てね」
筆跡はすべてバラバラ。筆ペン、シャープペン、色鉛筆。中には子どものような字もある。だが書かれている名前はすべて同じ。
「……○○ちゃん、って誰?」
不思議に思ったEは、他の登山者に尋ねた。だが誰も知らないという。管理人のような人もいない。
小屋に置かれていた過去のノートをめくると、5年以上前から、ほぼ毎月のように“○○ちゃん”宛てのメッセージが書かれていた。どのページにも必ずその名前が現れる。
しかも奇妙なのは、その月に“実際に泊まった登山者の記録”と同じ日付に、ほぼ毎回書かれていることだった。
Eはゾッとした。
これは「だれかが繰り返し書いている」のではない。
**「だれかに書かされている」**のではないか――そんな考えが頭をよぎった。
怖くなったEはスマホを取り出し、ノートのページを撮影して下山した。自宅に戻って画像を確認すると、最後に撮ったページにだけ、見たはずのない一文が映っていた。
「Eちゃん、おいで」
その日を境に、Eのスマホには毎週末だけ、“位置情報の通知”が届くようになった。
しかもその位置は、いつもあの山小屋の座標だった。