3、いざ公爵家へ
先日の相談から数日、デュバン伯爵令嬢はあっという間に準備を整えてくれ、ラバドゥーン公爵家への推薦状を持ってやってきた。
あまりの早さに驚きを隠せないでいると、令嬢は私に教えてくれた。
「人手が足りなくてとても困っていたようなの。すぐにでも来て欲しいって」
なるほど〜!本当にグッドタイミングだったのね、お互いに。
「そうなのね、デュバン伯爵令嬢、本当にありがとう」
私はほくほくとした気持ちで紅茶を飲んだ。
「こちらこそですわ。それで、そのメイドはどこにいるのかしら」
「え?」
「このお茶もそのメイドが淹れたものよね? いつも美味しいと思っていたのよ、一目お会いしてみたいわ」
あ、そういえばまだ言ってなかった。
「私です」
にっこり笑って令嬢に伝える。
「は??」
デュバン伯爵令嬢は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「それは私が淹れたお茶です。私メイドとして公爵家に行きます」
「あ、あなたが……?!」
「はい!」
「本当にあなたって人は、いつも突拍子も無いんだから……」
デュバン伯爵令嬢はそう言いながら頭を抱えている。
「まあ、そんなところがあなたの魅力でもあるんだけど、」
穏やかな表情でそう呟いていた令嬢は、急に何かを思い出したように言葉を止めて顔を強張らせた。
「どうかしました?」
気になって尋ねると、令嬢は珍しくこちらを窺うような顔で問いかける。
「ねえ、本当にいいの?」
「何がですか?」
「あの家って……」
「え?」
珍しく歯切れの悪い令嬢に、異変を感じ取る。
あの家って、なに?
なに?!その言い方?!
まるで幽霊でも出るかのような恐々とした物言いがとても引っかかった。
すると令嬢は意を決したように切り出した。
「私もついこの前、耳にしたのだけど……公爵様はとても気難しい方らしいわ。その血を引いている次期公爵であるミハイル・ラバドゥーン様も相当な人嫌いだとか」
ふんふん、なるほどね。名のある高位貴族にはよくある話ね。
「噂によると、ほんの些細なミスでも冷酷な公爵や公子から鞭打ちの罰を与えられるんですって」
え。
「だから、メイドもすぐにクビになったり辞めていくらしいの」
ちょっと。
「それを知っているから、推薦なんてしても誰もあの家には行きたがらないらしいわ」
なんでそれを先に言ってくれなかったのよ?!?!
「いやあ、私も恩人からどうしても人が足りないから、すぐに来れる人を探してほしいって頼み込まれていたものだったから助かったわ」
ち、ちょっと〜!!
「まさかあなたが行くとは驚きましたけれど……でもまあ、今さら無理だなんて言えませんもの。それでは、お願いいたしますわね。おほほほ」
そう言って、彼女は推薦状を置いてそそくさと帰って行った。
お、終わった…………。
私、昔からメイドの役割は完璧にこなせる。
でも、超絶ドジというのは子供の頃から治らない。
ついでに無鉄砲とも言われる性格のため、失言も多い。
後悔ばかりが出てくるが、日取りまで決まってしまったのだから、彼女の言う通り今更後戻りは出来ない……!
私は重い気持ちで推薦状を見つめた。
こうなったら、先ほどのデュバン伯爵令嬢から聞いた話が本当はデタラメで、根も葉もない噂話であるということを祈るしかない。
そ、そうよ!
ラバドゥーン公爵家ほどのお家柄なら、妬まれることもたくさんあるでしょう。
そんな心の卑しい人々が作り出した勝手な噂話かもしれない。
うんうん、高位貴族にはよくある話よ。
私はそう考えて、気持ちを落ち着かせた。
いつでもどこでも、切り替え上手と言われている私の得意技。
起きてしまったことは変えられないのだから、後は自分でなんとかうまくやるしかない。
そう、私には「恋するときめきを楽しむ!」という目的があるのだもの。
諦めたら、人生そこで終わりよ!
◇◇◇
そんな決意をしてから、あっという間にラバドゥーン公爵家へ入る日がやってきた。
お父様とお母様は最初、私の決意に大反対だったけれど、お給金の金額を聞いてからなぜだか急に大人しくなった。
領地の経営はここ数年、特に厳しいものね。
これまでみんなが私を大切にしてくれた分、しっかり働いて支えますからね!
そんな私の決意を耳にしたお父様とお母様は涙ぐみながら私を讃えた。
なんだか少し現金な気もして思わず苦笑いをしたけれど……、ま、いいか!
私は私の願いを満たすまで!ふふふふふ。
そんなこんなで、あっという間に公爵家へと出向く日となった。
当日は、公爵家から迎えの馬車を寄越してくれたのだ。
なんと太っ腹。
門前につけられた公爵家の馬車は、我が家と比較しても釣り合わない豪勢な素晴らしいものだった。
うっ……二階建ての慎ましい我が家が、とても貧相に見える。
思わず気後れしてしまいそうになった時、馬車から若い男性が降りてきた。
「お迎えに上がりました。アリシア・ルリジオンさんですね?」
そう言って丁寧な様子で挨拶をする。
「私はラバドゥーン公爵家執事のデヴィッド・ポサメと申します」
そう言った彼は私とそれほど年が変わらず、綺麗な銀髪をなびかせた背の高い美しい青年だった。
とても優雅な立ち振る舞いに思わず見惚れてしまう。
「あ、よろしくお願いします」
私は慌ててぺこりと頭を下げる。
そんな私の淑女らしくない様子を咎めることもなく、上品に微笑んで私を馬車へとエスコートしてくれた。
馬車は静かに走り出し、見送ってくれるお父様とお母様に手を振り終える私を待って、ポサメさんは公爵家についての説明をしてくれた。
ラバドゥーン公爵家には3人の執事がいて、現公爵の補佐を担当する執事、そしてポサメさんは主にラバドゥーン公爵家の公子であるミハイル様の補佐を担当、もう一人の執事が統括を行なっているのだとか。
貧乏子爵家で育った私には、スケールが違いすぎて思わず溜め息が出そうになる。
我が家の従者はトーマスだけだもの。さすがラバドゥーン公爵家ね。
その後も、公爵家の決まりやこれからの仕事についての説明を受けた。
馬車の中はとても快適で心地よい。
そんな丁寧な扱いを受けて、デュバン伯爵令嬢から聞いた噂話など、私の頭の中からはすっかりと抜け落ちていたのだった。