第10話 ウォーキングアプリの誘導
Fはデスクワーク続きの体を気にして、1日30分のウォーキングを日課にしていた。
歩数やルートを記録してくれるアプリを使い始めてから、目に見えて効果が出てきたのが嬉しかった。
そのアプリには「おすすめルート案内」という機能があり、気まぐれで使ってみたのが、すべての始まりだった。
ある晩、いつもの商店街や川沿いとは違うコースが提案された。
ルート名は「静かな道」
案内に従って歩いていくと、住宅街の裏手を抜け、細い生活道路へと進んだ。
街灯は少なく、人通りもほとんどない。
やがて、アプリが音声でこう告げた。
「この先、右へ。旧神社跡地を経由します」
そんな地名、初めて聞く。
マップを見ても、名前が表示されるのはアプリ内だけ。Googleマップには何も記載がない。
不安を覚えつつも、Fは歩を進めた。
道の両脇には廃屋や潰れたアパートが並んでいた。だが、アプリは変わらず冷静に指示を出してくる。
「あと120メートルで“影坂”」
「無言で通過してください」
「振り返らないでください」
Fの心拍数が上がっていくのを、スマートウォッチが記録していた。
ふとアプリを見直すと、歩数とは別に新たなカウントが始まっていた。
「随伴人数:1」
(……随伴人数?)
見慣れない表示。その数は、次第に「2」「3」と増えていく。
Fはとうとう足を止め、来た道を引き返そうとした。
だがスマホの画面が暗転し、再び表示されたとき、地図上のFの位置が消えていた。
代わりに現れたのは、“無人の山道”を歩く黒いシルエットのアバター。
そして画面に文字が浮かんだ。
> 「このルートの最終到達者は、あなたで4人目です」
> 「記録完了。通信を終了します」
その瞬間、Fのスマホの通信が遮断された。
電波もWi-Fiも切れた状態で、ルート案内の音声だけがイヤホンから流れていた。
「ご苦労さまでした。……ようこそ、“記録されない道”へ」
その翌日以降、Fのスマホに残されたログには、何度見直してもその日の歩行履歴だけが欠落していた。
歩いた記録も、心拍数も、GPSも、すべて存在しない。