続 クリーム山ソーダ之助 イエックスイェイ
時は江戸。
あくまでもフィクションなので第X代将軍徳川家X家の時代とさせていただく。
家X家は高い志のもとに政を行ったが、けして治世とは言い難かった。徳川家の暗黒面をたった一人で抱え込み、ひたすら苦渋の選択をし続けたと言う。
が、そんな家X家も楽しみはあった。身分を隠し一人の浪人として江戸の町に繰り出した、と言う。
ある日の事。
「Xさん、ちょっと良いかい?」
読売(かわら版、現代で言う新聞の事)を扱う百兆蔵の女房、お合金が、通りをぶらぶら歩くXーー家X家の仮の姿に声をかける。
「なんだい、おプラ。旦那がまたプルトニウム相場に手を出したのかい?」
百兆蔵は博打好きで有名だ。
「そうよ。百億ドラクマも儲けちゃってさ……て違うわよ。近頃辻斬りが流行ってさぁ」
「そりゃ……二重の意味でてぇへんだな」
納税しろや、とXは毒づくが笑顔は崩さない。
「ちょっと調べてよ。みんなXさんを頼りにしてるんだからさ」
「そうだな~納税だったら……町奉行…………寺社奉行か?」
「何言ってんのよ。お江戸はタックスヘイブンだって権現様の頃から決まってんだよ!とにかく辻斬りを退治しておくれよ!頼んだよッッッッッ!」
後に、百兆蔵とお合金は市中引き回しの上獄門となるのだが…………それはまた別の話。
兎に角、Xは直感に任せて八百八町を駆け巡り、それっぽい感じの浪人を見つけた。
帯より上が白、下が緑の着流し。首筋がやたら白い。きっと顔も病人のように真っ白だろう。
抜き足差し足忍び足でXは浪人を尾行。浪人は露店で飴細工を買って、それを弄びながら町外れの道場らしき建物に入った。
日向パンちゃん流。看板にはそのようにかかれている。
日向は現在の宮崎県である。未来はXにもわからないが、九州だとはわかる。だが『パンちゃん』がわからない。
好奇心に背中を押されてXは道場を覗いた。片肌をさらけ出した浪人が、巻き藁の前で丸太を……なんと上段に構えている。
(良い丸太……だが、なんと言う膂力)
良し悪しはともかく、丸太の大きさは八尺はある。浪人よりも大きい。
「用があるなら入ったらどうだ?」
家X家は……残念ながら吉宗公でも松●健でも無い。歴代将軍の中でも弱い方だ。おそらく七代将軍家継公にワンパンでのされるだろう。
バレたのなら仕方ない、と道場に入るX。
だが。
Xは見た。
あらゆる物を貫くと言われるPI●Oのプラスチックの楊枝の先端が、己に向けられているのを。
冷凍庫から出したばかりのP●NOのように心胆寒からしめたXは、情けない悲鳴をあげて尻餅をついた。
家X家は残念ながら家光では無い。もし家光なら春日局は……ビンタから高速タックルのマウントポジションで根性を叩き直そうと試みて、結局断念するだろう。
「なんだ。ハムスターでももう少し根性が座っているぞ」
ハムスターに失礼な事を浪人が振り向きもせずに言った。
「だ、誰がハムスターだ」
みんなから頼りにされている(頼りにされているとは言っていない)と自負しているXが立ち上がって講義する。
ばちこーん。
丸太が振り下ろされる。巻き藁はぺしゃんこに叩き潰された。
「あっ、失礼しました。ワタシ、ハムスターです」
君子危うきに近寄らず。Xは裸足で逃げ出そうとしたが……腰を抜かしてしまった。
「どうしようもない奴だな、おのれは」
浪人は猫を摘まむようにXの襟を掴んで、手近な肥溜めに向かった。
ちょおま、と将軍にあるまじき悲鳴をXはあげた。
本来なら護衛の一人も潜んでいそうだが、Xには最低限の人望すら無かった。
『死んでくんねーかな、まじで』と朝廷も公家も寺社も幕府重臣も御三家も親藩も普代も外様も同じ感想をXに抱いていた。ある意味で心は一つだった。当時の日本は結果的にまとまっていたのだ。
もしこの時期にペリーが来たら、言葉が通じなくても同じ感想を抱いただろう。
そおれ、と雲の上のはずの人が肥溜めに放り込まれようとした、その時。
「辻斬りだあああああああああッッッッッ!」
夕暮れの江戸郊外に叫びが響いた。
浪人はゴミを摘まんだまま走り出した。
叫びは墓場の前からだった。墓石の前で侍らしき風貌の者が倒れている。
たどり着いた浪人は舌打ちした。
「お主、人が倒れているのだぞ。舌打ちなぞッッッッッ!」
襟を摘まむ指を振りほどいてXはうずくまる侍に駆け寄ろうとするが。
チャキン……
背後から刀を抜く音。
どういうつもりか、とXはがなってからうずくまる侍の背中に手をかけるが。
猿叫。
墓石の影から抜刀した曲者。白刃がXに振り下ろされようとする。
どうなる日本、どうなる幕府ッッッッッ!
刃がぶつかる音が響く。
ヒッと叫んで転がるXは無傷。いや、転がった先に折れた刀身が刺さりかすり傷ッッッッッ!
浪人が曲者の奇襲を防いだから生き延びた。しかし彼の刀は真っ二つ。
「おのれクリーム山ソーダ之助ッッッッッ!」
墓石の影、枯れ木の裏、暗がりから次々と曲者。うずくまっていた侍風も立ち上がって抜刀した。
「貴様に殺された盟友の怨み、薩摩示現流の名に賭けてッッッッッ!」
十数人の曲者がソーダ之助を取り囲み、上段に構える。
対するソーダ之助は折れた刀を右手に持ち、左手で脇差を抜いた。
曲者らは幻視する。
ここでは無い場所。
見た事の無い服装の兄弟。
兄の手には……チュー●ット。この時代にあるはずの無いチ●ーペット。名前を知らないはずのチューペ●ト。
兄はそれをへし折り、弟に分け与える。
「「「「「何を見せたあああああああああああッッッッッ!」」」」」
「おのれらの弱さだ」
ソーダ之助は両手を広げる。
宮崎県では、なぜかチューペッ●がパンちゃんと言う名称で販売されている。パンちゃんはそのまま1人でも、分けあって2人でも、残しておいて後から1人でも食べられる。
そこから霊感を得て生み出されたのが『日向パンちゃん流』。長刀による一刀流、短刀による一刀流、二刀流。それがパンちゃんの極意。
薩摩示現流を名乗る曲者らは、分け合う心が生んだ短刀二刀流を目の当たりにする。
持つのはアイスでは無く武器。ならば分け合うのは暴力ーー死。
「待てぇいッッッッッ!」
そこに割って入ったのは……
「邪魔だハムスターッッッッッ!」
「誰がだッッッッッ!」
Xは懐から印籠を出す。その家紋は。
「「「「「なんとぉッッッッッ!」」」」」
曲者らは後退りする。どの家の家紋か言うまでも無い。
「関ヶ原ッッッッッ!」
Xは叫ぶ。
「寝物語で島津の武功は聞いておるッッッッッ!薩摩隼人を聞かされておるッッッッッ!」
「それが……」
曲者の一人が問う。
「我が祖先が恐れた薩摩示現流が、騙し討ちの上に袋叩きとはなんたる事かッッッッッ!」
「クリーム山は盟友の仇「だまらっしゃいッッッッッ!」
Xは、いや徳川家X家は、手近な曲者に印籠を投げつける。
「誇るべき宿敵を貶める賊は、この手で成敗してくれようッッッッッ!」
ガキンッッッッッ!
家X家が抜いた瞬間、握っていたはずの刀が飛んだ。曲者が慣れぬ下段で刀を打ったのだ。
「「「「「チェストおおおおおおおおおおおッッッッッ!」」」」」
恐るべき一撃が一斉に振り下ろされた。
が、クリーム山ソーダ之助のパンちゃん……じゃなかった二刀が全て打ち落とす。
「くっ、このっ、童貞野郎があああああッッッッッ!」
クリーム山ソーダ之助は生涯童貞であったと言う。
何らかの哲学でそうしたのでは無い。コミュ障が原因だ。
ソーダ之助の顔が怒りで劣等感で深紅に染まる。
一線を越えたのだ。
折れた刀と脇差しが上段に掲げられる。
その姿、ストロー二本差しのカップル仕様。
曲者らと家X家は幻視した。
仲睦まじい恋人同士を。
「「「「「うおおおおおおおおおおッッッッッ!」」」」」
曲者にとってそれはブーメラン。闇討ちを行う者がモテるはずも無し。
ある者は刀を拾い、ある者は脇差しを抜いて、ある者は拳を握って飛びかかる。
パンちゃんの二刀は突きをいなして喉笛を裂き、脇差しを握る指を切り落として胸を突き、出された拳に一撃突いて手首を縦に裂く。
「うわあああああああああああッッッッッ!」
手首を横に切っても意外と血管は切れない。縦に裂くと、ホンの少しでもマジで取り返しが付かない。血の雨が降る。
日は沈もうとしている。
「「「「「御用だ!御用だ!御用だ!」」」」」
墓場の外に提灯の灯り。町奉行だ。
逃げ出そうとした曲者らはさすまたで押さえつけられ十手で打たれる。かわした者の一人が腹を切ろうとした。
「よさぬかッッッッッ!」
その刀を飛んだ印籠が打つ。中身がぶちまけられ、万病の秘薬と大金でつかまされた何の効果も無い粉薬が煙を上げた。その隙に岡っ引きが取り押さえた。
「クリーム山殿……無事か?」
同心が家X家を見ぬふりしてソーダ之助に声をかける。
「なんともありませぬ」
それだけ言ってソーダ之助は踵を返した。
チッ、死ねば良いのに。奉行、与力、同心、岡っ引き、下っ引きの聞こえるように言った陰口を気にせず、家X家は印籠を拾う。
「クリーム山……まさか、あの家か」
クリーム山と言えば三河以来の普代中の普代。浄土真宗でありながら一向一揆に参加せず、ひたすら家康公に仕え、豊臣滅亡後に口減らしにと自ら下野した忠義の家系。
家X家は追う。
背中が見えた。
「待たれよッッッッッ!クリーム山ッッッッッ!クリーム山ソーダ之助ッッッッッ!」
ソーダ之助は振り向き、ハム……と言いかけ止めて、流浪の画伯の如く駆け出す。
「なぜ逃げるッッッッッ!後ろめたい事でもあるのかッッッッッ?」
ソーダ之助は止まらない。徳川家最低スペックの家X家の足では追い付かないだろう。立ち止まり痛む脇腹をさする。
空を見上げ星を見た。ソーダ之助が飴細工を弄ぶ様を思い出す。
「ソーダ之助よ、飴細工に何を見た?」
鳥か?雀か?鳳か?自由か?
道場まで追えば会えるかもしれない。
だが、家X家は城に帰る事にした。