36、いざ公爵家へ
神様とガイド様の心からの祝福を受けた私たちは、お礼を言ってからお屋敷へと戻った。
ミハイル様はその後、旦那様と奥様に話を通してくれて、私は無事退職が決まった。
忙しいミハイル様はひと足先に公爵家へ戻ることになったのでお見送りをしたり、退職に向けての準備に奔走したりと毎日慌ただしい。
ミハイル様に嫁ぐために辞めていく私は、メイドたちの間でシンデレラストーリーのヒロインとなってなぜか神格化された。
確かにあり得ない展開だよね。
メイド仲間のみんなはお別れ会まで開いてくれて、あれよあれよという間に出発の日となった。
テオが私の荷物を馬車に積み込んでくれて、私は馬車へ乗り込む。
「じゃあ行くね」
窓から顔を出し、外に立っていたテオとポピーに告げた。
「うん、行こう!」
そう言って、ポピーも馬車に乗り込んでくる。
「え?」
驚く私に構わず、ポピーは私の向かいに座った。
テオはいつの間にかポピーから預かったらしき荷物を積み込んでいる。
ポピーの顔をぼけっと見つめていると、彼女は得意げな様子で言う。
「だって私、公爵様にスカウトされたんだもの」
ドヤ顔のポピーに面食らっていると、寂しげな声音が響いてきた。
「元気でな、アリシア」
外からこちらを覗くテオの表情は少し泣きそうだ。
「うん、テオもね。色々、本当にありがとう」
「あんたも元気でね! ……ちゃんといい人見つけるのよ」
ポピーは気遣うように言いながら、窓から手を出して力強くテオの肩をバンバンと叩いた。
ポピーが御者さんに声をかけると、馬車はゆっくり出発する。
「あの公爵に泣かされたらいつでも帰ってこいよ!」
テオは最後に泣きそうな笑顔でそう言って手を振っていた。
私もポピーもテオが見えなくなるまで力強く手を振り返したのだった。
しんみりとした気持ちの中、ガタゴトと馬車は静かで荘厳な森の中をひたすら走っていく。
あ、そういえば自然と二人で出発しちゃったけど、ポピーの話が途中だった。
なんでポピーも公爵領に……?!
「ねえ、ポピー。スカウトされたっていうのは?」
「コレよ」
ポピーは自分の手のひらをこちらに広げて見せる。
「?」
「私のこの手を見て、公爵様に剣が好きなことバレちゃったの」
なるほど……!
さすがミハイル様。
「王国内でも剣の達人と呼び声高いあの公爵様からのスカウトだもの。受けないわけにはいかないわ!」
そう言っているポピーの瞳は輝き、喜びとワクワクに満ちていた。
なんと、私の侍女を務める傍ら特別に騎士団の稽古に参加してもいいという特例をミハイル様が約束してくれたとのことだった。
確かに、素人の私から見てもポピーの素振りはすごかった。
ミハイル様が素質を認めたのなら、それはきっと確かなのだろう。
「よかったね、ポピー!」
「えへへ。これからはアリシアの侍女兼護衛よ。どんと任せておいてね!」
「うん、ふふ、すごく心強いよ」
「あ、これからは奥様って呼ばなくちゃね。それとも公爵夫人とか?」
「っな、ま、まだそんなんじゃないから、普通に名前で呼んでよ」
「へへ。はいは〜い」
「……でもメイド仲間として働いてたのに、その、なんていうか、こんなのって嫌ではないの?」
「へ?」
「いや、だから私の侍女なんて……」
「そんなことない! アリシアは人生で初めて私を認めてくれた人だもの」
「ポピー……!」
「それになんか、アリシアって不思議なのよね」
「不思議って?」
「うん、統率力を発揮して公爵家の主かのような威厳を感じることもあれば、時には聖女かなって思うくらい清らかさを感じるから、主人としてお仕えするのに何の疑問も沸かないんだよね~」
うっ、まるで前世を見透かしてるみたいね。
ポピーってたまにすごく鋭いんだから。
「そうそう、だからあの時も王太子殿下から見初められたんじゃないかって思ったのよ」
ああ、そういえばポピーはしきりにそんなことを言っていた。
「そうじゃなくて公爵様だったのね! ああ、なんてロマンチック!」
ポピーはうっとりした表情を浮かべた後、顔を引き締めて私に向き直った。
「でも、私が大好きな剣の稽古をしてもらえるこんな大チャンスを得られたのは他でも無いアリシアのおかげよ。本当にありがとう」
「え、そんな。私は何もしてないよ」
「公爵様って、本当にアリシアのこと大切に思っていらっしゃるのね」
「えっ」
「アリシアが大切に想う人を大切にしたいし、アリシアを大切に想ってくれる人が傍にいてほしいって公爵様がおっしゃってたわ」
そう言って胸に手をあてて敬礼したポピーはもうすでに立派な女騎士のようで格好良かった。
そういえば、私ここへ来てポピーのおかげで心が救われたものだから、ミハイル様と再会後はしきりにポピーの話ばかりしていたものね。
ミハイル様はそんな私の想いを汲み取ってくれたのだと思うと、心がぽかぽかと温かくなっていく。
「ふふ」
「へへ」
同時に笑い出す私たちを乗せた馬車はひたすら走り続ける。
ここへ来るときは一人で絶望を抱えていた。
でも今は、ポピーと一緒に楽しく笑い合いながら、最愛の人が待つ場所へ向かっている。
そんな幸せな気持ちを乗せて、北部から1日の時間を経て、ラバドゥーン公爵家へと到着したのだった。




