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アルディスとの抗争状態が続く中、ロイやスーリ始めレビンやキスラ、リリィも屋敷に居ることが少なくなっていた。アルナドもロイの側近として基本屋敷に居ることが多いが、彼も時折空けることが増えていった。


ラヴィはアルディス関連に携わってないので、戻ったスーリから詳しい情報は守秘義務上聞けないが、だいぶアルディスの力を削いでいる状況なのだと大まかな話を聞いていた。自分は今請け負っているものを確実にパジェスに負担をかけることだけはしないように慎重に遂行していた。


ある時、三日間の偵察を終えたラヴィはロイがまだ戻っていないということで、アルナドに報告を終えてから一通りのことを済ませ、就寝準備をしていたのだが、暫く経っても眠気が来ず、そういう時に最近良く行くようになった屋上へ向かった。


屋上に繋がる扉を開けると、暗くはあるが屋敷の庭の全貌を見渡せる。屋上の中央には更にもう一階上の塔のような作りになっている部分があり、そこには夜番をしている工作員の一人が常駐しており、ラヴィに気づいたがすぐ視線を戻し警備に戻る。今の時期、外はかなり冷えラヴィは支給されているガウンの前を交差させた。


ラヴィは屋上の角の一つに移動して、床に敷くために持ってきた布を敷いてそこに腰を落としガウンで体を包み直した。


あの青年に会って自分の気持ちの動かし方を少し理解できるようになってから、精神を整える為に人が殆ど居ない屋上に一日の締めに訪れることが多くなっていた。膝を抱えて薄暗く見える雲と真っ暗な空を眺めていた。


ふと近くに警備中の工作員のではない気配を感じた。



(あれ…珍しい)



そう思ったのはラヴィがこの屋敷で一番心地良い気配の人で、ここに来ることもあるのかと思ったからだ。ここに来た当初は感知すらできなかった彼の気配だが、ラヴィは日々の訓練で近くに居ればわかるようになっていた。


何の用事で来たのかなぁと思いながら、ラヴィは屋上に現れたその人物の気配を密かに享受しながら空を見続けていた。すると更に気配が近づくのがわかり、そちらに視線を向けると漆黒の装いに同じ色の外套を着たロイが立っていた。



「最近良くここにいるな」



何で知っているのかと思ったが、確かに事実なので頷く。するとロイがラヴィの隣に腰掛けようとしたので、自分が敷いている布を引き抜こうとすると「いらん」と隣に座ってしまった。


ロイの横顔を見ていたが、ラヴィもまた先程と同じように首を上げて空を見始めた。少しすると、ロイがこちらを向く仕草が視界に入ったのでラヴィも上げていた首を戻してロイを見る。



(紅い目の中がゆらっと動くのがとても綺麗)



紅い瞳が暗闇でも鈍く輝いているようで飽きもせず見てしまいそうだ。



「昔」



ロイが一言発する。



「ある場所へ夜に一度だけ行ったことがある。そこは紺色の闇に一面に広がる紫の花。葉と茎は黄緑。ラベンダー畑だった。月の光が差し込んで、落ち着きのある香りと闇の中に咲き誇る様を見て生まれて初めて花を美しいと思った」



ラベンダーは見たことはないが、聞いたことがある。確か匂いが癒しの効果のある花だ。ロイから任務以外の話を聞くのは初めてでラヴィは聞き入る。



「お前の髪と瞳の色」

「色?」

「紺色の髪に紫と黄緑の瞳。あの時俺が見た夜とラベンダーの色だ。それを少し崩してラヴィと名付けた」



ラヴィの名前の由来を聞いて、滅多に表情が動かないラヴィは目を見開く。昔見た美しい景色をラヴィの髪と瞳の色に例えてくれたのだ。



「ラヴィ。お前は、…お前の瞳は美しい」



ロイから紡がれる言葉と表情。どちらも偽りでもなく口先でもないことが分かる。

ラヴィは心臓から体全体にぶわっと震えに似たざわめきが迸る。歓喜だ。

嬉しい。ものすごく嬉しい。この今の気持ちをどうやって表現して伝えればいいのだろう。



「嬉しい。主にそう言ってもらうのが一番嬉しい」



拙い語彙力の中でも何とかわかってもらいたいと言葉にして伝える。ロイの何を考えているのかわからない表情は相変わらずだが、紅い瞳の奥がゆらりと揺れて幻想的で彼こそが本当に美しいとラヴィは思う。



「そうか」

「うん」



ロイからの言葉は、公園で出会った青年のおかげもあるが、霞みはしても残っていたもやつく気持ちを一気に霧散させた。やっぱりロイはラヴィにとって特別で、彼の為に今以上に役に立てるように精進していこうという前向きな心持ちになれた。



「これからも頑張って役に立つから何でも使ってね」



そうしろ、と言われるのを待っていたが、ロイは黙ったまま。そして少し経ってから返ってきた言葉は予想と違うものだった。



「ずっと工作員を続けたいのか」



そう尋ねられてラヴィは不思議に思う。助けてくれたのは工作員として使えると思ったからなのだろうに。



「私にできることはそれくらいしかないから」



多少手先が器用で小型の武器の操作が得意。気配を消すことと、身軽に動くことと人を見極める能力。そのくらいだ。

ロイは思案するように少し視線を落とした。



「ラヴィ。役に立ちたいのはパジェスか、それとも俺か」

「主」



ラヴィは迷うことなく答える。



「俺の役に立てるなら良いのか」



迷うことなく頷く。ラヴィが頑張る理由はロイの為だけだ。「それなら…」とロイが続けた。



「例えば側仕え…手先が器用で身軽なお前が身の回りの世話をする任務はどうだ。危険なことはない」



誰かの世話をするということだろうか。ラヴィはマナーなど最低限しか知らないのでできるものなのかわからないが。



「うん。主の役に立つなら何でもやる」



どの仕事でも任務でも結果ロイの役に立つのならラヴィに断る選択はない。ここに置いてくれるなら、近くに居られるなら何でも良いのだ。ロイはそうか、と言って何故かラヴィの頭をふわりと撫でてくれた。



「主?今日はご褒美もらうくらいの任務してない」



首を傾げながら言うと、「気にするな」と返ってきたのでロイがそう言うならと、そう思うことにした。そのまま撫で続けてくれるので、ラヴィは目を閉じ手の感触を堪能することにした。その時に見せたロイの表情の変化をラヴィが見ることはなかった。





アルディスとの抗争も佳境になろうかというスーリからの情報をスーリ耳にしてから、屋敷内にもピリピリする雰囲気が連日漂っていた。ロイとも屋上の一件以降は全然会えずにアルナドに報告を終えたラヴィは少し残念な気持ちで自室に戻ろうとしていた時だ。



「あ、探したわ!」



階段を降りていると、下から上がってきたのはナリエだ。探していたということは何か用でもあるのだろうか。



「お義兄様のところに行っていたのかしら。皆が今とても大変な任務に就いて殆ど会えないのは寂しいけど、無事に戻ることを祈るわ。あなたは皆と同じ任務に就けないからきっと私と同じ気持ちよね」



ナリエはにこにこしながら話してかけてくるが、相変わらず瞳の奥が濁って、その苛烈さも増し、話の内容も徐々に小さな棘を多く含ませている。自分の気持ちと向き合う術を覚えたラヴィは、今はもうどれもそこまで気にならなくなっていた、のだが。



「そうそう!ロイ兄様が今度の大きな任務が終わったら、あなたを世話係?メイド?のようなものにするらしいわね。きっと私をお嫁さんにした後の為のものなのね!」



その言葉を理解した時にざわりと心が動く。ゆっくりと呼吸しながらもラヴィにとってロイが誰とどうなったとしても、近くに居られれば、役に立てればいいのだと言い聞かせていると、更に追撃が投下された。



「その頃になったらきっとあなたはどこかに行ってしまうのね。私の侍女になるというのは、低位貴族以上だからまず有り得ないことだし…あ、別にあなたの出自でも高位貴族でないところなら大丈夫!孤児上がりでもきっと上手くいくわ!でも…あなたと離れてしまうのは寂しくなるわね」



全然そう思ってないだろう笑顔でナリエが話している。彼女の瞳の奥がどろどろと愉悦に蠢く。それよりも。


ラヴィはどこかに売られる?屋上でロイに会った時に世話をする仕事の話をしたのは確かだった。この屋敷ではない何処か違う場所?ナリエの言葉は止まらない。



「きっとそれなりに役に立っていたとはいえ、あなたの瞳をロイ兄様も皆も口には出さなくても気味悪がっていて…生まれながらだから、勿論あなたのせいではないのにね?」



美しいと。

ラヴィの瞳を褒めてくれたロイ。

それをナリエは真っ向から潰してこようとする。

でも。



(…信じない。あの時主は偽りのない目で言ってくれた。ナリエの目はどれも信用できない。主の口から聞くまでは)



ぐらりと心が軋み揺れたが、ロイの言葉が偽りだとは思えなかった自分の感覚を信じる。「そうだわ、噂で聞いたのだけど」とナリエが今日の天気でも話すような軽快な声色で顔をラヴィの耳元に近づけてきた。



「とても怖い組織があるじゃない?そこの偉い人間があなたの悍ましい瞳を狙っているらしいわ…もしかしたらこの争いの原因は、あなたのせい?勿論ロイ兄様も任務に行くのだけど…何か恐ろしいことが起きたら…私、とても辛い。……誰かさんがここに居なければ…ロイ兄様も危ない目に遭わないのに」



ありったけの毒を滲ませた言葉を最後にナリエは鼻歌を歌いながら階段を上がっていった。


この時、何故日頃から屋敷に来ているとはいえ、ラヴィですらスーリからしか聞いたことのないアルディスとの抗争の話や、ラディの瞳のことをアルディス側に知られているのかとか、側仕えの話を知っているのかとか、おかしな点は沢山あったのだが、ナリエから聞かされた話で全て飛んでしまって気づかなかった。


ラヴィは呆然とした状態で自室に戻り、机の椅子に力が抜けたように座る。



(目の色のことは、主の口から目を見て聞いたから信じる。でも…違う仕事の話をしたのは?違う場所にやるため?それなら工作員のままで良い…それでも…主がそれを望むのなら…でも、離れたくない)



ラヴィはロイの側で働ければ何でも良かった。側に居られることが前提だった。それが覆された時、何も言わずに従えるのだろうか。



「…そうだ。狙われているって」



ナリエの話を全部鵜呑みにはできないが、アルディス抗争の一因に瞳の件が関わっているのなら、とラヴィはぞわりと戦慄いた。もしそうならラヴィの能力不十分もあるかもしれないが、これだけ皆が多忙でもアルディス関連の任務を任せられなかったことにも納得がいく。


ラヴィのせいで。

ラヴィが原因で。


どんどん心の底から嫌な予感が湧き上がってくる。それが真実かどうかすらも、まだ何もわからないのに次から次へと不安が募って心を覆って鈍らせていく。



(それに、どちらにしても私はこの抗争が鎮火したらどこかに離される…?それを私は受け入れられる?)



どくんどくんと心臓が嫌な音を立て始めた時、ふと手が胸元近くの上着の内ポケットの膨らみに触れた。取り出すと黒い錠剤の入った小さな巾着袋。ラヴィはその袋をじっと見つめて握り締めた。



その日の夜中、ラヴィは神経を集中して屋敷に居る人を探っていた。日付が変わった少しあと、目的の人物の気配を感じた。周りへの細心の注意と気配を消しながら、その人物が居るだろう部屋に向かう。日中ナリエに聞いた出来事をできればロイ本人の口から聞きたかったからだ。


屋敷の最上階の一番奥。その部屋に到着したラヴィは僅かに扉が開いていることに気づき、そこから死角になる場所に移動した。中からは二人の声が所々途切れるが聞こえてきたので耳を澄ませる。



「――――ですね。では明晩の日付が変わった時点での決行でよろしいのですか?」

「ああ。各自伝えておけ」



恐らくアルディスに潜入する日なのだろう。



「ところで、以前お話した側仕えの件ですが、本当に――――おつもりですか?」

「――ああ。ラヴィはもう離れる」



ラヴィは思わず声が漏れそうになり口を押さえながら息を詰めた。



「…本気なのですね」

「ああ」



ラヴィはばくばく鳴る心臓をなんとか落ち着かせながら気配を消したままその場から離れた。自室に入り、寝台にぼすんと倒れ込み仰向けになって天井を少し見つめてから目を閉じた。



「私の…できること、は」



ロイの話す通りならば、アルディスとの抗争が終息してからラヴィは何処かに移され、言われた通りに次の側仕えの仕事を全うする。それがラヴィのできること。でもロイとはもう会えなくなる。そう思うと心臓がぎゅぎゅっと絞るように苦しくなる。ナリエの言葉を全部信じるわけではないが、もしアルディスとの争いにラヴィの存在が関わっているのなら。ロイやスーリの身に何か起きてしまったら。鳥肌がざっと立って微かに体が震えた。



「私の……したいこと」



ラヴィのしたいことは。

ロイに恩を返すこと。

ロイに何かあったら。


ラヴィは頭に浮かんだ一つの方法を思案する。



(全身全霊で挑めば多少の攻撃も加えられるかもしれないし、捕まったとしても、珍しい瞳が手に入ればアルディスはパジェスに手を出さなくなるかもしれない)



パジェス…ロイに救われた命だ。最後くらい私自身が願って主の為に使っても良いのではないか。



(きっと勝手なことをして、とても怒られるか追い出されるかもしれない。でも)



ロイと離れるくらいなら、一度くらいラヴィもやりたいように動いても良いのではないかと邪な気持ちが湧き上がるが、それに対して不思議と己を嫌悪する気持ちはなく、離されることへのちょっとした初な反抗心のようなものもある。


それにこれで沢山役に立ったら、そのまま工作員として近くにいて良いと言われるかもしれない。精一杯頑張れば、もう一回考え直してくれるかもしれない。ラヴィは紐を通して首から下げるようにした巾着袋を取り出して持ち上げ、何かを決意したような眼差しで見つめていた。





次の投稿は31日同時刻です

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