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ロイSide 3

盛りに盛って長文になってしまいました。ざまあ回






突然のラウロの雇用宣言に部屋全体が気色ばむ。



「僕の有能さは一戦交えたからわかってるでしょ?無害な見た目なのに頭の回転も早いし。それに無職になっちゃったしねぇ。そこの側近始め周りがちゃんと働いているか監視することも片手間でできるよ」

「お前を信用するに値するものは?」

「嫌だな、もうある程度は調べているんでしょ?」



そう返すラウロにロイは一考する。残党処理に向かわせた工作員から、屋敷内は死屍累々状態だったと報告を受けていた。まだ温かい死体は全て首と胴体が離れているという惨たらしいもので、ダリミルと同じ切り口だったのだから、それをやった人物がラウロという結論に至るのは早かった。



「確かに残党の死体の傷は皆一緒だった。それだけか?」

「あとは、今苦しんでいる可愛くて可哀想な女の子の為、かな。僕と同じオッドアイだし、口数少ない中に温かい何かを秘めている子。最上階で会う前に下で顔を合わせてたんだ。『貫くものがある』って言っていた。それが叶うように守ってあげたいと思ってね」



ラヴィの貫くものとは。



「それに戦っている途中からさ、僕には勝てないと思ったからか…本人は気づいてなかったんだろうけど。…泣きながら戦っていたんだよ。それでも諦めず全力で向かってきた。僕は初めて胸がぎゅっとなったね。不思議なことに」



倒れたラヴィを支えた時に見た涙の跡。



「きっと記憶が薄れていく中でも、頭領さんを守らないとって本能が叫んでいたのかな。それが上手くいかない、どうしようって。辛い、悲しい涙かな。だからラヴィが撃たれた時、あの阿呆な元頭領の頭をつい飛ばしちゃったんだよね。そっちの的確な心臓への一撃の方が早かったけど」



消えゆく記憶の欠片だけになってもロイを想ってくれていたのか。何の為に戦っているかも既に分からなかったかもしれないのに。ロイは胸が潰れそうになる。



「これが理由。僕ならここに仲間も居ないから忖度せずに監視もできるし、スーリ君より強い相手からもラヴィを守れるし。何か勝手に彼女のお兄ちゃんになった気分」



そう言ってにっこりと微笑むラウロ。ロイはラウロの奥まで優しげで、でも瞬時に苛烈に燃える瞳を見据える。



「…いいだろう。ラヴィに忠誠を誓えるか?」

「お、忠誠か!それ良いね!今まで誰かの為にってことなんてなくてさ。でもラヴィなら誓える。誓いたいと思うのは強い相手だけじゃないんだね。ついでに部下…セナって言うんだけど、その子もお願いするよ。基本僕命なんだけど、ラヴィが一途に戦う健気な姿に心動かされたらしい。僕の命令とラヴィへ利がないことはまずしない。おまけに万能だし役に立つよ」



ロイが一つ頷き、工作員達を見渡す。


ラウロがアルディスの残党を一掃したからと言っても、元アルディスだ。煮え湯を飲まされたことは一度や二度ではない彼らの表情は不満というよりも苦渋に近い。それは自分達よりも敵側のラウロの方がラヴィのことも、ナリエの本性も調べていたからだ。だが理性ではわかっていても感情は別だ。



「俺は感情も関心も持たない人間だった」



ロイの言葉に皆の視線が集まる。



「そんな更地に種を蒔き、水を加え芽生えさせてくれたのはラヴィだ。それでも残っていた無関心が今回の一因もなったのも事実。人を思う感情を持つ人間になりたいと生まれて初めて思った」



工作員達は微動だにせずにロイの話に耳を傾けている。



「この感情の先に何があるのか未知数だが、俺はそれを望んでいる。そしてお前達との関わりの見直しもだ。全ては俺のエゴ。ラヴィに対して関わるか否かは好きにすれば良い。害意があるのなら去れ。ラウロとその部下もラヴィを今後守るための礎として使う。それを不満に感じ俺の決定に不服がある者は去れ。今回に限り粛清対象にはならん。自ら決めて選べ。以上だ」



そう言って片手を振り退出の意を示す。しかし、その場に居た全員は跪いたまま同時に頭を垂れた。



「うわ…流石パジェスのカリスマ頭領。うちの傲慢頭領だった人とは大違い」



ラウロが驚嘆の声を上げるが、ロイも内心驚いていた。ようやく悲観状態から脱出したアルナドが懐から出したハンカチで顔を拭い、目を一度ぐっと閉じてから光を宿した瞳に戻る。



「今後の動きは追って伝達します。各自通常任務に戻って下さい。そして私の浅はかな行動によって貴方達を混乱させてしまい申し訳ありませんでした。この先は我が主とパジェスへの忠誠で判断していただきたい」



アルナドの言葉に工作員達は一斉に立ち上がり、一礼する。

そしてロイに向かい直し、我が主に忠誠を誓う胸に手をあてて一礼して、各々戻っていった。



「主、今後についてですが、社交界シーズンはあと一週間ほどで終わります。私は何時からか濁った目で沢山の物事を見ていたのでしょう。ナリエを見限り、如何なる沙汰も受け入れます。そして侯爵家に関しても裏で動きがないか調べた方が賢明かと」



アルナドの表情は疲労感を潜めてはいたが、瞳は決意に満ちていた。



「隠密は俺がやる。ナリエが陥れた相手が何も言い出せないのは侯爵家が関わっている可能性も有り得る。調べろ」

「御意」



アルナドは胸元に手をあて一礼してから退出する。



「ナリエはどう処分するの?」



ラウロが口角を上げながら聞いてくるが目は笑っていない。



「パジェスだけでなく社交界、国をも混乱させたからな。貴族令嬢だろうが楽な修道院行きは有り得ん。…本音をいうと奴隷も死罪すら生温い」



その言葉を聞いたラウロはぱっと笑顔になる。



「そうこなくっちゃ!俺も原因だからーとか側近の義妹で情がーとかくだらない理由ですぐに殺しちゃうことにしてたら、その前に拉致していたところだよ」

「俺の責は当然あってもラヴィを苦しめた数々を許すことは皆無だ」

「ならとっておきの方法があるよ。苦しめるのは体だけじゃないからね」

「奇遇だな。俺も同意見だ」



二人は視線を交差させる。



「もう一人、セナと言ったか。一度顔合わせする、連れてこい」

「了解。今頃最終社交シーズンのあちこちで情報収集しているはずだし、ナリエとも接触している。雇われる際の土産として多少役に立つでしょ」



そう言うと、彼はひらひらと手を振りながら出て行った。




ロイはソファに凭れ上を見上げながら目を閉じ、一息吐く。考えることは幾らでもある。今回のことも、己自身のことも。もう時間は日を跨ごうとしていた。ぐっと瞼に力を入れてから目を開き、ロイはラヴィの部屋に向かった。





「様子はどうだ」


ロイはラヴィを看ていた初老女の専属医師、メリルに話しかける。


「今は安定しているね。だがまだ熱は下がらないから先程解熱剤を投与しておいたよ。これで少しは楽に眠れるだろう」


メリルの側には助手であるまだ年若い青年が桶に浸していた布を絞り、ラヴィの額にのせている。ロイはラヴィの傍に椅子を運んで座った。浅い呼吸を繰り返しながら頬だけ赤く、全体が青白く見える小さな顔をロイの大きな手で覆い親指で頬を撫でる。それだけで心が和らぐ。



「それで?上手いこといきそうなのかい?」



メリルは大半が白髪になった髪を解き、結い直す。



「ああ。それよりもラヴィに余計なことはしていないだろうな。僅かでも何か判明したら国は滅ぶぞ。国王にも言っておけ」



その言葉にメリルは瞬きを一つして、口を押さえながら笑い始めた。



「そんなことするもんか。国王を何だと思ってるんだい。あの御方はあんたが人間らしくなったことを殊の外喜んでいるんだよ」

「そうか。ならそこにいる手練れの隠密にも常々理解させておくんだな」



そう言いながら片付けを終えた眼鏡をかけた端正な青年を顎で指す。どうみてもこちら側の手腕の気配だ。



「国王にだって少々使える者がいたって良いだろう。大丈夫だからこそあんたも任せたんだろうに」



それはわかっているが、メリルも彼も忠誠は王であってロイではない。信用しきれていない姿勢は変えるつもりはなかった。



「こっちも俺でなくラヴィ個人に忠誠を誓う手練れができたから気をつけた方が良い。明日から動くが、邪魔はするな。国王が譲れない事柄は追って知らせろ。ナリエの制裁はこちらが引き受ける。侯爵家は好きにしろ。その桶は置いていけ」



それだけ伝えて手を振る。メリルは肩を竦めながら、青年と共に出て行った。



ラヴィの異色の美しい瞳はアルディス邸を最後に見ていない。忘れ去られても良いからあの紫と黄緑の綺麗な瞳でもう一度見てほしいとロイは切に願う。頬を撫でながら額の上の温くなった布を桶の水に浸して絞り再び乗せる。


ふとスーリに宛てた手紙を思い出し、備え付けられた机を見た。何となく引き出しを開けてみる。そこにはここで支給している筆記用具と便箋と封筒のみが入っていた。


閉めようとすると奥でかさっと音がした。奥を覗くと便箋の一枚が綺麗に二つ折りにされ引っかかっていて、手前に引き出した。人の手紙を見てはいけないのは分かっているが、何故か見なければならないという思いに駆られロイはゆっくりと便箋を開いた。



『今度凄く役に立ったら、一度だけ、ぎゅうっと抱きしめてほしい。それだけでもっともっと頑張れるから』



たった一度だけと望むお願い事に胸が絞れるように苦しくなり、いじらしさと愛おしさが暴れまわるような、どうしようもなく居た堪れなくなる。


便箋に一滴の水が落ち、ラヴィの書いた文字が滲む。


ラヴィは何時かロイに渡すつもりだったのかもしれないし渡さないつもりだったのかもしれない。でも引き出しの奥に潜めておいたことが、答えのような気がした。







「ロイ兄様!」



約二週間後の正午を過ぎた頃、パジェスの屋敷にナリエが訪れた。



「ご無沙汰しておりました。社交シーズンは楽しいのですが、ロイ兄様にお会いできないのが唯一の欠点ですね。今回は来るのが遅くなってしまいました、申し訳ありません」



口元に手をあてながら微笑むナリエ。



「お義兄様がご多忙なロイ兄様からなかなか滞在許可がとれないから待てと言うのですもの。もう何年も通っているのだから、関係ないような気もしますけど」



関係などアルナドの義妹という他に何もないが、今までの待遇から勘違いしているのだろう。今まで入ったことのないロイの執務室にアルナド先導で通されたナリエは密かに浮かれていた。



「でもすぐにお会いできるなんて待った甲斐がありました!もしかして晩餐もご一緒にできるのでしょうか。社交シーズンのお土産話が沢山あります」

「そうか。まずは座れ」



そう言ってロイが執務室に備え付けられているソファを視線で指す。ナリエは浮かれた足取りで喜びを隠しきれない様子だ。



「沢山ロイ兄様とお話ができるなんてとても幸せです!…あ、そういえば。ここで働いている女の子。最近お見かけしていなかったわ。久しぶりに会ってみたいです!」



話す時間が増えたことに弾む心を隠せないナリエは、ラヴィのことを出した時のロイの能面の表情に気づかなかった。


失礼しますね、と声をかけ二人がけのソファに腰を降ろしながら、ふとロイのシンプルだが大きな机の側で書類の束を分類している人物をようやく認識した。



「あら、見たことのない方ね。初めまして、私はアルナドお義兄様の義妹のナリエです。何時からそちらへ居らしたのかしら。気づかなかったわ、ごめんなさい」



微笑みながら話しかけると、紺色の髪をした優しげで整った容貌の青年が持っていた書類を一度机に置いて一礼した。



「お初にお目にかかります。ラウロと申します。影が薄いことは自覚しておりますのでお気遣いなく」

「いやだ、そんなことないわ!とても綺麗な翡翠の瞳でお顔もすっとしてハンサムよ」

「光栄に存じます」



いつものその辺の子息なら、お返しにナリエをこれでもかと褒めてくれるのだが、ラウロは礼だけ言って書類仕事に戻ってしまったのをナリエは不思議そうに瞬きをする。


その間もロイが執務の椅子からじっと見てくるのに気づき、冷たそうな表情が美しい美貌を引き立てるその姿にナリエは改めて見惚れて頬を染め、折角得られたこの時間を大切にしようと、満面の笑みを彼に向けた。



「ロイ兄様はお仕事の方はご多忙な時期を少しは過ぎましたか?侯爵家の領地ではこの時期、湖の周りの森林の木々が色づき始めるのです。そこから近い街ではちょうど梨を使ったお菓子がとても美味しいので、是非食べていただきたいわ!でもあまりに美味しすぎて食べ過ぎてしまうのです、私」


ふふっと照れ笑いをするナリエは気づかない。

一気に話しすぎだとか、もう少し慎みをとか、小言を言ってくるアルナドが今日に限って何も言わないことを。いつから居たか分からない書類仕事の青年が元から気配を消してその場にいたことを。


そして組織の頭領として恐れられているロイの本当の恐ろしさを。



「あの子はどうしてますか?お仕事頑張っているのでしょうね。私とは立場が色々と違いますが、いつか心を開いてくれて少しでも仲良くなれればと思います」



自分の思ったようにいつも物事が進むと信じて疑わないナリエの口は軽くなり、聞く価値のない話が続く。



「あ!そうだわ。私が着なくなったドレスを今度差し上げようかしら。男の子みたいだった髪も伸びたから綺麗に結ってもらって、初めてのお化粧も似合うかもしれない……あ、でも貴族のマナーは流石に付け焼き刃になってしまいそうですね。でも見た目はきっと大丈夫なはずです!」



ロイは思う。

こうやって面と向かって、このつまらない会話をしていれば、明らかにラヴィを見下す言動をしていたことを早々に気づけたのだろうと、楽しく喋るナリエを見る。ちらちらと目を合わせ、その都度頬を染めながら照れた表情をする彼女が絶望に落ちていく時はどんな表情だろう。



「終わったか?」



ロイが声をかける。



「こんなにロイ兄様と話せるなんて、嬉し過ぎて息継ぎが難しいです。お義兄様、お茶をお願いできますか?喉が乾いたわ」



アルナドが一つ頷く。それを書類仕事が終わったラウロが申し出て、厨房に連絡する。背もたれに寄りかかっていたロイが体を前にして机に両肘をついた。



「俺もお前に話すことがある」

「まあ…!凄く…凄く嬉しいです。美味しいお茶をお供にゆっくりとお話しましょう!あ、お義兄様も良かったらご一緒に如何ですか?ついでですけど、ふふふっ!」



ナリエは幸せな時間が続くと過信して、夢見心地状態だ。



「ああ、でもその前に荷物を玄関に置いたままなんです。すぐにお義兄様に呼ばれたので。一度置きにいきたいので、いつものお部屋をお借りしますね」



当然のように部屋を用意してもらっていると思い込んでいるナリエは、流れるように綺麗なカーテシーをして退出しようとするのをロイが止めた。



「問題ない。座っていろ」

「え?もしかしてもうお部屋の方に?ありがとうございます」



ロイは返事をしなかったが、ナリエは勘違いをしたようで、はにかむといそいそとソファに腰掛けた。少し経ってからティーセットを乗せたワゴンが運ばれてくる。ラウロが受け取り綺麗な所作でお茶を入れ、ナリエだけに運ばれた。



「ラウロさん、ありがとう…あら?お義兄様はともかくロイ兄様に先に―――」

「俺は要らん」



ロイがそう言うならとナリエは少し首を傾げながら淹れた紅茶を口に付ける。



「美味しいわ、ラウロさん。所作もとても綺麗で驚いたわ」

「恐縮でございます」



ラウロの慇懃無礼な対応に、ナリエはまた不思議に思いながらも喉が乾いていたので半分ほどゆっくりと飲んでいく。



「ナリエ」



響きの良い低音で名前を呼ばれたナリエの表情が喜色満面になる。



「はい。ロイ兄様」

「ラヴィとは普段から良く話しているのか?」



急な話題にナリエは数度瞬きをする。



「え?」

「ラヴィだ」



ナリエにとってロイとの会話に相応しくない名前に少しばかり面食らった表情で答える。



「どうして急にそんな話を…」

「急?ラヴィの話をだしたのはそっちだろう」

「あ…はい。そうでしたね。……前にもお話しましたが、少し…怖くて。表情が動かないところとか、返事もなかなか返してくれないし…嫌われているのかなって」

「そう思っているのに心を開くのを望んだり、ドレスを下げ渡そうとするのか」



ロイがそこに食いついてくるとは思っていなかったのかナリエは目を丸くした。



「あ、いえ。できれば仲良くしたいです。でもきっとあの子は私のことを…」

「ラヴィ」

「…え」

「あの子ではない。ラヴィ、だ。俺が名付けた名前を知らないのか?」

「知ってます…ラ、ヴィ……さん、ですね」

「ああ」



ナリエは少しの焦りを誤魔化そうと紅茶に手を伸ばす。



「それで、良く話していたのか?」

「…いえ、そこまでは…あの子…ラヴィ、さんがなかなか返事をくれなくて」

「会話自体が殆ど成立しないのか」

「はい、そんな感じです。私が話しかけるばかりで」



ロイの誘導につい本音を漏らしてしまったナリエだが、本人は気づかない。



「ラヴィもここに来て半年ですぐに任務についていたからな。出会う確率も低いだろうし、滅多に会話はなかったのだろう。それにかなり前に部外者は屋敷を好き勝手に彷徨くなと言ったはずだが、覚えているか」



部外者という言葉にナリエの頬がカッと熱くなった。

ロイはナリエが我が物顔で屋敷を動き回る理由に、この屋敷への滞在許可が変に自信をつけさせてしまったのだろうと考えていた。



「は、い。覚えています。でも…部外者と、言うのは…私はお義兄様の義妹ですし、それに…ロイ兄様とも、その……」

「俺と、なんだ?」



直ぐ様の返しにナリエの焦りは募る。



「いえ、久しぶりの会話にちょっと緊張して上手く言葉にできなくなってしまいました」

「そうか」



先程の言葉の追従とは裏腹にすっと話が終わったことにナリエのほっとした様子が透けて見えていた。変に喉が乾いたのか、残りの紅茶を飲み干したことが物語っている。それをラウロが直ぐに入れ直していた。



「ロイ兄様、今日は屋敷の皆さんにまだお会いしていないのですけど元気にされていますか?」



ナリエが会話の主導権を握ろうとしているのが丸わかりのロイだが、その話に乗ってやることにした。



「ああ。最近大捕物があったが、この屋敷の者が誰一人欠けることなく元気にしている」



その言葉に、ナリエの笑顔が僅かに強張ったのをロイは見逃さなかった。社交場でセナからナリエにラヴィが重傷で瀕死だと言う情報を流させていたからだ。



「…皆さんが無事で何よりですね!」

「ああ、そうだな。ラヴィは今日も任務で朝早くから出ていたからな」

「え…任務?」

「そうだ。ラヴィは俺に褒められることが好きで毎日精力的に動いている」



徐々にナリエの笑顔にひびが増えていく。



「ラヴィは小さいのに良く動くし、身体能力も高い」



ラヴィを褒めるロイにナリエの笑顔が一瞬真顔になる。


ロイは気づきもしなかったが、ナリエは自分ですら数える位しか名前で呼ばれたことがなかった。それなのにラヴィラヴィと連呼するロイにナリエは苛立ちが募る…ラヴィに対して。



「そうなんですね…でも小柄な人だから怪我したら最悪―――」

「いや?あの身のこなしは工作員の中でも秀でている。それに対人の悪感情にはかなり敏感なんだ」

「……そう、で、すか」



だとするとナリエが一方的に話しかけ嫌味を込めて言っていることに対して、殆ど返答しないラヴィはスラム街出身で知識がなくて答えられないのではなく、敢えて言葉を返してこなかったということになるのか。


ナリエは流石に焦りだしていた。今まで盤石だと思っていた所が彼方此方で崩れ始めていくような感覚に陥る。



「そういえば」



ロイはそろそろこの三文芝居を終わらせたかった。

ラウロと天国から地獄へ落とすには、序盤に相手をつけ上がらせることが一番だというのは同じだったが、目の前の人間が微笑む姿すら嫌悪感を募らせ、もう良いだろうと右手を出したところにアルナドが紙束を渡す。



「ラヴィに関して不可思議な情報があるんだ」

「え、ええ」



幸福そうな笑顔だったナリエが今では時折頬が引き攣っており、無理矢理口角を上げている状態だ。ロイは紙束…スーリからの情報が詰まった紙の束をぺらぺらと捲る。



「今から四年前くらいだ」

「?…はい」



ロイは日時と時間を伝えてから、断罪を開始する。



「この日の昼頃、お前がラヴィから食事の後にわざと肩をぶつかられて痛くて辛かったとジャイルに言っていたそうだな」

「は…」

「ジャイルには誰にも言わないでくれ、仕返しが怖いからと涙ながらに言っていた。これは本当か?」



ナリエの目が一瞬泳ぐ。



「……はい、実は…。でもロイ兄様が拾った子がこんな悪さをするなんて私、言えなくて…」

「次」



ナリエの無価値の言い訳はどうでも良い。新たな日時と時間を伝える。



「夕食後、お前がアルナドの部屋に向かう途中でラヴィに遭遇し、顔と身分だけの人間で俺の何の役にも立てない人間だと罵られたことがあったのだとか」



ここでナリエは正念場だとでも思ったのだろう。ハンカチを取り出して目元を覆う。



「はい……!自分は工作員で役に立つが、私は華やかな場所の社交界でしか使えないのだと………うぅ」

「次」



ロイの気遣い皆無の進行に震え泣いていたナリエの肩がぴたっと止まる。



「ラヴィが訓練の後に使っていた武器をお前の目の前にちらつかせて俺に近づくなと脅されたとレビンに言ったのだとか」



ナリエは無言でハンカチに顔を埋めながら頷く。そこから更に数件確認して何れもナリエは諾と返事を返した。ロイはスーリの紙束を纏めて見せる。



「この枚数だけ報告が書いてある。物凄い数で不可思議だ」

「はい。ロイ兄様に相談するかずっと…ずっと悩んでおりました。でも拾った子のことを―――」

「不可思議なのはこれだけの数をお前はラヴィから受け続けてきて、この屋敷の者の誰一人、直にこのやり取りを見ていないということだ」



ナリエの言い分を遮りロイが話す。ハンカチを持っていたナリエの手がぐっと握り締められた。



「ラヴィの能力が高いとは言え、年齢はまだ幼いくらい若い。それなのに大の大人が大勢、しかも偵察や隠密を得意とするものが誰一人気づかないことは有り得ない。皆に確認してわかった」

「…わかった?」

「ああ。工作員全員に聞いたからな」

「何故そんなことを皆に…」

「お前は先ほど自分が話しかけてばかりいたと言っていたのに、この報告の方では立場が逆になっているのは何故だ?」



ここでようやくナリエは自分が疑われているということを理解したようだ。



「でも、私は本当に…」

「ジャイルの件だが」



ナリエが何を話そうが何一つ信用しないし、聞く価値も無い。



「この日の昼頃、ラヴィは任務に出ていた。帰ったのは夕方頃だ」



その時間にラヴィが屋敷にすら居なかったことを知らなかったナリエは小さく息を飲む。



「アルナドの部屋に行った日の夜。ラヴィの格好はどんなだった?」

「お、覚えていません」

「ならいつも通りだったというわけか」

「はい、そうだと思います。もし違ったら気付いたは―――」

「夕食後、ラヴィは部屋の浴室の調子が悪かったらしく、リリィにお願いして部屋の浴室を借りそうだ。髪は濡れていただろうし服装もいつもとは違い部屋着だっただろう」



ナリエがハンカチを絞るように握るのを視界に入れながらロイは続ける。



「武器を翳して脅されたということだが、どんな武器だった?」

「…どんな?」

「武器だ。目の前に出されたことなど今までなかっただろうから、忘れられるはずがない」



何を当たり前のことをという感じに言われたナリエは目をきょろきょろと彷徨わせる。



「えっと…け、剣。いえ、ナイフです!小型だったと思います、こ、こうやって!」



ナリエは片手を握り締め親指を上にしてナイフを突きつけるような仕草をした。



「ラヴィは基本飛び道具を使っていたが、ナイフも使用していたな」



それを聞いたナリエはぱっと表情を明るくして言い募る。



「そうなんです!私、もう本当に恐ろしく―――」

「逆だ」

「…へ」



ロイは胸元からシンプルな小型ナイフを取り出して柄の部分を握り親指方面から刃が出るような状態でナリエに向ける。



「お前が見たのはこういう手の姿勢か?」

「は、はい」

「ラヴィはこうやって持つ」



ロイは柄を持ち替えて刃を小指側から出し、手の向きは同じようにしてナリエに向ける。



「これだと自分に刃を向けていることになるな」



ナリエは瞠目する。武器によっては扱い方が個々違うことを彼女の知識にはないのだろう。



「そ、それでも!あの女に脅されたのは本当です!」

「あの女?」



ロイの低い声が更に低くなり、ナリエは焦って口を滑らせた自分の失態を悟った。



「お前ごときがラヴィをあの女呼ばわりするな。それと前にも言ったがラヴィは拾ったのではなく、俺から勧誘した。理解したか?」

「ろ、ロイ兄様…ごとき、なんてそんな言い方…」

「黙れ。その名で呼ぶな。虫唾が走る」



聞いたことのない、凍えるような低い声にナリエは震え上がり俯く。ロイはまだ殺気すら出していない。



「記載されている相手全員が何故一人も、何も、直接見かけていないのだろうな」



見せつけるように紙束を振る。するとロイから今までにない侮蔑のこもった口調と言葉にショックを受けていたナリエは冷静さを失い、化けの皮が剥がれてかけてきていた。


「…にも…」

「?」

「誰、にも…言わないでっていったのに…!これだから下民は使えないのよ!」

「下民、か」

「パジェスはロイ兄様とお義兄様がいてこそ成り立つものでしょ!?その恩恵に与りながら、重要な人材の血縁で貴族の血を継ぐ私の言うことを破るなんて有り得ない…これだから下民は愚かなのよ!今まで優しく接してやっていたのに!」



いつも工作員に対して朗らかで気さくに声をかけていたナリエの本音が執務室中に響き渡るのをロイは失笑しながら言う。



「まず根本から勘違いしているようだから教えてやろう。お前がここに来ることを待ちわびている者は誰一人いない。部外者だからな。部外者のお前の言うことを聞く義務も責任も工作員には一切ない。相手が貴族だろうが、身分が自分より上だろうが全くな。あるとするならそれは個人の優しさくらいだ。その部外者が許可なく入れないのは当然であり、それが誰の血縁者であろうが変わらん。工作員でもないのに屋敷中好き勝手動くことなど言語道断。人の家を勝手に歩き回るなと侯爵は教えなかったのか?そしてお前の使える決まった部屋などここにはない」



部外者という言葉を連呼し、この屋敷での過ごし方を真っ向から否定するロイにナリエはまさかそんなことを言われるとは思わんばかりの驚愕の表情をしている。



「下りてこい」



ロイが呟くと、音もたてずに天井から一人の工作員が下りて現れた。



「一語一句聞いていたな?」

「はい」



特攻工作員…レビンが返事をする。それを見たナリエは先程叫んでしまった内容がレビンに知られてしまったことを悟り、今更ながら無意識に口を手で覆った。



「全ての言葉を工作員全員に伝えろ。精神を鍛え直せ」

「御意」



レビンが一礼して扉に向かう。



「あ、あの。レビンさ―――」

「名で呼ぶな。痴れ者が」



まるで害虫でも見るような蔑む目にナリエは慄いた。先程から何故か感情が上手く制御できなくなっているような気がして、落ち着いて対応し直せるように温くなった紅茶を一気に飲み干す。その様子を僅かにラウロが口角を上げて見ていた。



「お前に興味の欠片もなかったから適当に流していたことが面倒事に発展したのは俺の失態だな。まるで己の住処のように居座る神経は理解できんがな」

「な、何故そんな…ロイ兄様は…!私のことを―――」

「俺がお前を何だ」



ナリエは興味の微塵もないように返してくるロイに、詰まらせながらも何とか有利になる言葉を探していく。



「執務室の、前で!あの時私を抱きしめてくれたではないですか!あれは私のことが大切、だから―――」

「お前がわざとらしく躓いて抱きついただけのあれか?片手で支えただけで腕すら回していないのにどうしてそんな思考になる」

「…っ」



最後まで言わせるのすら不愉快な内容をロイはどんどん遮っていく。そしてふと一枚の手紙を思い出し、もしかしたらそれをラヴィは目撃していたのかもしれないと考えると目の前の女が余計に腹立たしくなった。



「それと俺がお前と何時婚姻する約束をした?」

「!!」



ナリエが呆然とロイを見る。まるで知られては困る、みたいな顔だ。



「アルナド、呼べ」



頷いたアルナドが扉を中からノックすると、すぐに開き二人の人物が入ってきた。

一人はスーリ。もう一人はフードを深く被った男性らしき人物だ。スーリがナリエの近くまで進み、一枚の便箋を開いて見せる。



「ラヴィがアルディスに向かう直前に俺の部屋に届けた手紙。お前がそいつと婚姻するとか自分の側仕えは無理とか、ラヴィのせいで抗争が起きているとか勘違いさせた内容が全部書かれてある」

「っ!そんなの全部あの女が考えた嘘かもしれないじゃない!」

「根っからの虚言癖が言うな、糞女」

「く、糞お…無礼者!」

「無礼はお前。裏切り者」



スーリの歯に着せぬ物言いにナリエは先程の落ち着きなど、とうに放り投げ顔を真っ赤にする。そしてここまでナリエが責められているのに一向に言葉を発さないアルナドに振り向いた。



「お義兄様!何とか言ってよ!どうして助けてくれないの!?ロイ兄様の側で共にって協力してくれるって言ったじゃない!お義兄様こそ裏切り者だわ!」



ナリエはあまりの怒りに立ち上がるが、くらっと頭が回ったような感覚になりソファにへたり込んでしまう。それでも怒りは治まらず睨みつけてくるナリエをアルナドは憐れむような目で見つめた。



「ナリエ。私も我が主をお迎えできたらと願っていた…そんな邪な思いがお前の邪悪な心の炎に油を注いでしまったんだな。私は心底悔やんでいる。だが…お前は他でもやり過ぎた。私に庇う手立ては無い」

「お父様に全部報告するわ!いくら貴族籍を抜けたからと言って、血縁を助けられないなんて人として最低よ!」

「最低最悪極悪凶悪はあんた」



言葉の内容に似つかわしくない穏やかな声にナリエが振り返ると、そこにはラウロが腕を組みながら壁に寄りかかって微笑んでいる。



「工作員風情が何様?」

「国家反逆の罪人風情が何様?」



とんでもない言葉の返しにナリエは眉を寄せる。



「国家反逆?あなた頭大丈夫?私がそんなことするわけないじゃない」

「あんたこそ頭の脳みそまともに稼働してる?社交界の重要な情報を羽のように軽い口であちこちに漏らしてさ」

「誰でもそれくらいやっているわよ!」



噛みつくナリエにラウロは飄々と返していく。



「あんたの情報元の多くはどこから来ているのかな?良く囀るご婦人方のレベルではないよ、間違いなく。国家重要機密に近いものもあったよね?侯爵令嬢さん」



わざとらしく代名詞で呼んだ意図にナリエは青褪める。



「隠密に調べさせたからねぇ。これは酷かった」

「そ、そんなの全部出任せよ!使えない奴を雇ったんでしょ!!」

「情報元は俺だぞ」



ロイが背もたれに凭れながら答える。ナリエは目と口をこれでもかと開けた。



「ロイ兄様…何故…」

「リサール伯爵令嬢」

「……え?」



とある令嬢の名前を出すと、ナリエの顔が強張る。



「パウマー侯爵令嬢。ジャニアス伯爵令嬢。キゲル子爵令嬢。他にも人気の高かった令嬢が二桁以上だな。お前が情報操作して追い落とした相手だ。侯爵家の隠密を捕らえて拷問して吐かせたから間違いない」

「な…な、何を…そんな、……こと知りま―――」

「おや。リサール令嬢は私より目立って、駒の令息を狙っていたから社交界から消えるべきよねって愉しそうに仰っていたではないですか。それにお父様の持ってくる情報はその辺の家一つ簡単に潰せるのよって自慢していたでしょうに」



甘めの声。だがここで聞くはずのない声。そして最近良く耳にしていた声。


ナリエはぎぎっと音を立てるように首を回して後ろを見る。

そこにはローブのフードを取り、漆黒の長めの前髪を横に流し、目元に泣き黒子のある濃紺の瞳でそれは綺麗な顔の造りの青年が立っていた。



「せ、セー、ナード、様……?」

「はい、セーナードです。偽名ですが」

「あ、彼は僕の部下。元アルディスの構成員だよ」



ラウロの言葉にナリエの瞳は割れんばかりに開かれる。



「沢山話してくれてありがとうございました。あなたが社交界の重要人物の話やパジェスの情報を沢山漏らしてくれたおかげで、国にもパジェスにも傷を与えられました。とはいえアルディスは壊滅してしまったので、土産話も大量に用意して、ここの頭領のご厚意でラヴィさんに仕えることになりました」



セーナードこと、セナがにこりと微笑む。その顔はとても暗殺組織にいるとは思えないほどの美貌だ。



「そ、んな……だって、」

「それに任務とは言え、あなたとの閨は苦痛で苦痛で仕方なくて。解放されてようやく普通に息が出来ます」

「…!」



ナリエの顔が歪むのは言わずもがな、アルナドの顔も僅かに歪む。悪行を無意識に重ねた義妹とはいえ、ここまで貶められる言動につい色々思ってしまったのだろう。それらは全てナリエの自業自得から起きたことなのだが。


満身創痍状態のナリエはそれでも逃げ道を作ろうと必死だ。



「でも、だ…だって、まさかお父様の情報がそんな大層なものだと知らなかったのよ!」

「それを判断するのが普通の貴族で最低限の貴族マナーなんじゃないの?実際その情報が原因で重鎮の数名が襲撃されたんだから侯爵家もただでは済まないよね」



少しでも助かる方向に向けたいナリエの言葉の芽を即座に摘んでいくラウロ。



「そん…なつもり、は…なくて。れ、令嬢達もちょっと、…ちょっとだけ困れば、良いくらいで」



もう碌な返しができないくらい追い詰められたナリエだが、ロイのとどめはここからだ。



「侯爵家は取り潰し決定だ。罪状は国家反逆罪。今頃王国騎士団が突入している頃だろう」

「え、は…?」

「侯爵家の全財産は没収され被害者貴族に分配される。万が一残れば国庫に入るが、うちも欲しいくらいだな」

「わ、私の荷物…」

「荷物は侯爵家の財産として扱われる。既にここにはない」

「っ!そ…そ、そんなことが許さ―――」

「許すよ」



少し低めの声が部屋に響く。カチャッと執務室の続き間の扉が開く音。

休憩室から出てきたのは、艶めく明るい金髪にエメラルドの王族特有の色合い。この国の貴族なら誰もが目にしたことのある人物だった。



「出番が遅すぎるよー。途中からの金切り声で耳塞いでいたら寝そうになってしまったよ」



ナリエはその人物に呆然とし、座っている状態すら難しく体が前に傾いてテーブルに手をついた。



「こ……国王さ、ま?」



それはこの場に居るはずのないダージェス国王、ウェルダー・ロウェイ・ダージェスであった。



「うん、そう。私が許可を出したよ、国王だからね。君の父の侯爵はさ、普段は散々媚びへつらってくるのに、反対勢力が出てそちらにも旨味があると判断するとすぐにすり寄っていく腐った貴族そのものだったんだよねーなかなか尻尾を出さなかったから、今回君が大いに活躍してくれて助かったよ。証拠もいっぱい揃ったしね」



もうナリエは何も言葉が出てこない。



「侯爵と夫人は共に奴隷落ちの鉱山送り。まあ死罪でも良かったんだけど、今まで苦しめた分苦しんでもらわないとだから、被害者貴族を説得しておいたよ。良かったね、ご両親とも生き残るよ。まあ鉱山生活がどこまで順応できるかはわからないけどねー」



ウェルダーの言う通り、侯爵は常に有利になる方に周り、金品始め権利などを着々と肥大させていた。何故か逃げ足だけは早く、良くも悪くもナリエのことがきっかけでようやく取り潰せることになったと彼は大喜びだった。ナリエ自身、元々の個性も含まれるのだろうが、侯爵家の腐敗貴族主義と甘すぎる教育がナリエを怪物に変えた一つの要因でもあるのだろう。



「お、お義兄様も同罪よ!」



自分の立場がいよいよ危うくなると、人間というものはどこまでも醜くなるのだろうなという良い例だ。



「アルナドは貴族籍を抜けたから侯爵家の今の内情は知らんし関係ない。そしてパジェスの方は王から俺に一任されているから、一生俺に忠誠を誓わせている」

「そんなの今までと何も変わらないじゃない!お義兄様だけずるいわ!!」



唾を飛ばす勢いで叫ぶナリエに国王がやれやれと肩を竦める。



「いや?彼は今後ずっと国家反逆とパジェスへの裏切り行為をした義妹の義兄という立場を背負っていくんだよ?一生ね」

「そ、んな…そんなつもり、でなかっ……」



ナリエは美しかったシルバーブロンドを振り乱し、輝いていた真っ青な瞳を濁らせながら滂沱の涙を流す。ラヴィの涙と比べると、汚くてしょうがないとロイは紅い瞳を眇める。


無邪気で自分を中心に世の中が回っていると思い込んでいた元令嬢は、今ではそんなつもりなかったと同じ言葉を繰り返す人形のようにぶつぶつ呟いている。その姿を見下ろしながらロイはラウロに視線を向ける。



「そろそろか?」

「遅効性だからね。自白剤効果も入れてあるし、よく囀ってくれたね、汚い声で。二杯は飲んでいたし、もう立ち上がることは無理かな」



紅茶に入れていた薬の効果を聞いたロイは椅子から立ち上がる。

絶望に叩き落されたナリエは、自分に向かって歩いてくるロイを見て目を輝かせた。

きっと最後には彼が救ってくれるのだと、何故かここまでされても自分中心に物事を考えているおめでたい令嬢だった。




「ロ、イ…兄、様…助け―――――」

「黙れ、二度とその名で呼ぶな」



ロイは殺気を抑えずにナリエに顔を近づけて凄んだ。ナリエの喉がヒュッと鳴る。



「ラヴィは俺に心の底から大切だと慈しむ温かい感情を教えてくれた。ああ、お前も大したものだ。俺に初めて怒りという感情を教えてくれたんだからな。礼にお前にぴったりな余生の場を提供してやる。下民と罵っていた人間以下になれるぞ、喜べ」



ナリエはあまりの恐ろしさに全身が硬直し、直後体中が弛緩しドレスの下から液体がじわっと染み渡った。



「ソファごと全部捨てろ。絨毯もだ」

「うわ…令嬢とあろう者が粗相なんて…あ、元令嬢か」



嫌悪を存分に含ませたロイがとどめの一言をナリエに送る。



「喉を潰しておけ」



大好きな人から恐ろしい言葉が放たれたのを最後にナリエの意識は途切れた。









「ちょっと抑えてくれる?流石の僕もその殺気に怖気が奔っちゃったよ」

「さてさてー?今回のもう一つの元凶アルディスの懐刀と顔面偏差値最高峰の万能部下がなんでここにいるのかな?ロイ、どういうことー」

「二人を葬るのは楽ではないし、放逐したら今度はこの二人を崇拝する奴等で組織が出来上がるぞ。俺では無理だがラヴィには忠誠を誓えるらしいから、ここで飼っておいた方が得策だ。工作員達も承知している」

「えー複雑ー。でもここが落とし所なのかな。顔面最高峰は社交界でも有名になっていたから、出さないでね。さてさて、私は楽しい腐敗貴族潰しが待っているから帰るとするよ。ちょっと眠かったけど愉快な時間だったよ」



そう残して、ウェルダーは颯爽と帰っていった。



「わお。随分寛大な国王様なんだねぇ」

「表向きだぞ、あれは。へらへらした顔で革命という名の粛清祭りを裏で誰よりも愉しんでいた奴だ。ちょろっと気にかけとけ」

「ちょろっと、なんですね」



ラウロとセナがのんびりと感想述べている近くで、アルナドは工作員にナリエをとある場所に移動させる手筈を伝えていた。今後ナリエが日の目を見ることは一生無い。


ロイは運ばれていくソファや絨毯、同様に担がれていくナリエを見送りながら胸元にしまってある、勝手に預かったことにした一枚の便箋に服の上から触れた。



(ラヴィは望まないのかもしれん…が、俺としては生温いし優しすぎる処分だ。そんな非情で外道の俺でもお前が今後も見てくれるように努めることは良いだろう?)



ロイは一度だけ願うように胸元に手を当てながら目を閉じ、再び開いてからラヴィの眠る部屋へ向かって行った。






おまけSide+後日談を不定期で投稿します

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