SS恋人らしいこと
「いいから、アリシアは座っててくださいねっ!」
ついにポピーに強く言われてしまい、私はおとなしくソファーに座った。
そんな私の姿を見て、ポピーはニッと笑ってお茶の支度を続ける。
穏やかな風が吹く午後、庭園にあるガーデンテーブルで私はふうっと息をついた。
公爵家へ戻ってからというもの、何かと慌ただしい日々を送っていたけれど、それも最近やっと落ち着いてきたところだ。
それでもやはり、当主であるミハイル様は忙しく、ここ最近は朝早くから仕事で出掛けて夜も遅いため、なかなか会う時間が取れていなかった。
私もミハイル様のために何かできないかと思えばついつい身体が動いてしまい、メイドのお仕事をしようとしてはいつもポピーに怒られている。
ポピーは私にもミハイル様にも、懸命に尽くしてくれていて、私は彼女との出会いに心から感謝を感じていた。
なんて、幸せなんだろう。
……なんだけど、そうなんだけど……!
それにしても――――
「はあ……ミハイル様に会いたい――」
「ふふっ」
気づけばポピーがこちらを見つめてニコニコ笑っている。
え?
「……!! い、今、声に出てた?!」
「うん」
「やだ、私ったら」
「公爵様お忙しいものね」
「うん、恋人らしいことも何もできていないし……」
「へ? 恋人らしいことって?」
「え?!」
そう聞かれるとなんと答えていいのかわからない。
「ああ、なるほど。アリシアは公爵様に甘えたいのね」
「っ……! ち、違」
「え? 違うの? 恋人同士ならそう思うのは普通のことだと思うけど。っていうか、婚約者なんだから当然よ」
ポピーがあまりにも素直にストレートにそう言うので、私は恥ずかしさも吹き飛び、思わず納得してしまった。
「あ、うん。そうよね。そうなの、私ミハイル様に甘えたいんだわ」
「うん、うん。ふふっ……あ、公爵様おかえりなさいませ!」
え?!?!?!
ポピーの視線を恐る恐る辿ってみると、そこには美しい顔に微笑みを浮かべたミハイル様が立っていた。
「ポサメがここにいると教えてくれたのでな」
なんだか妙に機嫌の良いミハイル様がそう言いながら私の傍までやってくる。
どうしよう、今の話、聞かれてないよね……。
私は動揺しつつ、平静を装って話しかける。
「お会いできて嬉しいです。またすぐにお出かけになりますか?」
お茶にお誘いしたいけれど、夜も何かしら会合の予定があるかもしれない。
ほんの些細なコミュニケーションとして問い掛けただけだったのだが――――
ミハイル様は私の目の前までやってきて言う、
「いや。あんな言葉を聞いたら、離れることなどできるものか」
「え?」
一瞬戸惑うと、ミハイル様は私の腰に手をかけて優しく引き寄せ、その逞しい胸の中に私を閉じ込めた。
「っ……! み、ミハイル様、ここは外です!」
ポピーや他のメイドたちに見られて……!
って、もう誰もいない?!
皆、私たちに気を遣ったのか、辺りは静けさに満ちていて私たちは二人きりだった。
「ここは、僕たち二人の家なんだ。構いやしない」
そう言って、私を見つめるミハイル様の表情は優しくて、私を安心させるように頭を撫でている。
だから、君は安心してここで寛いでいいんだよ。
そう想ってくれていることがありありと伝わってくる。
「……ふふ。はい」
「アリシアは僕に甘えたいのだろう? 恋人らしいことも何もかも遠慮しなくていい」
「……っ! さ、さっきの話やっぱり聞こえてたんですね!」
私が瞬時に顔を赤くして叫ぶと、
「ということは、もう我慢しなくていいのだな」
ミハイル様はそう言って、甘やかな熱を宿した瞳で私をじっと見つめてくる。
「我慢というのは……?」
私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ミハイル様の美しい唇が近づいて、優しく重なった。
「……っ!」
身体は熱く、喜びが全身を駆け巡る。
唇がそっと離れた途端にもう寂しくなって、私はミハイル様を見上げた。
「過去3度の人生分も、しなくてはならないな」
ミハイル様は熱っぽい瞳で私を見つめながらそう言って、また一つ優しい口づけを落とす。
「……それじゃあ、まだまだ足りません」
私がやっとの思いでそう言うと、ミハイル様は切なげな表情を浮かべた瞬間、噛み付くように唇を奪う。
優しくて、少しだけ強引なミハイル様の愛を受け、私は心が熱く震えた。
私たちは、これまでの空白の時間を埋めるように、お互いを求め合う。
一度重ねた唇は、熱が冷めることを恐れるように、なかなか離れようとしなかった。




