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百の通知が鳴る夜に  作者: 葛城ログ
第二章 山で繋がる怪
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第11話 圏外の集落

この章より現代デジタル+山の怪異を書いていきます。

 その日、Aは一人で山に入った。

 初心者向けの登山道で、標高もさほど高くはない。登山アプリで確認したルートも問題なし。日帰りのつもりで、軽い気持ちで入山した。


 ――のはずだった。


 昼を過ぎた頃、急に山の天気が変わった。濃い霧が立ち込め、風の音すら霧に吸い込まれるように消えた。目の前が白一色に染まり、視界は5メートル先も怪しい。


 焦ったAは、スマホを取り出して位置を確認しようとしたが、GPSが大きくズレている。電波も完全に圏外だった。


 「……マジかよ、道迷った?」


 不安を押し殺しながら足を進めていくと、霧の向こうに屋根が見えた。古びた瓦屋根。さらに進むと、それが一軒だけではなく、いくつかの民家が並ぶ小さな集落であることがわかった。


 「……こんなとこ、地図にあったか?」


 登山アプリにも紙の地図にも載っていなかったはずだ。


 呼びかけながら近づくと、最も手前の家の引き戸が、まるでタイミングを見計らったようにすっと開いた。


 「よく来なすったなぁ」


 出てきたのは、腰の曲がった老婆だった。

 肌は不自然なほど白く、目元には不気味な光があった。それでも、口調は穏やかで笑顔を浮かべていた。


 「道に迷って……ここって、どこですか?」


 「ここは“影岩かげいわ”っちゅうとこさ。あんた、分岐を間違えたんだろうな。昔はこのあたりにも道が通ってたんだけど、もう長いこと使う人もいなくなってねぇ」


 「分岐……? じゃあ、今はもう?」


 「今は誰も住んじゃいないさ。ただ、たまに“知らせ”が来るからね。そういう時はこうして戸を開けるんだよ」


 “知らせ”という言葉に、Aは妙な引っかかりを覚えた。


 「知らせって……何の?」


 老婆は首を傾げ、柔らかく笑った。


 「スマホでしょ?」


 Aはゾッとした。電波のないこの山奥で、なぜ彼女がそれを知っている?


 「……今、圏外なんですよ。連絡なんて――」


 言いかけたところで、Aのスマホが突然ブルッと震えた。通知音は鳴らない。ただ、何かに触れられたような、妙な感触とともに画面が光った。


 画面には、**未読メッセージ:『こっちに来て』**の文字。


 「……なんだよ、これ……」


 老婆がふいに顔を近づけてきた。


 「そろそろ帰りなさい。山が怒る前にね」


 Aが目を見開いた瞬間、老婆の姿はふっと消えた。周囲の集落も、音も、すべてが白い霧に吸い込まれていた。


 それでも、Aはなぜか、帰り道が“分かる”気がした。


 霧の中、まっすぐ後ろへと足を向けると、徐々に木漏れ日が差し、視界が開けていく。

 道の先には、見覚えのある登山道入口の標識があった。


 麓の公衆トイレまで戻ったとき、スマホに電波が戻った。画面を見ると、先ほどの“未読メッセージ”は消えていた。履歴も通知も残っていない。


 けれど、写真フォルダには一枚だけ、見知らぬ写真が保存されていた。


 濃霧の中、背を向けて山に消えていく老婆の姿が、ぼんやりと映っていた。

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